番組が始まってからというもの、いつもとは違う違和感に気づく
もう終盤に差し掛かるというのに、あのディレクターの姿が見えないのだ
気づいたのは幸子だけではないらしく、友紀も紗枝も、他のキャストも撮影中なので大きく表情には出さないが、カメラが回ってないところで小声で言い合っている
「・・・ねぇ、どうしたんだろうね?あのディレクター」
「さぁ、ボクにも何が何だか・・・」
カメラの後ろではADが携帯片手にウロウロしており、番組の進行はテレビプロデューサーが代理で進めていた
「では!早いもので今日はもうお別れの時間がやってきてしまいました!司会進行は私、川島瑞樹と!」
「十時愛梨がお送りしました〜」
『バイバーイ!』
ついにディレクターが到着しないまま、番組の締めに入ってしまった
スタッフのOKサインと共に、出演者たちが次々と立ち上がり各々で話を進める
「でも、こんなこと初めてですね」
「う〜ん、でもよかったじゃん!ディレクターと顔合わせなくてさ!ほら、帰りにプロデューサーに頼んでスイーツでも食べに行こ!紗枝ちゃんも、ほら!」
「そうどすな〜。特に今日幸子はんは朝から晩までよう頑張りました。プロデューサーはんもきっと、許してくれはりますえ〜」
スイーツと聞いて少し調子を取り戻したのか、紗枝もいつものはんなり調子に戻り幸子の頭を撫でていた
「お疲れ!三人とも!」
「お疲れさま〜」
そうしていると、瑞樹と昼間はいなかった十時愛梨がこちらに向かって挨拶をしながら近づいてくる
「KBYDのみんな〜、今日はごめんね。私のせいでお昼のお仕事に急に入ってもらって〜」
「いえいえ!全然大丈夫でした!」
胸の前で手を合わせ、申し訳なさそうに謝る愛梨に幸子がそう答えた
「でも変ね、ディレクター番組の最後まで出てこないなんて」
「前の現場で何かあったとか〜?幸子ちゃんたち何か知ってる〜?」
「あの・・・実は・・・!」
キョトンと首を傾げながらいつもの調子で聞いてくる愛梨に友紀が何かを言いかけるが、それを察した幸子が友紀の腕を引っ張り、無言で首を横に振った
『?』
その様子に瑞樹と愛梨はお互いに顔を見合わせ、二人して首を傾げる
そんな時、スタジオの扉が開き見覚えのある人影が入ってきた
「あ!待ってましたよ!どうしたんですかー!全然連絡もなしに、大変だったんですから・・・どうかされたんですか?ディレクター?」
やっと現れたその人物にADが駆け寄るが、何だか様子がおかしい
問い掛けに応えず、ふらふらとした足取りで俯き、呼吸は浅く今にも倒れそうだった
「ここは私が。ディレクター待ってましたよ〜。早く打ち上げの準備を・・・おっとっと」
テレビプロデューサーが駆け寄り様子を確かめようとするが、ディレクターはそのままバランスを崩しプロデューサー側に倒れ込む
それを受け止めるが、顔面蒼白のまま下を向いたままだった
「ディレクター?」
「う、ううぅ・・・」
何かを伝えようとしているみたいだが呻き声を上げるのみでまったくわからない
次の瞬間
「ぶぉおぇぇぇぇぇぇ!!!」
「わ、わ、わぁぁぁぁ!」
呻き声が生々しい音に変わり、プロデューサーのスーツを汚しながら周りの床にも撒き散らし、そのまま地べたに崩れ落ちる
「おぇぇぇ・・・が、ガぁぁ・・あ」
それでも留まるところを知らず、少し吐いては止まりまた吐いてを繰り返していた
苦しそうに呼吸をしながら涙目になり、両手をつきながらまったく動けなくなっていた
その壮絶な様子にADやスタッフたちが駆け寄る
「ああ!ったくなんだ本当に!早く別室に連れてけ!早くほら!」
汚れたスーツの上着を慌てて脱ぎ、Yシャツ姿になったプロデューサーが指示を出す
幸子達を含む出演者一同も驚きを隠せず、その様子に叫び声を上げたり狼狽したりなど動揺していた
「な、なんなの?一体何があったの!?」
「さ、さぁ。ボクにも何がなんだか・・・」
友紀が幸子の肩を持ちながら尋ねる
しかし、この光景に幸子は何だか午前中の自分が重なる
「何だか、幸子はんみたいなやなぁ。あそこまで酷くはありまへんやったけど・・・」
「・・・もしかして」
紗枝の言葉に、幸子は何かに気づいた
ーーーーーーーーーー
「おやおや、大丈夫かね?」
「はい!すいません、そこちょっと通してください!」
何やらスタジオの方から慌ただしく、四人のスタッフに両手足を持って運ばれていくテレビ局のディレクターの姿があった
何かあったのだろうか?凄く顔色が悪かったが・・・
「あの、すみません」
「ん?おや、君は?」
声のしたほうに振り向くと、それはそれは顔立ちの整ったクリーム色の長い髪が似合うハーフのような見た目をした可愛らしい女の子が立っていた
「今西様という方を探しているのですが、どこにいるかご存じですか?」
「私が今西だが?」
そう言うと女の子は姿勢を正し、上着のポケットから封筒を取り出した
「大変失礼しました。私、青葉自動車工業の蘭道と申します。お車が出来上がりましたので納車に参りました」
ペコっと頭を下げる
「おお、君が青葉君のところの。彼から話は聞いているよ、なんでも優秀で頼りがいのある社員がいるとね。どれどれ、ありがとう」
そう言うと女の子は封筒から紙を取り出し、今回の依頼の内容と結果説明を始めた
その可愛らしい見た目とは裏腹に、しっかりと仕事内容について説明する
教育がきちんと行き届いているようだ
彼も真面目だったからねぇ
「あ、それとうちの者が大変失礼しました。お送りすると言っていたのに、人違いをしてしまったみたいで。厳しく言っておきます」
「いやいや、こちら側も手違いがあったみたいだ。逆に彼に申し訳なかったと伝えておいてくれないか。私は無事目的地には行けたと」
「は、はぁ・・・」
そう言うと彼女はキョトンとした顔で不思議そうに返事をする
私は彼女に今日はありがとうと伝え、事態を把握しようとスタジオに向かおうとしたその時、彼女に呼び止められた
「それから、これを彼から預かってきました。関係者の方に渡してほしいと」
そう言うと彼女はポケットから、よく記者会見などで見るボイスレコーダーを取り出し私に渡した
「彼が言うには今すぐに聴いてほしいとのことです。では、私はこれで」
また可愛らしくペコっとお辞儀をすると、私に背を向け出口へと向かっていった
今すぐにとは・・・どういうことだろう?
ーーーーーーーーーー
「何があったのかしらねぇ・・・」
「もの凄く顔色が悪かったから、体調不良かなぁ〜」
「いや、それにしては・・・」
呑気に瑞樹と愛梨が話し込んでいる傍で、幸子は一向に首を傾げたままだった
顎に手を当ててじっくり考え込んでいる姿を、紗枝と友紀はこれまた不思議そうに見守る
「やっぱりあの人が・・・」
「例の運転手さん?」
そう友紀が言うとこくりとうなずく幸子
「・・・川島さん。あの・・・」
「幸子ちゃん?」
「ええと・・・・その・・・」
愛梨と台本を確認していた瑞樹に幸子は近づき、意を決して今日起きたことを含め、瑞樹に打ち明けようとした
その時だった
「川島君!ちょっといいかね!」
「今西部長!」
瑞樹はすぐさま声のしたほうに振り向き、口ごもる幸子にちょっとごめんねと声を掛け、出入り口付近にいる今西部長のところへ駆けていく
「あれ?今西部長だ〜。どうしたんだろうねぇ?」
「珍しいね、スタジオまで入ってくるなんて」
愛梨と友紀が、瑞樹と今西部長のやりとりを見ながらそう呟く
確かに、美城専務と裏方にいたところを何度か見たことはあるが、こうやって現場に入ってくるところは見たことがない
「なんだか話し込んでるみたいだけど・・・」
KBYDも愛梨も、その行末を見守っていたが何だか様子がおかしい
すると今西部長がボイスレコーダーらしきものを取り出し、瑞樹に聴かせ始めた
最初は黙って聴いていた瑞樹だったが、だんだんと様子が変わっていく
唇を噛みしめ始め、目がつり上がり両手は余程強く握りしめているのかプルプルと震えていた
手に持っていた台本がグシャグシャに握りつぶされ、最早原型を留めていない
「瑞樹さん・・・?」
今まで見たこともない表情に、いつもの様子とは違い真面目なトーンで心配する愛梨
今西部長との会話が終わったようだが、瑞樹はその表情を崩さず、何かを睨みつけるような姿のままだった
「あ、あの・・・川島さん?」
尋常じゃない様子の瑞樹が気になり、幸子達も瑞樹に近づく
するといきなり台本を思いっきり地面に叩きつけた
「きゃっ・・・!」
愛梨が小さな悲鳴を上げるが幸子たちには目もくれず、出入り口の扉を手で乱暴に開け、ちょうどディレクターを運んできたスタッフの一人に詰め寄る
「あのディレクターはどこに行ったの!!さっさと教えなさい!!どこ行ったって聞いてんの!!!」
胸倉を掴み鬼のような形相でスタッフに問い詰める瑞樹
「あ・・・あの廊下の突き当たりを右に曲がって・・・一つ目の左の部屋です」
怯える様子のスタッフが恐る恐るそう答えると、瑞樹が胸倉から手を離し、その方向へ駆けていく
「ちょっと川島さん!」
「ボクたちも行きましょう!」
「う、うん・・・」
「今西部長、少し失礼します。プロデューサーはんにご連絡お願いしても?」
「あ、ああ。わかったよ」
幸子が愛梨の手を引き、KBYDと愛梨は瑞樹が走っていった方向へ追いかける
脇目も振らず拳を握りしめながら突き進み、瑞樹が突き当たりを右に曲がる
追いかけたメンバーも同じく右に曲がったところで
「こんのクズ!!!」
という瑞樹の聞いたこともない絶叫と何かをぶっ飛ばすような音がすぐ側の部屋から聞こえた
怯える幸子と紗枝、愛梨を背に恐る恐る友紀が部屋を覗いてみると、そこにはベッドから転げ落ちてるディレクターと、その前に肩を上下に動かしながら息をしている瑞樹の姿があった
「か・・・川島さ」
「なにとぼけたこと言ってんのよ!!!え!?私たちの前ではいい顔して私の仲間の前ではいつもその態度ってわけ!?はっ!!いい度胸してんじゃないあんた!!!」
友紀が声をかけようとするが、そんな間も無くディレクターの胸倉を掴みベッドに放り投げる
その右手を見てみると拳が真っ赤に染まっており、ディレクターの左頬も同様に赤くなっていた
「私が前の仕事してたときもあんたみたいなのは腐る程いたわ!!でもあんたみたいなクズは初めてよ!!あ!?何とか言ってみなさいよ!!!」
今度はディレクターの髪の毛を鷲掴みにしながら叫ぶ瑞樹
ディレクターも必死に抵抗するが、それでも瑞樹は離さなかった
「か、川島さん。もうそのへんで・・・」
事態を聞き付けたテレビプロデューサーが部屋に到着し必死に瑞樹を宥めようとするがそれでも止まらない
友紀が幸子、愛梨が紗枝の目を手で覆った
「あんたもグル?え?グルなの?ハッキリ言いなさいよほら!!」
そう言うと今度はテレビプロデューサーの胸倉を掴む
「め、滅相もありません!今西様から事情は聞いています!この件は、厳正に対処致しますので!だから、手を・・・苦し」
それを聞くと瑞樹は手を離す
床に手をつき咳き込むテレビプロデューサーを横目に、今度は部屋の前で怯える友紀たちの前まで来て楽屋までついてくるように言う
ーーーーーーーーーー
「か、川島さん・・・?」
楽屋に着いても、瑞樹は幸子達に背を向けたまま何も言わない
紗枝も愛梨も怯えきった表情のままその場に立ち尽くしていた
すると瑞樹が大きく一つ深呼吸し、幸子達に向き直った
その表情は先程までの鬼気迫るものではなく、いつもの優しい表情に戻っている
「幸子ちゃん、どうして言ってくれなかったの?いつから?今日初めてじゃないよね?」
「それは・・・その・・・」
幸子と同じ目線まで腰を落とし、優しく話しかける
すると幸子は、ポツリポツリと話し始めた
「だ、だって・・・ボクだけじゃなくて、他にもたくさん346のアイドルを使ってくれてるし、ボクが何か言ったら、川島さんたちにも、迷惑、掛けると思って・・・それに間違いだったらどうしようって・・・お仕事、無くなっちゃうんじゃないかなって・・・思って・・・」
途中から徐々に涙声になりながら、勇気を振り絞り、拳を強く握りながら瑞樹に少しずつ伝える幸子
その様子を見て、うんうんと頷きながら瑞樹は何も言わずただただ聴いていた
「だから、どうすれば・・・いいかわからなく・・・なって、本当に・・・ごめんなさ」
幸子が言いかけると、瑞樹は人差し指を立て幸子の唇の前に持ってくる
「確かに、相談してくれなかったのは残念だわ。でも、あなたが謝ることなんて何もないのよ。悪いのは、全部大人たち」
「ううっ・・・う、うぅ・・・」
「正直に言ってくれてありがとう。でも、これだけは覚えておいて」
瑞樹は幸子をぎゅっと抱きしめた
「私は、仲間が傷つくのを黙って見てるほど安い女じゃないわ」
「ううっ・・・うぅぅぅ!!」
「よく頑張ったわね」
そう言うと幸子の頭を優しく撫でる
瑞樹はそっと顔を上げると、着物の裾をぎゅっと握りながら今にも泣き出しそうな顔をしている紗枝に気づいた
すると片手を広げ、おいでと紗枝にも言うと、紗枝は何も言わず黙ってその腕に収まった
ーーーーーーーーーー
「よし、完了だ。帰るぞ」
「はい」
スタジオに着いたあと、ひな先輩から連絡があった
車の書類が出来上がったので、車と一緒に持っていくから帰りの足にそこで待っていてほしいとのことだった
ひな先輩が車の鍵と明細を持っていないということは無事今西さんに渡すことができたのだろう、助手席に乗り込む
「言われた通り渡しておいた、なんだ?何か入っているのか?」
「ええ・・・まぁ」
ふん・・・とひな先輩は溜息と声が入り混じった返事をして助手席に深く腰を落とし、シートベルトを締めた
それと確認すると俺は車を出す
ーーーーーーーーーー
「・・・今日は随分と楽しかったみたいだな」
「え?」
スタジオを出てしばらく車を走らせ、工場まであと少しのところの赤信号で停車中にひな先輩がおもむろに呟く
「私が必死に仕事片付けてる間に姉さんと美城プロに行ったり、車にアイドル乗っけたり」
「ま、まだ言うんですか・・・勘弁してくださいよ。別に遊びに行ったわけじゃ」
「それも・・・リヤタイヤを溶かして材質変化させるほどにな」
ひな先輩が少し顔を右に向け、横目で俺の方を見る
夜の街明かりでその顔が照らされ、少し呆れたような表情をしているが怒っているのかそうでないのか、ハッキリとはわからなかった
「・・・まぁ、お前に何もなさそうだからいいけど」
そう言うと、前方に視線を戻す
「とにかく・・・とっとと四駆に戻してABSのランプ消せ」
「あ・・・は、はい」
俺は慌ててハンドルの右下のスイッチを戻す
スイッチから顔を戻すと、ひな先輩が前方を指差す
いつの間にか青信号に変わっていた
それからは特に会話もなく、無事事務所に車を入れ、いつもの場所に駐車しているところでひな先輩がまた呟いた
「それにしても、私がスタジオを出る頃に中がなんだかバタバタ騒がしかったけど・・・一体何だったんだ?」
・・・ってことは今西さん、聞いてくれたのか
手遅れじゃなければよかったけど
俺がやったことは正しかったのか・・・
余計なことをしてしまったのかと不安が今になって襲ってくる
「おい、何してる?工場終わってるみたいだから事務所閉めるし、早く戻るぞ」
「あ、はい。すいません」
車から鍵を抜き、ひな先輩と事務所に戻った
「あ、お疲れ〜二人とも〜」
「お疲れ。工場もう終わったんでしょ?」
「うん、あとは二人待ち〜の状態」
「姉さん、お疲れ」
「ん〜、社長は先に上がったよ〜」
ソファに座り携帯を触りながらテレビを観ている姉さんの横を通り、自分の荷物を取る
『・・・調べによりますと、ボイスレコーダーには他にも強制猥褻をほのめかすような供述も含まれており、他にも余罪を追求する方針です。次のニュースは・・・』
テレビの音声を聴き流し、自分の荷物をまとめる中、早くしろとまくし立てるひな先輩の声を聞き、姉さんもテレビを消し自分の荷物をまとめる
二人して急いで出入り口に向かい、ひな先輩が電気を消してセキュリティの電源を入れ、出入り口の鍵が閉められた