ヘイ!タクシー!   作:4m

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本当にありがとうございます。
心から感謝申し上げます。


エピローグ
エピローグ


穏やかな天気、穏やかな午後

目の前に広がる爽やかな芝生と、奥に見える青い海

そんな場所に一つだけポツンと置かれていた木のベンチに座って、私はこの光景を眺めていた

 

「まさか、こうなるなんて···あの時は予想もしてなかったね」

 

ゆっくりとした時間が過ぎていって、涼しい風が頬を撫でる

波が海岸に打ち付けるいい音が聞こえてくる

私がボソッと呟いたその言葉に、隣に座っている彼は私を見て、そっと微笑むのだ

 

「パパー!」

 

彼が私に何かを言おうとしたが、そんな可愛らしい声が芝生の上から聞こえてきて、彼はそんな可愛い天使に手を振っていた

すると私にも手を振っていたので、彼を真似するように手を小さく振ってあげると、満足したのかまた一人で遊び始める

 

あれからどれだけの時間が過ぎたのだろう

みんなは元気でやっているのだろうか?

 

凛、奈緒

 

最近はお仕事が忙しくて、中々会えない

今は二人とも何やってるんだろう

一緒にファーストフード店に行ってフライドポテトを食べたことはよく覚えてる

食べ過ぎだって怒られたっけなぁ

 

後は仲間も増えて、寮に遊びに行ったり、遊園地に行ったり、病弱な頃の私からは考えられないほど充実していた

あの頃はまだ女子高生だったもんね、346に入ってから体験することが何でも新鮮で、楽しかった

レッスンして体力がついたから色々とできるようになって、本当に感謝してる

 

そして''彼''とも、出会うことができたから

 

ふと横を見ると、また彼は手を振っていた

今度はこちらからしたのが嬉しかったのか、あの子も嬉しそうに手を振り返す

ダメダメ、今こんなことを考えちゃ

 

たくさんの時間が経っていた

もうこれくらいの子どもがいてもおかしくない年齢になった

これからはあの時とは別な嬉しいこと楽しいことが待っていると、そう願っている

 

私は自分のお腹を優しくさすりながら彼を···そう、彼を見るのだ

 

見つめる私を、彼は困った表情で見つめてくる

何も言わない私に、少し困惑しているのだろうか

私はそんな彼に少し微笑みながら、ゆっくり口を開く

 

「楽しいね。私、凄く楽しい。こうして一緒に座るのも、あの子と一緒に遊ぶのも。私ね、凄く楽しいんだ」

 

波の音が、優しく私たちを包んでくれているような気がした

そんなゆっくりとした時間、私は彼に語りかける

 

「だからね、これからはもっともっと、たくさん楽しい思い出を作っていきたいって思う。あなたと、あの子と、そして···この子と。きっと仲良くできると思う」

 

私がさっきからお腹をさすっていた理由を、彼はその瞬間にやっと理解したのだと思う

さっきよりも困惑している様子が手に取るようにわかった

そんな彼の手を取って、私のお腹の上にそっと添えてあげた

 

「だからね、凄く嬉しいんだ。幸せ者だよね、私。だからね···答えてほしい」

 

彼も、受け入れるまで時間がかかるかもしれない

でもきっと、そのほうが楽しい未来が待っているはずだ

 

ほんの少し間が空いて、私は彼を見る

未だ困惑気味な彼に、私はこう語りかけるのだ

 

 

 

「いつ奥さんと別れてくれるんですか?」

 

 

 

波が海岸に打ち付ける音が、ハッキリ聞こえてくる

凄く、風が心地よい

 

私が笑いかけると、彼の額には冷や汗が流れ始め、目をそらしてあの子を見る

 

「パパー!」

 

元気いっぱい、こちらに向かって手を振ってくれる

彼が手を振らないかわりに私が手を振り返すと、また嬉しそうな顔で芝生を走っていくのだ

 

穏やかな天気、穏やかな午後

素敵な日和の筈なのに、彼は呆然としていて表情はみるみる曇っていった

 

「もう、準備は整ってるから。お家も、部屋も、考えるの凄く楽しかった。だってもう···私、一人じゃないから。前にあなたも言ってたもんね、''ちゃんと関係にケリをつけよう''って。嬉しかったの、やっとあなたと暮らしていけるんだって」

 

お腹を撫でる

彼は途端に私のお腹から手を離そうとするが、そんな手をしっかり握ってまたお腹へと押し当てた

 

「あいつ、あなたのこと何もわかってないもん。子どもがいるからって関係ない、あなたも幸せじゃなきゃ。振り回すだけ振り回して、あなたのやりたいこと全部全部否定して···そんなの可哀想だよ。でも、もう大丈夫だから。私と、幸せになろう?」

 

尚も離そうとする手を私は血管が浮き出るほどに握りしめて離さない

 

きっと私も今凄く幸せな顔をしている、間違いない

彼の顔がひきつっているのは、きっと少し戸惑っているだけだ

 

「だから···ね?」

 

私はそんな彼に、ボソッと言うのだ

 

「今度は絶対逃がさないから。そしてあの女も···絶対許さない」

 

波の打ち付ける音が聞こえる

穏やかな午後に、静寂が訪れていた

 

 

 

 

 

 

 

「カッッッット!!」

 

 

 

カメラの前でカッチンとスタッフの人がカチンコを鳴らして、はい!オッケー!と現場に声が響くと、途端に緊張の糸がほどけた

 

「チェック入ります!チェック入ります!皆さん待機お願いしまーす!」

 

まわりがバタバタと慌ただしく動く

カメラマンさん、レフ板を持ったスタッフ、ADさん、何組と呼ばれる撮影スタッフの人たちが動きまわり、テントの下でにらめっこするように監督がモニターと向かい合っていた

 

「北条さん!お疲れ様です!」

「お疲れ様です。どうも、ありがとうございますー」

 

スタッフの人から飲み物を受け取って一口飲み、スタッフの人たちの邪魔にならないように控えのテントに下がっていく

やっと立って動くことができた、もう足がパンパン

 

「ああ、北条さんお疲れ様。楽しかったよ、OK出るといいね」

「ホントですねー。ここまで長かったですから」

 

共演した俳優の男性も飲み物を飲みながら額の汗を拭っていた

このOKが出ればドラマの私が出るシーンの撮影が全て終了し、私は無事オールアップとなる

私は小道具として身に付けていた腕時計で時間を確認して、これからの予定を頭の中で繰り返す

上手くいっていればいいな、自分の中で手応えはあったほうだ

 

「加蓮おねーさん、ありがとうございました」

「ありがとー。よかったよー!ありがとありがとー!」

 

子役の子どもの頬をムニムニと手のひらで揉んであげると、恥ずかしそうに私の手にそっと自分の手を添えて、顔をうつむかせる

 

ほんっとにこれくらいの子どもは可愛らしい

私もいつかこんな子どもが出来たらなって本当に思う

 

「はーい!皆さーん!OKでーす!!」

 

その瞬間、現場に拍手が巻き起こった

いつもよりも大きな拍手、いつの間にか監督からディレクターまでテントから出てきて、みんなと一緒に成功を分かち合っていた

 

「えーっとですね!今回のカットで、北条加蓮さんオールアップとなりまーす!お疲れ様でしたー!」

「ありがとうございますー、お疲れ様でしたー」

 

スタッフの人がそう言うと、その拍手は私に向けられていく

私はテントから出てまわりのスタッフの人たちに頭を下げていると、さっき私に話しかけてくれた子役の子どもが花束を持って私に渡してきてくれた

 

ドラマは何回も経験してきたが、この瞬間はやっぱり感極まってしまう

 

「ありがとっ。また一緒にお仕事しようね」

「はいっ、ありがとうございます。今日の加蓮おねーさんは凄くすごくて、凄く恐かったです!」

「それ誉めてんのかー?んー?」

 

現場のみんなの中に笑いが生まれた

しゃがんで花束を受け取って、まわりが次のシーンへの作業に戻っていくと、監督とディレクターが挨拶に来てくれた

 

「加蓮ちゃん、お疲れ様。初めての役柄で大変だと思ったけど、さすが美城プロの女優さんだ。本当にお疲れ様」

「いえいえ、私なんてまわりに助けられてばかりで。みんなの助言があったからこそです」

「上手だね加蓮ちゃん。監督、あの話少し教えてあげてもいいんじゃないですか」

「あの話···ですか?」

 

首を捻る私に、監督がディレクターに頷いてこそっと教えてくれた

 

「実は、視聴率がそこそこ良くて、劇場版の話が今もち上がっててね。まだ内緒だよ」

「あー···!なるほどなるほど···!その時はよろしくお願いしますね」

「ああ、こちらこそだ。本当にお疲れ様ね、加蓮ちゃん」

 

それから私は自分の荷物をまとめて、俳優のみんなとスタッフの方々に挨拶をして、現場を後にして近くの駐車場へと歩いていく

そろそろプロデューサーが迎えに来てくれているところだ

 

「おお、加蓮。時間通りだな、流石だ」

「おっつー」

 

さっきとは違い、片手を上げてフランクに挨拶する

 

プロデューサーとも長い付き合いになる

アイドルだったときも、女優になった今も仲良くやれているのは、アイドル部門が認められて、より大きな活動ができるようになった証拠で、プロデューサーも出世?して大きな顔をできるようになったからだと思う

詳しいことはわからないけど

 

「で、いいのか?駅前で。直接送っていってもいいのに」

「久しぶりだから、たまにはね。ずっと撮影であっちこっちだったし、みんなにも会えるし、車の中でわいわい話したいのっ」

「わかったよ、大女優さん」

「バカにしてるー?」

 

車に乗り込んで、バッグを隣の席に置き、シートベルトを締める

今までの疲れを解放するかのように私はグググッと腕を伸ばすと、その間にプロデューサーが出発の準備を始めていた

 

「···新しい車だね。前に言ってたの納車されたんだ」

「そうさ、''ニスモ''仕様だぞ。エンジンもV型6気筒ツインターボで420馬力もある。とても速いんだ。どうだ、凄いだろう」

「ふふふっ」

 

まるで用意していた台本のような台詞に、私は思わず笑いだしてしまった

 

「な、なんだ。何も間違ったことは言っていない」

「はははっ。カタログにそう書いてあったの?」

「''あの車''よりも速い上級グレードに位置するんだぞ···!''トルク''も550''ニュートンメートル''で···」

「あっはっはっはっ」

 

私は手を叩いて笑い飛ばすと、プロデューサーは少し顔を赤くして不満そうにエンジンを掛けた

確かにカッコいい音が外から聞こえてくる

 

「お、俺だって···ちょっと勉強したんだ。乗るからには少しは学ばないと格好がつかないじゃないか」

「ごめんごめん、バカにしたわけじゃないの。背伸びしてる感じがなんか···可愛くってさ。あー···おっかし」

「う、うむむ···ま、まぁ、乗り心地がいいことに越したことはないな!今は!」

 

誤魔化すように車を発進させるプロデューサー

確かに新しい車に乗るのは新鮮でいい、あの頃を思い出す

 

「で、''車好き''なプロデューサーさん。ということは···''アレ''よりも早く目的地まで送ってもらえるってことだよね?」

「それはほら···、納車されたばかりだからさ、今は勉強中で···」

「''にすも''仕様···なんだっけ?私すっごいお腹空いてるの、早くみんなでお昼ごはん食べたいなー」

「わ、悪かった。頼むから''あの人''と一緒にしないでくれ···」

「ふふふっ、冗談だよ」

 

プロデューサーをからかいながら、車は目的地へと向かっていく

みんなで集まるのは本当に久しぶり

こんな時じゃないと集まれないし、お話しできないから

どんな後輩が入ったのかも、初期メンバーの私たちとしても気になっていた

もうみんな集まってきてるのかな?

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『智絵里ちゃん来たぞっ!!』

『噂の新曲PVッスね!』

『どれどれ···!』

 

工場の中の連中が途端に騒がしくなっていた

私は振り返って事務所の小窓から工場の休憩室を見てみると、あの三バカたちが携帯を持ち寄って集まり、嬉しそうに騒いでいる

朝からソワソワしていたのはこれのせいだったのか

 

「なんだか楽しそうですね」

「ふんっ、もうすぐ店じまいだから許してやるか」

 

私は帰る準備を始めるために、パソコンの電源を落とした

お昼に会社を閉めるのは久しぶりなため、パソコンも少々いつもとは違う締め方をしなくて少し戸惑ったが、何とかなってよかった

今後は対応を考えなくてはならない

 

「でもひなさん、楽しみですね。やっとみんなで集まれるんでしょう?」

「ああ、帰ったらホットプレートを全部引きずり出さないといけない。食料の調達は彼女たちがやってくれる」

「早いですね、もうそんな年頃なんですか」

「みんなもう免許を持ってるなんて私でも信じられない」

 

時が過ぎるのはあっという間だった

薫ちゃんが会社に入ったと思ったら、もうこんなに時間が経ってしまった

元が優秀だったから薫ちゃんは仕事をあっという間に覚えてしまい、今となっては私や姉さんがいなくても会社を任せられるほどに成長していたのだ

 

そこは姉さんの目に間違いはなかったと思う

 

「零次もやっと落ち着いたみたいでよかったですね。ちょっと最近はバタバタしすぎてたって本人も言ってました」

「そうだな···、新しい家には薫ちゃん行ったの?」

「行きました行きました!もうすっごい広かったですよ。車を停めるスペースも沢山ありますし」

「そんなにデカい家なのか」

 

引っ越しだのなんだの、あいつも色々と忙しくて最近はこっちにも顔を出せていなかった

だが、ガレージのあいつのものはそのままだから、いずれは取りに来るのだと思うがそれがいつになるのかわからない

まぁ、いつガレージに来てもいいようにしばらくはそのままにしておこう

 

「久しぶりにあいつもガレージに来るから、薫ちゃんも来ればいいのに」

「いえいえ、水入らずを邪魔できませんよ。それに···、私も実は昔の仲間たちと会う予定なんです」

「そうなんだ、それは良かったね」

「はい!ひなさんたちが久しぶりに集まるって聞いて試しに私も声をかけてみたら、古巣に行ってみんなでバーベキューしようって誘われて!」

 

キャーっと薫ちゃんは嬉しそうに片付けを始めた

 

零次が今回は時間ができてガレージに顔を出せるということで、引っ越し祝い兼あいつの誕生日を開催することになった

 

忙しいと思いつつもアイドルのみんなにも声をかけてみると、くるわくるわ参加のご連絡

デレぽやグループトークでも話が広がり、全員ではないがそこそこの人数が入れ替わり立ち替わりでガレージを訪れる予定だ

昼ご飯だけでなく夜ご飯どきまで食い込みそうなので、今日は楽しくなりそうだった

 

「あ、ひなさん。誰か来たみたいですよ」

 

工場に片付けにいこうとしていると、会社の駐車場に車が入ってくるのが見えた

お客さんかなと思ったが、何やら様子が違う

やたらと新しくて綺麗な白いスポーツカーだ

こんな車はうちの顧客では見たことがない

事務所前の駐車スペースまで近付いてくると、中に乗っている人たちの姿が見えた

 

···おお、なるほど

ついに納車されたってわけだ

私は事務所正面の玄関から出て、その人物たちを迎えにいく

 

「お疲れ様」

「お疲れ様です~。ふぅ~、いいですね新しい車って。零次さんはもう来てるんですか?」

「いや全然。凄いね、納車されたんだ。カッコいい」

「本当ですか?ありがとうございます。すんっっごく待ちました!」

 

嬉しそうに語るのは、新田美波ちゃん

大学を卒業してからどんどん綺麗になっていって、もう随分と大人の綺麗なお姉さんになっていった

ラジオの仕事から特撮のヒロインまで幅広く活躍していて、それはアイドルの時からやってはいたが、引退してからそちらの活動に力を入れるようになって、もう立派な女優さんになっていたのだった

 

しかし本人もサプライズが好きなのか、時たま後輩のライブに飛び入り参加したりしてファンを驚かせているようだ

ほんの少し子どもっぽいユーモアもあるお姉さん、それがいいのだという

 

「私以外誰にも言ってなかったんだね」

「はい!もう零次さんを驚かせようと思って!私の車の趣味がこうなったのも、零次さんのせいですから!」

「ふふっ、本人に言ってやんな」

 

その時助手席のドアが開き、また一人降りてくる

綺麗な長い黒髪、それを左右均等なツインテールでまとめ、降りてくると腰に手を当てながらサングラスを外していた

両肩を出しているトップスに、体にフィットしているデニムがそのスタイルの良さを表している

 

昔に比べたらギャルっぽさは控えめになったが、ところどころにその余韻を残しているそのファッションセンスは、さすがプロのモデルさんだった

 

「こんにちは、梨沙ちゃん」

「こんにちは。今日はあいつまだいない?」

 

まわりを見回す梨沙ちゃん

駐車場に零次の車がないあたり、ここにはいないことに気付いているようだった

 

「うん。まだ仕事でまわってるみたいで、昼にはガレージに戻ってくるはずだ。動きまわらせないとね」

「ひなさんの言う通り、あいつには車の借しを出世払いで返してもらわないと」

「当然だな」

 

そう言うと梨沙ちゃんは、ふふっと笑う

すると工場のほうを指差したので私は頷いてあげると、腕を組んでスタスタと歩いていってしまった

 

「事務所の中で待っててくれ、すぐに片付けてくるから」

「すみません。本当に何もお構い無くていいので···あ、起こさないと」

 

どうやら後ろの座席にも人がいたようだ

美波ちゃんが助手席を前に出して後ろの人が降りれるようにし、スヤスヤと寝息を立てているその人物を起こそうとしている時に

 

「あんたたちぃぃぃぃぃ!!」

 

そんな叫びが聞こえてきて、その眠っていた人物がビクッと驚いた表情をして飛び起きた

その光景に美波ちゃんも思わず笑うと、私にどうぞ行ってきてくださいと目配せしてきたので、私も工場に向かう

 

「おう、梨沙ちゃんじゃねーか。久しぶりだなぁ」

「いつの間にかこんなに大きくなったんッスね!」

「そんなことはどーでもいいのよ。アレはどうなってんのよっ!ア!レ!」

 

梨沙ちゃんが執拗に指を指している先には、二柱リフトに上げられて腹下が丸見えになっている一台のスポーツカーの姿があった

 

「前と格好も状況も同じじゃないのよ!」

「いや、梨沙ちゃん。そうは言っても古い車だから部品が中々見つからないんだよ。後はハイキャスのロッドが見つかったら下塗って終わりだからさ」

「先に買ったのに美波に先を越されてんじゃないのよ!」

「ほんっっっとうにサボってるわけじゃないんッスよ梨沙ちゃん。こんなに綺麗なZが見つかっただけでも奇跡なんッスよ?」

 

身振り手振りで何とか梨沙ちゃんの機嫌を取ろうと四苦八苦だったが、そこに被せるように梨沙ちゃんが叫びまくり喝を入れていた

梨沙ちゃんの目が段々とつり上がり、上から見下ろすような視線で三バカを見つめている

 

「そりゃそうよ、金に糸目つけてないもの。で、いつ出来上がんのよ」

「もう印鑑ももらってるし、後は本当に整備が終われば終わりだから。ね?梨沙ちゃん、俺たちも頑張ってるから」

 

そんな時、90の持っていた携帯から智絵里ちゃんの新曲が流れ始めた

まだ曲は配信も発売もされていない、動画を開かないとそれは流れないハズだ

 

「ふーーーーーん、随分と楽しそうねあんたたち。私のことより智絵里のほうにお熱かしら」

 

慌てて携帯を隠して三人は体裁を取り繕うが、もう何もかも遅かった

 

「も、もう仕事終わりだからだよ···!だから本当にサボってるわけじゃねーんだよ···なぁ、頼むからもう少しだけ時間をくれ。必ず完成させてやるから!な?後でうちの店でサービスしてやるから···!」

「···半額」

「それはちょっと···!お肉の値段サービスしてあげるから···!だから頼む!」

 

大の男三人が一人の女の子を目の前にして必死に拝むように頼み倒してるのは何だか滑稽だった

それでもまだ梨沙ちゃんが三人をひいきにしているあたり、信頼はしてるんだろう

 

「ふんっ、とりあえずいいわ。それに、そんなに智絵里が見たいなら直接見てくればいいじゃない」

「そうは言ってもよぉ、最近は中々会えないし···」

「そうッスね、また一緒にラーメン食べに行きたいッス」

「ん」

 

梨沙ちゃんが事務所のほうを指差していた

まだ三人は状況を理解していないようだが、一瞬だけ小窓から見えた事務所の中の人影に目の色を変えていく

 

「あああっっっ!!!」

 

その声に気付いたのか、事務所にいたその人物はこちらに向かって小さく手を振っているのが見えた

 

「智絵里ちゃんじゃないッスか!!」

「もしかして今日のパーティーには智絵里ちゃんが参加するのか!」

「ええ。で、どうするの?お肉」

「半額だ。ほらお前もいくぞ!」

「えっ!?でも片付けが···」

「バカ野郎!今逃したら会えないかもしれないぞ!」

 

まるで嵐のように颯爽と走っていくと、事務所の中へと消えていった三人

工場に取り残された私たち二人は、同じように腕を組んでその光景を見守っていた

智絵里ちゃんに会うなりデレデレして、楽しそうに会話が弾んでいる

 

「お手伝いします」

「本当かい?ありがとう。工場の外に出てる布看板を中に入れてくれ」

 

見るに見かねたのか、梨沙ちゃんが片付けを手伝ってくれた

私が車を運転して工場の中に入れ、梨沙ちゃんが外に出ている小物をしまってくれる

そして最後に私がシャッターを閉めて、工場の片付けは終わりだ

慣れたものだった、ちょくちょく遊びに来てくれるから尚更

本当ならこんな有名人にやらせるのは少し気が引けるんだが、本人に何を言っても手伝うのを止めないのだ

 

「ほら、思いきっていけ。思いきって」

「今しかないッスよ」

「わ、わかってるけど···」

 

事務所に戻ると、智絵里ちゃんを前に110坊主がモジモジしながら立ち尽くしていた

髪の毛をワシャワシャと落ち着きなく触っている一方、智絵里ちゃんは微笑みながらその彼からの言葉を待っているように見える

 

「あ、あの···智絵里ちゃん」

「はい」

「もしよかったら、今度···一緒にご飯とk」

「喜んで」

 

彼が何を言うのかわかっていたのか、智絵里ちゃんは彼が言いきる前に即答で返事を返していた

そうか、よかった···と胸を撫で下ろしている彼

そんな彼に智絵里ちゃんが、優しく微笑んでいた

 

関係がまた少しずつ変わっていく

他二人の男もその光景に満足そうに頷いていたのだった

 

「あ、ひなさん。社長にもそろそろ閉めるって伝えたほうがいいですか?ずっと社長室で仕事してるみたいなんですけど」

「いいよ、私が行く。薫ちゃんは閉める準備してて」

 

私は社長を呼びに社長室の扉を開けると、薫ちゃん先導の下で他の人たちも協力しながら事務所を閉める準備を始める

もう梨沙ちゃんだけでなくみんな慣れた手付きだった、もう半分社員みたいなもんだからな

 

「社長、もう事務所閉めるんですけどそろそろ···」

 

中央の大きいデスクにあるモニターとにらめっこしている社長

どうやらイヤホンをして作業しているらしく、こちらの声は聞こえていないようだ

しかしもうそろそろにしておかないと事務所に閉じ込めてしまうことになる

オンラインで会議をしていたらマズいと思い気を付けながらパソコンのモニター越しに覗き込む

 

「うっふっふ、智絵里ちゃんの新PVいいわぁ~···今回はこういう感じで来るのね···。また限定版と通常版を予約して···」

 

私には気付いていないようだ

 

「おい」

 

私が話しかけた瞬間、社長···もとい姉さんはビクッと体を震えさせると急いで動画閲覧アプリを閉じ、デスクトップ画面へと戻して何事も無かったかのように髪の毛を手でサラッと払い、デスクの上の書類を片付け始めたのだった

 

「コホンッ···あら、ひなちゃん。もう仕事終わったの?ちょうどいいところで今日は切り上げないとね。ああ~忙しい、忙しいわぁ~」

「それは失礼しました社長。早くしないと事務所に閉じ込めることになるので、さっさとお片付けしやがってください」

「う、うむっ!ご苦労だった!すぐに出れるようにするから!ね?もうすぐにすぐに···」

 

パソコンを速攻でシャットダウンし、いそいそと帰る準備を始める姉さんだった

事務所にいる時間が長い分すぐにアポが取れるのはいいことなんだけど、なにぶん油断ならない

前社長···もとい会長が引退はしたものの、取引先への挨拶や会社関係の書類を届けたりと奔走しているおかげで姉さんはここにいることが出来ているのだ

 

「あ、ひなさんどうでした?」

「すぐに来る。それと、智絵里ちゃん。お肉を買いにいくときは姉さん連れていきな。きっと全部奢ってくれる」

「そ、それは美空さんに悪い気が···」

 

大人になってもいい子だな、智絵里ちゃんは

あの時のまま可愛く成長してくれている

だが年齢を重ねて大人になって、もう成人している歳だなんて

外見だけじゃなく中身まで素直なままで、自分に驕らず辛抱強く努力を続けるその姿に、ファンのみんなも魅了されるのだろう

 

「智絵里ちゃんも車は欲しくねーのかい?色々と取り揃えてやるぜ」

「そ、そうですね、今のところは私は···。でも、可愛い車がいい···かな?」

「そうッスね!それが一番似合うッス!」

「そうなると···色はピンクとかベージュかな」

「バカ野郎、もっと真剣に選びやがれ。俺たちの人生で最高の瞬間だろうが」

「ふーーーーん、私の車はどうでもいいってことね」

 

三バカの言葉に梨沙ちゃんがわざと不満そうな言葉を漏らす

慌てて弁解する三人だが、ふと事務所から見た駐車場の景色に目を輝かせたのだった

 

「うわぉっ!GRじゃねーか!もしかして美波ちゃんのか!」

「よくぞ聞いていただけましたっ。納車されましたよっ」

「これが美波ちゃんの新しいマシーンッスね!!」

「GRフルエアロだ!」

 

さっきの態度から一変して、まるで子どものように目を輝かせて事務所から飛び出し、車を取り囲みながらここのパーツがあーでもないこーでもないと語り始める三人

そのあとに美波ちゃんが車の元へと近づいていって説明を始めると、三人は頷きながら黙って説明を聞いているのだった

 

「···あんなのでいいのか?」

「はい。ああいうところが好きなんです」

「あんたも変わりもん好きねぇ」

「え、えへへ···」

 

智絵里ちゃんは恥ずかしそうに自分の髪を撫でながら小さく頷く

その顔はもうアイドルとか関係なく、恋する女の子の表情そのものだった

 

「そういえば、美波ちゃんも間に合ったんだな。アーニャちゃんと北海道へ撮影に行ってるって聞いてたんだけど」

「そこは予定を調整したらしくて、アーニャは少し行きたいところがあって残るって言ってたらしいわ。夜には戻るからって」

「そうか、行きたい場所ねぇ···」

「智絵里ちゃんっ!!!」

 

後ろから魂の叫びが聞こえてきた

またひと悶着あるのか···

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

跪いて、持っていた花束を花立にそっと置いてあげた

二人並んでその前しゃがむと、二人揃って手を合わせて頭を下げる

青空の下で、涼しい風が吹く山のふもと

町から少し離れたその場所で、その人に会いに来たのでした

 

「また、会えると···思ってました」

 

顔を上げて、その墓前と向かい合う

仏様になって、その戒名がしっかりと書かれている立派なお墓

墓石の前にある香炉の中で、お線香が静かに煙を立てる

 

「アーニャちゃんのこと覚えてたよ。''アニャちゃんは今度いつ来るの?''って」

「···ごめんなさい。アーニャ、また来よう来ようといつも思っていました。でも、忙しくて全然来れませんでした」

「恨んでないよ、きっと。だってマチばあちゃん、アーニャちゃんの話するときいっつも楽しそうだったもん」

 

今回の撮影で北海道に来るとわかった時、真っ先に電話をかけたのがサヤでした

少しの間だけど会いに行けそうだから、みんなは元気ですか?と

その時に、マチおばあさんのお話を聞いたのです

 

「長生きしたなって最後言ってたって。アーニャちゃんたちのことを凄く覚えてて、いつもその話をしてたって先生言ってた」

「アーニャ···キチンと心に、残ることが出来ていたんですね」

 

できるなら、もう一度歌を歌ってあげたかった

もう一度、一緒に歌いたかった

でも、マチおばあさんは一人じゃない

天国できっと、大切な人と一緒に車に乗って、二人の好きな歌を聞いているんだと思う

きっとそうに違いありません

 

「アーニャちゃんの写真も沢山持ってたんだよ。雑誌とか、新聞とか、あと、写真集プレゼントしてあげたらとっても喜んでたし」

「アーニャ、恥ずかしいです···。水着とかいっぱい撮りましたから···。マチおばあさん、肌をむやみに見せるなと怒りそうです」

「キレイねーって誉めてて、私のもう一人の孫だってまわりに自慢してたくらいだから、全然大丈夫」

「そ、それはそれで···」

 

ファンのみんなに見てもらえるのは大丈夫なのに、いざそうやって言われると少し恥ずかしいです

何だかいつもと違って変、モヤモヤします

 

「でも本当に綺麗になったね。アーニャちゃん」

「サヤも、とっても綺麗になりました。アイドルになってもやっていけます」

「ほんとー?アーニャちゃんに言われたら何だか自信がつくなぁ」

 

サヤももう、大人のお姉さん

お家を継ぐためにたくさんたくさん勉強しています

墓前に置いた花束を持って、サヤと共にお墓を後にしていきます

きっとまた会いに来れることを願って歩いていると、背中を押すように風が吹いていきました

ふと振り返ると、マチおばあさんのお墓の前で小さなつむじ風が吹いているのがわかりました

気のせいかもしれません、でもマチおばあさんが背中を押してくれた···そんな気がするのです

 

アーニャはもうアイドルではありませんが、きっとこれからも、マチおばあさんは私の歌を聞いてくれるのだと、そう思います

 

「じゃあ、アーニャちゃん。空港まで送っていくよ。今度は私がそっちに遊びに行くね」

「はい、大歓迎です。その時は、アーニャのニューマシーンにサヤを乗せてあげます」

「ほんとっ!?なになに!車買ったの!?なんで言ってくれないのー?」

「みんなに内緒です。ミナミにも内緒でした。きっとビックリ驚きます。カッコいいカッコいい車です」

「えっ、なにスポーツカー?何の車?どこの会社?」

「はい。アーニャのは、お星さまの会社です。夜空のように黒くて、カッコいいです。後ろのタイヤが回ります」

 

今日の夜にお披露目です

きっとミナミもビックリします

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「みんなお疲れー」

「加蓮!久しぶりじゃないか!」

「加蓮···!」

 

ホットプレートを出したりとみんなで協力して準備をしていると、ガレージの扉が開いてお客さんが入ってきた

加蓮ちゃん、こうして会うのは久しぶりだ

最近はドラマの撮影で忙しいらしいから、中々顔を見れなかった

凛ちゃんと奈緒ちゃんが駆け寄って、手を取り合って小さく跳ねながら喜んでいる

 

「凛!奈緒!久しぶりー!元気だったー?いつぶりー?」

「もうしばらくだよなー?凛は前に会ったって言ってたけどさー」

「うん。前の···私のイベントの時だっけ。プロデューサーも教えてくれなかったんだもん。もうビックリ」

 

さっき話していた新曲発表のイベントの話だろう

凛ちゃんがトラプリの話をトークの間にした瞬間にステージに上がってきたらしい

 

「私も呼べよー!近くのスタジオで収録してたのにさー!」

「だって奈緒、幸子ちゃんの番組でしょ?体力的に限界かなって思って」

「なんだよ水くさい。そんなんでつぶれる程ヤワじゃねーよっ。エベレスト登って帰ってきたんなら別だけどさ」

「···なんか、判断基準が壮大になってない?奈緒。加蓮も撮影終わってすぐ来たの?」

「うん、直帰」

 

幸子ちゃんの番組に呼ばれることが多く、感覚が麻痺していることに気付いていない奈緒ちゃん

そりゃあ、幸子ちゃんとりあむちゃんの経験を毎日のように聞いていたらそうなるのも無理ないか

すると加蓮ちゃんは、今度は私に頭を下げる

 

「ひなさん、お久しぶりです」

「おお、久しぶり。今日はゆっくりできるのか?」

「ええ。半年ぶりに午後からオフなんです。あ、これ。私からの差し入れです」

 

そう言って渡されたのは、2リットルのペットボトルがいくつか入っているビニール袋だった

 

「加蓮···」

「ん?どうしたの?」

「あれ」

 

奈緒ちゃんが指差しているところを見てみると、そこにはテーブルなどが用意されている一角にたくさんの飲み物がストックされていた

皆考えることは同じで、食料は後で手分けしてみんなで買いに行くと伝えたが、飲み物に関しては何も言っていなかったので、気を利かせて持ってきてくれたのだ

 

「あちゃー、買ってこないほうがよかったー?」

「いやいや、全然。今日は夜までお客さんがひっきりなしのはずだから、もしかしたら足りなくなるかもって思ってたところだし」

「ひなさんほんと?今日私手伝うね」

 

遠慮しても加蓮ちゃんは''みんなに会うのが楽しみだからいいのっ''と、荷物を奥に置いて早々に私たちを手伝い始める

ブルーシートを敷いて、その上にホットプレートを等間隔に並べ、人が座れるスペースを作っていくのだ

 

「しーぶりーん、お皿大体このくらいで···あーっ!かれーん!」

「未央ー!あっ、卯月ー!」

「加蓮ちゃーん!お久しぶりですー!」

 

ちょうどリビングの真下辺りから、上に向かって手を振っている加蓮ちゃん

見てみると、両手で沢山の紙コップや紙皿を抱えていた未央ちゃんと卯月ちゃんが加蓮ちゃんを見つけるや否や目を輝かせて下を覗き込んでいた

 

「ああっしまむー、再会は後でとっておくとして、それっ!その紐!それっ!それ取って!」

「あ、はい!これですね!ああ!ということはこのバスケットも!」

「そーゆーことっ!」

 

ここのシステムも完全に把握しているのか、近くにあったバスケットに諸々の物を入れて、紐に引っかけて上から降ろしてくる未央ちゃんだった

 

「奈緒いいよ、今回は私が。未央、そのまま。オーライオーライ」

「さっすがしぶりん!わかってるぅ!」

 

コンビネーションは見事なものだった

昔身につけた感覚はやはり身に染み込んでいて抜けないのだろう

息ピッタリのまま、上から降ろされたバスケットは凛ちゃんの手に渡る

 

「はいっ。未央、いいよっ」

「さんきゅっ!しぶりん!じゃあ残りは直接持ってこっか!」

「そうですね!」

 

未央ちゃんと卯月ちゃんはまた台所へと戻り、細かい食器等を持って螺旋階段を降りてくる

 

「ひなさん、これはどこに置けばいいの?」

「ああ、みんな来たら並べるからそこのテーブルの上に置いていいよ。あと食器も同じようにしておいて」

「かーれんー!!」

 

下に降りてきた未央ちゃんが、加蓮ちゃんに抱きつく

卯月ちゃんも細かい食器をテーブルに置くと、加蓮ちゃんに近づいていって会話に花を咲かせていた

 

「卯月はどう?お歌のお姉さんは」

「すっごく楽しいです!大変なこともありますけど、子どもたちが楽しそうなところを見てたら私も楽しくなって!気がついたら番組が終わってる···なんてことも、えへへっ」

「卯月にはめっっっっちゃ適材適所だと思う」

 

卯月ちゃんの肩をポンポンと叩くと、そのまま抱き寄せる加蓮ちゃん

いつぶりの再会なのだろうか、卯月成分充電中ー!としばらく抱き合っていた

 

「かれんもドラマめっちゃ好調じゃーん!このまま劇場版も夢じゃないんじゃない?」

「その時は主題歌の話、私に頂戴ね。奈緒もオマケで」

「オマケってなんだ!オマケって!それなら···トラプリでやりたいじゃんかぁ!あたしだって寂しいんだ!」

「おっとー?しぶりんをスカウトするならここに強力なライバルがいることをお忘れなく」

「私、頑張っちゃいますよ!!」

 

こうしてみると、体は大きくなっても中身は変わらない、みんなそれぞれ別々の道を歩んではいるが、その時の絆はそう簡単には崩れるものではないだろう

 

「そういえば、私の他に誰か来ていったの?」

「えっとねー、みくにゃんプロデューサーでしょー?きょーちゃん先生も来たね。来てすぐ二人で食材買いに行っちゃったけど、血が騒ぐんだってさっ」

「響子がいるならもう料理は間違いないね。レシピ本私も買ったもん」

「凛もか?実はあたしも···」

 

その時、またガレージの扉が開く

 

「こんにちは···もう皆さん揃ってますか?」

「ハリウッド女優が来たぞー!!」

「おお、リサじゃんか」

「ありすです。リサは役名です」

「千枝ー!大きくなってー!」

「みなさん···!お久しぶりです!」

 

ありすちゃんは一番の出世頭だった

 

免許が取れる年齢になった瞬間、あのリサから''アリスが免許を取ったら教えて''というメールが届いたので取ったことを伝えると、速攻で美城プロダクションにありすちゃんのファイスピ本編へと出演依頼のラブコールが届きまくったのである

 

願ってもいない仕事に二つ返事で出演を伝えると、瞬く間にハリウッドへと連れていかれて、リサの相棒役として''リサ''という役名で撮影をしてきたらしい

本編の情報はまだ公開されていないみたいだが、映画は来年の公開予定でファンの間では美城プロダクションの橘ありすが出演するのではないかとまことしやかに囁かれている

SNSにリサが''匂わせ''を投稿したせいだ、マーケティングにおいても抜かりないな

 

ありすちゃんは今はまだアイドルだが、今後はきっとその路線で活躍していくんだろう

 

千枝ちゃんはまだ現役でアイドルを続け、今では後輩みんなを引っ張るリーダーとして立派に成長していた

その成長ぶりに零次も驚いていたな

 

そろそろメンバーも揃いつつある

食材を買いに行くいいタイミングだ

 

「そういえば···、食材をみんなで買いにいくって聞いていたので、これを皆さんで」

「あ、私からもこちらを」

 

「あ」

「あ」

「あ」

「あ」

「あはは···」

 

最後に卯月ちゃんが苦い顔をして、何も知らないありすちゃんと千枝ちゃんは、飲み物が入っているであろうビニールを持ったまま首をかしげる

 

歴史は繰り返す

しかしそれはみんなあの頃と変わらずにいい子だという証拠なのかもしれない

 

「さてっ!じゃあ食材を買いに行きますか!手分けして···お肉、野菜、その他食べたいもの、調味料っ!っていう感じかな?ひなさん」

「そうだな、人数が人数だから車で行ったほうがいいと思うけど···」

 

さすがに歩いて今日の人数分を買ってくるのは無理だ

ダンボール何箱になるのかわからない

 

「私、今日は車。奈緒と未央を乗っけてきたんだ」

「私も車です。千枝さんと一緒に」

「私は···歩いてきました。すみません」

「いいのいいの卯月。私も撮影からそのままプロデューサーに送ってもらったし」

「って!よりによってみんな荷物あんま載らない車じゃんか!」

 

どこかの誰かさんの影響なのか、凛ちゃんもありすちゃんも中々に渋くて荷物があまり載らない車を選んでいた

千枝ちゃんもそっち方面だが、今日は乗ってきていない上に更に小さいため、少々苦笑いだった

 

「それなら外に置いてあるエクストレイルを使っていいよ。古いけど荷物は載るから」

「じゃあそれ私が運転するね。久しぶりだからちょっと楽しみ」

「大丈夫なのか?加蓮···」

「大丈夫、あの人の運転しょっちゅう見てるし」

「余計心配だ!」

 

話し合った結果、それぞれの目的に合わせて車を出し、手分けして買い物に向かうことになった

乗り合いではなくほぼ一台ずつ車を出していくその姿は端から見れば走り屋集団に見える

何だか懐かしい光景だった

みんな自分の車を買ったときはここに見せに来てくれたのを思い出す

凛ちゃんの車の熱対策をして、ありすちゃんの車は夜通しかけてフレームを補強して、リトラを直して···

もうみんな、車を運転できる年頃なんだ

 

「じゃあひなさん行ってくるねー。おおっ!?あれみなみんじゃない!?凄い!めっちゃカッコいい!!」

 

外に出るなりみんな美波ちゃんの車へと駆け寄っていった

その隣にはカッコいい車たちがズラッと並ぶ

うちの顧客も増えたもんだ、みんな若いな

私も年をとった

 

そして、外へ出ると聞こえてくる聞こえてくる遠くからこのガレージへと近づいてくる車の音たち

それぞれが個性的で、誰が来るのか大体わかる

あいつも随分と好かれたもんだな

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

意外とまだ人が来ていないのか、俺はガランとしたガレージの駐車場に車を停める

ひとまず仕事で使っている手帳は車の後ろへ置いておいて、俺は仕事で使っているカバンを助手席から取って車を降りた

···車を停めた跡はあるな、誰か来ていたのか、それとも食材を買いにいったのか

 

「お疲れ様でーす」

 

ガレージに入ると、まずは大きく伸びる

古巣に帰ってきた感じで凄く落ち着く

唯一違ったのは、下の車を置くスペース一面にブルーシートが敷かれて、たくさんのテーブルとホットプレート、そして信じられない量のペットボトルが並べられている光景だった

 

「お疲れ」

「あ、ひな先輩。お疲れ様でーす」

 

俺は螺旋階段を上がり、ひな先輩がいる上のリビングへと向かっていった

途中俺のスペースが目に入ったが、やはりいつの間にかあいつらに占領されていた

しばらく来ない間にこうだ、もう色々な女の子の匂いがする

俺の物なんて片隅に追いやられ、ベッドの前のテーブルの上には小さなスタンドミラーに香水のビン、絆創膏などが散乱していて、ベッドの上には誰のものかもわからない寝巻きが放置されていた

クローゼットの中は···見ないほうがいいな

 

「ひな先輩、お久しぶりです。今日は、ありがとうございます」

「礼ならあの子たちに言ってやりな。企画したのはあの子たちだから」

 

そう、発端はあいつらだった

引っ越し祝いやるから!ついでに零次さんのお誕生日もやるから!と

水面下で話が進んでいき、いつの間にかこんな大所帯だ

あのペットボトルの量がそれを物語っている

忙しい合間を縫って、綿密に計画を立てて今日という日を迎えたのだ

 

「···そうですね、姉さんにもお礼を言わないと。この場所を貸してくれたわけですし」

「その点に関してはもう大丈夫そうだ。智絵里ちゃんに会えただけでもう大騒ぎだったから」

「···変わらないっすね」

 

変わっていくものと、変わらないもの

それがあるのが何だか寂しくて、新鮮で

これが大人になっていくってことなんだと、この歳になって思った

あいつらも変わらないけど変わっていく、それに引っ張られるように、思えば俺の日常も変化の連続だった

 

「お前はどうなんだ?新しい生活は」

「もう大変ですよ。毎日がひな先輩の予想通りだと思います」

「楽しそうじゃないか。何も言われないのか?」

「何だかこれまでの生活の延長みたいで···本人は逆に楽しんでます」

 

家を建てるときも本当に大変だった

設計図を見てあーでもないこーでもないと色々な奴から色々と提案されて、何だか知らない内に色々な機能が追加されていた

二階にもトイレとバスルームが欲しいだの、クローゼットが足りないだの、もうみんな遊びに来る気満々だった

もはや奴らの''城''といっても過言ではない

でもさすが女の目線で造っただけあって、手の届くところに必要な物がありとても住みやすいので文句の言いようがなかった

 

「あいつら来ました?」

「ああ、来ていったぞ。飲み物をたくさん持ってきて、今は手分けして食材を買いに行ってる」

「ああ、だから···」

 

あの量の飲み物が存在するのか

上から見下ろしてみるとそれはそれはやはり結構な量だった

今日だけじゃなくて、しばらくは飲み物に困らないと思う

 

「ん?すみません···ああ、やっぱりか···」

「どうした?」

 

携帯に着信がありトークアプリを開くと、いつものように一言短文が届いていた

たまにスタンプだけで済まされることもある

 

「食材がありすぎて人が乗らないから迎えに来て欲しいと···」

「誰さ」

「嫁から」

 

そう言うとひな先輩はふふっ、と笑う

まったく、考えて買いに行けって言ったのにこれだ

 

「行ってやんな」

「仕方ないな···まったく」

 

自分の荷物を置いて、車の鍵だけ持って螺旋階段を降りていく

毎日波乱万丈だよ、きっとこれからもそうなんだろう

 

「そうだ、みんな今日は''会えるのか''って楽しみにしてたぞ」

「夕方迎えにまた俺出ます。保育園が終わるのがそれくらいなんで」

 

過去でも未来でも、きっと俺の日常は変わってないんだろう

この世界は異世界でもなんでもない、だが俺に起きていることは普通の人に比べたら異次元極まりないと思う

そんな突拍子もない方向に話が進んでいくシンデレラストーリーに俺は巻き込まれたわけだ

この俺の物語···いや、俺たちの物語は続いていく

今までを思い返してみると、平凡ではなかったが、そこそこ楽しかったぜ

それこそ一冊の本にできるくらいには

 

「ん?おお、あんたが新しく入った新人のプロデューサーか」

 

外に出ると駐車場には、今をときめくあいつらの後輩のアイドルたちのプロデューサーが来ていた

ということは、そのメンバーもお出ましになるってわけか

世代が変わっても中々にクセが強い奴らばかりだ

でも、それが会社のウリなんだけどな

 

あなたが噂の···ってか、あいつらどんな噂を流してるんだか···

 

この機会に是非話を聞きたかったって?

長すぎていっぺんには語れないぞ、聞きたいならこの後ゆっくり教えてやる

ところどころはあいつらからストップがかかりそうだがな、それだけ俺は振り回された

 

まぁこれだけ言えるのは、こういう奇天烈な物語の始まりは案外突然に訪れるってことだな

 

あんたも買い物に付き合え

ドライブがてら、話し相手にでもなってくれ

 

そう···まずは忘れもしない、あの日の朝の出来事からだ

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