ヘイ!タクシー!   作:4m

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38 水平線

車の中に乗って、ただその人を待つ

携帯を見てみると丁度待ち合わせの時間のはずだが、まだその姿は見えない

とあるビルの駐車場のど真ん中だ、わからないことはないと思うが

 

「···凄いな」

 

待っている間、この車のナビゲーションシステムを操作してみる

ナビゲーション画面と操作パネルが分離していて、全てタッチパネルで操作するメーカー純正ナビ

やたらと音質のいいスピーカー、これもオプションだろう

琴歌たちのことだ、サイドバイザー等々前に見たことのあるオプション品が全て装着されているあたり、フルオプションで注文したのだろう

 

その総額だけでも安い中古車なら簡単に買えてしまう額だ

聞くのも調べるのも恐ろしい

 

車室内の細かいところを見ていたその時、コンコンと運転席の窓がノックされた

 

「あの~···」

 

窓を開けてあげる

そこに立っていたのは、ベージュ色のベレー帽で髪の毛を隠すようにしていた高校生くらいの女の子だった

卯月と同じくらいの年頃だろうか

 

「どうも」

「薫さんの···お知り合いの方ですよね?」

「そうだ」

 

女の子は取り繕って挨拶をしてくれた

 

「あ、あの!よろしくお願いします!」

「ああ、とりあえず後ろに乗ってくれ」

 

そう言うと女の子は礼儀正しく頭を下げた

何だか芸能人には見えない、普通の女の子のような印象だ

変に高級品で着飾ってるわけでもなく、我ら一般庶民と変わらない挙動をしている

 

とりあえず変な奴じゃなくてよかった

あいつらにも見習ってほしいもんだ

 

「えっと···」

「ん?ああ、そうだった。悪い悪い」

 

ビニールシート敷きっぱなしだった

俺は急いで後ろにまわって、持っていたカッターでビニールシートを固定しているゴムひもを切り、全て取り払う

それを取り急ぎ買ってきた車用のゴミ箱へ突っ込むと、改めてその女の子を後ろの席へと案内したのだった

 

「なんか、もの凄く新しい車ですね···。新車の匂いがします」

「おお、わかるのかお姉ちゃん」

「はい!前にトヨサンのシャノワールのCMを事務所の同じ仲間が担当したことがあって」

「ああ、あの車の」

 

やっぱりそこそこ有名な芸能人なのか、有名どころのCMに出るとは

でもまだ見た目だけではわからない

 

しつこく聞くのも気が引けるし···

可愛らしい女の子だとは思うが

 

「じゃあ、車出すぞ。空港だな」

「そうです!ありがとうございます!今日は友人が海外から帰って来るんですよ!」

 

車を出して走らせる、空港まではそうかからない

V6エンジンの音を響かせて楽しみながら、ゆっくりと走っていく

 

「···あの、薫さんお元気ですか?」

「ああ、元気だぞ。昔一緒に働いてたんだって?」

「そうなんですよ!凄くいい人だったんですけど、すぐに辞めてしまって···。またテレビ局のお仕事に戻ったとは聞いたんですけど」

「そうだったのか。今も感じは変わらないなぁ、あんたたちのことも覚えてるって言ってた」

「私もまた会いたいんですよ!それで···''上手く''いってるんですかね?あれから」

「···アプローチは凄いかけてるって言ってたな」

「ええ~っ!?そうなんですかー!も~、プロデューサーさん教えてくれればいいのに~」

 

女の子と話が弾む

どうやら彼女たちにとってもカオルは大きな存在だったらしい

 

「···あんたは、芸能人か何かなのか?」

「えっ?ああ···ど、どう見えます?」

「ん~、普通の女子高生って感じ」

「そ、そうなんですね!上手く隠せてるみたい。あはは···」

 

···なんだかバレなくてよかったのか、わかってほしかったのか、よくわからない反応だった

頭に被っている帽子を押さえてぶつぶつと何かを呟いている

 

···帽子を取ったらなにかわかるのだろうか?

 

「もう少しで空港だけど、その友だちは留学生か何かなのか?」

 

少し気まずかったので話を変えてみた

女の子は少し考え込む

 

「留学生といいますか···でも、留学···なのかな。少し海外に言ってたんですよね、収録的な」

「海外収録?」

「レコーディング···ですね」

「大物じゃないか」

 

もはやそれは歌手に近い、相当歌が上手な人じゃないと声がかからない

事務所の中でもきっと抜きん出た人材なのだろう、女の子も興奮気味に話す

 

「そうなんですよ!凄いですよ!この話が来たときもみんな大喜びで!後輩のみんなも憧れてて、ほんっとうに凄くてストイックなんです!」

 

その子のことが本当に好きなようだった

道中もその話が止まらない

しかしますますこの女の子の正体が気になってくる

カオルも何も言わなかったからな

 

「俺の仕事仲間にも歌が上手いのはいるが···、海外レコーディングなんて聞いたことないな」

「あ、そうなんですか?アーティストの方ですか?会ったことあるかなぁ···」

「アイドルなんだけどさ」

「アイ···!ドル···」

「どうせ信じちゃくれないだろうけどな。知り合いに言っても、最初そんなアイドルになんて会えるわけがないなんて言われるし」

「そ、そうですね!そう簡単にアイドルには···でもなんだか親近感湧くなぁ、あはは···」

 

やはり芸能人なら会う機会があるのだろう

もしかしたらあいつらの知り合いかもしれない

 

「なぁ、あんた···」

「あ、正面ロビーの入り口の前で大丈夫ですよ。あとは歩いていくので」

 

気がつくとすでに車は空港の敷地内を進んでいく

車がそこそこ混んでいるようだ、進まない訳ではないが、流れに任せてゆっくりと近づいくしかなかった

 

「いるかな···入り口の近くに立ってるって言ってたんだけど···」

 

女の子も待ちきれないのか、遠巻きにロビーの入り口を眺めていた

携帯を片手に連絡を交わしているのか時折その画面を見ながらその友だちを捜しているようだった

 

「帰りはどうするんだ?」

「帰りはモノレールで帰ります。変装も上手くいってるみたいですし!ありがとうございます!」

 

女の子はもう待ちきれない様子だった

近づいていくにつれて、段々と落ち着かなくなっているようだ

 

「えっと···あ、いたいた!わぁ、お土産いっぱい持ってる···!」

「んん···?」

 

俺も捜してみたが、同じように送迎で乗り降りしている人たちでごった返しており、今女の子が言った特徴も該当する人が多すぎて全然わからない

有名人ならわかるような気もするが、そこまで派手な人物ではないようだ

 

「じゃあとりあえず···ここでいいのか?」

「そうですね!本当にありがとうございます!」

 

いよいよ俺たちの順番になり、車を入り口前に停車させる

女の子は自分の荷物をまとめて、降りる準備が整ったようだ

もしかして···その目的の人物はあの小さく手を振っている髪の長い女の子だろうか

 

「降りるとき気を付けろよ」

「はい!薫さんにもよろしくお伝えください!」

 

勢いよく出て転びそうだったのでそれだけ注意しておいた

女の子はドアを開けて外に出ていくと、小走りでその友だちのところへと向かっていく

その嬉しそうな顔から、よほど仲がいいのだろう

でも若干走るフォームが前のめりになっているからそのまま行ってしまうと

 

「あわわぁ!」

 

···思いっきり前からいったな

丁度バッグが体の前にあったからクッションになり、怪我はしていないようだ

だが、まるで漫画のワンシーンのようにお尻を空に向けて転んでいる様は少し目のやり場に困る

春物のロングスカートだったからよかったものの

 

「おいおい大丈夫か?」

「大丈夫!大丈夫です!慣れてるんで!もう生まれたときから転んでるくらいなんてっ···」

「まったく」

 

とりあえず俺も車から降りて起こしてやる

本当に怪我はないようでよかった、確かに慣れているみたいだ

 

「ほら、友だち待ってるぞ」

「はい!本当にありがとうございます!今度そのお知り合いのアイドルの皆さんと共演できたらいいですね!」

「···ああ、言っておく」

「それでは!チハヤちゃーん!ごめーん!」

 

女の子は走っていってしまった

これで、いいんだろうか

女の子はその友だちと楽しそうに話している

俺は車に戻ることにした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「そうなの···薫さんのお知り合いなのね」

「うん!薫さん元気だって!私も久しぶりに会いたいなってお話ししてたんだ」

「···あら?さっきの男の人は?」

「え?送ってもらうだけの予定だったから、もう行っちゃうんじゃないかな?」

「私はてっきりプロデューサーが迎えに来ると思ってたから、この量を事務所まで歩いて持っていくのは少し大変かしら···」

「えっ!?あっ!やっぱり待ってくださーい!聞こえてない!もう行っちゃう!」

「それなら急がないと···!ほらハルカ走って!ああ···!ヘイ!タクシー!···行ってしまったわ」

「はぁ···はぁ···。チハヤちゃん、体力ついたね···。それに、なんだか車を呼び止めるのが外国っぽい···」

「しばらくあっちにいたもの。トレーニングも欠かしてないわ。···なんだか風のような人ね」

「また会えるといいね、薫さんのお知り合いだし。アイドルの仲間もいるんだって」

「あら、奇遇ね」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「えっと···次は···」

 

新車の噂は広がっていて、これでもかと送迎の予定が入る

デレぽでもなんだか色々な奴らが盛り上がってるし、乗せてくれ乗せてくれとメッセージが届く

なんだかんだみんな車好きだな

なんかさっきの女の子たちが追いかけてきてた気がするけど、モノレールで帰るって言ってたしいいだろう

もう予定が詰まってきてたし

 

これからまた、こいつで走り回らなきゃならない、先は長そうだ

 

 

そう思って仕事をしていたら時が経つのは早いもので···

 

いつの間にか

 

七年という歳月が流れていたのだった




次回予告

''エピローグ''


投稿予定は3/19の夜8時頃とさせていただきます。
どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。
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