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「みんなー!今日は・・・ありがとうございましたー!!」
『ありがとうございましたー!!!』
その瞬間、目の前を覆い尽くす光の海から大きな歓声が響き渡る
それは私たちが使っているようなマイクがあるわけでもないのに何十何百という波となり、私達の元へと届いていた
その声に私たちがお互いに顔を見合わせると、もはや汗だくになり息も絶え絶えなのにも関わらず、その顔は充実した表情に満ち溢れている
「とときーん!!」
「未央ちゃん!」
ドレスのような素敵な衣装に身を包み、指や頭に綺麗なアクセサリーをつけた未央ちゃんが、隣にいた私に思わず抱きつく
それを見ていた藍子ちゃんも加わって、小さな輪ができていた
周りを見てみると、大人組も子供組も手を取り合ったり同じように抱きついたりと、広い広いステージの一角で私たちはお互いの健闘を称え合っていた
「ありがとー!!」
「大好きだよー!!今日は本当にありがとう!!」
そんな時間も束の間、舞台袖に近いメンバーから、それぞれが思い思いのセリフをファンのみんなに投げかけて、ステージから降りていく
「また、お会いしましょう!それまで私たちも、ずっとずっと待っていますからねー!!」
私もそうファンのみんなに言葉を投げかけ舞台袖に去っていくと、背中でわかる、一際大きい歓声が上がり、ステージを作っている鉄骨まで響いていた
「お疲れとときん!楽しかったねー!」
「うん!未央ちゃん!お疲れ様!」
ステージ裏の階段を降り、少し開けたスタッフ用のロビーに着くと、走り回っているスタッフを潜り抜け、未央ちゃんが再び私の元へと歩み寄り、私の手を握った
「久しぶりの大きいライブ・・・わたくしこと未央ちゃん、まだまだいける感じなんですがな?」
「私はもう大満足!でも少し寂しい気もする・・・感じ?」
階段がある壁際に置かれていたテーブルの上にある小物入れにマイクを置き、途中同じようにマイクを置きにきた奈緒ちゃんにもねぎらいの言葉をかけた
『これにて、本日のライブの全工程を終了致します。お席をお立ちの際は、お忘れ物の無いようにご注意願います。なお、出口付近は混雑が予想されますので、お客様におかれましては・・・』
会場内に注意喚起が響き渡り、見にきていたファンのみんなが一斉に動いている様子が音と会場の振動、そして壁際のモニターからわかる
「この瞬間が、なんだかちょっと切ないよね。魔法が解けていくような・・・現実に戻るような・・・そんな気がしてさ」
「でも、凛ちゃん。私、すごく楽しかったです!未央ちゃんもいて、凛ちゃんもいて・・・久しぶりの大きなライブだったから」
「しぶりんは相変わらず、詩人だね〜」
モニターを見ながら感情に浸る凛ちゃんをからかうように、未央ちゃんがそう呟くと、凛ちゃんは「ちょっと・・・!」と恥ずかしそうに未央ちゃんに詰め寄り、それを周りのメンバーがクスクスと笑いながら眺めていた
「お疲れ!愛梨ちゃん!」
「あ・・・!瑞樹さん!」
ポンッと後ろから肩に手を置かれたので振り返ってみると、瑞樹さんが首にかけたタオルを使って自分の頬を流れている汗を拭いていた
ふーっという満足げなため息が漏れている後ろでは、瑞樹さんとは対照的に涼しげな様子の楓さんがニコッとはにかんだような笑顔を浮かべている
「みんな終わってすぐなのに元気ね〜、これが若さってもの・・・はっ!み、瑞樹も、あと2時間くら・・・いえ、オールでいけちゃうかも〜!」
「瑞樹さん・・・さすがに私もオールはちょっと・・・」
「オールでエールを送る・・・ふふっ」
楓さんの隣にはいつのまにか美優さんも揃っていて、苦笑いを浮かべていた
「だ、だって〜・・・」
「なら、次のライブ会場は居酒屋でお願いしまーす」
「楓さん・・・中々元気ですね」
「でも、この後打ち上げですよ。ここでやるんですかね・・・会社?」
実際のところ、会場のスタッフにも346関係の人間が結構な数混ざっており、その範囲はサポートから会場の設営、はたまたライブそのものに関わるものなど多岐に渡っていた
あまりアルバイトを雇わないというのも346のやり方なのだろうか
今このロビーを行き交う人の中にも見知った顔がチラホラ見える
「会社かもしれないですね、それならもう楽屋に戻ったほうが・・・」
「あ、みゆみゆ〜!」
私達の元へと、未央ちゃんが駆け寄る
「皆さんもお疲れ様です〜。よかった、みんな揃ってて。プロデューサーが記念撮影するから、着替えてまたロビーに集まってほしいって!打ち上げは346に戻ってからって!」
「あら、やっぱり会社でやるのね。じゃあ早く行きましょうか」
「駆けつけ三杯・・・今夜のお酒は格別に美味しいかもしれませんね・・・」
「あ、かえ姉さま。さきほどプロデューサーがこれは見つからないようにって取引先から頂いていた大きな瓶を何処かに運んでおられましたが」
「私、プロデューサーにちょっと用事ができましたので」
「楓さん・・・!早くい、きましょう!」
素敵なドレスのような衣装をカッコよくたなびかせてどこかへ行こうとする楓さんの腕を、美優さんが必死に引っ張りながら瑞樹さんと共に楽屋の方向へと歩いていく三人
そんな様子を見ながら、未央ちゃんは「にししっ」とイタズラっぽく笑う
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「アルトって休み開け納車でいいんだっけ〜?」
「うん、朝一だけどね」
「りょ!」
ガレージの一階にいた姉さんが二階のバルコニーにいるひな先輩に話しかける
携帯ゲーム機を持ちながら自分のベッドから柵の部分へと歩み寄り姉さんに答えると、そのままリビングのソファーに座り、ごろんと寝転がった
「あ、だいもんじ外れた」
「ひな先輩何のゲームやってるんですか?」
「ブラック2」
季節もすっかり冬の息吹を感じさせ、飲み物を取りにキッチンへと向かうと窓からは肌寒い隙間風が入ってくる
ひな先輩も上下暖かそうなスウェット姿で毛布を被りながら、夕飯は何にしようかと呟いていた
幸いガレージ内は暖房が完備されており、壁に一つずつ配置されたそれは温度さえ設定しておけば自動で動いてくれる
なので、今下で作業している姉さんのように上は半袖、下は作業着と言った格好でもあまり寒くはない
「あぁぁぁぁぁ!!やっぱり納得いかない!納得いかなぁぁぁい!!」
下で作業台に向かい作業していた姉さんが唐突に叫ぶ
「何でせっかくチケットまで貰ったのに行けないの!何で何で何でぇぇぇ!!」
「仕方ないじゃないですか、仕事が溜まってたんですから」
「そりゃあ有休申請してなかった私が悪かったけど〜・・・」
チケットを悔しそうに握りしめ、不機嫌さ全開で背後のソファーにダイブしていた姉さん
俺も自分のスペースに戻るとテーブルに置かれていたチケットを手に取り内容を確認する
11月29日という日付と共に、参加するアイドルのシルエットが描かれているそのチケットは何度見ても今日の日付しか書かれていない
「2Daysなら明日休みだから行けたのにぃ〜、よりにもよって何で今日・・・」
「工数もあったからもうどうしようもなかったですよ」
「今頃智絵里ちゃんの新曲が生で聴けたのにぃぃぃ!!」
足をバタバタとさせて駄々をこねる姉さんの姿が見なくても想像できるのか、ひな先輩は「全く・・・」と頭を左右に振る
工数というのは、その日に入れることができる仕事の量のことで、上限を設けることで出勤している人数に合わせて仕事の量を調整し、現場がパンクしないようにするシステムである
今日は''全員出勤''という扱いだったので通常通り仕事が入り現場が回っていた
「・・・さて」
ひな先輩がソファーから立ち上がり、携帯ゲーム機をパタンと折り畳んでテーブルに置きテレビをつけると、バルコニーの柵まで近寄り下を覗く
「姉さん」
「んあぁぁ?」
ソファーで仰向けになり、丁度下を覗いていたひな先輩と姉さんの顔が合う
「今日、何食べたい?」
「・・・肉の日だから、焼肉」
「わかった」
ひな先輩はそれだけ言うとキッチンへと向かい、冷蔵庫の中身を確認する
ひな先輩も流石に可哀想と思ったのか、姉さんにリクエストしたのだろう
そんな姉さんは少し機嫌が直ったのか、また作業台へと向かう
俺もひな先輩を手伝うことにした
「何かありますか?」
「じゃあ肉買ってきてくれ、肉」
「じゃあ今日は俺も多めに金出します」
「悪いな」
さすがに姉さんの様子に俺もいたたまれない気持ちになったので、少しでも機嫌を直してくれるようお金を多めに準備して外に出る
テレビではこれから天気が荒れるようだと言っていたから、気をつけることにしよう