「失礼します」
「アー、失礼しますね」
「うん、奥のソファーに適当に掛けてくれ」
二人は畏まりながらも、少し興味ありげにリビングへと入っていく
真ん中にある大きなテーブル、壁にかけられた連絡用のホワイトボード、そしてソファーが置いてあるカラフルなパネル式の四角いコンパクトな絨毯が敷き詰められた空間で遊んでいた三人の子どもたちへと視線が動いていた
「ユイちゃんどうしたのー?」
一方それとは別に、ソファーの陰に隠れてアーニャたちの様子を伺っているユイを不思議に思った子どもたちが、一旦遊んでいた積み木やソフビ人形を床に置き手を止めて、ユイに近づく
ユイが無言でアーニャを指差すと、子どもたちもアーニャたちに顔を向けた
「お前たち、挨拶は?」
私が痺れを切らしてそう言うと、子どもたちの一人が上着を壁に掛けていた私の足元へと駆け寄り、私のズボンをチョンチョンと引っ張る
「誰?」
「私の友達だ、心配するな。ほら、挨拶」
そう私が言い聞かせると、再び子どもたちのところへと戻っていった
「こんにちは!」
「こんにちは」
「北海道へようこそ」
子どもたちがアーニャたちに挨拶すると、二人はやっと少し緊張が解けたのか、表情がほんの少しだけ緩む
「こんにちは!挨拶出来て偉いね!驚かせてごめんな。そっち、行ってもいいかな?」
「いいよー、おいでー」
子どもたちに誘われながら、二人はソファーへと向かっていく
そして二人がソファーに腰掛けると、私もその場所へと加わった
「挨拶した順に、双子のイオ、ルリ、そして子どもたちの黒一点のコウ」
私が三人の後ろに立って、順番に子どもたちの両肩に手を当てて紹介していくと、それに合わせて二人も子どもたちへ向けて笑顔を返していった
「そして、その子がユイ」
ユイは今度、ゆっくりと恐る恐るアーニャに近づき、腕だけを伸ばしてアーニャの拳に触ろうとする
そして指が触れると勢いよくパッと手を離し、また近づけるといったことを繰り返していた
興味はあるようだが、まだ受け入れていないようだ
再度腕を伸ばすと、ユイが近づいてきた隙に今度はアーニャがその頭を撫でた
それに驚いたユイは慌てて私の元へと駆け寄る
「この人・・・ひなこと同じ?」
「ん?ああ、ハーフだよ。でもアーニャはロシアの人とだけど」
ユイは私の足にしがみつきながら聞いてきたので、答える
「こんにちは。私の名前はアナスタシアです。どうぞアーニャと呼んでください。よろしくお願いしますね」
「みんなー、アイドルのアーニャちゃんだぞー。昨日テレビで出てたっしょ?」
台所でさっき持っていった食材を片付けているサヤから声が掛かると、子どもたちは一斉にアーニャへと駆け寄っていく
「ホントだ!」
「ホントだ」
「凄い」
アーニャの両手を取りながらぴょんぴょん跳ねる子どもたちだったが、ユイは未だ足にしがみついたままだった
「でもニセモノ」
「ニェット・・・!アーニャはホンモノです!」
「アーニャちゃん!遊ぼ!ね、遊ぼー!」
双子に強引に引っ張られるような形で、アーニャはさっき子どもたちが遊んでいたスペースへと連れて行かれる
両手に子どもたちからソフビ人形を渡されると、あーしてこーしてと指示を受けながら忙しく動き始めた
「ほら、ユイも遊んでもらいな」
「うん・・・。ねーねー、ニセモノのアーニャちゃん。ユイも遊ぶ」
「アーニャはホンモノですよ。ホラ、みんなと映っている写真です」
アーニャも誤解を解こうと携帯で写真を見せたりしているが、イマイチ伝わっていないようだ
一方、コウはプロデューサーへと近づく
「おじさんは誰?」
「おじさんか・・・手厳しいなぁ、ははは。おじさんはね、アーニャのプロデューサーだよ」
「プロデュー・・・?」
「うーん・・・何て言ったらいいかなぁ」
子どもにはまだ難しかったのか、プロデューサーは頭に手を当てながら説明するも、コウは首を傾げたままだ
''わかんなーい''とついにはアーニャたちの方に行ってしまう
「悪いね、お兄さん。うちの子たちが」
「あ、これはこれは!お邪魔しております!」
「あらあら、いらっしゃい!散らかっててごめんなさいね!」
声のした方向に向かってプロデューサーが立ち上がり、丁寧にお辞儀をする
リビングの出入り口に、上での仕事が終わったのか、パパとママが騒動を聞きつけて2階から降りてきていた
「あ、アリア姉さん!私アーニャちゃんが来るって聞いてなかったからびっくりしたんですけど!」
「ごめんごめん!ずっと上にいたから言うの忘れてて!」
サヤが台所からママに抗議している中でアーニャが立ち上がり、頭を下げて挨拶する
「初めまして、私はアナスタシアといいます。今日はヒナコに助けてもらってお邪魔しました。よろしくお願いしますね」
「あらあら、ご丁寧にどうも!実際に見るとホントに可愛いわね!」
「子どもたちと遊んでくれて、ありがとうね。アナスタシアさん」
「アーニャちゃん遊ぼー、ね、遊ぼー」
アーニャがパパたちと話している最中にも、子どもたちに遊ぼうとせがまれ強引に座らせられる姿に、パパとママは面白そうに笑っていた
「あら、もしかしてみんなお昼はまだ?」
「買ってこようと思ったんだけど、二人を連れてたから諦めた。騒ぎになっても困るし」
「それじゃ、お客さんもいることだし、なんか取るか。平山さんとこからだな」
「ああ、そうしてあげて。さっきスコップ持って助けてくれようとしてたから」
そうして電話の受話器を持ち、電話を掛けようとするパパにプロデューサーが慌てて止めに入る
「そんな!お構いなく!助けていただいただけでなく、お昼までご馳走になるなんて!」
「いいのよいいのよ!さて、何食べたい?どんどん言って言って」
「しょーゆラーメン!しょーゆラーメンがいい!」
「はいはいはいはーい」
ママは子どもたちを筆頭に次から次へとリクエストされる品物をどんどんメモしていく
二人も根負けしたのか、ママにしぶしぶリクエストを送る
私は私で、サヤとお昼の準備を始めた
ーーーーーーーーーー
中央の大きなテーブルに細かい食器をいくつか並べていき、分担して食事の準備をする
その間子どもたちはおもちゃを片付け、プロデューサーとアーニャたちも私たちに混ざり、手伝ってくれていた
「ヒナコ、このコップはどこに置いておけばいいですか?」
「ああ、中央付近にまとめて置いておいてくれ。後で配るから」
「パパさん、椅子はこれで足りますか?」
「十分だ、ありがとう。いやー、それにしても男手があると助かるな。な?」
「ええ、丁度そろそろ料理も・・・あ、噂をすれば。はいはーい!」
プロデューサーとパパが椅子を並べ終えた丁度いいタイミングでインターホンが鳴る
ママが戻ってくると、大きな岡持ちが手に抱えられており、それがドサッと大きな音を立ててテーブルへと置かれた
蓋が開けられると、中から美味しそうな匂いと共に沢山の大小のどんぶりと料理が乗った皿が出されていく
「おーい、子どもたち。ご飯だぞー」
「ラーメーーーン!」
「はいはい、座って座って。今お茶あげるから」
サヤは子どもたちを座らせると、次にお茶をコップに注ぎ、それぞれに渡していく
「どうぞどうぞ、アーニャちゃんとプロデューサーさんも座ってください」
「すみません。失礼しますね」
「いやー、何から何まで。今度改めてお礼を」
アーニャとプロデューサーの言葉にサヤはニコッと微笑むと、自分の分のコップとチャーハンがのせてある皿を取ると席に座る
そして、いつの間にかいなくなっていたパパが戻ってくると、その腕の中にはうちのプリンセスが収まっていた
「さぁさぁ、お姫様は特等席へ。ぐっすり眠ってたから機嫌もバッチリだ」
そのプリンセスがパパとママの間に置いてある赤ちゃん用の小さな椅子に座ると、アーニャが目をキラキラさせてプリンセス、もといスミに向かい手を振っていた
「ほら、スミレ。アーニャちゃんにご挨拶、アーニャちゃんこんにちは〜」
「わぁ・・・!こんにちはです!」
ママがそう言いながら周りをキョロキョロとしていたスミの左手を持つと、アーニャへと軽く左右に振る
スミは何事かと思っているのか口をポカンと開けてママを一瞬見上げながら、されるがままに手を振らされていた
「さぁさぁ揃ったことだし、いただくとしますか。じゃあ今日は・・・サヤ!」
「え、私?」
「頼むぞ、子どもたちのリーダーとして。今日はアナスタシアさんたちもいるからビシッとカッコよく!はっはっは」
「んもう・・・わかった、わかりました。じゃあ皆さん、手を合わせて」
パパの号令に従い、サヤはしぶしぶその場を取り仕切り、手を合わせる動作に私たちも同じように手を合わせていく
アーニャとプロデューサーも周りを伺いながら、同じように続く
「じゃ、いただきます」
『いただきます!』
「い、いただきます」
「ハイ!いただきます!」
そして、アーニャたちを交えた昼食が始まった
ーーーーーーーーーー
「それにしても、今回はてっきりそのハチロクで帰ってくるもんだと思ったら」
「一応社用車としても使ってるから。それに・・・滑るのが恐い」
「あら、あなたがそれ言う?」
「あのね、''わざと''と''意図せず''っていうのじゃ全然違うの。天気見たらこっち吹雪くっていうからいつも通りアレ。四駆だし、エンジン乗っけ換えてあるからアレのほうが速いし」
「また、何に乗っけ換えたんだ?」
「T30のVET」
ヒナコが家族との会話に花を咲かせている中で、私は子どもたちとお話ししながら箸を進めていました
「ねぇねぇおじさん、今日はどこに行こうとしてたの?」
「今日かい?今日はね、札幌に行こうとしてだんだけど」
「え?本気ですか?」
「死んじゃうよ!」
「死んじゃうよ」
プロデューサーはヒナコの言ったのと同じように、子どもたちに責められていました
ほらな?とその子どもたちの言葉に合わせてヒナコもプロデューサーに言います
「悪いことは言わない。プロデューサーさん、今日は諦めたほうがいい。あっちのスタッフさんもわかってくれるさ」
ヒナコパパもプロデューサーにそうアドバイスします
「そうですか・・・わかりました。ではホテルなんかをこの辺で探して・・・」
「そんな洒落たもの田舎にないぞ」
ヒナコの言葉にプロデューサーはますます頭を抱えてしまいました
「ふむ・・・そうだ。今日はうちに泊まっていきなさい。明日になったら晴れるみたいだから、朝出て行けばいい」
「そんな!そこまでお世話になるわけには!」
「いいのよいいのよプロデューサーさん。部屋は空いてるし、今更一人や二人増えたって変わらないわ。''困ったときはお互い様''っていうのがこの町のモットーよ。ね?」
「ああ、この子たちの遊び相手になってくれ」
「は、はい・・・。何から何まですみません。お言葉に甘えさせていただきます」
プロデューサーがヒナコパパにそう言うと、子どもたちが喜ぶのがわかりました
私にその嬉しそうな笑顔が向けられると、私も笑顔で返します
楽しそうな雰囲気に、ヒナコパパとヒナコママに合わせてスミレも心なしか笑っているような気がしました
何と明るくて素敵な家族なのでしょう
ーーーーーーーーーー
「アーニャちゃん遊ぼー。ね、遊ぼー」
「ハイ、遊びましょう。あ、これは光から使い方を教わりました。このオレンジのフルーツをベルトにつけてロックします」
「アーニャちゃん!これはどうやってやるのー!」
食事が終わると、またさっきと同じようにアーニャが引っ張りだこにされて、座りながら子どもたちの相手をしていた
プロデューサーもソファーに座り、コウと一緒にネット動画を解説されながら一緒に見ている
ママとサヤは台所で後片付けをしており、パパがスミを床に座りながらあやしていた
私はその様子を、アーニャの近くでお茶を飲みながら眺める
「それにしても、ヒナコのお家はたくさん家族がいるのですね。みんな仲が良くて、まるで346プロみたいです」
「・・・ああ、まあな。それは、昔から変わらない。きっとこれからもな」
「・・・?」
私の言葉に首を傾げるアーニャ
それに応えるように、話を聞いていたパパが話し始める
「アナスタシアさん。ウチはね、子どもたちに新しい家族を見つけてあげる場所なんだよ」
その言葉にイマイチピンときてないアーニャに、私が続いて説明する
「ウチはな、児童養護施設なんだ」
私がそう言った途端、アーニャの目がみるみる見開いていくのがわかった
「外に看板を出しているわけじゃないからアナスタシアさんがわからないのも無理はない。雛子は、私の一人娘なんだ」
その特徴的な青い瞳が一層際立ち、そしてその表情が少しずつ曇っていく
台所で仲良さそうにお皿を洗っているママとサヤ
次に、ゆっくりとその顔を一緒に遊んでいた双子へと向けていった
「アーニャちゃん遊ぼー、ねぇ遊ぼー」
二人を呆然と見ていたアーニャに、イオとルリは先程と変わらずおもちゃを渡しにくる
「その二人は、親が世話をしなくなった」
「ねぇねぇアーニャちゃん?」
私の話を無言で聞いていたアーニャに業を煮やしたのか、ルリがアーニャの肩を揺らしはじめる
すると今度は、アーニャの膝元にハイハイしながら近寄り、膝の上によじ登ろうとするスミにハッとして気づき、アーニャはその腕の中にスミを抱きかかえた
スミはそこに収まると、指を口に咥えながら屈託のない可愛らしい笑顔をアーニャに向ける
「スミの親はね、アナスタシアさんと同じくらいの年頃なんだよ」
「その子は育てる気はないって言うし、スミは親の顔すら知らない。まったく・・・って話だ」
私たちが話してる間も、スミはアーニャの腕の中に収まり、笑顔を向け続ける
そのままアーニャは何も言わずにスミを抱きしめた
そして再びアーニャはスミの顔を見ると、何もわからないスミはそうされたのが嬉しかったのか、ニコニコとした表情で笑い声をあげていた
「おいおい、せっかくスミがニコニコ笑ってるのになんちゅう顔してるんだお前は」
私がそう言うと、アーニャはもう色々なことが頭の中を巡っているのか、不安や悲しみや無理矢理作ろうとしている笑顔やらが入り混じった凄まじい顔を私に向ける
「だ・・・だって、この子たちは・・・大変な思いをしてきて、それが・・・」
「なんで?」
うろたえてるアーニャに、ボーっと立って私たちのやり取りを見ていたユイが問い掛ける
「大変じゃないよ?」
「え・・・?」
「だって今はひなこもいるもん」
その言葉に私は思わずフフッと笑ってしまった
「園長先生もいるし、アリア姉さんもいるし、サヤもみんなもいるから全然大変じゃないよ」
ユイはそう続ける
返事に困っているアーニャに私は言った
「つまり、お前がここで''そんな顔''をする必要は無いってことだ。な?」
「うん」
ユイが即答すると、アーニャは私、パパ、そしてプロデューサーへと顔を動かす
プロデューサーも無言でアーニャに頷いていた
「じゃあ、それならせっかくだしプロに今日のステージを見てもらおうか」
「ステージ・・・?」
「ああ。もう少ししたら、ちょっと付き合ってくれ」