「・・・」
次の日、私は昨日と同じように346プロの本館の玄関でお姉さんを待っていた
玄関脇の壁に少し寄りかかり、時折玄関前の道路に目を向ける
「あ!智絵里ちゃんおはよー!今日もイベント?」
「うん、莉嘉ちゃんは・・・今日は収録だったっけ?」
「そう!お姉ちゃんと一緒なの!あ!未央ちゃんおはよー!」
私の横を嵐のように物凄い勢いですり抜け、莉嘉ちゃんはいつもの調子を崩さず、奥の休憩スペースに座っていた未央ちゃんの元へ走っていった
隣に座り、笑い声にその場が包まれながら会話が弾んでいく
あんな風に私も、もっと積極的だったら、お姉さんともっと仲良くなれるのかな・・・
昨日も何だか、会話もギクシャクしちゃって、切り出すのに少し時間がかかっちゃったし・・・
面白くない女の子だって思われたらどうしよう・・・
手提げバッグを両手でギュッと握りながら俯いていると後ろから声が掛かる
「智絵里ちゃーん!お迎え来てるよ!お迎え!」
「え?」
口に手を当てて叫ぶ莉嘉ちゃんの声に顔を上げ、一瞬そちらに振り返ると莉嘉ちゃんが一生懸命に玄関を指差していた
言われた通りに玄関を見てみるといつの間にか玄関前の道路にシルバーの車が止まっている
「レイさんによろしくねー!!」
「あ・・・う、うん!行ってきます!」
「え?レイくん来るの!?莉嘉も行きたい〜!」
未央ちゃんと、莉嘉ちゃんの羨ましがる声を背中に受けながら私は玄関へ向け歩き出す
玄関のガラスに未央ちゃんたちの姿が反射して映り、隣で駄々をこねる莉嘉ちゃんの頭に、エレベーターから出てきた美嘉ちゃんが「こ〜ら」と持っている台本を軽く置く
そんな光景を少し遅れてエレベーターから出てきたプロデューサーさんがクスクス笑いながら見ていた
それにつられ私もクスッと笑ってしまう
「あらっ、何か面白い事でもあった?」
「あ、おはようございます!」
中からは車しか見えなかったので、お姉さんが外に出ている事に気づかなかった
私は少し恥ずかしくなり、いつもよりも少し頭を深く下げて挨拶を交わす
へ、変な女の子だって思われたかな・・・
恐る恐る顔を上げてみると、お姉さんはキョトンとした表情で首を少し横に傾けて私を不思議そうに見ていた
それにしても、本当に綺麗な人
今もそう、車の前側に軽く腰を当てて寄りかかり、左手が軽く車に添えられているそのスタイルは、まるでモデルさんみたい
黒くてピシッとしたチノパンと、白のインナーに黒い秋用のコートを羽織って、前側が開けられたそのコートからは大きな胸元が見える
見ただけでわかるそのサラサラなミディアムショートな髪型はお姉さんにとても似合っていて、整った顔立ちも相まってより一層その魅力を引き立てていた
「・・・?どうかした?」
「いえ、あの・・・お姉さん、綺麗だなって・・・」
「いや〜ん、ありがとう!これ、ひなちゃんにも手伝ってもらったの〜。普段ツナギしか着ないんだから、たまにはオシャレしたらって!」
ひゃ〜っと両手を顔に当てて、恥ずかしそうに顔を隠してしまうお姉さん
なんだかその姿がとても可愛らしくて、またクスッと笑ってしまう
「さぁさぁ、その智絵里ちゃんの可愛いコーデも早く見てもらいましょう!はいどうぞ、乗って乗って!」
「すいません、ありがとうございます」
お姉さんはそのまま助手席のドアを開け、私をエスコートしてくれた
それを受け入れながら車に乗り込むと、柑橘系の爽やかないい匂いが車の中に広がっていることに気づく
「なんだか・・・いい匂いがします」
「あ、わかる?せっかくアイドルが乗ってくれるんだもん、綺麗にしたの!芳香剤も置いてみたんだけど・・・合わなかったらゴメンね」
「いえ!私好きです・・・なんだか落ち着きます」
そう言って私がシートに深く腰掛けるのを確認するとお姉さんは満足気にエンジンを掛けた
私は車が動き出すのと同時にシートベルトを締める
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イベント2日目
この日は季節にそぐわず、気温が上がって少し暑い日和だった
天気こそ快晴だったが、生憎今日は外でのイベントで、会場と控え用のテントがショッピングモールの駐車場の端に備えられ、休日だったこともあり、大勢の人で賑わっていた
「はーい、こちら最後尾となりまーす!気温が高くなっているため、脱水症状にご注意くださーい!」
スピーカーを持ったスタッフの声が響く中、私も智絵里ちゃんの側で役目に徹する
「いやー大変だね智絵里ちゃん、こんなに暑いのに」
「いえいえ!皆さんに会えるのを私も楽しみにしてたんですよ!」
そんな中でも智絵里ちゃんはいつもの表情を崩さず、ファンの人一人一人と笑顔で接している
暑いのは智絵里ちゃんも一緒のはずなのに、一生懸命ファンの言葉に応えるその姿勢はまさにプロであるということを痛感させられていた
「はい、そろそろいいかな〜。すいませんね〜、今日はありがとうございます〜」
「ああ、ごめんなさい!今度はライブに行くねー!」
私が一歩前に出てやんわりとそのファンの女性に言葉をかけると、すんなり智絵里ちゃんの手を放し、素直に去っていく
智絵里ちゃんはそんな去り際でも最後までファンの人に手を振り、見送っていた
「大変申し訳ございません!ここで午前の部は終了となりまーす!午後は張り出している日程の通り開催しますので、それまでに整理券の受け取りをお願いしまーす!」
残り数人を残し、最後尾でスピーカーを持っているスタッフの声が聞こえた
時間ももうすぐ12時を迎えそろそろお昼時、駐車場に入ってくる車もミニバンやハッチバック等のファミリーカーが増え、子供連れの親子が楽しそうに車から降りてくる姿が多い
休日といえば休日だが、学校などの秋休みも重なっているのも大きいと思われる
「では、緒方さん一旦下がります!テーブルの上に昼食用意してありますので!午後の開始は1時半を予定してます!それまでには大体の準備の方をお願いします!」
「はい!ありがとうございます・・・!」
横で智絵里ちゃんの声が聞こえると同時に、目の前がテントについていたカーテンで閉ざされ、視界が遮られると同時に我に帰る
「・・・?お姉さん大丈夫ですか?」
「え?あぁ、ごめんなさい。少しボーッとしてて」
「もしかして、熱中症ですか!?」
「違う違う、ごめんね。本当にただボーッとしてただけだから。さぁさぁ、ここにいたら智絵里ちゃんが熱中症になっちゃうわ!奥に行きましょう!奥に!」
ワタワタと慌て始める智絵里ちゃんの肩を押し、半ば強引に控え用のテントへと押し込んだ
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「あっちぃ〜、これは着てくるべきじゃなかったわね〜」
「私も・・・カーディガンは少し暑くて」
「朝はまだ涼しかったのにねぇ、はぁ・・・」
テーブルを挟んで向かい合って座ると、私とお姉さん二人して同じような事を言いながら上着を脱いで横の椅子の上に置く
お姉さんは自分のバッグの中からタオルを取り出して額の汗を拭いていた
「あぁ、食べて食べて!私に遠慮しないで」
「それじゃあすみません・・・いただきます」
そう言い食べ始める私を見ていたお姉さんは、持っていたタオルを置いてテーブルの端にあるダンボールからお茶が入っているペットボトルを2本取り出し、一つを私の前に置いた
私はまた''すみません''と一言お姉さんに言い、ペットボトルのキャップを開ける
「これって私が飲んでもいいんだよね?」
「沢山入ってるからいいと思いますよ?お姉さんも一応、スタッフですし」
「じゃ、もーらいっ」
お姉さんは子供のように無邪気でイタズラっぽく笑うと、脚を組んで椅子に座りゴクゴクと飲み始める
そんなお姉さんがなんだか可笑しくて、少しむせてしまった
「あらあら、大丈夫?」
「ケホッ、フフ・・・大丈夫ですよ。少しむせただけですから」
心配そうにしているお姉さんにそう答えると、私は続けて昼食の箸を進める
「それが''ロケ弁''ってやつね。初めて見たわ」
「普通のお弁当と変わりませんよ?お姉さんも一口どうですか?」
「いいのいいの大丈夫!ごめんね、ゆっくり食べられないわよね。じゃあ私も自分のをいただこうかしら」
そう言うとお姉さんはバッグから、可愛らしい青いお弁当包みに包まれた2段に重なっているお弁当箱を取り出した
それをテーブルの上に広げると、そこには美味しそうに焼き上がっている卵焼きに、ミニサイズのグラタン、端っこにはそっとミニトマトが添えられている等々、なんとも可愛くコーデされたお弁当があった
「お姉さん、料理も出来るんですか?」
「そう言いたいのは山々なんだけどね、これは一緒に住んでる後輩が作ってくれたの」
「もしかして、ひな・・・さん?」
「そうそう、よくひなちゃんのこと知ってるね」
「その、前にライブ配信でチラッと見たことがあって・・・」
あの時お姉さんの隣に座っていたクリーム色の長髪の女の人がそうなのだろう
「ひなちゃん中々美城プロに行かないから、知らないのも無理はないわ」
「一緒に住んでるってことは・・・妹さんとか?」
「あっはっは!あんなに面倒見がよくて出来た妹なら是非ほしいわ!違う違う、仲良いだけよ、お世話になりっぱなしね。うちの会社来たら多分会えるわ」
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その後もお姉さんとの会話は続き、零次さんやお姉さんは会社でどんな仕事をしているのか、今は3人で住んでいて毎日ドタバタしてて楽しいというような話を教えてくれた
昼食も無事に終わり、お姉さんは自分の荷物を車に置きにいくと言いついでに私の上着も持っていってくれた
お姉さんが出て行ってしばらくしても帰ってこなかったので、私は携帯を触る手を一旦止め、出て行ったほうのテントをめくってみた
すると、少し先にさっきとは全く違う、昨日のような険しい表情を浮かべ、腕を組んで何かを探すようにキョロキョロと周りを見回しているお姉さんがいた
気になって近づいてみる
「あの・・・お姉さん?どうかしましたか?」
「わっ、なんだ智絵里ちゃん。驚かさないでよ〜。も〜う」
私が話しかけると一瞬でさっきの優しい表情に変わる
「ここにいると熱中症になっちゃいますよ。テントに行きませんか?」
「そうね・・・うん、そうね。行きましょうか。心配させてごめんね」
そう言うとニコッと笑い、お姉さんは私に続いてテントへと入った
先ほどと変わらない・・・お姉さんだった
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緒方智絵里
その姿をショッピングモールの屋上駐車場から覗く人物がいた
その者は、周りの慌ただしく動き回る家族連れや、学生たち、カップルたちとは全く真逆で、下のイベントが行われている駐車場から一切目を離さず、柵に肘をついて、緒方智絵里が再度テントから出て女性と話し、戻る姿をその鋭い目に焼き付けていた
「おい」
その男は、隣にいる帽子の男に首で下の駐車場を見るように促す
「あの子がそうっスか?」
「・・・ああ」
帽子の男に話しかけられたその男は、自分がかけているサングラスに手をかけ、再度見えやすいように掛け直す
「それにしても・・・実際に見るとカワイイッスね〜。で、いつやるんスか?」
「まだだ、まだ''指示''がない」
そう言って、サングラスの男は携帯をポケットから取り出す
「まぁ、アイドルにとって''下''のスキャンダルはご法度中のご法度っスからねぇ〜。あんなカワイイ子・・・俺もう我慢出来ないっスよ!」
「焦るなよ、出来るだけ''優しく''してやれとの指示だ。前の借りは返させてもらう。そうだろ?姉さんよ」