「幸子はん、遅いなぁ」
「珍しいよね、いつも1時間前には楽屋入りしてるのに」
本番まで30分を切ったころ、2人は心配そうに顔を見合わせていた
いつもは先に楽屋で準備をして、2人を迎えてくれている
楽屋を間違えたりすることはあったが、ああ見えて根は真面目なので、有名になってテレビ等に出演する機会も増えたこともあり、そういうところはしっかりする子だということは2人も十分理解していた
「確か今日346で生放送やってたよね。それかなぁ?」
「さっき幸子はんから連絡ありましたが、少し遅れますーゆうてただけやし、今、なんだか連絡できへんみたいやし・・・」
心配で紗枝もさっきから何度かメッセージを送ってはいるのだが、忙しいのか何故か既読の文字はつくが返信は返ってこなかった
「最悪間に合えばいいけど・・・こうなったら着いたらソッコー準備だよ!そろそろアップしとかないと!」
「まぁまぁ友紀はん、ここで動き回るわけにもいきまへんし、そろそろ来るんやないですかー?」
走り込みでも始めようかという勢いで立ち上がった友紀とは対照的に、紗枝ははんなりとした態度で言葉を返す
そのまま椅子に座り直した友紀だったが、そう言った紗枝も内心少し焦っていた
次は、もうすっかり有名な川島瑞樹がパーソナリティのお昼のトーク番組、遅刻なんてしたら自分達はおろか、瑞樹にも迷惑をかけてしまう
番組の内容の確認やメイク等やる事は山積みで、意味もなくスマホの画面をトントンと親指で叩く中、残り時間はそろそろ25分に差し掛かろうとしていた
紗枝が謝罪の言葉を考え始めようとした。その時だった
「あ、この足音って!」
「なんや・・・間に合ったんやなぁ」
いつも飛んだり跳ねたり走ったりしている幸子の様子をよく見ていた2人は、足音で幸子だと気づく
短いタイミングで響く足音はどんどん大きくなり、走っていることが簡単にわかった
「さて、そろそろ準備しますか!」
「まったく、幸子はん。もう堪忍どすえー?」
2人は立ち上がりそれぞれ準備を始め、幸子を迎える用意をする
そして足音が楽屋の前で止まり、ドアノブが回された
そしてドアが
「あ、幸子ちゃんお疲r」
ガチャ!バタン!
開いてすぐ閉まった
部屋の中央付近では、幸子が放り込んだキャスター付きの小さいスーツケースがテーブルに当たって倒れキャスターの音がカラカラと乾いた音を立てていた
「え!?ちょっと幸子ちゃん!?」
尋常じゃない幸子の様子に、友紀に続き紗枝も楽屋から出てみると、通路左奥の女子トイレのドアが勢いよく閉まった
ーーーーーーーーーー
「うー・・・うぇー・・・」
女子トイレに入ると、一番奥の個室から呻くような声が聞こえてきた
「ちょ、幸子ちゃん?大丈夫!?」
「幸子はーん?」
友紀が個室のドアをノックというよりはドンドンと叩きながら話しかけるが、呻くような声が聞こえてくるだけだった
よく聞いてみると、間に合ったのはいいけどあんな運転がどうのとか、こんなカワイイボクをどうのとか独り言が聞こえ始めてきたので徐々に調子を取り戻し始めているようだ
「さ、幸子ちゃん?ものすっごい申し訳ないんだけど、そろそろ準備しないとマズいんだよね・・・」
「入りますえ〜?」
鍵はかかってなかったので、ゆっくりドアを開けるとトイレのフタの上に腕を枕にしてグッタリしている幸子の姿があった
「一体何があったのさ?」
「あんなの普通じゃないですよ・・・、間に合ったのはいいですけど・・・大丈夫。大丈夫です。だいぶラクになりました。こんな時でもカワイイボク・・・」
そう言うとまた頭を伏せてしまう
「さぁさぁ、申し訳ありまへんが楽屋にいきますえ。友紀はん、悪いのやけどメイクさん呼んできてもらってもかまへんか?」
「あ、うん。幸子ちゃんのことよろしくね!」
「よいっしょっと、幸子はん。もう少しやから、楽屋のほうで少しお話ししましょ?」
割と大丈夫そうだったので、紗枝は背中をさすりながら幸子に肩を貸し楽屋へとゆっくり戻る
楽屋のドアを開けるとメイクさんたちが待っており、大鏡の前に幸子を座らせると自分たちも同じように座る
「本っっ当に大変だったんですよ!急いではいましたけどあんな運転するなんて!」
「でも、そんな乱暴な運転手さんいたっけ?」
プリプリ怒る幸子を横に、髪を整えられながら友紀がそう言った
確かに少し急ぐ場面はこれまでもあったが、ここまで極端に幸子が悪態をつくようなドライバーはいただろうか?
大体送迎はプロデューサー、忙しければ他の346のスタッフ
それなりに場数は踏んできたつもりなので、メンバーもほぼほぼ固定されている
紗枝の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ
「それにボクのことを知らないなんて!きっとこの春に入った新人さんなんですね!プロデューサーにガツンと言ってもらわないと!」
幸子が言ったその言葉に紗枝と友紀は鏡越しに顔を見合わせた
「幸子はん・・・もしかして」
これまでの幸子を振り返ってみて、一つの仮説が生まれる
「車もブンブンいってて・・・どうしました?」
そんなに目立つ車なら2人が知っていても不思議ではないし、他の場面でも見かけたりすることもあるはずだ
車を入れ替えるという話も聞いてはいないし、新しい車にしたのならプロデューサーから乗る前に何かしらの注意が入るはずだ
だとしたら
「乗る車・・・間違えたりしてないよね?」
「・・・」
一瞬、沈黙が入る
「い・・・いやいや、そんなわけないですよ!プロデューサーもシルバーの車に乗ってと言っていたし!出口前に止まっていたし!だ、大体!ボクがそんな間違いを二度も・・・!」
「あ、前のあれはやっぱり間違いだったんだ」
そんなやりとりをしていると、楽屋のドアがノックされた
紗枝が返事をすると、今西部長が顔を出す
「あ、今西部長はん。お疲れ様どす〜」
「おお、みんな揃ってるようだね。急いでるときにすまない」
ペコっと頭を下げる
「珍しいですね。今西部長が来るなんて」
「ああ、今日はプロデューサーに頼まれて様子を見にきたんだが、ちょっと確認したいことがあってね」
そう言うと、今西部長は幸子のほうを見る
「今西部長!」
「おお、輿水君。連絡は貰ったが間に合ったみたいだね、よかったよかった」
「すいません。本当に急いでいたので・・・」
「いいんだいいんだ、連絡は頂いたしね。それにしても・・・あの車に乗るとは」
「どうことやろか?」
紗枝も友紀も状況が飲み込めていなかった
「ああ、輿水君が乗った車は、実は私の友人の整備工場の者が使っている車なんだ。私としたことが、今日自分の車を預けるのをすっかり忘れてしまっていてね。それでこのスタジオまで送迎を頼んでいたわけさ。はっはっは」
そう言うと頭の後ろを掻く今西部長
もう言い逃れは出来なかった
「幸子はん・・・」
「ま、まぁ!無事スタジオには着きましたし!ボクもこの通り完全復活!さぁ!メイクも終わりましたし、そろそろ行きましょう!ね?ね?ねぇ!」
「幸子ちゃん・・・いくら何でもそれは・・・」
今度は今西部長が不思議そうにやりとりを見ているとドアが開き、番組スタッフが迎えに来た
「さぁ行きましょう!カワイイボクを皆さんが待ってますよ!」
紗枝と友紀は再び顔を見合わせると、まぁしょうがないと2人で納得し、今西部長の応援を背中に受け、スタジオへと向かうのだった
ーーーーーーーーーーー
「ただ今帰りました〜」
「おお、お疲れ様」
事務所に入ると、ひな先輩がコンビニのおにぎりを口に咥えながら手を少し上に上げて迎えてくれた
そうか、もうお昼すぎだもんな
「そういえばお前、昼飯は?」
「あ、帰りに買ってきましたよ。ほら」
「お前・・・もうちょっと他の物も食べたらどうだ・・・」
いいじゃないですか、鮭おにぎり好きなんだから
「そういえば、姉さんは?」
ひな先輩に聞くと、不満バリバリな顔をして親指を事務所の奥に向ける
「にへっ、フフフ。にゅふふ・・・」
見てみると、何やらテーブルの前で薄ら笑いを浮かべている姉さんの姿があった
「・・・何か目の前のカップ麺に面白いことでも書いてあるんですかね?」
「帰ってきてからずっっっとあんな調子なんだけど」
その表情は一喜一憂しており、にへぇ〜と表情が和らいだとと思ったら、頭を左右に振って普段の表情に戻り、また何かを思い出したかのように表情を崩すということを繰り返していた
「姉さん、姉さん?ちょっと、姉さん」
さすがに見ているこっちが恥ずかしくなってくるので声をかけに行く
「あ、あらレイジ君、お疲れ。今戻ったのね」
「ええ、お疲れ様です。あの・・・大丈夫ですか?」
「へ!?大丈夫よ、大丈夫。別に何ともないわ。ええ、別に何も?ゆかりちゃんが仲良さそうに仁奈ちゃんと話してる姿が尊かったとか、智絵里ちゃんが天使だったとかそんなこと考えてただけよ?あぁ、でもグフフ・・・」
ダメだ、これは限界だ。完全にポンコツになってる
ちなみに目の前のカップ麺もそろそろ限界だ
「随っっっ分と楽しかったみたいね」
ひな先輩が自分のお昼を持ってこっちのテーブルへ来た
姉さんのカップ麺の蓋を開け、強引に箸を持たせる
「私が一人で必死に書類を片付けてる間に二人仲良く346観光だなんて、羨ましいったらありゃしないわ。あー羨ましい」
「わ、悪かったわよ・・・ひなちゃん。あ、でもでも!本当に凄かったのよ!もう目の前にアイドルが!すぐ近く!そう、こんな距離感だったんだから!」
そう言って、隣に座ったひな先輩の肩と自分の肩の間に手を入れて前後交互に動かす
そんなに近くにアイドルがいたなんて確かに羨ましい
「はいはいわかったわかった!ほら、早くしないと冷めちゃうから」
「あぁ!い、いただきまーす」
ひな先輩に諭されやっと食べ始める姉さん
俺は冷蔵庫に飲み物を取りに行くついでにテレビをつける
すると
『さて!346プロの方々にとっては嬉しい悲鳴!オリコンチャートを独占しているアイドル部門の方々ですが、ここで生の声を聞いてみたいと思います!KBYDの皆さん!今のお気持ちは?』
『これも一重に応援してくれてるファンの方々のおかげどす〜。ほんまに、ありがとうございます〜』
『そうそう!野球と同じ、一人じゃここまでこれなかった!みんなありがとー!大好きだよー!』
お昼のトーク番組にまたまた、346プロのアイドルが出演していた
確かに、ひな先輩の言う通り色々な番組に出演しているようだ
「あぁ!紗枝ちゃん・・・!今日もはんなりカワイイ!」
「まったく、見境ってものがないのか!」
カップ麺をズルズルすする姉さんと、持ってきた飲み物をコップに注いで姉さんに渡すひな先輩
「あぁ、神様ありがとう・・・この世にKBYDを生み出してくれて本当にありがとう」
「いいからお昼終わったらちゃんと仕事に戻ってよ。いい?」
うん。と爽やかな声で返事をする姉さん
その時だった
『そうそう!確かにボクもカワイイですが、皆さんの応援あってこそですよ!これからもカワイイボクと!』
『野球!』
『どすえ〜』
『『『KBYDをよろしくお願いします!』』』
息ピッタリな自己紹介の後に、スタジオからは大きな拍手と歓声が響く
でも、気になったのはそこじゃなくて
「ごちそうさま!たまにはひなちゃんお手製のお弁当も食べたいかなぁ〜なんちゃって」
「ちゃんと仕事したらね」
「ちゃんとやることはやるわよ〜、今西さん何時だっけ?」
この声、なんだか聞き覚えがあるような・・・
それにこの服とこの喋り方
「8時までに届けてほしいって、場所は第三スタジオとか言ってたけど」
「んー、りょうかーい。その時に地図頂戴ね」
そうだ、間違いない
この子は・・・
「この子、今日スタジオまで乗せてった子じゃん」
その独り言を呟いた瞬間、事務所の空気が張り詰めたのがハッキリわかった
「・・・あ?」
流し台にお湯を捨てながら固まる姉さんと
「・・・」パリッ
無言でおにぎりを咥えるひな先輩
情報処理が追いついていないようだった
「なんだって?聞こえなかった、もう一回」
ギャルゲーみたいな五七五を言い出す姉さん
「この子を、乗っけて、行ったの、スタジオに」
「この子?」
「うん」
「幸子ちゃん?」
「うーん、多分そう」
「あの34で?」
「まぁ、うん。後ろに乗ってたけど」
「・・・」モグモグ
俺たちの会話をよそに、モグモグタイムを続けているひな先輩
その後また数秒沈黙が続き、お湯を全部捨てて、しっかりと容器の中を洗い、ちゃんと分別してゴミ箱に捨てた姉さんが、テーブルを挟んで目の前に座る
「ねぇ」
「はい」
「あなたの車のリヤシート、私の車と交換しなさい」
「いやいや、車が違うから無理ですって」
「元は私の車なんだからきっと大丈夫よ!」
「なんですかそのパワーワード!」
また姉さんが羨ましいとか何とかギャーギャー騒ぎ始めた隣で、ひな先輩からツッコミが入る
「というかお前、今西さんはどうした?」
「あ、何かその・・・幸子ちゃん?が、連絡しておくから出してください!みたいなことを言っていたのでそのまま出しました。相当急いでいたみたいですし、スマホいじってたとこも見たので・・・」
「まぁ、何も連絡ないとこを見ると大丈夫だったみたいだけど・・・それよりも」
横目で姉さんを見る
「ああ!この服、よく見たらあの時ぶつかった子と同じ・・・!じゃあじゃあ!あれは幸子ちゃん!?私としたことが、一生の不覚!
でも、この後リヤシートを・・・いやいやそれよりも!」
テレビに張り付きあれだこれだと言い始めた姉さんを呆れ顔で見るひな先輩
「ほらほら、さっさと仕事に戻りますよ」
「ちょっと離してレイジ君!私にはやるべきことがあるの!」
「やるべきなのは、し・ご・と!ほらオーダー持って」
「もう・・・はーい」
今西さんの仕事内容が書かれた紙を持たせ、ひな先輩がキレる前に工場に押し込んだ
「まぁ、ああなるのも無理はないと思うけどな。ファンならなおさら」
食べ終わったゴミを捨てながら、ひな先輩が言う
「・・・まぁ、ここまで人気になったんなら別の問題も出てくると思うけど」
「?」