「お前たち・・・今日はオフじゃなかったのか?」
「プロデューサーこそ、なんでここに?」
バタンと社長室の扉が閉まり、室内の電気が点いた
「俺は仕事の打ち合わせで来たんだ。まったくお前たちは・・・ああ、すいません。お仕事の邪魔をしてしまって」
「全然。丁度仕事が一段落して、話し相手が欲しかった頃に二人が来てくれたので、逆に助かりました」
会計用の小型金庫のお札を数え、領収書を整理しながらひな先輩は笑顔で答える
そんな様子を見ていた加蓮は「だってさー?」と手を後ろに組んでプロデューサーに向けイタズラっぽく笑うと、プロデューサーから頭にポンっと軽くチョップされる
「もう暗くなってきたし、さっさと帰りなさい。気をつけるんだぞ」
「えー?プロデューサー、こんな暗い中女の子二人だけで返すつもり?冷たーい」
「そ、そうは言ってもだな・・・」
「居てもいいでしょ?ねー?おねが〜い。後でプロデューサーと一緒に帰ればいいでしょ〜」
「冷たい人」
「凛はいつも歩いて帰ってるだろ!まったく、どうしたら・・・」
二人から責められ狼狽しているプロデューサー、そのやり取りを見ていると、小型金庫を事務所の隅の大金庫にしまいに行こうとするひな先輩に肩を叩かれる
「お前が送ってやれ」
「ああ・・・え?俺ですか?」
思わず振り返ると、何事も無かったかのようにスタスタと歩いていってしまうひな先輩
カウンターに向き直ると
「え?ホント?」
ついさっきまでプロデューサーに食ってかかっていた加蓮がいつの間にか目の前の椅子に座っていた
「それだったらアタシ言うこと聞いちゃうかも、凛はどうする?」
凛は凛で床に置いていた自分のバッグを持ち、帰る準備を整えていた
「・・・はぁ」
俺は渋々鍵がポケットに入っているブルゾンを羽織る
「なんか久しぶり〜」
「へぇ、へぇ。そうですかい。そいつはよござんす」
「ちょっと待ってろ」と加蓮の言葉を聞き流しながら準備を終えて、車を取りに行くため出入口へ向かう
「すいません、よろしくお願いします」
「ああ、いえいえ。キチンと送り届けます」
そのやり取りを間に受けたのか、ものすごく申し訳なさそうな顔で謝られてしまった
「大丈夫ですよ。いつもこんな調子なんで」
「そうそう、大丈夫だよプロデューサー・・・なんてね」
「まったくお前たちは・・・」
ひな先輩がフォローするが、凛の言葉に腰に手を当てて呆れているプロデューサー
そんなやり取りを見ながら出入口から外に出る寸前、ひな先輩がこっそりと加蓮に耳打ちしていた
・・・嫌な予感しかしない
ーーーーーーーーーー
「じゃあね〜プロデューサー。また明日〜」
「ああ。そうだ、明日は9時だからな。遅れるなよ」
「わかってる・・・本館のロビーに居ればいいんでしょ?」
プロデューサーの言葉と同時に凛ちゃんは携帯を開き、指で画面をスライドさせる
予定を確認していたのか、指の動きが止まると小さく頷き、携帯をポケットにしまった
「じゃあ、お邪魔しました〜。ひなさんまたね〜」
「ああ」
「お邪魔しました」
二人の言葉に椅子に座りながら軽く手を挙げて答えると、出入口に車を持ってきた零次の元へと向かう
出入口で腕を組んで待っていた零次の背中に加蓮ちゃんが回り込み、手でその背中を押していく
なんだよと悪態をつく零次をよそに加蓮ちゃんはぐいぐいと車へと押し込む、そんな三人を見ながら一口コーヒーを飲んだ
「本当にすいません。彼女たち悪気はないので・・・」
「大丈夫です、それはよくわかっています」
プロデューサーがそう言って外を見る。コーヒーカップを持ちながら、同じように視線を向けると、助手席に乗り込もうとする加蓮ちゃんを指差して止め、後ろに乗るよう催促する零次の姿があった
あからさまに不機嫌な様子で、えー?っと抗議する加蓮ちゃんだが、零次が首を横に振り再度催促すると渋々後ろに乗り込む
凛ちゃんはというと、最初からその結末がわかっていたかのように黙って後ろの席に乗り込み、一人携帯を触っていた
「それにしても、あんな風に笑う加蓮を久しぶりに見ました」
車の音を低く響かせて走り去っていく零次達を見ながら、プロデューサーがポツリと呟く
「あいつ、いつも申し訳なさそうに笑うことが多いんですよ。年相応に楽しんでもらおうと頑張ってはいるんですが・・・」
「テレビなんか見てる感じでは、そんな風には見えませんが?」
「とんでもない!加蓮は元々身体が弱くて、最初スカウトした時なんか名刺を突き返されてしまって・・・、ですが今は私の想像以上に輝いてくれています。私の目に狂いはなかったと、安心しているくらいで。あんな風に笑うようになったのはきっと、ドライバーさんが何かしてくれたのではないかと思っていたのですが・・・」
「あいつはそんな器用なことできるやつじゃないです」
そう、あいつはわざわざ説教したり、テーブルを挟んでお茶を飲みながらゆっくりお話しするようなタイプではない
いつもまるで子どものような事を言ったりやったり
アイドル達との関係もそうだ、今日も凛ちゃんや加蓮ちゃんにからかわれたりと、その間にまるで壁がないように振る舞う
美城に行ったときもよくアイドル達に捕まると私に愚痴ってくる
「それが彼のいいところだと、私は思うがね」
「あ、社長さん!」
いつの間にか、荷物を置いてスーツをピシッと着直した社長がカウンターに向かって歩いてきていた
「彼女達の周りには、普通の学生生活を送っていれば本来いるはずがない''肩書き''や''役職''といったものを持っている大人たちが沢山いる。今西君が言っていたが、そんな中、仕事に精一杯アイドルのみんなが努めてくれているそうじゃないか。その傍に彼のような人間が一人は居てもいいんじゃないかと、私は思ったんだけどね」
「社長さん・・・」
「まぁまぁ、立ち話もなんだ。早速仕事の話を聞こう。さぁこちらにどうぞ。雛子君、コーヒーを二つ頼む」
「わかりました」
パソコンの電源を落とし、社長に言われた通りにコーヒーを淹れるため給湯室へと向かう
社長に催促されたプロデューサーは言われた通りに事務所奥の休憩スペースまでついていき、テーブルを挟んでソファーに腰掛けた
それから横に置いたビジネスバッグからファイルに入れられた書類をテーブルの上に出し、社長の前へと少し近づける
「こちらなんですが・・・」
「ふむ・・・イベント、握手会の送迎と・・・この''付き添い''というのは?」
「ええ、大変申し訳ないのですが・・・」
コーヒーをそれぞれの前に置くと、社長はファイルから取り出した書類をペラペラとめくり、プロデューサーはその様子をうかがいながら、申し訳なさそうに切り出す
「お恥ずかしいことに、前期末で別件の仕事が重なり、どうしても緒方智絵里に付き添うことが出来なくなってしまいまして・・・。周りに現場のイベントスタッフもいるのですが、実のところ美城の関係者がいたほうがスムーズにいくのです。主に連絡の面で」
「忙しいのはどこも一緒ですなぁ」
「ええ。仕事が増えるのは嬉しいのですが、この時期はどうも・・・」
これまた態度を変えず、申し訳なさそうに頭の後ろに手を当てて社長にむかい、小さく頭を下げているプロデューサー
「そこで、青葉自動車さんのドライバーさんに、今回は付き添いもお願いしようかと思ったのですがいかがでしょうか?先程の北条の態度や周りのアイドル達の話を聞くと、随分とドライバーさんは信頼されているようなので、アイドルの方も安心すると思うのですが・・・。もちろん私もこれ以上に信頼して預けられる方はいないと思っております」
「うむ、困っているなら仕方がない。工場の仕事も一段落してきているみたいだし、早速、帰り次第零次君に伝えて・・・」
「社長、ダメです」
社長の言葉を遮るように、話に割って入る
「雛子君?」
「今回ばかりは、零次を出せません」
確かに工場は少し暇になった
だが会社としてみると話は違ってくる
さっきプロデューサーが言っていたように今の時期は前期末、仕事の締めでもあるが、新たに来る後期への始まりの季節でもある
前期分の仕事の領収書や明細書などの書類の片付け、処理、そして後期へ向けた仕事の確保、準備など、私一人では到底片付けられない量の仕事がまだ残っている
零次が抱えている領収書の量も、本人に聞いてみなければわからないし、加えて今年度は美城からの仕事も増えた
零次と協力しなければ終わりが見えない、まさに猫の手も借りたい状況なのである
「なので、今回は零次を出すわけにはいきません。書類を見た限り、現場は近くみたいなので、送迎だけに限れば出来なくもなさそうですが、それでもギリギリの状態です」
「うむむ・・・確かにそうだな。売り掛けの回収も兼ねての外回りなら・・・いや、それでもダメだ。うーん、どうしたら・・・」
「いやいや!青葉社長!私がこんな忙しい時に仕事を持ち込んだのが悪いのです!申し訳ありません。緒方もすでに経験を積んでいますので、最悪、現場スタッフに合わせるよう指示します」
「そんな、プロデューサー君。女の子を一人行かせるわけには・・・」
「あ、青葉社長、そんなに頭を悩ませなくとも、元々は我々の仕事ですので・・・」
お互いが謙遜し合い、頭を悩ませている中、私は自分のデスクに戻る
何気なく足元に置かれている膝くらいの高さのチェストを開けると、まだ処理していない領収書がビッシリと詰まっていた
「・・・はぁ」
一つため息をついて、チェストを閉め、机の上に肘をつき、奥で話し合う二人を見る
・・・ダメだ、どうやっても解決策が思いつかない
零次を行かせたとしたら、毎日が残業祭りになる
ただでさえ地獄を見る羽目になるのに、そんなことしたらまさに地獄行きだ
二人のように、私まで頭を悩ませる
「ひなちゃん?」
・・・顔を両手で覆い隠していると、頭の上から声が聞こえてくる
「何してんのそんな顔して〜、また難しいこと考えてるの〜?」
こっちの気持ちなんてつゆ知らず、その声の主はそんなことを言いながら私のデスクが密着している壁に、工場の鍵をいつもの場所へ引っ掛ける
「フンフンフフーン」
鼻歌を歌いながら先程作業していたデスクに行き、パソコンの電源を落としていた
その様子をジッと見ていると、その人は「うん?」とキョトンとした顔で首を少し傾け、同じようにこちらに視線を向ける
「おお、美空君。工場はもう終わったのかね」
「あ、社長!ええ、今日はもう終わりましたよ。というよりは仕事があらかた片付いたので大した事は今はないんですけど。あら、こんばんは」
「すいません、お邪魔しております」
プロデューサーに気付き、そちらにも頭を下げる
「あ、私もコーヒー貰おうかな〜。いいしょ?機械もう止めた?」
「いや、まだ」
「じゃ、もーらおっ!」
また意気揚々と鼻歌を歌いながら、姉さんは給湯室へと消えていく
その様子を見ていた社長が何かを思いついたのかハッとした表情を浮かべたのを私は見逃さなかった
「プロデューサー君、相談があるのだが・・・」
「社長!ダメですっ!」
思わず声を上げた
ーーーーーーーーーー
「わぁ・・・ありがとうございます!」
「こちらこそ!本物に会えるなんて!」
用意された室内で次から次へと押し寄せるファンに、ひっきりなしに握手を交わす
社長から話を聞いたときは、何かの冗談かと思っていた
やたらとひなちゃんが抵抗していたが、無駄な抵抗は止めろと無理やりおさ・・・説得したのが功を奏し、今回の仕事を割り振ってもらうことができた
握手会は順調に進み、天窓から差し込む日が段々と傾き始めてからもファンは途切れることなく続き、私も傍に立ち時々はがし役に徹する、ルールは守られるべきだ
しかし、これ程の人数をウェブページの小さな広告だけで集めるとは、彼女の人気ぶりがうかがえる
「智絵里ちゃん!来たよ!」
「あ!お兄さん・・・!」
智絵里ちゃんはそう言うと、一人のファンと握手を交わす
「また会えて嬉しいですよ!遠くから来た甲斐がありました!」
「午前中も同じこと言ってましたよ?」
そう言ってクスッと笑いかける智絵里ちゃん
そうだ、この人は昼前にも見掛けていた
相当なファンなのか、智絵里ちゃんも他のファンよりは親しげに接している
握手をしながら何気なく会話したり、そのファンの人の名前を呼んであげたりと神対応が続くが、そう・・・ルールは、守られなければ、いけない!!
「はいはいはい、すいませんね兄さん、そろそろ時間なのではい」
そう言って間に割り込み、手を入れて離れるように促す
「ああ、すいません!それじゃ、智絵里ちゃん頑張って!」
「はい、ありがとうございます」
最後にニコッとふんわりした笑顔を向けると、満足したようにそのファンは去っていった
「・・・今の人は?」
「え?あ、はい。私のことを凄く応援してくれている方なんです。いつもイベントとかあると来てくれて・・・あ、ありがとうございます。・・・え?そんなに遠くから来てくれたんですか?ありがとう・・・!」
会話している間もなく、すぐさま次のファンの人の対応をする智絵里ちゃん
私はと言うと、遠くでポツポツと歩きながら携帯を触っているそのファンの兄さんの背中を見ていた
そうか、そんな対応もしてくれるのか、さすがチエリエル様だ
その様子を側から見ているだけでも、智絵里ちゃんのその笑顔は、テレビや雑誌なとで見る時よりも一層輝き、百聞は一見にしかずということわざは、こういう時のためにあるのだろうと思った
握手会は滞りなく、大盛況のまま続いていく
続いていくのだが