「う、うーん・・・」
重い瞼を手で擦りながら、私はおもむろに枕元にあった携帯を手に取る
横になりながら、バックライトの眩しい光に目を細めつつ確認した時刻は、午前2時
そのまま仰向けになって携帯の電源ボタンを押し、元の場所へ戻すと横でもぞもぞと動く梨沙ちゃん
周りが何も見えない暗がりでもそれはわかった
いや、よく見てみると下の階からうっすらと漏れる淡いオレンジ色の光が放射状に天井へと伸びて、微かに私がいる場所まで届いている
「そっか、ここは零次さんたちの・・・」
少しずつ意識がハッキリして、今の状況を段々と理解し始めてきた
みんなでライブをして、みんなで零次さんのガレージまで来て、みんなでご飯を食べて、みんなで遊んで・・・
「私、そのまま眠っちゃったんだ・・・」
横では私と梨沙ちゃんの他に、ひなさんがすやすやと寝息を立てている
私は一番壁際で、真ん中に梨沙ちゃん、そして一番通路側にひなさん
梨沙ちゃんの胸の上に手を当てて、子供をあやすように側で目を閉じている
ベッドが広いおかげで窮屈することなく、三人で横になることができていた
「・・・お手洗いどこだっけ。ふぁ〜・・・」
まだ重い体をゆっくりと起こし、私は大きなあくびを一つすると、二人を起こさないように足元からまわってベッドから降りる
「わぁ、何だか凄いことになってる」
私たちが眠っている間にいつの間にか、リビングから零次さんのスペースまで床がほとんど寝床になっていた
零次さんのベッドはもちろん、テーブルをよけてベッドそのものに寄り掛かって眠っていたり、ソファーにお互い頭を預けあって寝ていたりと、遠くの美空さんのベッドでも誰かが寝ている姿が見える
「あ、零次さん・・・と、愛梨さん」
ソファーに差し掛かると、零次さんが肘掛けに頭を預けて寝ているところに、愛梨さんがその上からさらに零次さんを枕にして寄りかかり、毛布を被ってスヤスヤと眠っていた
「ん、んん・・・」
「・・・」
私はソファーに近づくと、愛梨さんが被っていた毛布を剥ぎ取り、愛梨さんの上半身を反対側の肘掛けにそのまま振り子のように動かして移動させ、肘掛けを枕にするように寄り掛からせると、その上から取った毛布をかける
「う、うーん・・・ふぅ」
若干うなされていた零次さんの呼吸が少し落ち着いて、静かな寝息がリズミカルに聞こえてきた
周りに毛布がもうなかったので私はベッドに戻り、床によけてあった自分のコートをかけてあげた
ち、千枝は悪い子です
私はそれから、床に寝ているみんなを踏まないように気をつけて螺旋階段まで向かって下に降り、お手洗いを済ませた
お手洗いからフロアに出ると、奥の美優さんや瑞樹さんが寝ているあたりから、何やらパソコンのキーボードを叩くようなカタカタという音が聞こえてきた
どうやら漏れていた淡いオレンジ色の光の出どころもそこのスペースのようだ
ソファーに阻まれて見えないが、人影が動いているのが見える
私は恐る恐る近づいていく
その人物はまだ私に気づいていないようで黙々と作業を続けていた
ソファーにはそれぞれ美優さんと瑞樹さん、心さんと菜々さん、そして早苗さんが眠っており、その人物は奥の壁際にあるテーブルで丸椅子に座り、何かしらの作業を続けていた
「あら、千枝ちゃん!」
やっと私に気づいたのか、勢いよく振り返った
その人物・・・美空さんは、自分が思っていたよりも大きな声を出してしまったことに驚いたのか、とっさに口元を押さえる
ソファーで寝ている美優さんがもそもそっと動いた
「あ、すいません・・・驚かせてしまって」
「いいのいいの、コソコソやってた私も悪いし。ごめんね、起こしちゃった?」
「いえ・・・私はお手洗いに起きただけで・・・」
そっかそっかと美空さんはノートパソコンを操作する手を止めて、パタンとディスプレイを閉じる
「あら、もう2時じゃない。まだ寝てていいのよ?」
「少し目が冴えちゃって・・・あの、今は何してたんですか?」
「あ、私?」
隣にあった冷蔵庫から飲み物を取り出していた美空さんに質問すると、再び作業をしていたテーブルに戻り、ノートパソコンを開く
パスワードを入力して画面が変わると、そこには四角くいくつものエリアに区切られた枠の中で折れ線グラフや波型の線が動き回っているのが見えた
それぞれの枠の上には英語で何か書いてあるが、そもそも画面の中の文字が全て英語で書かれているので解説も何もなくチンプンカンプンだった
「な、何が何だかまったくわかりません・・・」
「まぁ、そうだよね〜。わかったら逆に凄いわ。データ取ってたの、今」
美空さんが言うには、これは今車のコンピューターがどうやって車を制御しているのかを見るためのプログラムらしい
よく見ると、美空さんの車の中でうっすらと光がチカチカしているのが見えた
「このソフトで車の色々な事が制御できるの。燃調とか空燃費とか点火時期とか・・・うーん、なんて言えばいいかな。エンジンもっと回るようにーとか、燃費を良くしたり出来たりする魔法のソフト」
「な、何だか凄いですね・・・」
「普通の人は使わないわ。よっぽど走りたい人か、私は燃費良くするために使ってるけど・・・とりあえず、ん〜きゅうけいっ」
するとまたパソコンを閉じて冷蔵庫に向かうと、オレンジの缶ジュースを取り出して私に渡してくれた
「あ、ありがとうございますっ」
「ビール渡すわけにもいかないしね〜」
美空さんは車に向かい、ドアを開け、鍵を抜いて戻ってきた
「よかったらそこ座って」
「は、はい」
私は美空さんが座っていた椅子に座ると、同じタイミングで缶ジュースの蓋を開け、ジュースを飲む
「うんっ、たまにはオレンジジュースも美味しいわね」
「でもよかったんですか?せっかく作業していたのに・・・」
「いいのいいの、ずっとやってたから疲れちゃった。エンジン掛けるわけにもいかないし、今爆音よ、爆音」
「あー・・・あれはちょっと確かにマズイですね」
あっはっはと美空さんは笑う
自由研究の時のことを思い出した
「いやー、でも楽しかったわ。こうやって大勢で集まるのも久しぶりだし、まさかライブまでやってくれるなんて〜」
「本当はダンスも見て欲しかったんですが・・・今度は是非ライブに来てくださいね」
喜んでもらえてよかった
うんうん、絶対行く!と美空さんも意気込んでジュースを飲んでいる
「それにしても・・・みんな仲良いのね。私はてっきり、裏ではバチバチにメンチ切って、一番上は私だー!みたいな感じなのかなぁって思ってたけど」
「そういう感じでは・・・ないですね。他の会社はどうかわかりませんが。でも、私は皆さんは仲間であって、ライバルでもあると思ってます。やっぱり、他の人が新曲が決まったりしたら悔しいですし、まだまだ頑張らなきゃって思います。まだまだ学べる事があると、皆さんはライバルで、仲間で、立派な先輩ですから」
私は半分自分に言い聞かせるように言い終えると、残っていたジュースを飲み干す
美空さんは何も言わず静かに同じようにジュースを飲み終えると、ゴミ箱へと捨てた
「・・・千枝ちゃんのほうがよっぽど大人ね」
「そんな、まだお酒も飲めませんし、車にも乗れません」
「私の方がまだまだ子供かも、私の周りはそういう人がいなかったから」
「何だか美空さんは、一人でなんでも出来ちゃうイメージがあるんですが・・・」
「そんなことないわよ〜、周りに助けられてばっかり。ひなちゃんの方が料理が100倍は上手だし・・・。そうね、強いて言うなら私のほうがまだ千枝ちゃんより背が高くて、おっぱい大きいわよっ」
えっへんと腰に手を当てて、得意げな表情をする美空さん
それが何だか可笑しくって、クスッと笑ってしまった
「・・・や、やっぱり、男の人っておっぱい大きい方が好きなんでしょうか!」
「それは・・・人によるんじゃないかしら。小さいほうがいいって人もいれば、大きいほうがいいって人もいるし・・・そこは探っていくのよ。気になる人がいればね」
「なるほど・・・、じゃあどうしようかな・・・」
私が考え込むと、美空さんは何かを察したのか、ほほーんと納得したような顔をして私に迫ってくる
「え?なになに千枝ちゃん好きな人いるの?きゃー!これは大ニュースよ!ちょっとちょっと、お姉さんにこっそり教えて教えて!誰なの!千枝ちゃんのハートを射止めた相手はっ!」
「いや、まだ何というかっ!よくわからないといいますか、その人自体がよくわからない人というか・・・!」
必死に弁解するが、それでも目の色を変えた美空さんがぐいぐい迫ってくる
こ、これは相談した方がいいのかも
ーーーーーーーーーー
目が覚めると、窓からは綺麗にうっすらと朝日が差し込み、雨音も止んでいたので嵐が過ぎ去ったのがわかった
それと同時に気づいたのが、自分にかけられていた誰かの小さなコートと、自分に寄り掛かって寝ている''何か''
「・・・おい。よけっ・・・おい」
「うーん・・・」
その''何か''はまともに返事をすることなく、身をもぞもぞとよじらせながら俺から離れようとしなかった
俺は昨日テーブルがわりに使っていたダンボールをその''何か''を引き剥がしながら片手で探り、ダンボールの中から金属の棒、おそらく車のマフラーを取り出して、俺の体と交換する形で滑り込ませる
幸い軽くて尖ったところがない部品でよかった
「う、うーん・・・」
マフラーにしがみついて俺の代わりに枕にすると、それはまた寝息を立て始める
周りを見渡すとまだ起きている人はいないようだ
千枝がベッドから消えているが
「うっ」
しばらくキッチンのところに立ってボーっとしていたが俺はその場の''女の子たちの匂い''に耐えきれず、自分のベッドでフレデリカに枕にされていたジャケットを引っ張り出して羽織ると外へと飛び出した
「マジで、何であんな甘ったるい匂いがするんだか」
アイドルだから尚更気を使っているのか、スキンケアか何かでもつけているのかあの匂いは中々慣れるのに時間がかかりそうだ
「あれ?零次さん!」
声がした方を見てみると、道路から悠貴がランニングウェアを着込んだ姿で、若干息を切らしながらガレージへと入ってくる
「どうしたんですか?こんな早くに」
「それはこっちのセリフだ」
「あはは、何だか目が冴えちゃって。ウォーマー持ってたんで、外も晴れてたし、ちょっと走ってこようかなと」
スッキリしたのか、爽やかな笑顔を向けて俺にそう言う悠貴だった
「俺もなんだか目が冴えたから少し散歩でもしようかなと」
「ホントですか?じゃあご一緒します!」
「いや、走ってきたばかりだろ」
「クールダウンだからいいんですっ!一緒に行きましょう!」
さぁさぁさぁと悠貴に引っ張られるように、俺は少し風が冷たい中、道路へと歩いていった
ーーーーーーーーーー
「ふぅ〜、たまには早起きもいいもんだな」
「それならこれを機に零次さんも走りましょう!気持ちいいですよ、早朝ランニング!」
「いや、そこまで持久力ないし」
「あら、レイジ君!」
ガレージに戻ると、奥の作業台で何かをしている姉さんがいた
いつの間にかひな先輩も側で見物しており、側のソファーには千枝が毛布を被った状態で川島さんに寄り掛かって寝ていた
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「あら、悠貴ちゃんおはよう!随分早いのね!」
「はい!零次さんとお散歩してきました!」
「何ですって」
「いやいや、なんもしてないですからね」
一瞬姉さんの目が鋭くなったが、またすぐ作業台へと戻り、車の鍵を手に取った
「ねぇ、ホントにやるの?」
「どんな感じになったか確かめたいし。それに・・・そろそろ起床のお時間だしね。目覚まし時計の代わりよ〜ん」
そう言うと姉さんは鼻歌を歌いながら自分の車へと向かっていった
「何やるんですか?ひな先輩」
「アイドリングのセッティング変えたからエンジン掛けるんだと。直管で」
「悠貴、耳を塞げ」
「へ?」
頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、言った瞬間に素直に耳を塞ぐのはやはり育ちがいいのだろうか
さて、どうなるかな
「んじゃ、エンジン掛けまーす!」
その言葉に悠貴が一瞬俺の方を見たが、俺は一つ頷いて耳を塞ぎ続けるようにジェスチャーすると、悠貴もコクリと頷く
姉さんが鍵をシリンダーに差し込んだ音がした次の瞬間
「ーーーーー!?!!!?」
悠貴が今まで見たこともないような表情をして歯を食いしばり、必死に耳を塞いで身近で唸るエンジン音と空気の振動に耐えている
ひな先輩が手首を捻る動作をしながら口パクで姉さんに何かを伝えると、姉さんはエンジンを止め、鍵を抜いてこちらに戻ってきた
「若干回転数下げた?」
「そっ!もうちょい落とすかどうか悩んだけどね〜」
ガレージ内に低いエンジン音の残響が残り、ひな先輩と姉さんの他愛のない会話が続く中、近くのソファーで寝ていた人物が声を上げる
「やめてぇぇぇぇぇ!!!アタマが割れるぅぅぅぅぅぅ!!!」
上の階からもドタバタと慌てふためく音が聞こえ始めた
「なっ!一体なんにゃ・・・ガッ!いっっっっだいにゃあぁぁぁぁ!!」
「ちょっと、みくちゃん大丈夫!?」
「みくの頭に・・・金属の棒みたいなのが・・・」
「みくちゃんごめんねっ!私もビックリしちゃって!」
何事かと次から次へと下の階を覗き込みに来るアイドル御一行たち、みんな叩き起こされたかのように髪はボサボサで、特に奈緒と卯月が酷かった
「おう、お前たちおはよう」
俺がそう言うと、あいつらは口々に「おはようございます・・・」と呟き始めた
フレデリカと一ノ瀬志希はそのまま寝てたみたいだったので少し悔しかった
それからはトイレを早苗さんが色々と戻すためにしばらく占領し、その間にみんなひな先輩の朝ごはんを食べたりと、日曜日でみんなライブの後の休日ということもあってか思い思いに結局昼ごろまでくつろいでいた
まぁ、退屈しない休日だった