私たちが駐車場に入っていくと、既にパパたちの車が玄関前に到着しており、子どもたちが降りていくのと同時にママがバックドアを開けて、ラゲッジルームからお菓子が入ったダンボールを取り出して玄関の中へと運び込んでいた
また空がうっすら曇り始めチラチラと雪が降り始めていたが、美城プロのような建物から屋根が迫り出した門型の玄関のおかげで、たとえ雨の日でも濡れずに済む
「はい、下滑るから気をつけて降りろよ」
「ありがと、ひなこ!」
パパたちの車の後ろにつけると、ユイを先頭にして私の車からも子どもたちが降りていき、先に来ていたイオとルリたちに合流していった
「アリア姉さん、私も手伝うよ」
それを見届けたサヤもママに合流し、荷物運びを共に手伝い始める
「蘭道さん、私たちはどこに車を停めれば?」
そして私の後ろに車を止めたプロデューサーが再び窓に駆け寄りそう言う
「ああ、すぐそこの車が並んでいるところに横付けしていい。もうパパたちも出るから、同じように」
するとパパはサヤとママが中に入っていったことを確認すると車を発進させ、すぐそばにある来客用の駐車スペースへと車を停める
私もいつもと同じようにパパの隣に車を停めると、必要なものを持って車から降りた
アーニャとプロデューサーも同じように車を停めて降りてくると、興味深そうに建物を見上げていた
小さい頃から変わらない、ベージュ色の平たい屋根、二階建ての上下左右に等間隔に設けられた窓が特徴の老人福祉施設
玄関含め中もバリアフリーとなっており、誰でも出来るだけ苦労することがないように配慮がなされている
「''周囲への理解''ってやつだ。私たちだけが個人的に施設をやっていると、どうしても''そういう目''で見てくる人たちもいる。
周りからの理解と協力はどうしても必要なんだ。だから、定期的にこういう場を設けてるのさ」
私の言葉に何も言えなくなっているアーニャとプロデューサーを引き連れて、自動ドアを開き中へと入っていく
老人施設には複数種類があり、要介護を要する人、身の回りのことは自分でできる人、サポート等を受ければ自力で生活できる人など様々で、それぞれサービスの内容が変わってくる
この施設では自力で生活できる人達がほとんどなので、共同で生活している大きな家族のようなものである
身の回りのことはもちろん、買い物だってできる
なので
「うちの商店からも時々、出張販売って形で出店のようなものをやったりしてる。だから昔から顔見知りなんだ」
「ああ、だから・・・」
中に入るとすぐに、木目調の壁が特徴的な開けた大広間のような空間が広がっており、そこに小さなステージが設けられている
既におじいちゃんおばあちゃん達がぼちぼち集まっており、子どもたちが歓迎を受けていた
「よくきたねぇ。おばあちゃん楽しみに待っていたよ、元気なお歌を早く聴きたいねぇ」
「ほんとー?今日はねー、えへへ。新しいおもちゃも持って来たんだよー」
「ほらほら、あんよがじょうず、あんよがじょうず」
「ちょっとミチさん、まだこの子は歩けませんよ」
ご老人たちは私たちのことを何も気にすることなく、まるで本物の孫を可愛がるようにルリやサヤと会話を弾ませていた
おばあちゃんたちも自分の持っているお手製のぬいぐるみやら人形やらを持ってきて、イオやコウたちと早くも遊んでくれている
「すいません、今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。子どもたちがお世話になります」
パパとママが荷物運びと会場設営のお手伝いに行っている間、私がこういった蘭道劇団の顔となり挨拶するのも昔と変わらない
介護士の方が今日の流れと、人数等を確認していくが、今日は少し違った
「・・・そちらの方々は?」
「ああ、この人たちは・・・そうですね、見学したいと」
私に尋ねてきた介護士のお姉さんは、すぐに首を傾げ始めた
その視線は一直線にアーニャへと向いている
「なんだか・・・失礼ですが、どこかで見たことがあるような・・・」
「アー、私はアイドルのアナスタシア・・・」
迂闊だった、そう思って私はすぐにアーニャを止めに入ろうとしたが
「・・・に、良く似ているといわれますが違います。私は、アー・・・、アルトリアといいます。どうぞよろしくお願いしますね?」
「あ、ですよね!いやー、凄く似ていたからついつい・・・!すいません、私ったら。でも本当にそっくりで!」
そりゃそうだよ、本人だもん
・・・まぁ、こんなところにいるとは思わないだろうな
アーニャも私の忠告を覚えていたのか、咄嗟に別の名前をつかい、場を誤魔化していた
プロデューサーもハラハラしていたのか苦笑いである
ーーーーーーーーーー
「にしても、なんだその''アルトリア''って」
介護士のお姉さんが離れていったところでアーニャにこっそり聞いてみた
「前にナオが読んでいたマンガに出ていました。とっさに思いついた名前がそれしか出て来ませんでした」
するとアーニャが身振り手振りでそのキャラクターのことを説明し始める
やれ金髪だの、見えない剣を使うだの熱心に語り始めたが、アニメにあまり触れてこなかった人生だったため、いかんせんイメージが湧かない
なるほど、今はそういうのが流行っているのか
蘭子ちゃんとかも好きそうだ
「ん・・・あ、ごめん、ちょいタンマ」
突然ポケットにしまっていた携帯が震え出す
アーニャに詫びを入れながら取り出して画面を確認する
って、一体どうしたんだアイツは
ーーーーーーーーーー
「すみません。帰りまで送っていただいて、ありがとうございました。私なら本当に一人でも帰れたのに、遠回りじゃないですか?」
「・・・別にこれくらい。アンタに何かあったほうが困る。アナスタシアにしばかれそうだ」
アイツらを美城に送り届けたあと、新田ちゃんが住んでいるマンションの下に車を停めて、俺はバックミラー越しに新田ちゃんと話していた
「結構立派なマンションに住んでるんだな。やっぱりアイドルやってるとセキュリティは万全に・・・ってやつか」
窓から見上げると、何階建てだ?
外に出ないと最上階が見えない程の立派な高層マンションだ
入り口も、部屋番号を入れるか、インターホンを押してその行きたい部屋の住人が応えない限り扉が開かないシステムになっていた
「これはあの・・・パパがもしもの時のためにって、ここを選んでくれたんです。私には少し広すぎて、もうちょっと小さくてもよかったんですけど・・・言っても聞いてくれなくて」
そのパパさんの気持ちもわかる気がする
そりゃあ可愛い娘を一人暮らしさせるんだ、何かあったらって思うのは自然な流れだ
ましてやアイドルなんて人の目を集める仕事をやるなんて言ったら、より一層気持ちも入るだろう
「でも現に俺に家バレしてるけど、どうするんだよ。俺が悪い奴で、新田ちゃんの家の場所を言いふらすかもしれないぞ」
「そんなことしないって流石に私でもわかりますよ。零次さんのこと信用してますし、そもそもそんな事言ってる時点でやる気サラサラないですよね?」
ちょっとからかうつもりだったんだけど、真面目に返されてしまった
それも見抜いていたのか、新田ちゃんもクスクス笑っている
「ふー・・・」
少し車内で二人ゆっくりしていたが、どうしたんだろう。新田ちゃんが降りる気配がない
何だか膝の上で両手の指を絡ませながら、モジモジと何だかもどかしげにソワソワしている
「なぁ、そろそろ行かないとマズイんじゃないか?ずっとここに車を止めとくわけにもいかないし」
「そうですよね・・・!そう、ですよね。ははは・・・」
そして新田ちゃんは、あ、あの!と少し声を裏返しながら話し始める
なんだ?と少し身構えると
「こ、この後お暇なら、一緒におち・・・!お茶でもど、どうですか!」
意外なお誘いだった
相当恥ずかしいのか、言葉につっかかりながら、俺にそう言う新田ちゃんだった
いいのか?俺は暇だから別にいいけど
何か俺に用事でもあるんだろうか
「お茶?どこで?ここら辺にカフェかなんかあったっけか・・・」
俺が携帯を取り出して周囲を探そうとしたが、新田ちゃんに止められる
「だから、その・・・ここで・・・」
すると新田ちゃんは目をギュッと閉じて、恥ずかしそうに顔を伏せながら、一生懸命にマンションを指差していた
「このマンションで?」
新田ちゃんは俯いたまま無言でコクッと頷く
「中にカフェかなんか入ってるの?」
新田ちゃんは俯いたまま無言で左右に顔を振った
「・・・新田ちゃんの部屋でってこと?」
俺の言葉に一瞬ピクッと新田ちゃんの体が反応し、一呼吸置いてゆっくりと首を一回縦に振った
「今・・・準備してきます」
新田ちゃんは比較的冷静にそう言うと、俺の返事も待たずに車から飛び出していった
凍った歩道で転びそうになりながらもマンションの入り口までたどり着くと、物凄い速さで扉のロックを開けて中に転がり込んでいく
普段のクールビューティを微塵も感じさせないその慌てふためく様子は、中々にレアなんじゃないかと思った
さて、駐車場探すか
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俺の予想通りに、住人が応えると扉が開くシステムで、新田ちゃんに教えてもらった部屋番号を入力すると、あっさり扉が開く
そして奥にあるエレベーターに乗り込むと、その階層のボタンを押した
どんどんエレベーターが上へと上がり、最上階の一歩手前で止まる
さすが新田ちゃんのパパさん、できるだけ上の階の部屋を選んだわけだ
エレベーターの扉が開き、教えられた部屋番号を探して廊下を歩く
こんなに高い場所を歩くのは久しぶりだ
廊下の塀の向こうにはコンクリートジャングルが広がっているが、中々にいい景色である
他に高い建物が周りにないため日当たりもよく、風通しも良さそうなので、洗濯物がよく乾きそう
そうこう考えているうちに、新田ちゃんの部屋番号の扉までたどり着く
カメラ付きの立派なインターホンを押してしばらく経つと、スピーカーから新田ちゃんの返事が聞こえて、中からトコトコと扉に向かって歩いてくる音が聞こえてきた
扉の鍵が開く音がして、チェーンが外され扉がゆっくり開く
「お待たせしました。どうぞ、入ってください」
中で色々片付けていたのだろうか、服装は変わらないが、額に少し汗が滲み、呼吸も少し乱れている新田ちゃんが出てきた
「ああ、悪いな。じゃあ少しだけ邪魔するぞ」
新田ちゃんはニコッと笑うと扉から離れて、俺を中へと招き入れる
玄関に入ると、奥のリビングへと続く短い廊下がまず見える
靴を脱いで上がると、左の部屋はおそらく洗濯機が見えるあたり洗面所の類いだろう
それでも無理なく作業が出来るスペースが確保されているので中々に広い
よく見るとバスとトイレも別だ、ユニットバスは中々掃除に手間がかかるからそのほうがいい
そして少し進むと右手に一つまた部屋がある
「あ、そこは空き部屋なんですよ。もう半分物置みたいなもので・・・ああ!今見ないでください!洗濯物干してあるので!」
「いやいや、入らない。入らないから」
俺がその部屋に入ろうとしたと思ったのか、新田ちゃんは慌てて俺の手を取って止めた
あ・・・、と新田ちゃんは俺の手を握りしめて少し顔を赤くする
「こ、こっち・・・です!」
と、そのまま俺の手を引いて突き当たりの扉を開いて中へと入っていった
「おお、これはこれは・・・」
「広いですよね、私はこんなにいらないって言ったんですが・・・あ、そこのソファーにどうぞ、座ってください」
新田ちゃんが言った通り、結構な広さを誇るリビングへと案内された
これなら十人くらい入っても全然余裕があるレベルだ
最初にふわっとした独特な暖かい匂いが広がる
これも女性の部屋ならではなのだろうか?
「ごめんなさい、散らかってて」
「どこがだ?工具散らばってないから全然OKよ」
「もうっ、零次さんったら」
どこをどう見ても中央のテーブルの上に小物があるだけだ
新田ちゃんの呆れた声を聞きながら、俺は言われた通りに部屋の中央付近のソファーに座る
そしてキッチンで準備をし始めた新田ちゃんを横目に俺は部屋を見回した
目立つのはこのソファーと目の前に置いてあるテーブル、壁際のテレビ台とその上にあるそこそこ大きなテレビ、天井付近にあるエアコン
テレビ台の中にはブルーレイレコーダーが備え付けられていた
壁の色に合わせて家具も白に統一されていて、ソファーもテーブルもテレビ台も同じ色に揃えられている
唯一違うと言ったら、部屋の隅で緑色のLEDを光らせているグレーのインターネットのモデムと黒いテレビの色くらいだろうか
テレビの上側には可愛らしい壁掛けの時計がチクタクと動いていた。エアコンからは暖かい風が出ている
「綺麗な部屋じゃないか、しっかりしてる」
「全然。掃除はマメにしてはいますけど、忙しい時はところどころササっとやる時はありますし、私だって、テレビとか映画とか見ながらそのソファーで寝ちゃったりしちゃいますから」
新田ちゃんは小さなトレーの上に、二人分のコップとペットボトルのお茶を乗せてテーブルまで運んできた
「すみません、こんなものしかなくて」
「いいっていいって、気にするな。突然押しかけたのはこっちなんだから。っていうか、着替えてきたらどうだ。自分の部屋なんだから、その格好のままだったら窮屈だろう」
「そ、そうですか?じゃあ・・・ちょっと行ってきます」
そして新田ちゃんはコップをテーブルの上に置き、俺のコップにお茶を注いで、テレビの電源を入れると、奥の引き戸を開けて、中へと入っていった
一瞬ベッドが見えたあたり、そちらは寝室なのだろう
しばらくすると、引き戸がゆっくりと開き、新田ちゃんが顔だけこちらに出した
「あの、一応着替えたんですけど・・・」
「ああ」
「わ、笑ったりしませんか?」
何でだ?どういう意味だ?イマイチよくわからない
「あんたの部屋なんだから、何をしようがあんたの自由だ。遠慮するな」
「じゃあ、あの・・・」
消えるような言葉を残して、新田ちゃんはゆっくりと引き戸を開けた
そこにいたのは、上下グレーの少し大きめのスウェットに身を包んだ新田ちゃんだった
恥ずかしいのか俺と目を合わせようとしない
「家にいるときは大体こんなので、これすごい楽なのでいつもこれで、家族以外他の人に見せたことなくてその・・・」
ギュッと太ももあたりで手を握りしめて、プルプル震えている新田ちゃん
そんな新田ちゃんを見て、俺は鼻でフフッと笑った
「わ、笑わないでって言ったじゃないですか!」
「違う違う、全然変じゃない。家にいる時くらいダラっとするもんだ。いつも''立派なリーダー新田ちゃん''じゃ疲れるだろ。ここはあんたの家なんだからじ・ゆ・う。ここじゃ誰が何と言おうとあんたがリーダーなんだから。な?」
「・・・フフッ、はい」
すると新田ちゃんはやっと俺と目を合わせてくれた
そして、俺のほうまでやってくると、自分のコップにお茶を注ぐ
「ああ、お茶ありがとな」
「いえ、こちらこそ、今日は送っていただいて。あ、と、隣失礼しますね」
「え、じゃあ悪いから俺は床に」
「ダメですダメです!そのままで・・・いいので」
そう言われたので俺は少し左へと体をずらす
すると新田ちゃんは自分のコップを手に取ると、俺の隣へと腰掛けた
二人掛けのソファーなので、肩と肩が時おりぶつかり合う
新田ちゃんはちゃんと床に足を置くスタイルではなく、ソファーの上に足を上げ、体育座りのような体勢を取って、完全にリラックスしたような状態になった
「じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ・・・って何で俺が言うんだ」
その言葉に新田ちゃんはまた笑うと、お茶を飲み始める
俺はその隣で、ボーっとテレビを眺めていた
「何だか、不思議な感じですね。こんな感じなんでしょうか・・・」
「何が」
「その・・・もし私がアイドルをやっていなくて、普通の大学生活を送っていたとして・・・」
新田ちゃんは俺を横目で恥ずかしそうに見つめる
「その、彼氏・・・とか家に呼んだりしたら、なんて・・・私ったら何言ってんだろ!忘れてください!今のは忘れてください!深い意味はないので!」
自分で言ったことを自分で否定し始め狼狽する新田ちゃんだった
「やっぱり、そう憧れるもんなのか?」
「そうですね、考える時はありますよ。もちろん今のアイドル生活も凄く楽しいですし、漠然とですが。そういう歌詞の曲も歌ったりしますし」
「あんたならきっといい相手が見つかるさ。可愛いし美人だし、しっかりしてるし」
「んー、でも今のところそういう相手って零次さん以外に思いつかないから・・・」
今、サラッと爆弾発言をしたような気がしないでもないんだけど、新田ちゃんはそれに気づいていないのか、くぴくぴとお茶を飲み続けていた
割とたまに抜けてるところがあるとアナスタシアも言っていたが、こういうところなのだろうか
アナスタシアといえば
「そういえば、アナスタシアが何か悩んでるんだっけ?ファミレスでは詳しく聞けなかったけど・・・まさかその件か?」
「そうなんです、実は・・・」
そして、新田ちゃんは語り始めた