ヘイ!タクシー!   作:4m

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雪かぶり
雪かぶり01


年が明け、年末に送り合った得意先とのお歳暮がまだ事務所の一角を占拠している今日この頃

1月に入ってきた寒波がこの地域一帯を襲い、冷え込んだ空気が肌を突き刺す

事務所の暖房をフル稼働させ、何とかそれを凌いでいた

 

「寒くないか?大丈夫か?」

「あ、はい。私は大丈夫ですよ」

 

事務所のお客様用の待合所の一角で、椅子に座り雑誌に目を通していた新田ちゃんが頭を上げて、微笑んで返事をした

幸い、年明けの初めということでお客も少なく、今日も今日とて仕事といっても車を引き取りに行くものばかりで、別に新田ちゃんがそこに座っていても騒ぎ立てられることもなかった

来店の予定もないし、そもそも案外外に出てもバレないことが多いらしい

 

「うぅ〜、工場寒!昼になったらマシになるかしら・・・あら!美波ちゃん!」

「おはようございます、美空さん。朝早くにすみません」

 

事務所へとやってきた姉さんに、今度は微笑むのと同時に頭を軽く下げた

 

「いいのよいいのよ、今日も仕事?」

「はい、零次さんに送ってもらうためにここに。本当にごめんなさい、お忙しいのに」

「大丈夫よ、今日は暇だから!それにしても大変ねー、まだ学生は冬休み・・・ああ、大学は始まってるのか!」

「ええ、でももうすぐで長い休みに入りますから」

 

新田ちゃんが言うように今日も美城プロから依頼され、現場までの送迎を任されている

プロデューサーが別件で外に出るのと同時にここの前を通り過ぎるので、ついでに乗せてきてもらったということらしい

 

「何だかうらやましい。学生はいいわねー、そんなに長い休みがあって。私も学生時代に戻りたい〜。はい、どうぞ」

「あ、すみません。ありがとうございます」

 

姉さんが自分のと一緒に淹れてきたコーヒーを新田ちゃんに渡し、それをまた少し頭を下げて受け取ると、そのまま口に運ぶ

姉さんもどっこいしょと自分の机についてコーヒーに口をつけた

 

「お休みといえば・・・」

 

新田ちゃんがコーヒーを目の前の丸テーブルの上に置き、雑誌を膝の上で閉じると、事務所をキョロキョロと見回し始める

 

「今日、雛子さんはお休みなんですか?」

 

綺麗に片付けられている、いつもはいるはずの人物の机

それを不思議に思ったのか、机の端に掛けられているネームプレートを見つめる新田ちゃんだった

 

「ああ。ひなちゃんね、今日から有給使ってお休みなの」

「この時期いつもな」

「なるほど・・・有給ですか」

「そ、実家に帰って家族に会うんだって〜」

「雛子さんのご実家ってたしか・・・あ、奇遇ですね!」

「奇遇って何が・・・おっと」

 

携帯に着信が入る

 

「丁度、アーニャちゃんも北海道に行っているんです。ドラマのロケーションの下見と、あと私たちのライブの会場確認に」

「ああ〜、そういえばもうそろそろだもんね!ラブライカの単独ライブ!」

「はい!どうです?今度こそ見に来ます?頼んだらチケット取れるとは思うんですが・・・」

「さすがに北海道は遠いわ〜、泊まるところもその時期になったらホテルなんてどこも高いし取れないしね〜。ひなちゃんに助けてもらおうにも、お家もそこからは離れて反対側だっていうし!」

「そうですか・・・残念です」

「はい、わかりました。では失礼します」

 

プロデューサーから連絡があり、そろそろ現場に向かわなければならない

 

「えっ、レイジ君出てくの?大丈夫かな、私」

「何かあったら連絡ください。答えられる範囲で答えますから。社長ももう少しで帰ってくると思うので」

「すみません、では失礼しますね」

 

そう言って、新田ちゃんは86が表紙に描かれた雑誌を棚に戻し、他の椅子に置いてあった自分の手荷物を持つ

さて、車をまわしてきますか

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

曇り空からやっと、うっすらと青空が見え始めた

除雪車が道路の雪を道路端によけながら、走っていく音がどこからか聞こえてくる

本州とは比べ物にならない冷えた空気が、ホームセンターから出た瞬間に顔から襲いかかり、徐々に体中へと走っていく

耳の先まで瞬時に凍りつくような寒さが襲い、思わず背中を少し丸めた

 

''うぅ〜、寒いね〜''なんて言いながら車から出てくる家族連れに少し共感しながらも、私は駐車場に停めてある自分の車に向かって歩き始めた

雪を踏みしめるギュッという音に本格的な北海道の寒さを感じ、学生の頃はこんな中を毎日歩いて高校に通っていたのかと今更ながら驚き、改めて車の有り難さを感じる

 

「まぁ、これでいいか」

 

実家で長年使っていたスコップが、持ち手がついた木の棒の部分とスコップの先が割れて分離してしまったため、実家のお使いで私は地元のホームセンターを訪れていた

本州から一緒に帰ってきた自分の車のトランクにスコップを積み込むと、次の目的地へと向かい始める

 

道路に出ると、道は綺麗に雪が避けられており、電柱が刺さっている根本付近には、住民のみんなが自分でよけた雪が山になって積み上がっていた

この光景はだけは、生まれた時から何も変わらなかった

 

「ここ壊したのか・・・」

 

幼い頃によく親に連れて行ってもらったレンタルビデオ屋があった建物も、老朽化が進んで取り壊されて更地になっており、ただでさえ建物が少ない田舎なのに、どんどんとその風景が少しずつ寂しくなっていく

交差点で止まると、その角にあるよく学生の頃に訪れていた、個人が経営していた商店もシャッターが下されていて、その前に雪が沢山積もっているところを見ると、すでに閉店してしまったのだろう

 

久しぶりに帰ってくる度にそう感じてしまうのは、いつの間にかそれだけ大人になってしまったのか

なんだか、寂しく感じてしまった

 

「・・・考えてもしょうがないか」

 

信号が青に変わって私はハンドルを右に切り、大きな道路から外れて裏道へと入る

町の名物といえば名物の大きなSLが停められている公園と、裏通りにあるラーメン屋の間を抜けて、そこにあるスーパーの駐車場に入ろうとしたところで、ある光景が目に入った

 

それは、この時期なら決して珍しくない

道端で車が雪にハマり、ドライバーが脱出しようと必死にタイヤを空回りさせている光景だった

私が入った道ではなく、もう一つ向こう側の道で公園越しにその姿が見えた

 

「違う違う、ハンドルを曲げるな。真っ直ぐにして前後に動くんだ。ダメだ、前に進むだけじゃ余計ハマるぞ」

 

心配になりハザードをつけて車を道路脇に停めて観察する

道外から来た観光客だろうか、車の横にレンタカーのステッカーが見えた

それなら脱出方法がわからないのも納得がいく

助手席に乗っている銀髪の女性も何やら必死に運転手に訴えているが、先程とやっていることはさほど変わっていなかった

 

しばらく見つめていたが、状況に変化を感じられないので、手遅れになる前に話しかけることにした

相手側の車の後ろにまわり、後ろから押せる様にある程度距離をとって自分の車を停め、車に近づき運転席の窓を軽くノックする

 

「大丈夫ですか?」

「あ!すみません!何だか車が進まなくなっちゃいまして!」

 

運転席に座っていたのは、恐らく私よりは少し年下のスーツ姿の男性だった

 

「北海道は初めてなものですので・・・、どうしたらいいのかわからず、ははは・・・」

「いえ、困ったときはお互い様なので。私が後ろから押してみますので、それに合わせてアクセ」

「ヒナコ!」

 

男性の隣から、それはそれはものすっっっごく聞き覚えのある声が聞こえた

助手席を見てみると、まるで拾われるのを待っていた子犬の様に目を爛々と輝かせている銀髪の美少女、見間違えるはずのないその整った顔のロシア人とのハーフ、美城プロダクション所属の人気アイドル、アナスタシアがそこにいた

 

「ここで一体何をしてますか?」

「こっちのセリフだよ・・・」

 

そのやり取りを見ていた男性は、不思議そうに私とアーニャを見比べる

 

「なんだアーニャ、この女性と知り合いか?」

「アー、プロデューサー。彼女が青葉自動車のドライバーです。ヒナコと言います」

「ああ!あなたがいつもお世話になっている青葉自動車さんの!すみません、そんなこととは知らず、いつもウチのアナスタシアがお世話になっております」

「ああ、いえいえ、私がメインでやっていることではないので・・・、とにかくまずは車を脱出させましょう」

「はい!よろしくお願いします!」

 

私はそのプロデューサーに手順を伝えると、車の後ろに回り込む

それを見ていたアーニャも車から降りて、私と同じように後ろにまわり、車に手を添えた

私は別にいいと遠慮したが、''か弱い女の子一人には任せられません!''と、どこのドラマで覚えてきたのかわからないイケメンのセリフを流暢に喋り、共にバックドアに両手をつく

 

「はい、いきますよ。せーの・・・!」

 

私の掛け声に合わせてエンジンが吹け、車は前に進もうとする

いけると思い何回か繰り返したが、雪を巻き上げて左右に振れるばかりで中々前に進まない

というかこれ四駆じゃないのか

 

「くっ・・・!ダメですね!すみません、あー・・・何とかならないかな・・・」

「ちょっと待ってください、変わってもらえます?」

 

私は作業をしてる間に、ある可能性を思いつき運転席に座る

二人には離れてもらい、私はハンドルとシフトレバーに手を掛けた

まずは後ろへ、若干車が進んだ

 

「どうするんだろう?」

「まぁまぁプロデューサー、見てみましょう」

 

次に前に、さっき押していた時よりも若干前に進む

 

「おお、凄い」

「ンー、ヒナコさすがです」

 

また後ろ、そして前。

よし、いけそうだ。あともう一回くらいやれば

 

「次、前に進むときに後ろから思いっきり押してください」

「ハイ!」

「わかりました!」

 

そして私はシフトをDに入れて思いっきりアクセルを踏み込む

それに合わせて車は大きく左右に振れながらも、何とか雪が避けられている部分へと脱出した

 

「ありがとうございます!」

「さすがヒナコ!カッコいいです!」

「このやり方は覚えておいた方がいい」

 

車から降りると、プロデューサーは私に深く頭を下げる

その隣でアーニャがパチパチと拍手を送っていた

 

「いやいや、別に大したことは・・・あ、大丈夫!大丈夫だよ!OKOK!」

 

さっきまで私がいた道路にあるラーメン屋の店主が心配になって出てきてくれていた

私は慌てて何とかなったことを伝えると、店主はニッコリ笑って中へと戻っていった

 

「知り合いなんですか?」

「知り合いといえば知り合い。田舎なんてみんな顔見知りみたいなものだから。それよりも・・・何でここにいるんだ?」

 

私は気になっていたことを聞いてみることにした

 

「アー・・・それはその・・・」

「あ、実はですね」

 

歯切れの悪いアーニャに対して、プロデューサーは話し始める

 

「アーニャのドラマの撮影がこの辺りで近々ありまして、ラブライカの札幌公演の会場確認も合わせて、ついでだから同時に下見を済ませようかと」

「・・・''この辺り''ってどこだ」

「えっと、網走ですね。せっかく3日間北海道に来れることになったので知床の温泉も入りたかったですし。あ、それと釧路の国立公園なんかも行ってみたかったですね。稚内から海も見てみたくて、それと・・・」

「ヒ、ヒナコ。アーニャはムリだと言ったのですが・・・」

「こんっっっっのバカタレが!何十時間アーニャ連れ回すつもりだ!!」

 

色々と限界だった


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