「わぁ・・・」
ドアを潜り中へ入ると、そこは私たちの過ごしている空間とはまるで別世界
辺り一面機械がそこら中にあり、二本の柱の間に車が入り、それを柱から飛び出している片方二本ずつの金属のアームで持ち上げている
「あ、気になる?中々車の下なんか見たことないでしょ」
すると美空さんは側に置いてあった工具が沢山置いてある机の上から、手に持つハンドライトを持って下から照らす
そこには細い金属の配管のようなものや、前から後ろに繋がっている太い一本の棒、そしてクネクネ曲がっている途中途中にボコッと枕の様な形をしたものが付いている金属のパーツが付いていた
「おおー!これは一体何をするものなんでごぜーますか?」
仁奈ちゃんがその枕の様なものを指差し、美空さんに尋ねる
みりあちゃんも色々なところをカメラで撮影していた
「これはね、エンジンから出た排気ガスを外に出すための配管。''マフラー''っていう部品なの」
「この途中に付いている枕?みたいなものは何なんですか?」
「お、千枝ちゃんいいとこに気づいたわね〜。ちょっと待ってね」
美空さんは私たちに車の下から出るように促すと、柱に付いていたレバーを下に下げる
ギギギっという断続的な音を響かせながら車を下ろし、人が乗れる高さまで下げた
「ちょっと今からエンジン掛けてみるね、それと私が『エンジン掛けまーす』って言ったら、はーいって大きな声で返事をしてほしいの、じゃあいくね」
美空さんのエンジン掛けまーすという号令の後、言われたように大きな声で返事をする
それは近くで作業をしていた北崎さんも一緒だった
運転席の窓から上半身を少し車の中へ入れた美空さんはそのまま車の鍵を回す
キュルキュルキュルという連続的な音がした後に低い重低音が工場内に響き渡る
工場内という閉鎖された空間のため、音が反響して普段より大きく聞こえ、私たち三人は思わず身震いしてしまった
「ああ、ごめんなさい驚かせちゃって。そうよね、工場の中だから音響いてビックリしちゃうわよね」
するとすぐ美空さんはエンジンを止める
「凄い大きな音だったね!」
「仁奈も体にブルブルって来たですよ!」
仁奈ちゃんは体を震わせる仕草をしていた
「大きな音、ねぇ。果たしてそうかしら?」
美空さんはまた車を元の位置まで上げると、机から両端に丸い円のような、内側にギザギザが刻まれている工具を持ってきた
美空さん車の前側の方まで移動する
「よいしょっと・・・こんなもんかなぁ〜」
よく見るとマフラーは途中途中でネジで繋げられており、美空さんはその一部のネジを外し途中でバラバラに分解した
「はい、ちょっと下がってね。降ろすから」
その後にまた車を下まで下げる
「レイジ君、VQ直管にして掛けるから」
「マジですか!」
北崎さんはとっさにこちらを凝視したまま身構えた
「今からまたエンジン掛けるんだけど、さっきよりはちょっとビックリするかも」
さっきの経験から私たち三人も顔を見合わせた後、少し身構える
一度経験したので、ある程度大まかな予想はできていた
「じゃあ、エンジン掛けまーす!」
号令に合わせて私たちが返事をすると、美空さんは一瞬ニヤッと笑いながら鍵を回す
キュルキュルキュルという音の後にエンジンが掛か
ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
・・・周りの音が全く聞こえなくなった
もの凄く低い重低音が響いているのはわかる
こちらに向かって美空さんが何かを叫んでいるのはわかるのだが何も聞こえない
他の二人も相当驚いた表情をして耳を塞ぎ、お互いに叫ぶのだが何も聞こえない、北崎さんは美空さんに手首を捻るジェスチャーをしながら何かを伝えていた
すると美空さんは再度車に上半身を突っ込み鍵を捻るとエンジンの音が止まる
キィーンという耳鳴りが少し続いた後、私たち三人はお互いに顔を見合わせると、どこからか笑いがこみ上げてくる
「すっっっごーい!!」
「何も聞こえなかったでごぜーますよ!!」
「な、何かが爆発したのかと思いました・・・」
さっきの何倍も大きい音、というよりは衝撃に予想を大きく裏切られどよめく私たちに美空さんは言う
「さっきの千枝ちゃんが言ってたマフラーの途中に付いてる大きな枕みたいなの、私たちはタイコって呼んでるんだけど、あれにはこのエンジンの排気音を吸収する役割があって」
また車を上に上げると、美空さんはさっきの工具を使いマフラーをくっつけ元に戻す
「こうやって付けてあげれば元通りになるってわけ」
みりあちゃんがその様子をまたカメラに収める
「あの、その工具は何て名前なんですか?」
「ん?あ、これ?」
ちょっと気になったので聞いてみた
「メガネレンチ」
「めが・・・ね?」
「こうすると眼鏡みたいに見えるから、メガネレンチ」
工具を横にして目の高さまで持ってくる美空さんに思わずクスッと笑ってしまう
「その顔は・・・ちょっとは車に興味持ってくれちゃった系?」
三人ともコクコクと頷いた
その後は、その付近に付いている色々なパーツの事を教えてくれた
美空さんが言うには、車には沢山『なぜ?』『何?』が隠れていて、そこに興味を持ってくれるのが何より大事だとのこと
両手でやっと持てるくらいタイヤは重いのに何で運転していると小指一本でハンドルを回せるのだろう?
ブレーキを踏むと何で車って止まるんだろう?
改めて考えてみると、何故?と思えるそんな不思議が車には溢れていて、それを楽しそうに教えてくれる美空さんを見ていると自然と私たちからも質問が増えていき、それに嬉しそうに答えてくれた
「でもよかったんですか?この車のネジとか・・・パーツを取ったり付けたりしてしまって?」
「ん?ああ、いいのいいの。丁度交換したかった部品もあったし、これ私の車だから」
「お姉さんの車だったんだ!」
車を下ろしながらそう言う美空さん
見てみると、北崎さんの車と大まかな形は同じだけど・・・見た目は全く違う
「何ていう名前なんでごぜーますか?」
「車の名前?これはね、スカイラインっていう車。レイジ君と同じ車」
車を下ろしきり、ガチャン!という音と共に美空さんがリフトから離れて、車の下に入っているアーム(という名前らしい)を外にそれぞれ左右二つずつスライドさせて外す
これで車を出せるようになるのだそう
「でも、北崎さんの車と全然形が違うよ?」
「えっとね、車には型式っていうのがあって・・・何て説明したらいいかなぁ、そう!苗字みたいなのがあって、同じ名前でも苗字が違うの、ちなみに私のは35」
「俺のあれは34」
「さんごーと、さんよん?」
北崎さんが外に置いてある自分の車を指差しながら私たちに言う
交互に見比べてみてもやはり全く形が違った
「何で''さんじゅうご''じゃなくて''さんごー''なんでごぜーますか?」
「うーん、昔からそうだからねぇ・・・」
「昔ってどれくらい?」
「そうねぇ・・・」
大きなレバーの様な工具をタイヤに当て、バチンバチンと音を立てながら上から地面へ押し付け美空さんは考えていた
「50年以上は前かなぁ・・・」
「え!?じゃあおねーさんは50歳でごぜーますか!」
仁奈ちゃんの言葉に美空さんがずるっと体勢を崩し、後ろでは北崎さんがはっはっはと笑っていた
「ちょっと仁奈ちゃ〜ん、まだ私20代よ〜?50年生きてるわけじゃなくって」
「だよね!お姉さん綺麗だもん!」
「あら、ありがとみりあちゃん。何か複雑な気持ち〜」
北崎さんが続いて『まぁ、ギリギリだけどな』というと、『嘘は言ってないでしょー?』と工具を机に置きながら美空さんは額を拭った
「あら、もうお昼じゃない。ごめんね、お昼ご飯にしよっか!」
気づけばいつの間にか、時計は12時を回っていた
ーーーーーーーーーー
「楽しかったね!」
「うん、あんなに沢山部品があるなんて思わなかった」
「凄い音でごぜーましたね!仁奈、車の気持ちになったでごぜーます!」
ブンブンブーンと口で音を真似している仁奈ちゃんを見ながら、私たちはテーブルの上にお弁当を広げていた
事務所の衝立の向こうに案内され、一緒にお昼ご飯を食べるのかと思ったら、美空さんはまだやる事があって、お昼も買ってこないとと物凄く悔しそうな顔をしながら『もう、すぐ戻ってくるから!』と工場に飛び込んでいってしまった
北崎さんは346プロから連絡があり、送迎を依頼されたらしく車に乗り出掛けていった
北崎さんにも色々お話聞きたかったけど・・・お仕事だもんね
今の時間だったら、芳乃さんかな・・・ありすちゃんかも
「いただきます!」
「いただきまーす!」
「あ、いただきます」
二人の挨拶に合わせて、自分もとっさに手を合わせ食べ始める
「今日は千枝ちゃんと一緒に食べられるですよ!」
「うん。あ、仁奈ちゃんのお弁当かわいい・・・!」
「えへへ、今日はママが作ってくれたですよ!」
そう嬉しそうに言いながら、仁奈ちゃんは笑顔で箸を進める
「千枝ちゃんのも凄くかわいいよ!」
「そう言うみりあちゃんのも!」
みりあちゃんのも負けず劣らず、プチトマトやタコさんウィンナーなど、かわいいおかずが彩り良く並んでいた
しばらく三人でお弁当を食べていると、事務所の玄関が開く音がした
「うん?」
「美空さんかな・・・?」
足音と共にガサガサとビニール袋の擦れる音がするがこちらのテーブルまで来る事はなく、すぐに足音が止まり、イスに座る音と同時にデスクにビニール袋が置かれた音がする
ガサゴソと袋から何かを取り出し、包装のビニールを破いているようだ
「誰だろう?」
みりあちゃんがそう言うよりワンテンポ早く立ち上がり、衝立の向こうをチラッと覗いてみた
「誰?」
「すごい、お人形さんみたいな人がいる・・・」
「お人形?」
「うん、クリーム色の長い髪の可愛い女の人がクロワッサン食べてるよ?」
私が言ったことに心当たりがあるのか、みりあちゃんと仁奈ちゃんもこちらに駆け寄り通路に出る
「お姉さん(おねーさん)!!」
話しかけられたお姉さんは相当驚いたのか、両手で持ったクロワッサンを口に咥えたまま目を大きく開いて、こちらを見ながら固まっていた