「はい!OKでーす!」
スタッフの号令と共に、スタジオ内は各々が周りの共演者やスタッフ達に''お疲れ様でした''や''ご苦労様''と声をかけ、スタジオを去っていく者やそのまま話が弾む人達で溢れる
KBYDのメンバーも例外ではなく、お互いや共演者たちに揉まれていた
「お疲れ!幸子ちゃん!いや〜最初はどうなるかと思ったけど、無事間に合ってホントよかった〜!」
「ほんま堪忍やわぁ〜、プロデューサーはんにも言っておきまへんと」
一通り挨拶を終えた友紀と紗枝が、幸子と合流する
「ま、まぁまぁ二人とも、生放送でしたし仕方ないですよ。それに、その分カワイイボクも!沢山アピールできましたしね!」
そう言いポーズを決める幸子に、二人顔を見合わせ笑いを浮かべた
「幸子ちゃん、お疲れ様!」
声がしたほうに振り向いてみると、番組の司会進行として呼ばれていた川島瑞樹がこちらに向かって歩いてきた
本来ならこの番組は、瑞樹ともう一人、同じ事務所の十時愛梨が司会役だったのだが
「いきなり呼んじゃってごめんなさいね。まさか愛梨ちゃんがダブルブッキングしてたなんて、そっちは大丈夫?プロデューサー、何か言ってた?」
「いえいえ!はい、こっちは大丈夫でした!むしろKBYDを呼んでくれるなんていい宣伝になる!って張り切ってましたけど・・・」
「フフッ、まったく相変わらずね。それに比べてプロデューサー君ったら、キッチリ言っておかないと!」
そう息巻いている瑞樹を今度は友紀と紗枝がなだめていた
そんな様子を見て、幸子は思わず笑いを浮かべる
「瑞樹!そろそろ大丈夫か!」
「あ、プロデューサー君!ごめんなさい、私そろそろ次の現場に行かないと行けなくて・・・また後でね!」
「あ、はい!お疲れ様です!」
「お疲れ様です〜」
「お疲れさまでーす!」
三人がそれぞれ挨拶すると、瑞樹はニコッと少し微笑みプロデューサーの元へと駆けていった
スタジオから出ていく後ろ姿を見ると、どうやら愛梨のことでまた瑞樹がプロデューサーに追及しているらしく、頭を掻くプロデューサーの背中を瑞樹がバシッと叩く
「あんな凄い人と一緒に仕事できるなんて、やっぱ感動だよね〜」
「友紀はん?今日の夜も一緒に仕事する予定どす〜、早く準備しないといけないんとちゃいますか?」
「そ、そうですよ!今何時・・・あぁ、早く準備しないと!この後はゴールデン生放送なんですから、次こそはちゃんと台本合わせもして・・・」
「そうそう!今夜もよろしく頼むよ〜」
三人の会話を遮るように、スタジオのカメラの影から、少し小太りで無精髭を生やし、眼鏡をかけた中年のおじさんがこちらに向け近づいてきた
ベタッベタッという乾いた足音が、4人以外誰もいなくなったスタジオに響き渡る
「ディレクターさん・・・」
「いやいや、間に合ってよかった。それに今日の幸子ちゃんも、いつも以上にキマッてたねぇ〜。何か吹っ切れたような魅力があったよ!二人もお疲れ様!」
「はい・・・お疲れ様です」
「・・・お疲れ様どす〜」
幸子も友紀も紗枝も、ディレクターの明るい台詞に対して、目線を少し落とし、瑞樹の時とは逆に声のトーンを落としてそう答えた
それでもディレクターは笑みを崩さず、幸子の手をおもむろに握り始める
「僕も最近の346さん達の活躍には感服していてね、ディレクターとしても僕個人としても応援しているんだよ!そうだ!今度KBYDの今後の打ち合わせも兼ねて、みんなで食事でもどうかな?なーんてハッハッハ!」
「あ、はい・・・、ありがとう・・・ございます」
自分の手を握って離さないディレクターに対して、幸子は自分の血の気がどんどん引いていくのがわかった
でも、他のアイドルたちにもこうしている光景を見たことが何度かある
その時もみんな愛想笑いを浮かべて、自分と同じように目線が下がっていた
これが大人の世界では普通なのかもしれない
自分が抱いている''この感情''は、間違いなのではないかと、幸子は自問自答していた
いつもいつも、こうだった
でも、でも、でも、と頭の中がぐるぐる回るような感覚に襲われ始めたところで横から仲間の言葉が割って入った
「ディレクターはん?私たち、これから次の現場の準備があるんどす。申し訳ありまへんが、そろそろ失礼致します〜」
「そうそう!ごめんねディレクターさん!また後で!」
紗枝がさりげなく幸子の手首を掴んでディレクターの手から引き離し、その隙にテンションに任せて幸子を強引に引き寄せ、握られていた手を今度は自分がしっかり握る友紀
その幸子の手は、少し震えていた
「おお、そうかそうか!これは失礼した!じゃあまた、今度は今夜のゴールデンで!」
そう言うと、足早にスタジオを去ろうとするディレクター
やっと解放される
そう思った時だった
「あ、そうそう。今度、うちで旅番組をやろうとしていてね。その舞台が京都だから、是非紗枝ちゃんにオファーができないかプロデューサーに聞いてみてくれないかな?どうだい?」
戻ったと思ったディレクターが今度は紗枝の右後ろに立ち、肩にその左手を置き、耳元でささやくようにそう言った
「・・・うち、どすか?」
とっさの事にいつもの調子を崩し、言葉に詰まりながら返事を返した
肩に置かれた手に力が入り、困惑した表情を浮かべる紗枝
相手に背を向けた状態で、表情を見せなくてよかったのが不幸中の幸いだった
「そうそう、地元だし、いいところ沢山知ってると思ってね。検討してみてくれないかい?」
「プロデューサーはんに・・・聞いてみます」
すると、そうかいそうかい!と機嫌を良くしたのかすんなり離れるディレクター
紗枝がホッとしたのも束の間だった
「じゃあ、よろしく頼むよ!」
「・・・!」
ディレクターがそう言った瞬間手が今度は、紗枝の腰からお尻の間あたり、微かに指がお尻に当たる絶妙な位置にバシッと当たった
間違って当たってしまったとかそんなレベルではなく、しっかりとした意思を持ってねっとりと指が触れる
突然のことに、反射的に体が動いて手から離れ、ディレクターを凝視する紗枝
そのディレクターの表情は薄ら笑いを浮かべており、スタスタとスタジオの出口へ向かっていく
残された三人はただ呆然とその場に立ち尽くしていた
ーーーーーーーーーー
「ひなちゃーん。はい、追加」
「ん」
昼休みが終わり、特に何も予定もなかったので夕方の今の今まで事務所に残り、ひな先輩がフロント業務をしている側でソファに座りうとうとしていると、今西さんの車を見ていた姉さんが紙を一枚持って事務所に入ってきた
その紙を受け取り、じーっと見つめるひな先輩
「んー・・・部品ないからどっちにしても後日」
「じゃあ、あと降ろすだけだから。そのままやっちゃうね」
「うん、お願い」
紙をひな先輩から受け取り、姉さんは手でパラパラと揺らしながら工場へと戻っていった
点検の際は車の悪いところを見たあとに紙に書き出し、お客さんに相談して直すのだ
「それにしても、やっぱり何か引っかかります」
「なんだ、昼に言ったことまだ気にしてるのか。どの業界でもありえることだぞ」
「それはそうですけど・・・身近にそういうのがあるのかと思うと、何か気持ち悪いです」
「このご時世セクハラなんて、どこにでも転がってる話なんじゃないか?」
そう言われても、やっぱり考え込んでしまう
ましてや美城プロダクションなんていう大手企業とつながっていると聞いたなら尚更だ
アイドルが勢いに乗っている最中、そんな欲望の対象にされるだなんて、なんだかやりきれない気分になってしまう
「私なら、一発ブン殴って終わらせるけど」
「そんな乱暴な・・・」
「あのねぇ、この世には女の子にそんなことした奴にはどんな制裁を加えてもいいっていう裏のルールがあんのよ」
デスクに肘をつき、顎を手に乗せて言うひな先輩
「じゃあ、ひな先輩も何かそんな経験が・・・」
「おい、今の時代それを聞いただけでもセクハラになるんだぞ」
そう言うと指をパキパキと鳴らしながらこちらを睨み付けるひな先輩
すいませんすいません、ホントごめんなさいと謝り倒すと、フンッと悪態をつきフロント業務に戻る
殴られないように注意しとかないと・・・
「ひなちゃーん、とりあえずオーダーだけ戻す・・・ってなしたの?」
「・・・零次にセクハラされたの」
「ちょっと言い方!」
そうすると姉さんは、自分の体を抱きしめてモジモジし始める
「いや〜んレイジ君ったらぁ、はっ!てことは私もそんな目で見られてたってこと?あ〜んもう、ひなちゃんになら見られてもいいけど!もう、え・っ・ち!」
そう言うとひな先輩は回転する椅子の向きを姉さんに向け、口を半開きにした状態で眉間にシワを寄せてジトーっとした目で姉さんを睨みつけた瞬間
バッ!とそのまま無言で姉さんの手からオーダーを奪い取った
その一切感情のこもっていない動きに姉さんから冷や汗が吹き出し始めていた
「・・・くだらない事言ってないで早く書類書いてきて」
「りょ、了解でーす・・・」
苦笑いを浮かべながらそのまま後ずさりし、後ろ手で工場のドアを開けて姉さんが戻っていった
姉さんも見てくれは良いんだけど・・・
「あ、そうだ」
明細表の作成を止め、今度は椅子を俺に向けてひな先輩が話す
「またなんだけど、今西さんを今度は第三スタジオまで送ってくれないか?」
「・・・あっちはそんなに人が足りてないんですかねぇ」
「なんだかみんな出払ってんだと、社長からも、今西さんに青葉君の所なら信用できるって言われて引き受けてたし・・・悪いが頼む。姉さんも今はダメだし、私も・・・」
そう言うと、ひな先輩はデスクの上の明細表をチラッと見る
「わかりました。行ってきますよ」
そうして俺は重い腰を上げる
そうだな、この業界は困ったときはお互い様だし、たまにはこういう日もいいかも。大体ひな先p
「ちょーっと、待って待って待ってー!はい!こ〜れ!」
事務所のドアが思い切り開いたと思ったら、書類をかき分けながら俺の元まで迫り、こ〜れ!のタイミングで俺の胸ポケットに何やら棒状のものが差し込まれる
「なんですかこれ?」
「なんですかってそんな恥ずかしいこと言わせないで〜、写真撮ってこいとか言わないからさ、せめてちょこーっとだけボイスだけでも撮ってきて欲しいと・・・ハッ!」
姉さんが何かに気づき、ロボットのように首をその何かの元に向け回転させると、その先には、おそらくかき分けた書類の一枚が空中に舞ったのだろう、頭の上に書類が乗っかっているひな先輩が、書類の隙間から恐ろしい目で姉さんを睨みつけている姿があった
「ひ、ひなちゃんごめんなさい。つい出来心なのよ。そうよだってこんな機会滅多にないし、だから思い出にいてて!痛い痛い、そんなに髪引っ張らないで!わかったちゃんと仕事するからぁぁぁ」
叫びも虚しく、姉さんはひな先輩に髪を引っ張られて、工場へと戻されていった
大丈夫だ姉さん。きっとこの先いいことがあるはずだ
ーーーーーーーーーー
『・・・』
楽屋の中に、沈黙が流れていた
誰も何も喋らず、椅子に座っていた
部屋の時計の音だけが響く中、幸子はずっと俯いたまま動かず、紗枝は唇を噛みしめ時折落ち着きのないため息をもらす
友紀は顔に両手を当て、まるで顔を洗う時のように、落ち着きなくうーっという呻き声を上げながら両手を上下に動かしていた
そして、恐る恐る呟く
「やっぱり、この事・・・プロデューサーに」
「ダメです!」
俯いたままの幸子が突然立ち上がり、両手を胸の前で固く握りしめ友紀に向かって言う
「そんなのダメです!川島さんとか、愛梨さんにだって迷惑がかかってしまいます!沢山私たちを番組で使ってくれてるんですよ!そんなことしたら!」
「その為に幸子ちゃんが我慢するの!?幸子ちゃんだけじゃないよ、あいつ大人たちにはいい顔してさ!私もう我慢できない、本当に限界!見てられないよいつもいつも!もういっそのこt」
「二人とも!」
幸子と友紀がお互いに詰め寄りながら始めた喧嘩ギリギリのやり取りを、紗枝は一喝で破る
紗枝の方を向いて顔を伏せる二人の手を取り、紗枝はいつものように落ち着いて話しかけた
「この後も一緒にお仕事しますし、今はこれくらいにしておきまへんか?ディレクターはんも、もしかしたら・・・間違いかも・・・しれまへんし・・・」
「間違いってなん・・・!」
そう言いかけた友紀は紗枝の手が少し震えていることに気づく
紗枝は笑顔でこちらを見ているつもりのようだが、その唇は何かを押し殺すように震え、無理やり笑顔を作っていた
「遅れて悪い!次の現場に行くから車に・・・ってどうした?」
部屋に飛び込んできたプロデューサーが、中央で手を取り合っている三人を見て不思議そうに呟く
何でもありまへんよ?と言い離れようとする紗枝を友紀は強引に引き寄せ、幸子共々後ろから抱きしめるように首に手を回した
「いつものことだよプロデューサー!私たち最高のチームだからさ!こうやってギューってしてたんだよ!ギューって!」
目一杯抱きしめる友紀はプロデューサーに聞こえないようにボソッと二人に、大丈夫だからと呟く
紗枝はゆっくりその抱きしめている手に自分の手を重ね、いつもは恥ずかしがり何かと文句を言う幸子も嫌がる素振りを見せず、ただ友紀の胸の中に顔を埋めていた
ーーーーーーーーーー
また俺は、美城プロの時と同じように正面玄関の前に車を止め、今西さんを待つことにした
スーツ姿の人たちや、撮影の機材らしきものを持っている人たちが建物に出たり入ったりと朝よりも慌ただしく人や物が動いていた
それにしても、結局あの子は間に合ったのだろうか?
着くなり顔を真っ青にして建物に飛び込んで行ったけど、我ながら少し申し訳ないことをしたと反省してる
「また会ったら謝っとかないとな・・・」
肘掛けに肘をついて、顎に手を当てて考えていると、後ろのドアが開いた
「第三スタジオまで頼む。早くしてくれ、急いでるんだ」
「・・・今西さんですか?」
「・・・いいから早く出してくれ。急ぐんだこっちは」
「いや、ですが・・・」
「いいから早くしろってんだ兄さん、ホラッ!」ドンッ
そう言うと助手席の後ろを軽く蹴る中年のオヤジ
タクシーか何かと勘違いしてるのか?
しぶしぶ車を出し、現地へと向かい始める
そのオヤジは自分はディレクターだからなんだの、最近の若い奴は現場がわかってないだのぐちぐちと文句を言い始めた
車蹴りやがったなコイツ
「だからな新人君、俺は・・・おっと何だ?」
俺を新人のスタッフか何かと勘違いしながら話している最中、オヤジの携帯が鳴り響きどこかへ連絡を始めた
カメラとか撮影という単語が聞こえてきたのでテレビ関係の話だと思う
何はともあれ、これでやっとグチから解放される
「ええ、こっちはKBYDが代わりに・・・いゃあ〜いい子たちでしたよ〜。手がスベスベで・・・え?いやいや、そこまで出来ませんでしたよ〜、それは今夜打ち上げで・・・あの紗枝ちゃんもいい"カラダつき"でしたよぉ〜はっはっはっ」
シートにふんぞり返り、腕を組みながら吐き出す言葉の節々に、よくわからない単語が散りばめられていた
聞き違いじゃなければ、KBYDって単語が聞こえた
いいカラダつきだぁ?何かテレビ的な業界用語なのか、それとも・・・そのままの意味なのか
そんな欲望の対象にされているKBYDのメンバーが、昼のテレビの中でスポットライトを浴びる中満面の笑顔を輝かせている姿が頭に浮かんできた
「いや、ガッチリじゃなくて・・・そっちは絶対付いてくる。その後仕事はないはずだからね。・・・それくらいの"ご褒美"はいいだろ?打ち上げ会場はホテルだし、部屋も取ってあるしなぁ・・・普段はいい顔してるし何の疑いもなく付いてくるだろうよ」
きっと、アイドル達はここまで有名になるまで俺たちには想像もつかないような血の滲む努力をしてきたのだろう
姉さんだけではなく、大勢のファンを魅了するまで、それこそ血反吐を吐くような思いで
「・・・」
それをこんな奴に
「いや、やっぱりKBYDも誘うかぁ。さっきのあの可愛い反応を見ると、ムリやりねじ伏せたくなる。・・・だろう?そうだろう?川島瑞樹もいいカラダしてるだろう?十時愛梨もあの胸!・・・ええ、そうなったらいつもの海外留学ってことにして・・・ああ、・・・楽しみだねぇフフッフッフッフッ。・・・え?嫌がったら?」
夕陽の光がリヤドアのガラスから差し込み、その嫌らしく笑う口元を照らす
いよいよ嫌気が差し、ツッコミを入れようとしたその時だった
「あn」
「それでいい、打ち上げの飲み物に混ぜろ」
そう言い携帯を切った、俺の中での疑いが確信に変わる
"どんな制裁を加えてもいいっていう裏のルールがあんのよ"
「あん?なんだ新人。言いたいことあるのか?言ってみろほら、ホラホラホラ」
「・・・いえ」
赤信号で車が止まる
「チッ、こう急いでる時に限って赤かよ。おい新人、間に合わなかったらただじゃおかないからな」
「いえ、こればっかりは交通ルールですから・・・」
「うるせぇよゆとり」
するとまたドンッと助手席を蹴るオヤジ
俺はもう、我慢の限界だった
「・・・急げばいいんですね?」
「あ?さっきからそう言ってんだろうがバカが」
俺は振り返ってニッコリとその親父に笑顔を向けながらそう言うと、ハンドルの右下のスイッチを入れた