「それで、これからどこに行こうとしてこんな田舎に来たんだ」
「はい・・・。昨日こちらに着きまして、網走にはもう行ったのでそこで一泊して、今日はこれから札幌に向かおうと朝出てきたんですが・・・」
「なるほど」
「ヒナコ!もやしありましたよ!カゴに入れておきますね」
寒空の下で話してもしょうがないので、とりあえず行こうとしていたスーパーに一緒に入り、買い物がてらプロデューサーの話を聞く
「で、その途中にナビに翻弄された挙げ句、行き場を再設定しながら右往左往してたらここに辿りついたと」
「そうなんです。でももう大丈夫です!蘭道さんにナビも直接道筋も聞きましたし、何から何までお世話になりました」
「でもさっき車乗ったら燃料半分近くまでしか入ってなかったけど」
「それだけあれば札幌までは辿りつけるかと!」
「お前・・・、メーターの航続可能距離だけ見るなよ?吹雪いて高速降ろされて峠道で足止めくらってガス欠したら凍死するぞ。−17℃くらいになるからなこの時期の夜は」
私がそう言いながら棚からヨーグルトを取り出していると、そこは大丈夫です!とプロデューサーは自分の携帯を見ながら言っていた
「天気は調べてきましたから!今日の北海道は晴れだと!」
「お前・・・、北海道のどこを''晴れ''だって言ってるんだよその携帯は」
「ヒナコ!油揚げもありました、これで全部・・・ですね?」
アーニャが油揚げを両手に抱えてトテトテと駆け足で近づき、私の買い物カゴにそっと入れた
「アーニャ、お前のプロデューサーが今日の北海道は晴れだって」
「アー、プロデューサー。北海道のどの辺りが晴れ・・・ですか?」
「あ、あれ?」
私たちの言葉にプロデューサーは首を傾げていたが、私はそのままレジへと向かう
「あんたは今、東京から大阪まで全部晴れだって言ってるのと同じだ」
「おお、雛子ちゃん!帰ってきてたの?お父さんお母さん元気?」
「はい、元気です。おかげさまで」
「今日は友達と一緒かい?」
「あー・・・まぁ」
私の後に続いて二人がレジに来ると、私の知り合いだとわかったのか、ペコっと店員のおじさんに頭を下げた
「そんなもんですね」
「そうかいそうかい!あれ?そのお嬢さんどこかで見た気がするんだけど」
「アー、初めまして。私はアナス」
アーニャが自己紹介を始めようとしたので、私は慌ててその口を塞いだ
「それじゃ、ありがとうございますおじさん。おばさんにもよろしく」
「う、うん、それじゃあね。今度うちの娘とも遊んでやってくれ、暇してるからさ。出入り口滑りやすいから気をつけてね」
おじさんの言葉を背に受けながら、私は会計が終わった食品をカゴごと持って、袋に入れるために壁際に設置されている台へと移動する
「今お前の正体バラしたら、一瞬で町中に伝わるぞ」
「アー、そうですか?何ともないような気がしますが・・・」
「田舎のコミュニティーは情報が伝わるのだけは早いからな」
バラした瞬間、一時間後にはもう手遅れだ
人が少ない分、伝達力は早い
「この町は人の数より酪農やってる人たちが飼ってる牛の数の方が多いし」
「そうしたら牛乳がたくさん飲めますね!ヒナコ!」
「・・・そうだな。で」
買った物を袋に詰め終わり、店を出たところでさっきプロデューサーが言っていた''これから札幌に向かう''というセリフが気にかかり振り返る
携帯が晴れだのなんだの言っていたが、どこかで一泊するんだろうな?
「本当にこれから札幌に向かうのか?」
「はい、今は少し雲がかかっているみたいですが、これだけ晴れていれば大丈夫かなと」
「高速道路、途中吹雪で通行止めになってんだけど今」
私は自分の携帯で北海道の交通情報が随時更新されているサイトの画面をプロデューサーに見せた
「そうしたら・・・、高速道路を降りたらどれくらいかかるのでしょうか?」
「そうだな、北海道は初めてみたいだから最低10時間はかかると思う。いいか、''最低''10時間だぞ」
その私の発言にプロデューサーの顔が引きつり始めるが私は話を続ける
「この時期高速道路が通行止めになるってことは、それだけその地域一帯の天気がヤバいってことだ。恋愛ドラマとか映画とかの''カメラ映え''するような吹雪じゃない、人が死ぬレベルの一切前が見えない猛吹雪だ。その辺りのホテルに避難するにしても、同じような境遇の観光客で埋まる。で、どうする?」
「プロデューサー・・・アーニャ、まだ死にたくありません・・・」
アーニャもその様子は容易く想像できるのか、不安そうな様子全開でプロデューサーに弱々しく話しかける
「し、しかし・・・そうなれば、我々はいよいよどうすれば・・・」
「そうだな・・・」
この様子じゃ、''そうなった時''の準備もしていなさそうだ
レンタカーの中にもそれらしい装備も見当たらなかった
これ以上スーパーの前で話し込むのも邪魔になるし、どこかでコーヒーでも飲みながら相談するにしても田舎にそんな気の利いた場所があるわけでもない
「ちょっとまて」
私は携帯で電話をかける
ーーーーーーーーーー
「はい!もう一つこっちに目線お願い!いいねぇ!美波ちゃん最っっ高だよ!!」
カメラマンの指示に従い、ポーズを変え目線を変え、様々なシチュエーションを表現していく新田ちゃん
大人びたコートに、首元にはマフラー
足元はお洒落なブーツを履いて、今日のコンセプトは''大人なデートの待ち合わせ''だそうだ
さすがに慣れているのか、スマートに撮影をこなしていく新田ちゃん
撮影場所の並木道と、その道中に敷き詰められているレンガのシチュエーションがその新田ちゃんの魅力をより一層際立たせる
俺はそれを車の中からぼーっと眺めていた
時折その周りで動き回るスタッフにその光景を遮られると、俺はもう一つ気になっている後部座席をバックミラーで覗く
「うーん・・・むにゃむにゃ」
ピンク色のうさぎのぬいぐるみを抱きしめながら、スヤスヤと寝息を立てている小さな影が一つ
ヒーターをきかせて暖かくしている車内でそれはそれはぬくぬくと惰眠を貪っていた
「ん、んんん・・・、やっぱりこの車、後ろの席の真ん中出っ張ってるから寝づらいよ。両脇の席にクッション置こ?」
「やめてくれ、ただでさえ段々と小物が増えてきてるんだから」
実際、ぐぐぐ・・・と起きたその小さなシンデレラの座っているシート後ろには、小さな花の形の装飾がついたヘアピンやら、誰のかわからないリップクリームやら、ガチャポンの空き容器やら、イヤホンやらが散乱しており、既にアイドル達の小物置き場と化している
「ここはなんなの?アイドルの移動事務所か何かなの?確かにみんなと仲良いみたいだけどさ」
「ここは俺の車。なんだかみんな勝手に物置いてくんだって」
「ふーん・・・でもそれって、信頼されてるってことじゃん?」
ふぁ〜・・・っと、アイドルらしからぬだらしないあくびを一つすると、またそのシンデレラは体を倒して横になる
「そんな自分の物、例えば相手がいくら同じ会社の社員だったとしても女の子は置いてかないよふつー」
「そうか?」
「そりゃそうだよ。だって・・・ああもうメンドくさいメンドくさい。これは自分で考えるんだねー。杏眠たい」
そう言うと、あれだけ散々文句を言っていた後部座席にまた横になり、''案外慣れればそうでも・・・''なんて言いながらまた寝息を立て始める
「ごめんなさい杏ちゃん!結構時間掛かっちゃって。次杏ちゃんの番よ?スタッフさんが呼んできてって」
「え゛」
後ろのドアが開き、撮影時とは違った大きめのコート姿で車内を覗き込み、杏へと声を掛けた
今度はシートに体を擦るようにズリズリと起き上がり、眠そうに片手で目を擦る
「もうちょっと美波ちゃんのターンでもいいんじゃない?」
「ダーメ。ほらっ!早く準備準備!」
「ちょっ、美波ちゃん。わかった、わかったから!引っ張んないでってばっ・・・!」
新田ちゃんは杏の手を強引に引っ張って外に出し、片手に持っていた、自分が着ているのとは一回り以上小さいが同じ大きめのコートを杏に寒くないよう着させると、撮影場所まで行くように催促していた
杏が渋々うさぎのぬいぐるみを抱えたままその場所まで行くと、あっという間にスタッフ達に囲まれて、メイクスペースへと連れて行かれていた
「ふー・・・」
杏と入れ替わるように、今度は新田ちゃんが後部座席に乗り、大きく息を吐く
「お疲れ様。あいつはいつもあんな感じなのか?」
「お疲れ様です。そうですね・・・事務所で寝てることは多いですが、やる時はやるとってもいい子ですよ?キャンディアイランドでテレビに出ているときも、シャキッとしていますし」
さっきの様子からは考えられないほど、べた褒めする新田ちゃん
真面目な新田ちゃんがそう言うのだから間違いないのだろうが、人は見かけによらないんだな
ON OFFの切り替えがしっかり出来るというのは大人の世界では大切だし、案外仕事向きな性格なのかもしれない
「それにしても、結構外寒かっただろう?大丈夫か?」
「はい。これで寒いって言っていたら、アーニャちゃんに怒られちゃいます。あっちはもっと寒いと思いますから」
時間が昼ごろとはいえ、外は相変わらずな冷え込みだった
「そういえば、アーニャちゃん大丈夫かな・・・。プロデューサーが色々無理言ってたみたいだったけど・・・」
「なんて」
「何だか、せっかく北海道に行くんだから色々見て回りたい・・・みたいな?あっちも見たいこっちも見たいって」
「うわっ、ひな先輩聞いたらめっちゃ怒りそう」
北海道はそんな簡単に見て回れるほど狭くない!って前に言われたこともあるし、同行しているアナスタシアの苦労が簡単に想像できた
「でも・・・それでも俺は美味しい物は食べて回ってみたい気はする」
「あ、美味しい物はたくさんあるってアーニャちゃんも言ってましたよ。今度ライブで行ったときは、アーニャちゃんと一緒に行ってみたいなーって」
「・・・そういえば、そろそろお昼時だな」
時間も、杏の撮影が終わる頃にはいい頃合いになるだろう
元々は午前中に終わる予定の仕事だったみたいだし
「零次さん、私・・・お腹すいちゃったなー」
自分のお腹に手を当てて、スリスリと動かしながらわざとらしくそう言う新田ちゃん
「・・・どっか行くか?」
「いえーい」
少し無邪気に手を上に上げ、まるでそう言われるのがわかっていたかのように返事をした
「前に卯月ちゃんと行ったんですよね?」
「あいつ・・・言うなって言ったのに。正月の話だぞ?」
「楽しかったですか?卯月ちゃんと、二人きりで、ご飯。楽しかったですか?」
「なんでそんなトゲ生えてんのさ」
「べっつにー」
ぷいっと顔を横にそらす新田ちゃん
だが、後ろのドアガラスには、イタズラっぽくクスクス笑う新田ちゃんの顔が映っていた