「よし···これで全部だな」
荷物を運び終えて、一息つく
やっぱりこの、狭い空間が落ち着くのだ
冷蔵庫もあるしキッチンもあるし、布団まである
美城プロダクションの中でも特に落ち着ける場所の一つだった
やはり専務には感謝しかない
「おっと、忘れないうちに」
俺は紙を一枚取り出し、その真ん中にデカデカと一言メッセージを書く
あいつらに対しての精一杯のメッセージをその一言に込めて、マジックペンで大きく書くと、部屋の出入口の扉に貼り付けるのだった
「これでよし、わかるだろいくらなんでも」
''アイドル侵入禁止''と書かれたその紙の出来映えに満足して、俺は部屋の中に入った
後は後付けで鍵でも付ければ完璧だな
持ってきたダンボールを開けながら、物をテーブルの上に置いていく
どれもこれも思い出が詰まったものばかりで、よみがえっていく
なんでこういう時ってしみじみとしてしまうのだろうか
いつも見ていた仕事道具のはずなのに、カバンとかファイルとか
姉さんたちのことを思い出してしまう
「···今生の別れってことでもないし。まぁ、また行くことになるし」
関係性が変わっただけだ、また一緒に仕事をすることになるが···
それでも色々と考えてしまうのだ
「よいしょっと」
ポケットに入っていた車の鍵をテーブルへ置く
···やはり最後まであの親子は引かなかった
あっちがいいこっちがいいと引きずり回され、俺は散々遠慮したがやっぱり引かなかった
結局俺は、荷物は載るし、マニュアルだし、2シーターだし、FRだからこれはスポーツカーだと散々推しに推して一番安い軽トラにした
それでも尚あの親子は引くに引かず、最低限の抵抗といわんばかりに装備をフルオプションにして一番グレードをいいやつにされて···
あれよこれよという間に納車されてしまったのだった
おかげでこの引っ越しが随分と楽になったけど、もう琴歌に足向けて寝れん
めちゃくちゃ燃費良くて乗りやすくて静かで、満足満足
「ふぅ~、とりあえずこれで全部か。一旦休憩···」
冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して座って落ち着く
部屋全体を見回すと、まだダンボールで溢れてはいるが、新たなスタートとはこんな感じだったのかと物思いに耽っていた
今日はあいつらの姿も見えないし、この時期は忙しいんだろう
「うーん···、なんの車で走ればいいのか···」
テーブルから鍵を拾って眺める
よくよく考えてみれば、軽トラでの送迎は無理があると思った
もっと人は乗るだろうし、バスはあるけどいちいち出すとなると大変すぎる
専務には初めて会ったときに、この会社の高級車は性に合わないと啖呵を切ってしまっているし···
一体どうすればいいのか、そんなことを考えていると、部屋の扉が勢い良く開かれた
「いたーっ!」
「いたでごぜーます!!」
扉が開かれるや否や、俺を指差して叫ぶチビ二人
俺がとやかく言う前にみりあと仁奈は、ずけずけと中に入ってきて、一通り部屋を見渡した後に俺の前に立つのだった
何なんだ一体
「おいチビども、表のありがたい看板が目に入らなかっt」
「これあげるっ!」
そう言って手渡されたのは、無理やり引き剥がしたのか四隅が破れたさっき扉に貼ったばかりの紙だった
可愛そうに、クシャクシャにされている
「こんなところに引きこもって何やってるのっ!」
「おこちゃまドライバー!でごぜーます!」
「よし、お前たちにそれを吹き込んだ奴を成敗してやる!お前たちも同罪だ!」
どうせあいつに決まってる
「お、お邪魔します···」
俺がこいつらとドンチャン格闘していると、出入口のほうから予想外の声が聞こえてきた
その人物は申し訳なさそうに頭を下げながら、部屋の中へと入ってくるのだった
「ちょっ、おま、本屋ちゃんまで···」
「す、すみません···!お忙しいところ···でも···!これは私の意思では···ないので···!」
ペコペコと頭を下げながらもこちらへと迫ってくる文香こと本屋ちゃん
な、なんだ
俺はこれから一体何をされるんだ?
「ていこーするなっ!」
「おまえはホーイされてるでごぜーます!」
何やら黒い袋のような物を取り出しながらこちらへと迫ってくるみりあ
そしていつの間にか忍者のように背後へとまわりこみ、俺を後ろから羽交い締めにしてくる本屋ちゃん
それを焚き付けるように煽る仁奈とやはりあっという間に騒がしくなる
「本屋ちゃん···あんたもか···!」
「ゆ、許してください···!私にはこうするしか···!報酬に絶版本をご用意していただけると琴歌さんに···!」
あいつの差し金か!
っていうか本屋ちゃん意外と力が強い、車作ってたときもそう思ってはいたけど
そりゃそうか、あんな重い本を何冊も運べるんだ
書店の仕事とか意外と力仕事って聞いたことあるし
「えーいっ!」
その瞬間、頭の上から袋を被されて視界が真っ黒になる
「さぁっ、立って立って!」
「わかったわかった、わかったよ」
もう俺は抵抗するのもめんどくさく、早くこの茶番が終わるようにと立ち上がる
するとこの部屋を出されて、どこかへと連行されていくのだった
ーーーーーーーーーー
「ここは···本館か?」
「零次さん。気を付けて···くださいね」
しばらく歩かされると、馴染みある匂いに出くわす
どうやら俺はいつの間にか本館のエントランスまで歩かされていたようだった
視界が真っ黒のままで、まわりの状況が全く見えないのが恐い
「あ、おはようございますっ!」
「おはようごぜーますよ!プロデューサー!」
「あ、ああ···。おはよう···」
立ち止まらせられると、そんな声が聞こえた
きっとその小さいプロデューサーの反応は、この光景を見ての反応なのだろう
端から見たらもう変質者にしか見えない
こいつらが一緒にいるからいいものの、頼むから今ここで袋は取らないでくれよ
「あの···大変ですね」
「ああ、まったく楽しいぜ。代わってもらってもいい」
俺の答えにあはは···と、見なくても苦笑いしているのがわかる
その時、隣から扉が開く音と共に短くチャイムが聞こえたので、ここはエレベーターの前だということがわかった
ということは···地下に行くのか?駐車場?
「あ、プロデューサーも一緒に乗るですか?」
「いや、次のに乗るよ···あはは···」
目の前から扉が開く音が聞こえて、また歩かされる
どうやら俺たちしか乗る人はいないようだ
「零次さん、何も見えてないよねっ?」
「見えるわけないだろ。衝撃吸収性向上版の高濃度ポリエチレンだぞ」
「ここ縛ったらどうなるでごぜーますか?」
「普通に窒息して死ぬから死んでもやるなよ?」
エレベーターの扉が閉まり、動き始めた
やはり下に向かった
ということは地下駐車場で間違いない
中央にでも連行されて拷問にかけられるのだろうか
「なぁ、本屋ちゃん。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?今度映画でも奢ってやるから」
「最近の映画は···苦手です。その···テンポが早くて自分のペースでゆっくりできないから···」
なんだ、てっきり物語が好きだから映画もアリかと思ったがイマイチか
「それなら···図書館が···いいです」
「それは俺が困るな」
あまり本を読む性分じゃないから間が持たない
どう言っても折れてくれなさそうだった
「着いたでごぜーますよ!」
エレベーターが止まり、扉が開く
地下駐車場の涼しい空調が首もとを撫でて心地よい
「零次さん!見ないでよ!絶対に見ちゃダメだよ!」
「わかった、わかったって」
俺はまたこの三人に連行されるように歩かされる
頑なに外を見せてはくれないのが不安だったが、まぁ悪いようにはしてこないようだ
少しして何だかガヤガヤとした声が聞こえてきた
「来た来た来た!琴歌ちーん!来たよー!みりあちゃんこっちこっち!」
「未央ちゃーんっ!おーい!」
「あら、おこちゃまドライバーやっと来たのね」
聞こえるだけでもそこそこな人数が集まっているみたいだった
その場所まで近づいていくと、途端に囲まれる
「いやー、それにしても中々なビジュアルですなー」
「いいわね、よく似合ってるわ。まるで犯罪者みたいね」
「おいこのやろう、お前の声覚えたからな。俺のどこが犯罪者だ」
まったく失礼な連中だ
「そろそろ取ってあげたほうが···」
「ああ···!とときん待って待って、カウントダウンから始めないと!」
何か不都合があるのかまだこの袋を取ってくれない
俺から連行してきた三人が手を放したが、まだ袋は取らないようにと厳重に注意を受ける
「零次様、おはようございます!この度は346プロダクションへのご就職、誠におめでとうございますわ!」
「ありがとう琴歌。こんな状況じゃなきゃすんなり頭を下げれたんだが、悪いな。で、今日のコレは何なんだ?」
そうやって俺が尋ねると、まわりからクスクス静かに笑う声が聞こえてきた
でもそれは俺のこの格好を笑っているような印象ではなく、何かを期待しているような笑い方だった
「まぁまぁ、みんなも待ち望んでいるみたいだし、そろそろいいんじゃない?琴歌ちん」
「そうですわね!百聞は一見に如かずですわ!」
「いくよーっ?せーっ···のっ!」
みりあの掛け声と同時に一気に視界が晴れる
眩しさに目が眩んで一瞬手で目元を覆うが、すぐに慣れてきてその手をどけた
うっすらと開けていく目の前に現れたのは、駐車場の一角に佇む、眩しいくらいに輝いている赤い流線型のシルエットだった
「お前、これ···」
「みりあちゃんのおかげですわ」
「えへへ~」
前から後ろにかけて、セダンながらスポーティーなデザイン
筋肉質なリヤまわりと、その終わりに配置されているその車が''その車''たる証である四灯テールランプ
イカついホイールに、新品のスポーツタイヤ
そして、トランクに貼り付けられている''400R''というエンブレム
窓から覗き込める内装も、ホイールの間から覗けるメカの部分も、紛れもない新車だった
「どういうことなんだこれ」
「どうもこうも、あんたの車よ。琴歌に感謝するのね」
梨沙の言葉に、ふふふっと何事もなかったかのように笑っている琴歌だった
「安心してください零次様。必要な手続きは全て西園寺家で完了しておりますわ。ただ、それ以外はみんなで相談して決めましたのよ」
「そうだよレイさん!お金はみんなでカンパしたのだよ!」
「でも···安い買い物じゃないだろ」
「そこはホラ、私たちって意外と稼いでるから···って恥ずかしいね。みんなで協力したら集まるのあっという間だったよ。小さい子たちはお父さんお母さんに相談したんだって」
えへへ~、とみりあと仁奈が笑う
何だかご両親の顔が俺の頭の中にも浮かんでくる
この子がいつもお世話になってますと何回言われたことか、お菓子をもらったり夕飯をご馳走になったり
それにしても今度はこれか···
もう一生面倒見ないと割に合わないぞ
「零次様を驚かせようと内密に話を進めようと動き出した頃に、肝心な''何の車''にするのかという壁に当たったところで、みりあちゃんが教えてくれたのですわ」
「零次さん、この車に乗りたいって言ってたでしょ?」
「お前、よく覚えてたな···」
去年···いやもっと前だ、ゲームセンターに行ったとき
相当前の話だぞ
「さ、わかったらこれからも、私たちの為に走りなさい。馬車馬のようにね」
そう言って梨沙は、俺に車の鍵を渡してくる
小判型のインテリジェントキーに、可愛らしいハート型の白いキーホルダーが付いていた
美城プロのものだ
「ほら、零次さん。乗ってみて乗ってみて」
愛梨に手を引かれながら、俺は運転席のドアを開ける
上品に、重たく開かれるドア
その瞬間に室内からただよってくる、新車の匂いとレザーのいい匂い
「どう?乗り心地は?レイさん」
「ああ、凄くいい」
ステアリングから覗く、メーターガラス
そのステアリングを握った瞬間に感じる、重量感
全面タッチパネルのナビゲーションが備え付けられ、電動シートが操作の煩わしさを感じさせない上質な室内
シフトレバーを握ったその感覚は、まさにスポーツカーそのものだった
「でも、いいのか?本当にこんなの貰っちゃって」
「そんなこと言う割には、いい顔してるじゃないの」
自分で気づかないのが不思議なくらい、言われて初めて自分の頬が今までにないくらい緩んでいたのがわかった
自分の欲しかった車に乗る、それがこんなに嬉しいことだとは思わなかった
「サプライズは上手くいったようですね」
「プロデューサーさん」
愛梨の声に外を見てみると、あの真面目なプロデューサーが仕事帰りなのかあきらたちを後ろに引き連れて近づいてくる
りあむは車のまわりを周りながらマジマジと観察し、触ろうとしているのをあきらとあかりに止められているのだった
「やはりだ、ここまで彼女たちが頑張ったのはそれなりの信頼があったからでしょう。あなたは私たちの城に全くの城外から土足で踏み込んでくる」
「···土足」
「しかしその土足が、彼女たちに何かしらの影響を与え、それがいい方向に動いたことは認めざるを得ません。彼女たちの成長に一役買ったことは私としても感謝しています」
何だか物凄くまわりくどい
あきらが話を遮るように割り込んできて、俺に耳打ちしてくる
「勘違いしないでくださいね零次サン。こんな言い方デスが、一応誉めてるみたいなんで」
「···なるほど」
「やっと自分たちも扱いがわかってきました」
あきらが離れると、またプロデューサーが続ける
「いつかあなたと、お酒でも飲みながらゆっくり語りたいと思ってましたよ」
「···そうですか。いやてっきり俺嫌われてるんだなとばかり思ってましたから」
「では、仕事があるので失礼します」
それだけ言うと、プロデューサーとあきら一行はエレベーターのほうへと消えていくのだった
何だったんだあれは、言うだけ言ってスタスタ行っちまった
あの性格は当分の間直りそうにないな
「何だか零次さんと仲が良さそうでよかったです」
「仲良いのか?これ」
こいつらの中では、あれは結構良い反応だったのか愛梨の意見にまわりも納得している様子だった
「さてレイさん!今から初仕事だよ!」
「初仕事?」
「そっ!とときんを現場まで送ってあげて!プロデューサーには言ってあるから!」
未央がそう言う間に、いつの間にか愛梨が自分の荷物を持って車の側に佇んでいた
つまり速攻で送迎の仕事をしろというわけか
···いいだろう、記念すべき第一回目ってことだ
「えっと···」
愛梨が後ろのドアを開けて車の中を見回して、中々乗り込まない
何かと思って振り返ってみると、まだリヤシートには新車時のビニールが被せられたままだった
「愛梨、んっ」
「?」
「だから、こっち」
今まで俺はそれをやむを得ない場合以外はあまり許さなかったが、今回ばかりは仕方ない
ビニールが外されていた助手席を指差して、愛梨に乗るように勧める
「いいんですか···!」
「仕方ない、買ってくれたのはお前たちだし」
「おお~、初めて助手席に乗せる相手がとときんとはレイさんやりますな~」
「やめろ、やむを得ないだけだ」
うふふっと嬉しそうに小走りで助手席に走る愛梨、俺も自分からこうやってこいつらを招くのは初めてだ
愛梨が乗り込む間に未央から送迎場所の情報をもらう
あまり遠くはない、試運転には丁度いい
「わぁ···すごい···」
ドサッとシートに座ってドアを閉めた愛梨も、その高級な室内に感心して見回していた
その間に俺はシートの位置を調整する
「それで、零次さん。これから私をどこへ連れてってくれるんですか?」
少しこちらを覗き込むように体を近づけてくる愛梨、めちゃ顔近い
「まずは、この道を走って空港近くの現場に降ろす。仕事が終わったら連絡くれればそこまで迎えにいって、そのまま美城プロまで戻ってきて···」
「···もうちょっとムードってないんですか?せっかくの新車なのに」
「仕事にムードもクソもあるか」
ラブラブ~と窓の外から茶化すような声が聞こえてきたので''黙れ''とジェスチャーを返してやった
「まぁいい、とりあえず車を出す」
「ふふふっ、はい。よろしくお願いしますね」
俺はブレーキを踏み込み、メーター横のスタートスイッチを押した
こいつの心臓に火を入れる、セルが回りだし次の瞬間にはマフラーのけたたましい音が地下駐車場に響くのだった
パチパチと外から拍手が聞こえる中、そいつらに手を上げながらこの400馬力を越えるエンジンを吹かしていく
駐車場から出て走り出していくその瞬間は、まさに格別だった
ーーーーーーーーーー
愛梨を現場に降ろして一息ついていると、携帯に着信があった
仕事中に珍しかった
「おう、どうした。新しい職場の片付けはもういいのか?」
『うん、大丈夫。零次はどう?ドライブ楽しかった?』
「···お前も知ってたのかよ」
知らないのは俺だけか?
みんなこぞってまったく
「で、なんだ?わからないことでもあったか?」
『ううん、違う違う。仕事はひなさんがとっても分かりやすく教えてくれるから、これは別件。送迎を頼みたいんだ』
「送迎?誰を」
『昔の職場の仕事仲間なの、空港近いでしょ?』
どうやらこの愛梨の現場の近くで仕事をしているらしい
それに、相手側の''プロデューサー''にも話を通してあると言っているあたり、同じような職種の人間だと思う
俺の噂を聞き付けてはいるとのこと
「···わかった。空港までだな」
『ほんと?ありがとっ』