ヘイ!タクシー!   作:4m

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クローバー09

違う、零次さんの声じゃない

 

智絵里は微かな希望を懸けてその相手の声に耳を傾けたが、ものの数秒でその望みは断たれてしまった

 

「久しぶりっスね、姉さん」

 

こっちも違う

 

日頃レッスンで培った技術をフルに活用し、智絵里は相手の声を聴き分けて必死にまだ希望にすがろうとするが・・・ダメだった

 

今まで聞いた  誰の声とも違う

 

その瞬間智絵里の頭の中で様々な''想像''が広がる

みかた、てき、だんせいとじょせい、おとこと・・・おんな、あっちはおとこ、わたしは、、、おんな

頭の中はグチャグチャになり、自身でもわかる程、悲鳴にならない悲鳴が口から漏れ始めていることに気づく

相手に悟られないように、美空の背中に隠れて必死に押さえ込もうとしていた

美空が、智絵里の腕を掴む力が少し強くなる

 

「またあんたたちに会うなんてね」

「姉さん、そんな固いこと言うなよ。借りを返しにきただけだ」

「借り?」

「うちの仲間が、おたくのドライバーにお世話になったみたいで」

 

トン、トンと足音を立てながら、その男たち二人は近づき始める

 

「レイジ君のこと?」

「そうそう、だから・・・どうしてもお礼をって・・・話」

 

男達に合わせながら、三人も揃って後ずさる

美空も背中から智絵里を離さず、智絵里は美空の背中から今度は服をシワができるほど強く握りしめ、男性は来た道から逃げられないかと後ろを振り向く

 

「おっと兄ちゃん、無駄だぜ」

 

その声に智絵里が恐る恐る背後を確認すると、さっき入ってきた道から一人の人影が迫ってきていた

 

「あ、あなたは・・・」

 

智絵里が思わず声を漏らしたその先には、昨日会場であった時と同じグレーのパーカーをきた男性が、パーカーの両ポケットに手を入れたままこちらに歩いてきている姿があった

 

「やぁ、昨日ぶりだね。智絵里ちゃん」

「な、な、な・・・なん・・・で・・・」

 

必死に声を絞り出し、何とか出たその一言は、その衝撃もありあまりにも弱々しく小さくて、ジリジリとこちらに迫る足音にかき消され、相手に届くこともなく、しかしその男性はその場の雰囲気とは正反対に、清々しいまでの笑顔を浮かべて近づく

 

「おい」

 

その声に思わず体を大きく震わせ、智絵里は前に向き直る

 

「逃すんじゃねぇぞ、それから・・・''準備''だ」

 

サングラスの男がそう言うと、パーカーの男はポケットから携帯を取り出して、画面を数回操作すると、こちらに向けて構える

 

「さて、なに・・・すぐ終わるさ、大丈夫だ、緒方智絵里。美城プロのアイドルさんよ」

 

その敵意がハッキリとこちらに向けられていることに気づいた瞬間だった

ガクガクと足が震え始め、目からは恐怖のあまり涙がこぼれ落ち始める

 

「おいおい、そんなに隠れてないで姿を見せてくれ、俺たちはそ」

「お前ら!智絵里ちゃんに何するつもりだ!」

 

智絵里の後ろにいた男性が意を決してサングラスの男に食ってかかる

 

「・・・はぁ」

 

サングラスの男はその男性の態度に一つため息をつくと、嫌そうに顔を男性へと向き直した

 

「おい兄ちゃん、人が話してる時は邪魔するなってパパに教わらなかったか?」

 

歩みを止め、サングラスの男が男性を威圧するように睨み付けるが、それでも男性は引く様子はなく、そのまま対峙し続ける

 

「何するかって?そんなの・・・兄ちゃんならもうわかってるんじゃないのか?」

 

サングラスの男の視線が、わずかに美空からはみ出て見える智絵里の下半身へと移動した

 

「・・・可愛い格好してるじゃないか」

 

そのセリフに智絵里は自分の爪先から足、太もも、そしてミニスカートで隠れて見えない股の部分へと視線を動かす

 

「さっきも言った、すぐに終わらせるさ。三人もいるからな。さて・・・悪い子にはお仕置きだ。もう思い切りやれればどうでもいいか。だれが''パパ''になるかは」

「・・・!ひっ・・・!」

 

智絵里は片方の手でスカートを掴んで自分の下半身を隠し、また美空の後ろに隠れる

頭の中で悪いイメージが確立され、これから自分の身に起こるであろう出来事、それからの未来の想像に絶望し、震えながら美空の服を先ほどよりも強い力で握りしめる

 

「よし、行け」

「はいっス」

 

号令と同時に、カチカチカチという不思議な音を出しながら帽子の男が前から近づいてくる

後ずさりしながらその音の正体を確認すると、それは帽子の男が右手に持っているカッターナイフだった

 

「それを使うのは手こずったときだけだ。抵抗するようならそれで引き裂いて脱がせ」

 

指示を受けた帽子の男は一瞬で間合いを詰めると、美空の服を掴んでいた智絵里の腕を掴み強引に服から引き剥がす

 

「いや!やめて!!はなしてぇぇ!いやぁぁぁ!!!はなしてぇぇぇぇ!!!!」

 

腹の底から悲鳴を上げ、必死に美空の服を掴んで抵抗するが、その男の強引な力に智絵里の腕はあっさり白旗を上げる

 

「智絵里ちゃん!」

「うるせぇな」

 

男性の一言を一瞬で切り捨て、サングラスの男は、帽子の男の腕に収まった智絵里を見る

 

「たすけっ!たすけてぇぇ!!だれかぁぁぁ!!!」

 

泣きじゃくる智絵里をしばらく見ていると、美空たちの方に向き直り、サングラスの男は一つうなずく、すると

 

 

 

 

 

 

「姉さん今っス!!」

 

帽子の男が美空に向かってそう言う

 

と、次の瞬間

 

 

「ゴホッ!!!」

 

 

 

 

 

 

何が起こったのか、智絵里には一瞬わからなかった

涙で周りがよく見えていなかったせいもあるかもしれない

しかしそれでもハッキリわかったのは、遠くからでもよくわかる美空の綺麗なスタイルをした足がその美空の背後に一瞬で伸びて、その爪先がファンの男性の腹に届いたかと思うと、男性は大きくバランスを崩し後ろに吹き飛んだ光景だった

 

「おうぇ!ゴホッ!ゴホッ!あ、が・・・?」

「え・・・?」

 

智絵里もファンの男性も、一体何が起きたのか全く状況判断が追いついていなかった

智絵里が涙を拭い確認しても状況は変わらず、サングラスの男がその男性に近づいていく

 

「智絵里ちゃん、もう大丈夫っスからね!」

 

帽子の男が智絵里にそう言葉をかける

智絵里を捕まえている腕の力はそんなに強くなく、一瞬顔を上げるがすぐに戻し智絵里はそのままその様子を呆然と見守る

 

「ウッ、ウッ・・・ハァハァ、ハァ!」

「逃がさないっつったろ」

 

サングラスの男がそう言うと、何とか立ち上がり逃げようとする男性に向かって、帽子の男は持っていたカッターナイフを男性の目の前のアスファルトへと投げつけ、逃げ道を塞ぐ

 

「うわぁ!ハァ!ハァハァ・・・なんで、なぜ・・・?」

「''なぜ''だぁ?」

 

息も絶え絶えに、濡れることもいとわず壁を背にしてもたれかかり、苦しそうに男性はサングラスの男に尋ねるが、そんな様子を気にすることもなく男性の右足に履いていた靴を強引に脱がせると、地面に転がっていたカッターナイフで靴紐を切り落とし、爪先部分を切り取り、その裏に張り付いていたものを強引に引きちぎる

 

「はっはぁ〜・・・器用なことするねぇ兄ちゃん」

 

サングラスの男がそのままその手に持っている''それ''を男性の目の前で左右に揺らしながら確認させると、撮影していたパーカーの男に渡す

 

「充電式の小型カメラ・・・おおすごい、画像をアプコンできるやつだ。有線無線どっちもいけるやつ。なかなかのモノですよ姉さん」

 

話しかけられた美空は持っている傘を地面に投げ捨てて、壁に寄り掛かったままの男性に近づいていく

 

「そんな・・・どうして、今までだれにも・・・ガハァ!」

 

男性の元までたどり着くと、そのまま足で蹴り倒し、うつ伏せに倒れた男性の背中に足を乗せ、膝の上に肘を乗せて前屈みになる

 

「あんたねぇ、世の中やっていい事と悪いことってあんでしょ」

「ガ・・・アァァ・・・!」

「私はねぇ・・・曲がった事とか筋が通らない事がこの世で一番大っっっ嫌いなの!」

 

その瞬間、智絵里の背後にある出口の上から聞き覚えのある低いマフラーの音が聞こえた

 

「ファンならファンらしく、真っ当にアイドルを愛しなさい!あんたがやってた''それ''は、ただの身勝手な自己満足よ!」

 

出口の上からスタスタと急いで階段を駆け下りてくる二人分の足音が聞こえると、帽子の男の横に智絵里のよく見知った人物が並ぶ

 

「姉さんは?」

「まだ大丈夫っス、でも・・・そろそろ止めに行ったほうがいいと思うっス」

「零次!」

 

雛子にそう言われた瞬間、美空に向かって零次が走り出し、美空の肩を掴んで男性から引き剥がした

 

「やめて!離して!まだ、まだこいつには言いたいことが山ほどある!よくも・・・よくも智絵里ちゃんに!!」

「わかった!わかったから姉さん!もういいって!!」

 

それでも向かっていこうとする美空を零次は必死に引き留めながら後ろへと引っ張ろうとする途中バランスを崩し、二人して尻餅をついて倒れる

自分の上でバタバタと暴れる美空の後ろから零次はお腹に手を回して引き止め続けると、次第に動きが小さくなり、最後には腕と足と頭をだらんとしながら沈黙した

 

「姉さん、もういいんですよ。終わったんです。後はプロに任せましょう、ね?」

「・・・」

 

零次がそう言うと、美空は何も言わずただ、首を縦に弱々しく一つ振った

それとほぼ同時にサイレンの音が徐々に聞こえ始める

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はい、現行犯ですね。証拠映像はこちらで・・・」

 

現場に警察官が入り込んで取り調べが始まり、それぞれがそれぞれ対応に追われている中、美空は零次の車の左後ろのドアを開け、座席に座り、外に足を出してその光景を眺めていた

 

「久しぶりですね」

「あら、早苗ちゃん」

「あら、じゃないですよ〜!久しぶりに連絡来たと思ったらまた・・・動かすの大変だったんですからね」

 

プリプリと怒りながら、片桐早苗は美空の隣へと近づき、車に背を向けて寄りかかる

少しムスッとした表情で腕を組み、美空に向け開口一番文句をぶつけるが、その口調はどこか親しげで、何だか慰めるような雰囲気を醸し出していた

 

「私もこんな私服全開の格好じゃ、誰も元警察官だなんて思われなかったんですから今回だってどれだけ大変だったことか!何とか署に知り合いがまだいたから良かったものの・・・もっと早く連絡してください!」

「悪かったわよ〜。でも、その格好でもすぐ早苗ちゃんだってわかるわ」

「それは振る舞い的な意味?それとも身体的な特徴ですか〜?」

 

早苗はそう言うと車から離れ、美空に見せつけるように日頃の撮影と同じように気合いを入れて、腰を少し曲げ、左腕で胸を強調し、右手を頭の後ろに回してポーズを取り美空へと見せつける

 

「どう?一層セクシーに磨きがかかったんじゃない?」

 

パチンと美空に向けウィンクを放つ

 

「・・・ふふっ」

 

その様子を見て美空は少し笑うと、足を組んで前屈みになり、そのまま早苗と同じようなウィンクと共に投げキッスを放つ

 

「う・・・ぐふっ!」

 

するとまた早苗は先程と同じように車に寄りかかるが、ぐぐっ・・・と胸の辺りを押さえ、苦しむような演技を見せる

 

「この・・・ミディアムショートの化け物め」

「大丈夫大丈夫!おっぱいは早苗ちゃんの方が大きいわよ」

 

そう言ってはははっと早苗に向かって笑うと納得がいかないのか、またプリプリと怒り出す

そんな最中、こちらに向かって歩いてくる人物の姿があった

 

「姉さん、事件のことで聞きたいことがあるから少し来てくれって警察の人・・・が」

 

''・・・が''と言うのとほぼ同じタイミングで、その人物は美空と共にいる早苗を発見するとピタッとその足を止め、やたらと不機嫌そうな表情で頬をピクピクとさせて凝視する

 

「あ、ひなちゃん」

「・・・おや?」

 

それに気づいた早苗はとたんにいやらしい笑顔を浮かべ徐々に徐々に雛子へと距離を詰め始める

 

「おや?おや?おやおやおやぁ?」

「・・・チッ」

 

舌打ちしながらそのムカつく光景を見まいと雛子は顔を逸らすが、そんなことはお構い無しに早苗はスタッスタッとステップをきかせながら近づく

 

「シルヴィアちゃんじゃな〜い!」

「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ!」

 

早苗はそんな不機嫌さ全開の雛子にゼロ距離で近づき、一生懸命顔を合わさないように舌打ちを連発しながら顔を逸らし続ける雛子に対して、大層面白いものを見つけた子供のように雛子の顔を覗き込む

手を後ろに組み、ん〜?と雛子の反応を楽しみながら雛子の周りをぐるぐる回る

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「あ、零次さん」

「ん?おう」

 

警察官の人からの事情聴取が終わり、美空さんを探していると、道路脇で腰に片方の手を当てて自分の車を見ていた零次さんに会った

 

「どうしたんですか?」

「それがなぁ・・・」

 

零次さんは困った顔をしながらもう片方の手で車の方を指差す

そこには

 

「変わらないわねぇ〜シルヴィアちゃん。あの頃の可愛い姿まんま!」

「あら、それは奇遇ですねぇ。私も丁度まっっったく同じことを考えていました」

「ふふふ・・・」

「・・・フン」

 

睨み合いながら互いにどっしりと構え、零次さんの車の横で牽制し合うひなさんと早苗さんの姿があった

 

「こんな様子じゃなぁ・・・」

「・・・お二人は知り合いなんでしょうか?それに・・・」

 

気になったので零次さんに尋ねてみる

 

「何で早苗さんはひなさんのことを''シルヴィアちゃん''って呼んでいるんですか?」

「あー・・・ひな先輩昔そんな名前の車に乗ってた頃にさ・・・」

 

零次さんが解説してる間にも、キャットファイトは続いていた

 

「私のこと覚えてる〜?昔よく鬼ごっこしたわよねぇ?あっちゃこっちゃ逃げ回りよってからにこの小娘」

「歳一つしか変わらないじゃないですか。そうですね、楽しかったですよ?ずっと''鬼役''やってくれたから。私捕まらなかったし、ちゃんと''法定速度''だったしね」

「あんた・・・ねぇ!」

 

そう言ってまたキーキーと文句を言い始めてしまった

 

「もうらちがあかないから止めてくるわ、姉さんが戻ってきたら事務所まで送るから準備しといてくれ。・・・ハイハイハイお姉様方そこまでそこまで」

 

半分呆れた口調で二人に近づき、少し巻き込まれながらも零次さんは強引に割って入る

 

言われた通り私は帰る支度をするため地下道に置いてきてしまった傘を取りに戻った

 

・・・そういえば、混乱した状況が続いていたため気づかなかったが、いつの間にか雨が上がり、真っ赤に染まった夕日が入道雲から顔を出して辺りを夕焼けに染めていた

 

「あれ?智絵里ちゃんどうしたの?ボーっとして」

 

声の先には、二つの傘を腕にかけてこちらへと歩いてくる美空さんがいた

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