冷房が効いた部屋が心地よい
ステージに立つと、会場の熱気だけでなくスポットライトの光、直接当たるものと壁や床に当たって照り返すもの、それらの熱に加え周りのみんなの熱気というか熱狂が伝わり、否が応でも汗が噴き出す
そんなライブの証をタオルで拭き取ると、私は鏡の前に立ち、着ている衣装に手をかけてゆっくりと紐を解いていく
それはまるで魔法が解けていくように、柔らかく足元へと落ちていった
「紗枝さん、少し手伝ってもらえませんか!背中の紐が固くて衣装がカワイイボクから離れようとしないんです!」
「あら〜?幸子はん、腕伸びるんやあらへんやったっけ?」
「ボクはそんなゴム人間じゃありませんよ!」
隣では幸子ちゃんが同じように衣装を脱ぎ、それを紗枝ちゃんが手伝っていた
そんな光景を見ていると、凛ちゃんが言っていたように普通の日常に戻っていくのがホッとするような寂しいような、いつもの事だがなんだかもどかしくなる
「とときん大丈夫?手伝うよ?」
「え?あ、うん。ありがとう、じゃあこのホック外してくれないかな?」
私がボーっとして着替える手が止まっていると、それを手こずっているのと勘違いしたのか、一足先に着替え終わった未央ちゃんが私の背中にまわり着替えを手伝ってくれた
「ありがとう未央ちゃん。もう大丈夫だよ」
「本当?あ、そういえば」
衣装をハンガーにかけて、すぐ隣にあるハンガーラックへとかけると、代わりに会場へ着てきた私服を取る
「レイさんたち、やっぱり来れなかったって。残念だね」
未央ちゃんは中央のテーブルへと戻り、頬杖をつきながらそう言った
「そっか〜、でもしょうがなかったのかも。チケット渡したの結構ギリギリだったし?」
やはり、相手の休みもわからないまま渡してしまったのが間違いだったのかも
もっと事前に聞いとけばよかったなぁ
せっかく沢山レッスンして、久しぶりの晴れ舞台だったから、観てもらいたかったのに
「うむ、こうなったら無理やり連れてくるしか・・・」
「ダ、ダメだよ未央ちゃん。零次さん困っちゃうよ」
そっか〜、と未央ちゃんは深く顎に手を当てると、次におそらく情報元である凛ちゃんの元へと駆け寄り、一緒に携帯に目を落としていた
私はハンガーからブラを取って、肩紐に腕を通し背中のフックの上下をとめる
上着を着てロングスカートを履くと、自分のバッグからヘアゴムを二つ取って、一つを口に咥え、鏡に向かって自分の髪を結んでいく
「あの人もひどい人ですね!せっかくカワイイボクの晴れ舞台だというのに観にこないだなんて!それにしても、どうして凛さんが知ってるんですか?デレポに上がってたわけでもないのに」
「それがですねさっちーさん。どうやらレイさんとしぶりんはただならぬカンケーにあるらしいのですよ〜」
「ちょっと未央」
凛ちゃんは携帯の電源ボタンを押して画面を消し自分のバッグに入れると、呆れたように未央ちゃんに一言言い、上着を取りに私の隣のラックへ近づく
「だってそうじゃ〜ん」
空いたその席に未央ちゃんが座った
「レイさんにお迎え頼む時だって、電話するんじゃなくていつものトークにそのままメッセージ送ってるんだもん。なんでレイさんのアカウント知ってるのさ〜。ん〜?」
「それは・・・加蓮が無理矢理・・・」
「まぁ・・・あの方も隅に置けまへんなぁ」
凛ちゃんはこれ以上追求されまいと少し未央ちゃんに背を向けて上着を羽織る
そんなやり取りを見て、紗枝ちゃんはクスクス笑っていた
そっか、加蓮ちゃんと凛ちゃんが二人で携帯を見ながら笑ってる姿をたまに見るのはそういうことだったのかなぁ
・・・結構私も一緒にお昼ご飯を食べたり、お話ししたりしてるんだけど、零次さんはあまり自分のこと話したりしないし・・・付き合ってるわけじゃなさそうだけどそんなに仲がいいんだ・・・ちょっとジェラシーかも
「よいしょ・・・と、まったく!零次さん、そういうこと全く聞いてこないんですから!ボクの連絡先を知りたくないんでしょうか!こんなにカワイイボクの!」
「そこまで踏み込んだらあかんって思ってるからじゃありまへんか〜?あくまで私たちは''仕事''の関係ですから」
ピコンと私のバッグの中で着信音がなる
携帯を取り出し開いてみるとプロデューサーの業務連絡で、準備が出来たら控え室がある通路を抜けたロビーで集合とのことだ
実際控え室の扉の向こうからは、準備を終えた他のアイドルたちが話しながら歩いてる様子が音と声でわかる
私はそのトークにスタンプを押して返すと、その下の『青葉自動車 北崎』というトークを開く
飾りっけも何もない名前のトークルームを開くと、''迎えにいく'' ''到着しました''などの業務的な会話しか展開しない寂しい画面が表示されていた
零次さんの仕事が休みの日は携帯を職場に置いているのか、連絡しても返ってこない
「ていうか、レイさんと何話すの?」
「別に大したことじゃないよ。大体加蓮が何かしら呟いて、それに零次さんがツッコむみたいな。今日は何食べたとか、こんな服買ったとか」
携帯を閉じて、私も普段のやり取りを思い出す
私のみならず、みんなと同じように接している零次さん
梨沙ちゃんとはなんだかよくケンカしてるみたいだけど、それでも年少組とは仲がいい
・・・零次さんってあまり私たちに興味ないのかな?
大人の対応だなぁとは思うけど、もうちょっとドキドキしてくれたりとか・・・
私は無意識に鏡で自分の少し乱れていた前髪を直す
「愛梨さん?準備できましたか?」
「へ?あ、ごめんね!今私も行くから!」
幸子ちゃんの声に振り返ってみると、いつの間にかみんなが次々と部屋から出て行っていた
急いで私も支度をして部屋を出る
「あら、幸子。お疲れ、今日もすごくチャーミングだったわ」
「奏さん!ボクは今日も明日も明後日もカワイイボクですよ!そこをお間違えなく!」
「あ、愛梨ちゃん!いこいこ〜、フレちゃんが20m先までエスコートしてあげよ〜う!」
「フレデリカちゃん、お疲れ様〜」
廊下に出てLiPPSのメンバーと合流すると、一緒にロビーへと向かう
考え込むのはやめよう、今度会ったときにでもこっそり聞いちゃおうかな
ーーーーーーーーーー
「どうしろっつーんだよこれ・・・」
右腕に大体2キロほどの肉の塊を持ち、左手には買い物した商品が入った袋をぶら下げて、雨が段々と強くなっていく中急いでスーパーの出入口から自分の車へと走る
両手が塞がっている手でやっと車の鍵をポケットから取り出し、ボタンを押して鍵を開け後ろの席に荷物を置くと車へと飛び乗った
「さっっっむ!」
急いでエンジンを掛けてヒーターを全開にすると、助手席に置いていたティッシュを数枚乱暴に取り出し、顔を拭いていく
「あぁ〜まったく・・・」
そしてシートに深く腰掛けて一息つき、手をヒーターの吹き出し口に当てて暖まっている最中、ルームミラーで後ろに積んだ大きな肉の塊を見る
今回の買い物で福引券が貯まり、財布の中を漁ってみると整理していないレシートに紛れて福引券が見つかり合わせてみると丁度一回分になった
ダメ元で今回のあいつらのチケットが紙切れになった分、一等の北海道旅行のチケットでも当たらないかと引いてみると、なんと2等の高級肉2キロ分が当たってしまった
いや、嬉しいには嬉しいんだけど
「これだったら肉買う必要なかったんじゃね?」
結局今俺の車の中には俺が買った肉(少々高級)プラス高級国産肉2キロが乗っかっており、軽く焼肉パーティが出来るレベルである
野菜もあるが比率が凄まじいことになっていた
「ひな先輩の料理スキルに頼るしかないか」
顔を拭いていたティッシュを助手席の足元に置いてあるゴミ箱へ放り込むと、ノリノリのポップスをオーディオから流し車を出してスーパーから出て行く
街を流していると、サラリーマンや学生、カップル、家族問わず頭の上に何かを乗せてたり、顔を伏せながら酷くなる雨風に打たれながらも一目散に走って、駅や建物の下に入る様子が見えた
気温もさっきの様子だとこれから下がり、暖房をつけないと今夜はきつくなりそうだ
信号待ちをしている時に雨宿りしている人達を見てみると小刻みに体が震えている様子も見てとれる
帰り際に美城の前を通りかかってみると、少し開いた大きな門の隙間を社員の人たちがくぐり抜け建物の中に入っていっていた
数人が門に集まり、対策をしているのかガヤガヤとカッパ姿で作業をしている
大変なのはどこも同じか、うちの工場も今日は入庫が少なかった分車を工場になるべく入れて帰ることができたのは幸いだったのかもしれない
俺はこれ以上酷くならないうちにとガレージに向け車を走らせる
ーーーーーーーーーー
「あ〜、暖かいですね〜」
「うむ、我を包み込む加護の精霊よ、皆にも同等の祝福を授けよ!」
「ふふ・・・まるで新たなセカイが創造されていくようだ。蘭子、ボクもここの住人に加えてもらってもいいかな」
「あ、フレちゃん。ここにあったよイヤホン」
「ホントだ〜、シューコちゃんありがと!まったくイケナイ子!勝手に迷子になって!」
記念撮影を終えたアイドルたちが次々と大型バスに乗り込んでいく
玄関からバスに入るまでの短い間にも、外との気温の差に体を少し震わせてバスの座席へと座る
なんともいえないバス特有のこもるようなエンジンの音と、暖かい空気が彼女たちを包み込んでいった
「響子さん!お先にどうぞ!」
「ありがとう悠貴ちゃん。寒いね〜」
「お、みんないるか〜?」
最後にプロデューサーが乗り込み、通路に立つとメンバーに向かって一言掛ける
各々が手を挙げたり、返事を返していく中でプロデューサーはリストと照らし合わせて確認していった
「よし!じゃあこれから346に向かうから、着いたら別館の多目的ホールまで来てくれ。荷物は各々の部屋に置いてきてもいいし、でも貴重品は」
「プロデューサー、わかったから早くバス出して。いつものやり方でいいんでしょ?」
「ああ、理解が早くて助かる。じゃあ頼んだぞ」
運転席付近に座っていた凛に諭されると、プロデューサーは運転席に座りバスをゆっくり発進させた
ラジオが流れ、車内に会話がどんどんと生まれていく
「楽しかったですね!美穂ちゃん!」
「うん!でもよかった〜、練習してたとこのステップ間違えなくて・・・」
「奈緒〜、一瞬ステージの移動間違え掛けたでしょ。上手にはけろって言われてたとこ」
「なっ!ちょっ加蓮!くそ〜、上手く誤魔化したと思ったのに・・・」
うりうり〜と肘を奈緒に押し付ける様子を通路を挟んだ反対側の席で、窓枠に頬杖をつきながら外を眺めていた梨沙がチラッと見ると、また外へと視線を戻す
「楽しかったね梨沙ちゃん。私もみんなと久しぶりに歌えたから、間違えないか心配で・・・」
「大丈夫よ、いつも通り完璧だった。あれならファンの期待に応えられたと思う」
隣に座っていた千枝が梨沙に声を掛けるも、その返事はどこか浮かないもので、少し寂しさを感じる
「零次さん、来れなくて残念だったね」
「な・・・!別にいいわよあいつなんか!今日はプロデューサーが運転してくれてるし、ただのドライバーよ!・・・ただの」
千枝の一言に梨沙は少し声を荒らげて答えるも、最後の方にはその声のトーンが少しずつ下がり、また外を眺め始めた
その様子に千枝はクスッと笑う
「まったく、こんな日に雨だなんて!カワイイボクが何をしたっていうんですか!」
「まぁまぁ幸子はん。きっとおてんと様も、幸子はんのライブに感動して涙を流してくれはったんどす。ありがたく受け取りましょ」
「でもここまでしなくても・・・」
信号待ちで止まっている最中に幸子が外を見ると、雨は容赦なく地面に向かって打ちつけ、風は目の前の信号機を大きく揺らしている
「け、結構強いね。大丈夫かな・・・」
「何〜?李衣菜ちゃん怖いの〜?まったく、ロックが泣いてるにゃ」
「ふ、ふん!そんなみくだってさっきから震えてるくせに!」
「な、何言ってるにゃ!みくがそんなこ」
その瞬間、外が一瞬明るくなると、凄まじい轟音が鳴り響く
「にゃぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃんっ!」
みくと李衣菜の悲鳴と同じように、車内にもポツリポツリと声が上がる
「蘭子、いくらなんでも雷魔法はちょっと・・・」
「・・・」ガタガタガタ
「おお、今のは大きかったな」
プロデューサーがそう呟いた瞬間、外から光が消えた