女子会01
智絵里の一件から数週間が経ち、俺たちの周りはまた平凡な日常を過ごしていた
「零次、包丁忘れた。ついでに持ってきて」
「あー、はい。了解です」
名前は伏せられて報道されたため、世間にはそこまで騒がれることもなく、美城プロダクションも変わらずあれからも平常運転であった
智絵里をガレージに連れてきたのも、連日のイベントということで行動パターンが把握されている中、一人にさせておくと何をされるかわからないということで、事が解決するまでは、本人が許すなら出来るだけ側にいてあげたかったという姉さんの配慮だったそうだ
実際あの三人組の話によると、犯人は姉さんがいつも智絵里の側にいたため簡単に近づく事が出来なかったという
智絵里本人はというと、今回の件は残念ですが、拡散される前だったので・・・他のファンの方々が待っていますから!
とほんの少し引きずりながらも前へと進み始めた
ほんと、肝が据わっている
俺たちはというと、前期末の地獄が終わり、後期が始まった最初のラッシュも乗り越えた、久々のゆっくりとした休日の昼
眩しい日の光が左右の大きなガラスから丁度同じくらい差し込んでいる正午に、ガレージの二階の居間に集まりパーティーの準備が進んでいた
テーブルの上には買ってきた飲み物とお菓子、そして
「あー、あー零次。熱湯に濡らしてから持ってこい、熱湯に。そうそう」
中央には立派なショートケーキがワンホール、デカデカと置かれていた
「零次さん、フォークも人数分お願いしてもよろしくて?」
「美空さん、こんな感じでいいですか?」
「うん、ありがと千枝ちゃん!もう座ってて大丈夫よ」
リビングには、俺たちの他に千枝と桃華も揃い、俺たちに混ざって準備に精を出している
「はいフォークだ、まわしてまわして」
「ありがとうございます。はい千枝さん」
「ありがとう!はい、ひなさんと美空さんも」
受け取った桃華からフォークがそれぞれ行き渡り、同時に紙製の皿もそれぞれの前へと並べられた
「ではでは・・・うん、レイジ君は千枝ちゃんの隣に。えー、コホン」
テーブルには、姉さんと桃華、俺と千枝が並んで座り、ひな先輩はというと
「ひなちゃん、お誕生日おめでとー!」
パチパチパチと姉さんの号令と共に拍手が起こる中、お誕生日席で片手を太ももの上に置き、もう片方は首に当てて恥ずかしそうに縮こまっていた
「さぁ雛子さん、一息にフーッとですわ!」
「やっぱりなんか恥ずかしいな・・・」
楽しそうに胸の前で手を合わせてそうひな先輩に催促する桃華に応えるように、テーブルの中央に身体を少し伸ばしてケーキに近づくと、軽く息を吹き掛けてロウソクの火を消すひな先輩
その瞬間にまた小さく拍手が巻き起こった
「さて、じゃあいただこうか。包丁包丁」
「あー待って待ってひなちゃん!パーティーの主役はそのままそのまま!私がやるから!」
いつものようにひな先輩がテーブルを指揮ろうと動き始めるが、姉さんがそれを止めると包丁を持ちケーキを切り分け始める
「はいはいはい!まずは桃華ちゃんが用意してくれた特製ショートケーキでございます」
「ありがとう姉さん。桃華ちゃんもありがとう」
「いえいえ。お誕生日ですもの、レディとして当然の事をしたまでですわ。会社でお世話になっている上司の方のためとシェフにお伝えしたら、皆さん張り切ってご用意してくださいましたの!」
と、全員の目の前にケーキが並んだタイミングで桃華が嬉しそうにそう語った瞬間、ひな先輩の手が止まる
「ちょっと待って、これ・・・一体いくらすr」
「雛子さん、今日は''そういう話''は野暮・・・ですわ」
人差し指を唇に当てて、イタズラっぽく笑う桃華
実際切り分けられたケーキを見てみると、近場で市販されているものと比べると明らかにクオリティが高く、造形もといクリーム、スポンジ部に至るまで、包丁を入れられてもなお形を崩すことなく美しい形を保ったままだ
クリームの艶一つに至るまで職人の技を感じられる
「さぁさぁ、いただきましょう!美味しそうね!」
自分のすぐ隣でひと回り以上の年齢差がある二人の高度な駆け引きが行われていることなどつゆ知らず、子供のように楽しそうに今か今かとケーキにありつく瞬間を待っている姉さんの姿を見ているとどっちが上司なのか一瞬わからなくなる
ひな先輩もそんな姉さんを見ると、早く早くと期待の眼差しをキラキラと送ってくる様子を見て、つられて笑顔を浮かべていた
「じゃあ、いただきます」
『いただきます!』
ひな先輩から号令が掛かると、俺たちも返事を返し、いよいよケーキにありつく
こ、これは・・・!
「ヤバッ・・・うま」
姉さんがそうボソッと呟いたのを俺は聞き逃さなかった
本来なら、スポンジがふわふわだったとか、クリームの甘さが絶妙だとか、味とか感触の感想が出てくるはずなのだが、俺も姉さんと同じ、ただ物凄く美味いものが口の中に入ってきたという感想が真っ先に頭に浮かぶ
他の方々も同様で、ひな先輩に至ってはこれでもかと目をキラキラさせて次から次へとフォークが進んでいた
人間、本当に衝撃を受けると直感的な感想しか浮かばないものなんだと思った
「喜んでいただけて何よりですわ」
そんな中一人、落ち着いた様子でお上品にケーキをお召し上がりになり、おジュースを頂いているお嬢様が目の前にいた
「・・・お前、すごいやつだったんだな」
「まぁ、零次さんに褒められてしまいましたわ」
そう言いながら桃華はテーブルに置かれていたお菓子を一つ口にすると、途端に目をキラキラさせ始めた
ーーーーーーーーーー
「えっとね千枝ちゃん、このね、メーターの緑の辺りに針がくるようにこのボタンを押してみて、これこれ」
「こう、ですか?」
千枝は姉さんに言われた通りにコントローラーの右トリガーを押す
テレビの画面に表示されている車のメーターの針がみるみる上がっていき、止まっている車の後ろでエンジン音と共にタイヤがキュルキュルと空回りしモクモクと白煙が立ち昇って見えなくなるほどに覆い尽くしていた
「そうそう、そのまま緑の範囲内に収まるように押したり離したり、おお!中々上手上手!」
「ほんとですか?えへへ・・・」
「よし、来るわよ来るわよ!スタートの合図と同時にこのレバーを上にトンってしてね!トンって!」
「わ、わかりました!」
食事が落ち着き、今は各々がそれぞれリビングで好きに過ごしていた
ひな先輩はその場から動かず、千枝と姉さんがゲームをしている様子を、携帯を時折見ながらお菓子のチョコレートを摘みつつ眺め、俺と桃華は足元に座っている千枝と姉さんを視界に入れつつ同じようにソファーに座って肩を並べテレビを見ている
「それにしてもこのお菓子美味しいですわ!今度うちのシェフの皆様にも教えて差し上げませんと!」
「そうだな、スーパーに行って300円で買えるって教えてやれ」
ひな先輩が買ってきた一口チョコレートが相当気に入ったのか、他の人よりも早いペースで手にとっては嬉しそうに包装紙を剥がし口に運ぶ
「はい、零次さんもおひとついかが?」
「おう、サンキュ」
「あ、あれ!?動かなくなっちゃった!」
「ありゃ、千枝ちゃんブローしちゃった。ちょいシフトアップのタイミング遅かったのね」
ガッカリしている千枝からコントローラーを受け取って、今度は姉さんが画面と向かい合う
「まぁ、車が壊れてしまいましたの?スタッフの方に新車を用意していただきませんと」
「その発想マジで尊敬するわお嬢様」
はて?と首を傾げている桃華のポケットで携帯が鳴った
着信に少しビクッとしながら桃華は携帯を取り出し、その様子を見ていた俺に対してコホンっと一つ誤魔化すように咳払いをしたあと、携帯を見る
「あら、みりあさんですわ」
「おお、仕事だもんな今日」
「ええ、本人もすごく来たがっていたのに残念ですわ。ほら」
桃華は少し身体を俺の方に傾け、肩に頭を預けて携帯の画面を見せてくれた
そこには参加できない事を悔しがるみりあの文章がトーク画面に表示されている
今日のパーティーも元々は千枝、桃華、みりあがたまたま事務所に遊びに来ていた時にひな先輩の誕生日を知ったことで企画されたものであった
せっかく予定を合わせて計画したのに三日前にみりあに突然仕事が入り、参加できないと分かった時は本当に悔しそうにしていた
「本人にも『たくさん写真を撮ってね』と言われていたのにわたくしとした事が。そうだ、今からでも遅くありませんわ」
そう言うと桃華は携帯を横に構え、そのカメラを周囲に向け始める
ひな先輩はチョコレートを咥え座ったままピースサインで応え、千枝と姉さんは下から振り返り、二人で一つのコントローラーを持って笑顔で応えていた
「ええと・・・む、何だか撮りづらいですわ」
桃華は今度は俺を撮るために少し後ろにのけ反るような体勢になりカメラを構えるが、少々無理なポーズになり体が震え始める
「ぐ、ぐぬぬ・・・あ、そうですわ!」
すると桃華は体勢を戻し、携帯を縦に持ち直すと先程と同じように俺に寄りかかり、画面を正面に持ってくる
「こうすれば二人で撮れますわ!」
カメラを起動すると、そこには俺と桃華の姿が映りだした
「さぁさぁ、零次さん。笑顔ですわよ!」
「あんまり写真で笑顔は苦手なんだよ・・・」
そう言うが桃華はお構いなしに満面の笑顔を浮かべて躊躇なくシャッターボタンを押す
さすがアイドル、笑顔がバッチリである
「いい写真がたくさん撮れましたわ!どうですか零次さ・・・は!わたくしとしたことが!」
寄りかかりながら先程から撮っていた写真を確認していた桃華がとっさに身体を起こし、元と同じように座り直す
「だ、男性に寄りかかるだなんて、はしたないですわ・・・」
携帯を持ったまま桃華は両手で自分の身体を少し抱きしめて、恥ずかしそうにこちらチラチラと見ながら顔を少し赤くしていた
「大丈夫だ、十年早い」
「ま・・・まぁ!レディに向かって!」
すると今度はプンプンと怒りながら顔を真っ赤にして俺に迫ってきた
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「な、何とか勝てました・・・」
「すごいわ千枝ちゃん!やっぱり今の子って飲み込みが早いのね・・・」
「千枝ちゃんがプロストリートの世界に片足を突っ込みかけてる・・・」
気になって見ていたひな先輩がそう呟いている最中、桃華はカメラを構えてリビングを歩き回っていた
「おや?こちらは・・・」
桃華はカメラを構えるのをやめて、携帯をポケットにしまいながらリビングの隣にあるひな先輩のスペースへと赴く
「・・・写真?」