ヘイ!タクシー!   作:4m

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クローバー03

「会えてよかった!うぅ・・・本当によかったでずぅ・・・!」

「ありがとう。また・・・会いましょうね?」

「はい!まだぎまずぅ・・・」

 

最後のファンが瞳に涙を浮かべ、握手している方とは逆の手でその涙を必死に拭いている

 

「それじゃ・・・ありがとう!本当にありがとう・・・!」

「はい・・・!帰るときは、気をつけて帰ってくださいね?」

 

その一言を投げ掛けると、ファンの男性は名残惜しそうに智絵里ちゃんから手を離し、一歩、また一歩と遠ざかっていく

 

「本当にありがとう!」

「はい、バイバイ・・・!」

 

スタッフが出入り口の扉に手を掛けて待機している中、その男性は出入り口で一旦止まり、最後出て行く瞬間こちらに振り返り大きく手を振っていた

それに応えるように、智絵里ちゃんも手を胸の前で小さく振ると、満足気な表情で男性は出ていった

直後、扉が閉められる

 

「はい!緒方さんお疲れ様でした!」

「はい、お疲れ様でした・・・!」

 

瞬く間に部屋の中はスタッフの声で溢れ、テーブルを片付ける者、テーブルに置いてあったCDを箱に入れる者、智絵里ちゃんの後ろに置いてあったホワイトボードを移動させる者などでごった返していた

 

「ふぅ〜・・・」

 

智絵里ちゃんはというと、無事イベントが終わった事に安心しているのか、胸に手を当てて、満足したかのように笑顔を浮かべている

 

私の視線に気付いたのか智絵里ちゃんがふと顔をこちらに向けると、はにかむように小さく笑い、ほんの少しだけぺこっとお辞儀をしてくれた

と思ったら、恥ずかしくなったのか顔を戻し、口元をすこしゴニョゴニョさせながら、顔をほんのり赤く染めている

 

・・・ああ、神様。破壊という言葉自体には善悪は無いという言葉を私は今日、智絵里ちゃんによるハートブレイクエンジェルスマイルによって、身をもって体感することができました

私はこんなに幸せでいいのでしょうか?

いや、これはチエリエルが運んでくれた福音の一端に過ぎない

その存在そのものが尊いというのに相応しい人ぶt

「あの・・・ド、ドライバーのお姉さん・・・」

「はい、なんでしょうか」

 

自分でもビックリするくらいハッキリとした口調がオートで口から出た

 

「そろそろ・・・私も今日は346プロに戻らなきゃいけなくてですね・・・帰りも送迎して・・・いただけるんです・・・よね?」

「もちろんですとも」

 

まだ私のことを恐がっているのか、たどたどしくそう話しかけてくる智絵里ちゃん

目線を合わせたり合わせなかったり、年相応に一歩身を引くその態度に、私は少し寂しさを覚えながら、一緒に身支度を整える

幸いにもスタッフの数は充分に足りており、テキパキと手際よく現場が元の状態へと戻る中、私と智絵里ちゃんは部屋を後にした

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・」

「・・・」

 

部屋を出てから、智絵里ちゃんの荷物が置いてある楽屋まで向かっているものの、沈黙が続いていた

智絵里ちゃんも気にしているのか、チラチラとこちらの様子をうかがっている

そのワンピース、すごい可愛いね

その四つ葉のブローチも素敵

髪に付けてるシュシュはどこで買ったの?

など、話題は尽きない筈なのに、聞こえるのは二人して廊下を歩く足音だけだった

 

「・・・えっと」

「あ、上ですよ」

 

エレベーターの手前、沈黙を破って出たのはそんな言葉だった

智絵里ちゃんが一歩前に出て、エレベーターの上ボタンを押す

 

「ありがとう」

「あ、いえ・・・」

「あの・・・今日は凄い可愛かったわ!もう、凄く・・・!可愛かったと思う!」

「本当ですか?えへへっ、ありがとうございます」

 

私は何を言っているんだ

もっと気の利いた台詞があるはずだろう

''かわいい''なんて言われ慣れているだろうに気の利いた言葉が出てこない

天井、壁、エレベーターの扉、視線ばかり動かして肝心な口が動いてくれない

せっかく智絵里ちゃんが隣にいるのに、つまらなかったらどうしよう!

 

「・・・あ、あの。ドライバーのお姉さん」

「へ?あ、はい?」

 

エレベーターのチャイムが鳴り、扉が開くと同時に智絵里ちゃんに話しかけられた

 

「あ、えっと・・・あの」

 

タイミングの悪さに、智絵里ちゃんがオドオドと口ごもる

 

「とりあえず、乗りましょうか」

 

そう言って、手で乗るように催促する

 

「そ、そうですね。じゃあ・・・失礼します」

「いえいえ、レディファーストですので」

 

智絵里ちゃんはぺこっと頭を下げると、足早にエレベーターに乗り込み、すぐ側のパネルの位置に立ち、''開''のボタンを押してくれていた

 

「あら、ありがとう」

 

私が乗り込むのを確認すると、智絵里ちゃんは一瞬ニコッと笑い、ボタンから手を離す

私はそのまま扉とは反対側の壁に腕を胸の前に組んで寄り掛かった

 

「ごめんなさい。それで、何だっけ?」

「あ、あの・・・ですね」

 

扉が閉まるのと同時に、智絵里ちゃんは話し始める

 

「零次さん・・・お元気ですか?」

「レイジ君?」

「はい・・・あの、最近346プロに来ないからみんな心配してて・・・」

「あらあらあら〜」

 

何か身体を壊したとか、事故にあったなどと勘違いしているのか、心配そうな表情のままそう聞いてくる智絵里ちゃん

まったく、あの子もモテモテねぇ〜

 

「今日、青葉自動車さんの方に会うって言ったら、みんなに聞いてきてほしいって言われたので・・・何かあったのなら」

「あぁ大丈夫大丈夫。別になーんも無いわよ。前期末だから忙しくて、顔を出せなかっただけ」

「ほ、本当ですか?よかった・・・」

 

智絵里ちゃんはそう言うと、ホッとした表情を浮かべて壁に少し寄りかかる

私から視線をちょっと外し、胸に手を当ててため息をついていた

 

「今日もレイジ君がよかった?」

「あ、いえ!そういうわけではなくて!その、零次さん以外の人と会うのは初めてで!ど、どうしたらいいかなって緊張してて・・・!」

 

両手をパタパタと振りながら、智絵里ちゃんは慌てて否定する

 

「ごめんごめん、冗談よ冗談」

 

すると、うぅ〜・・・と乗ってるエレベーターのモーター音と同じようなトーンで小さく可愛らしい唸り声を上げ、顔に手を当てて俯いてしまった

 

「どう?レイジ君上手くやってる?私、ずっと工場にいるから話しか聞いたことなくて」

「そうですね、零次さん・・・あ、この前梨沙ちゃんと仲良さそうにケンカしてましたよ?」

「それホントどういう状況なの?」

 

智絵里ちゃんは身振り手振りを交えて一生懸命説明してくれた

買ってきた飲み物が炭酸やら何やらで言い争いになり、噛みつきあいになるのはもはや日常茶飯事になっていて、それを見ているギャラリーたちも''は〜じまった、はじまった''と微笑ましく見ているのだという

最後は決まって、「お前、いつか倒す」「やってみなさいよこのお子ちゃまドライバーが」と締めるか第二ラウンドに持ち込むかの流れがお決まりだという

 

「でも、そんなこと言ってても梨沙ちゃん、零次さんが来ない日は何だかつまらなさそうにしてるんです。仕事の合間とか、休憩中にたまに抜け出して本館の玄関まで行ったりとか」

「ごめんね〜、ウチのが迷惑かけて」

「いやそんな!すごく仲良さそうなんですよ?何だか兄妹みたいで・・・」

 

その言葉に嘘はないのだろう

話をしている智絵里ちゃんはとっても楽しそうで、良くも悪くもレイジ君は彼女たちに何らかの影響を与えているみたい

 

話を続ける智絵里ちゃんだが、エレベーターのモーター音が徐々に小さくなり、チャイムと同時に扉が開く

 

「あ・・・」

「ん、どうぞ」

 

乗り込む時と同じように智絵里ちゃんに向け手で先に降りるように促すが、智絵里ちゃんは壁から離れようとせず、また''開''のボタンを押してくれていた

 

「レディファースト・・・です!」

「おぉ〜、ありがと!」

 

そう伝えると智絵里ちゃんはまたニコッと微笑んでくれた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「いやホントもう最っ高!聞いてよ智絵里ちゃんったら私にニコッて!そう!ニコッて笑ってくれたの!沢山お話しして、もう何が何だかあっはぁっ!はっはっは!」

『・・・ねぇ、その話あとどれくらい続く?』

 

智絵里ちゃんがまだ控え室で荷物をまとめている間、私は一足先に外に出て、車を玄関先までまわす

辺りはすっかり暗くなり、全天候型の正面玄関の照明が輝く中で、その屋根の下に車を止める

ビルの玄関前通路に車をつけ、エンジン音が響く中、車内でひなちゃんとの会話に花が咲いていた

 

『で?仕事のほうは?無事に終わり?』

「ええ、流石大人気アイドルね。会場も立派なビルだし、20階建てよ?もー、夕方までファンがひっきりなし、整理券配っておいて正解よこれは」

 

今回のイベントは新曲のCDの販促も兼ねた握手会

事前に抽選されたものも含む、当日券も交えての4日間のイベント

今日はこのビルだったが、近場で場所を転々とし開催されるものだった

場所が固定されていればプロデューサーも目が届きやすかったとのことだが、他のアイドルの仕事もあり、その現場まで行かないといけないものもあるため、どうしても全部には付き添うことができないとのことらしい

 

「そっちはどう?ひなちゃん。工場のほうは、大丈夫そう?レイジ君入ってるの?」

『まぁ、整備のときはね。ああ、書類は机に置いといたから。それに強力な''助っ人''もいるし、何とかやってる。あーだこーだ言いながら』

「あーだこーだ?」

 

ひなちゃんが話している後ろで、よく聞き取れないがおそらく工場でレイジ君が話しているような反響している声が聞こえてくる

社長がバイトでも雇ったのかな?

 

『とにかく、こっちは何とか大丈夫だからそっちはよろしく。気をつけて帰ってきて』

「はーい、安全運転しまーす」

 

そう言うと同時に通話が途切れ、携帯をポケットにしまうとシートに深く腰掛ける

ハザードが点滅しているメーターを何気なく眺め、音が車内に微かに聞こえながらボーっと外を眺めていると、玄関より少し離れた場所の人影に気付いた

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい、今日は無事に終わりました。これから346プロに帰ります・・・え?はい、とっても親切で綺麗なお姉さんです。はい、よろしく伝えておきます。はい、お疲れ様です・・・!」

 

事務所への連絡を済ませて、携帯をバッグにしまいながら私はビルの受付の前を横切り、玄関へと向かう

外にはお姉さんの車が既に待機しているのが見え、車の屋根に手をつきながらお姉さんも外に出て待っている姿が見えた

なんだか待たせてしまったみたい

私は少し急ぎ気味に玄関の扉を開け、車に小走りで駆け寄る

 

「すみません・・・!お待たせしました・・・あれ?」

 

私が来たことに気付いていないのか、少し頬を膨らませたお姉さんの視線が車の前側から動かない

何かと私もその先を見ると、アーチ状の玄関の、外側の柱の影にいつものファンのお兄さんの姿が少し見えた

恐る恐るこちらを覗き込み、お姉さんの視線に怯えているのか出たり隠れたりを繰り返していた

 

「あれ?お兄さん・・・?」

「ち、智絵里ちゃん!」

 

私の言葉に安心したのか、遠慮がちに少しずつこちらに近づいてくるお兄さん

近づくたびにお姉さんは不機嫌そうに車の屋根を人差し指でトントントンと叩き始めていた

 

「丁度近くを通りかかって・・・智絵里ちゃんの姿が見えたから!」

「''出待ち''は感心しないわね」

 

お兄さんの動きが止まると同時に、バンッとお姉さんは手のひらで車の屋根を叩く

 

「お、お姉さん違うんです!このお兄さんはいつも他のファンの方とお見送りまでしてくれるんです!だから・・・!」

 

私は慌てて二人の仲裁に入る

怯えているファンに対してお姉さんはフーン・・・と一言不機嫌な態度を崩さず呟くと、そのまま車に乗り込んでしまった

 

「お、お兄さん。何だかすいません・・・」

「いえ!いきなり押しかけた自分が悪いんで!気をつけて帰ってください!」

 

そう言いながらまた頭を下げるお兄さんに対して、私も同じようにありがとうと伝えながら頭を下げた

そして私が車の助手席に乗り込んだのを確認すると、お兄さんは再度頭を下げ、こちらに背を向けて歩きだす

 

「まったく・・・熱心なファンもいるもんね」

 

ハンドルにベタッと上半身を乗せてフロントガラスを覗き込みながら、また不機嫌そうに呟く

 

「はい。でも、とってもありがたいです。こんなにも応援してくれる方々がいるなんて」

 

そうだ、以前は考えられなかった

何をしても弱気になり、一歩踏み出せなかった自分が、その一歩を踏み出して。

そのおかげでプロデューサーに会い、仲間たちに会い、そして大勢のファンたちに出会う事ができた

その一歩を踏み出したおかげで、立ち止まりそうになったときは背中を押してくれる人がいるのを知る事ができた

 

「私は・・・幸せ者ですね」

 

自分のお守り代わりのクローバーのネックレスを触りながらそう言うと、お姉さんはこちらを見てニコッと笑う

 

「智絵里ちゃんがそう言うならいいけどさー」

 

お姉さんは何とか自分の中で納得したのか、シートの背もたれに深く寄りかかり、一つため息をつきながらポケットに入っていた携帯を取り出す

 

「さて、仕事も無事終わったことだし退散しますか!ちょっと待ってね、今私が思考に思考を重ねたこの日のための最高のプレイリストを・・・車は古くてもナビだけは最新だから!」

 

お姉さんが自分の携帯を片手に持ちながら、車のナビを操作する

楽しそうにしているお姉さんを見ていると、突然その手が止まった

 

「・・・お姉さん?」

 

まるで時が止まったように、私の問いかけにも一言も答えず動かなくなったお姉さん

次第にその顔が険しくなり、次の瞬間には車のサイドミラー、ルームミラーなどで周囲を確認し始めた

私たちの周りはというと、そのビルの関係者たちが数人玄関から出入りしているくらいで特に問題はないように見える

ファンのお兄さんも丁度ビルの敷地内から出て行くのが見えた

 

「あの・・・お姉さん、お姉さん?」

「え?あ・・・」

 

私の問いかけにやっと答えてくれたお姉さんの表情は先程から打って変わって、何か信じられない物を見たように目を丸くして、私とジッと目が合う

私が少し首を傾げると、お姉さんは慌てたように笑顔を浮かべてハンドルを握り、元の姿勢に戻った

 

「ああごめんね!何でもないの。さぁ、戻りましょうか」

「は、はい」

 

そうして私は346プロへの帰路へついたのだった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「・・・あら、お帰り。もう零次は帰ったよ。私もそろそろ上がるから・・・」

「・・・ねぇ、ひなちゃん」

「ん?」

「ちょっと、工場貸してもらえる?」

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