ひな先輩のベッドの枕元にある小さなテーブルの上に斜めに見えないように置かれた写真立てが気になり、桃華は手に取る
「ひなさん」
「んー?」
「こちらは、ひなさんでして?」
ひな先輩に見えるように、写真立てをこちらに向ける
そこには、白いレーシングスーツに身を包み、ヘルメットを持って白いスポーツカーの前で他の仲間に囲まれながらしゃがみ込んでいるひな先輩の姿が映し出されていた
「昔の写真だ。気にするな」
「し、しかし・・・そうは言われても気になりますわ。こちらはひなさんのお友達ですの?」
「友達っていうか・・・まぁ、そんなもんだな」
写真に目を戻し、桃華はかつてのレディースの仲間たちと笑顔で写っているひな先輩のことが気になり再び問い掛けるも、ひな先輩は恥ずかしそうにするばかりで中々答えない
「昔の零次さんたちは、どんな感じだったんですの?」
写真立てを元に戻し、桃華は再び俺の隣に座る
「そういえば・・・私も、昔の零次さんたちを知りません」
ひと段落したところでコントローラーを一旦テーブルに置き、千枝は俺に振り返った
「なんも面白いことない、平凡・・・かどうかはわからないけど、ね?姉さん」
「私が、レイジ君を拾ったの!」
「拾っ・・・た?」
千枝は俺をそのまま見つめた状態で、表情をあれよこれよと七変化させながら考え込む
きっと今、千枝の頭の中では大きな橋の下辺りで''可愛がってください''的なメッセージが書かれたダンボールに俺がちょこんと入っているイメージでも広がっているんじゃないかと思っていたが
あ、ほら今クスって笑った
「昔姉さんとちょこっと喧嘩したんだわ」
「まぁ!喧嘩はいけませんわよ!」
間違った方向に話がいってしまいそうだったので、考えをかき消すように千枝に遠回しに伝えたが、桃華につっこまれてしまった
「喧嘩っていうほどのものでもなかったけどね〜」
そんな中、能天気に姉さんはテーブルに手を伸ばしチョコレートを取ろうとする
手が届かなかったので、ひな先輩がかわりに一つ摘み、姉さんへと渡していた
「ま、とにかく・・・私がレイジ君を、そうねぇ、そう!スカウトしたってわけ」
「あ、あの・・・」
千枝が恐る恐る手を上げる
「今は・・・仲が良いん・・・ですよね?」
少し顔を伏せて、遠慮がちにそう聞いてくる千枝を見た姉さんは、チョコレートを咥えたまま、床におろしている脚に抱きついてきた
「じゃないと一緒に暮らしたりしないわよ〜、ねぇ〜?レイジ君!よしよしよし!お〜よしよしよし!」
「ちょっ、姉さん!脚撫で回さないでください!子供たちが見てる!」
「ひゃあ・・・!」
「わわわ・・・」
「・・・」
千枝と桃華が顔を手で覆いながらも、指と指の隙間からチラッとその様子を覗いている中で、ひな先輩はやれやれと小声で呟きながらテーブルの上に置いてあるコントローラーを片手で自分の方へと引き寄せ、画面を見ながら操作を始める
「ひなさん」
「んー?」
姉さんが俺にくっついている様子を千枝がわたわたとしながら眺めている傍で、桃華がさっきと同じようにひな先輩に声を掛ける
「ひなさんは、昔はどのような感じでしたの?」
「私?私か・・・」
桃華の言葉を聞きながら、コントローラーをカチャカチャと動かし画面の表示に従ってボディの色を変えたりエンジンのパーツを変えたり車を改造していく
「私も、同じように姉さんにスカウトされたから・・・」
「まぁ・・・!最初から今の会社にいたのではありませんでしたのね」
「ああ、まさかこんなに忙しくなるとは思わなかったけど」
車を完成させ、ゲームがロード画面に入ると、ひな先輩はワイワイとやっている俺たちを見ながらそう言った
「・・・でも、ひなさん何だか楽しそうですわ」
「そうか?」
「ええ、とても嫌がっているようには聞こえませんもの」
桃華がソファーから降りてひな先輩の隣に座る
「以前はどのようなお仕事を?」
「前は・・・」
ゲームがイベントに入り、車を囲んで大勢が盛り上がっている様子が画面に表示される
「車を運転する仕事・・・かな」
「まぁ!タクシーの運転手だったんですの!」
「何でタクシー限定なんだ・・・いやそういうのじゃなくて・・・」
「あら!ひなちゃん今の仕事ヤなの?」
俺にくっついていた姉さんが今度はひな先輩にちょっかいをかけ始めると、みるみるうちに露骨に嫌な表情に変わっていき、何故巻き込んだと言わんばかりに俺に視線を向けてくる
「ひなちゃんがウチに来てくれてよかったわよ〜、そりゃ最初はつっけんどんだったけどさ、仕事はできるしご飯は美味しいし最高のお母さんだもん」
「誰がオカンだ誰が」
ひぇ〜とわざとらしく身をのけ反る姉さんの後ろで俺は顔をそらして、最初のつっけんどんなひな先輩が妙なツボにハマりクスクスと笑いを堪える
「おい、お前。何笑ってる」
「いえ、そんな。俺は別に笑ってなんていなブフッ、いませんよ」
真顔でひな先輩に向き直るが途中で限界がきた
不機嫌な顔が更に強張り、コントローラーを桃華ちゃんに預けのしのしと姉さんをかき分けて俺に近づいてくる
「お?私の何がおかしいんだ?ん?顔、顔か?それとも身長か?まさか胸のことを言ってるのか?さっき姉さんに引っ付かれてたもんなこの変態が」
「俺なんも言ってない!」
ソファーに座っている俺の太ももの上に馬乗りになって両手で俺の両頬を掴み、額をくっ付けて罵声を次から次へと浴びせてくる
「あ、あれはよろしいんですの?」
「大丈夫大丈夫、ひなちゃん照れてるだけだから。あら、さすがひなちゃんセンスよくできてるわね〜この車」
かき分けられて押し出された姉さんが桃華の隣にたどり着き、車の詳細を見ながらそう呟く
「はい、桃華ちゃん。そのね、イベントってとこに行ってみて。アクセルはここ、ブレーキはこっち。車が滑り始めたらすぐに曲がってるのとは反対方向にハンドルを切ってね」
「わ、わたくし、運転は初めてですわ!」
「ほら、私の目を見てみろ、そうだ・・・正直に言え、何がおかしいんだ?ん?ん?ん〜?」
「ひな先輩ちょっ、ほら千枝も見てますから!」
「はわ、はわわ・・・ふ、二人が、き、き、キ・・・!」
ひな先輩に額を押し当てながら問い詰められ、時折鼻と鼻がぶつかり合い、唇がほぼほぼゼロ距離になっている様を千枝は勘違いしているのか慌てふためき携帯を構え始める
「そうだ写真、写真を沢山撮ってって頼まれちゃったから・・・!」
「千枝、ここはいい!あっちあっち!あっちだあっち!」
俺は必死になって桃華たちのほうを指差す
こんなとこあいつらに見られたら何言われるかたまったもんじゃない
ーーーーーーーーーー
「ごめんなさいごめんなさい、蘭道様ホントごめんなさい」
「・・・」
桃華と美空が楽しそうにゲームをしている間、零次はというと隣に腰を落ち着けている雛子に始終脇腹をつねられながら、謝罪の言葉を繰り返していた
早く解放してもらえるようにテーブルの上のチョコレートを口元に運ぶが、ただ無言で受け取るだけでそのままつねっている手は動かない
「うーんと・・・これかな?」カチッ
''Start your engine !''
援軍を呼ぼうにも、千枝は雛子のベッドの上に乗り、枕元に立っている三段ボックスの片隅からおもちゃを取り出してスイッチを入れると、そこからの操作方法に頭を悩ませている
まったく色気のない二人の空間をどうしたものかと考えている零次だったが、突然携帯が鳴り響く
「ん?・・・おう」
「・・・どした?」
覗き込んで確認しようとしてきた雛子に零次は慌てて携帯をポケットに戻す
「ちょっと・・・仕事の連絡が入りまして」
「仕事ぉ?今日休みだろう」
その雛子の一言に、ベッドの上で後ろのボディ半分が回る赤いスポーツカーのおもちゃを触っていた千枝と、テレビ画面に''イベント圧勝''の文字が表示され美空と喜んでいた桃華が零次に近づく
「まぁ零次さん、仕事なら仕方ありませんわね」
「そうですね、仕事ですもんね。早く支度をしないと」
桃華と千枝は零次の両腕を掴むと強引に立ち上がらせて、雛子の一連の流れを不思議そうに見つめる視線も気にせず通路へと押しやった
そのまま零次のスペースまで二人は零次の腕を引っ張って連れて行くと、髪型を整え、上着を着せてと瞬く間に支度を済ませる
「なんなんだアレは」
「まぁまぁ、ひなちゃん。気にしない気にしない」
ソファーの背もたれから体を乗り出してその様子を覗き見る雛子だったが、美空がテーブルに肘をつきながら持っていたコントローラーを軽く上下に振り、そんな雛子を抑える
「では、零次さん。お気をつけて」
「ああ、ありがとう。それじゃあ行ってくる」
「あの、零次さん!」
「ん?」
外に出る一歩手前、扉に手を掛けて出かかっていた零次に螺旋階段の上から千枝が声をかけた
「い、いってらっしゃい」
「ん、いってくる」
手を振ってそう言う千枝に、零次も手を上げて応えると、そのまま背を向けて外に出ていった
「・・・ふぅ」
エンジンを掛ける音が聞こえ、千枝が胸に手を当てて一息つくと、隣でニヤニヤと自分を見ている桃華に気づく
「と、どうしたの?」
「別に、なんでもありませんわ〜」
流すように桃華はそう言いながら、手を後ろに組んでリビングへと向かっていく
千枝はその場に立ち尽くしたままそんな桃華の姿を目で追っていると、その先で美空がニヤニヤと楽しそうな表情でこちらを見ていることに気づいた