普段とは違う、小さなステージ
告知も何もなく、本当の私を知るものは誰一人としていない
私を照らすスポットライトもない、あるのはごく普通の天井の蛍光灯だけ
子どもたちもヒナコパパもママも、隣で歌っているサヤも、おじいさんおばあさん達もみんな一緒
観客席とステージを隔てる柵もない、みんなみんな、その場で''特別な存在''なんていうのは誰一人としていませんでした
私たちがまるで大きなカラオケルームにいるように、おじいさんおばあさんの後ろで見ている介護士のみなさんも一緒になって楽しんでくれています
ただただ、私たちがただ、このステージに立って歌っていることだけを純粋に楽しんでくれていました
「ありがとうございます。最後はアルトリアちゃんと、子ども達の番です。はい、みんな集合集合!」
サヤの号令に合わせて、子ども達が私の周りに集まってきます
最後にユイがスミレの脇を掴み引きずって私たちの前、丁度センターの位置まで移動させました
その光景が少し面白く、客席からも笑いがおきます
スミレは相変わらず周りをキョロキョロ見回していました
そしてユイは私の左へとやってきます
「アーニャちゃん、これいらないよ?」
「へ?」
ルリにそう言われて子ども達を見てみると、誰一人としてマイクを持っていませんでした
代わりにみんな手を繋いで横一列に並び、ルリが私の右手を、ユイが私からマイクを取って後ろに置くと、左から手を差し出します
その手を握った瞬間に、曲がスピーカーから流れてきました
それもどこかで聴いた事がある、みんなで歌う曲です
みんなで繋いだ手をリズムに乗りながら上下に振り、大きな声で歌います
それに合わせて手を叩いたり、体を少し左右に振って、楽しそうに聴いてくれているおじいさんおばあさん達、ヒナコパパとママも一緒、難しいことなんて何一つありません
そこにあったのは、純粋に歌を楽しもうとしている子どもたちと、それを純粋に楽しんでくれている人達の空間
いつぶりでしょう、こんな光景は。そして、こんな気持ちは
まるで、初めて歌を歌った時のような、この感じは
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「どうです?うちのアイドルは。だてに毎日ボイストレーニングをしているわけではないと思うのですが」
「・・・だいぶ、吹っ切れたんじゃないか?」
「お気づきでしたか」
プロデューサーはステージ上のアーニャを見ながら、私に呟く
「気を回していただき、ありがとうございます。何分、私もどうすればいいか悩んでいるところもありまして」
「私は何もしていない。たまたま今日ここに来る用事があったから誘っただけだ。何とかしたのはアイツ自身だ」
「そうですか。でしたらどうでしょう、今度は正式に''アナスタシア''をイベントに招待してみませんか?その時は是非、顔を利かせてさしあげますが」
「ギャラが破格になるだろうからやめておく。だが・・・まだだ」
「と、言いますと?」
「あいつは、もう一押しだ」
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「・・・なぁ、そろそろやめといたほうがいいって。今はぜっっったい無理だから」
「待ってください!今やっとコツが掴めた感じがしたんです!今度はきっと勝てると思います!」
さっきから同じセリフを何度繰り返しただろうか
筐体のハンドルの脇に積んである100円玉をまた一つコイン投入口へと放り込み、意気揚々とハンドルを握りしめシートに背中をくっつける新田ちゃん
さっきと同じように対戦モードに移行して、さっき同じように対戦相手に''ネメかおり''のゴーストを指定し、さっき同じように首都高速へと赴く白い86こと新田ちゃん号がまた、赤いカウンタックをひたすら追いかける5分間へと突入する
俺はそれを見守るようにその後ろのベンチに座り、姉さんからの連絡を待っていた
もう今日は新田ちゃんの部屋の水道は業者も来れなくてどうしようもないので、一日ガレージで新田ちゃんを預かる流れになったんだけど、''ちょっと待って!片付けるからちょい待ち!''という姉さんからの完了連絡待ちでちょっと時間つぶしにゲーセンに寄ったら
「もうっ!なんっっでそこが曲がれるの・・・!なんで車を弾き飛ばしていくのっ・・・!?」
いくら俺が、新しく作った新田ちゃんアカウントの86を、最初から少し速い車に出来るチケットを使い作ったっていっても、いかんせん相手が悪すぎる。車の性能も腕も明らかに相手のほうが上だ
さっきから何回も何回もそれを説明したのだが、聞く耳を持ってくれない
まるで子どものように駄々をこねながら、遥か格上の相手に挑み続けていく
「ほら・・・!見てくださいよ!もう追いつきますよ!これで・・・あぁん!どうしてぇぇぇ・・・」
最終コーナーまでは中々に追いつけていたものの、最後の直線で引き離され無惨にも画面には''2nd''の文字が表示される
すっかり意気消沈してしまったのか、ハンドルにベタっと上半身を預ける新田ちゃんだったが、その右手が無意識なのか積んである100円玉に手が伸びようとしていたので、俺がすかさず止める
「・・・待ってください、コツを一つ掴んだ気がするんです。次はきっと」
「さっきから同じセリフを何度も聞いた。ちょっと待て」
俺は新田ちゃんの隣の筐体に座り、100円玉を入れる
そして新田ちゃんと同じ性能の赤いハチロクを選んで、挑戦状を送りつけた
新田ちゃんの筐体の画面にはデカデカと''挑戦者現る''の文字が表示される
「俺に勝てなかったらネメかおりは当然、ひな先輩やチームかまぼこメンバーには絶対勝てない。どうだ?恐かったら挑戦を拒否してもいいんだぞ」
「・・・言ってくれますね、やってやりますよ!これでも少しは上達したんですから!」
よし、上手いことノッてくれた
あとはこれで何とかうまい具合に負けてあげれば・・・
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とりあえずステージでの歌の披露がひと段落し、子どもたちは用意されたテーブルでおじいさんおばあさん達とお菓子を中心に、お話に花を咲かせていました
さっきの歌の感想や、昔話を話したり、そして子どもたちの話を楽しそうに聞いたりと、どちらも笑顔で談笑が進みます
「ひなちゃん久しぶりねぇ、もうお歌は歌ってくれないのかい?」
「おばあちゃん、私もう子どもじゃないんだから。それは昔の話」
「あら、全然変わらないよ。可愛いひなちゃんのまんま。ぷにぷにのほっぺたとサラサラの長い髪も昔と変わらないねぇ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。これでもちょっと髪は伸ばしたんだ」
私もヒナコと同じテーブルに座り、そのやり取りを眺めていました
ヒナコパパとママはステージで何やら準備をしています
プロデューサーもそれを手伝っていました
そうやって周りを眺めていると、本当にこの家族は見る側と見せる側の垣根を越え、まるで全体が大きな家族のように接しているのように感じます
お互いがお互いを尊重し合い、それまでの人生や経緯など関係なく、ただこの瞬間を楽しんでいる、そんな感じです
「お嬢さん、お嬢さん」
ふと、同じテーブルのおばあさんに話しかけられます
笑顔がとても可愛い、優しそうなおばあさんです
「お嬢さん、お歌はいつ歌ってくれるの?」
「え?アー、えっと・・・?」
おばあさんはからかっている様子は全くありません
本当に純粋な目をして私にそう問い掛けてきます
「マチさん、アルトリアちゃんはもう歌ってくれましたよ」
「あら、そうだったの。ごめんなさい、私見逃していたのかもしれないねぇ」
私たちのやり取りを見ていた介護士のお姉さんが、おばあさんの隣に座ってそう話しかけます
「それで、可愛いお嬢さん。お名前は?」
介護士のお姉さんがサラッと言ったからわからなかったのか、おばあさんはそう問い掛けてきます
「私の名前はアナ・・・、アルトリアといいます。アー・・・アーニャと呼んでください」
本来なら間違った略称ですが、そう呼ばれた方がやっぱりしっくりきます
間違えて本名を言ってしまうこともありません
「ご丁寧にどうもねぇ、可愛いお嬢さん。さぁさぁお食べ。おばあちゃんもうお腹いっぱいだから」
「はい、ありがとうございます」
私の返事にニッコリ笑うおばあさんは、目の前のお菓子を私に差し出してきます
介護士のお姉さんも見守る中で、私はそのクッキーを素直に受け取りました
私がモグモグと食べている様子をおばあさんも嬉しそうに見守っています
「それで、可愛いお嬢さん。お歌はいつ歌ってくれるのかしらねぇ」
「・・・えっと」
そう困惑している私に、介護士のお姉さんはごめんなさいねと謝りましたが、私は首を横に振り、再びおばあさんと向き合います
「マチおばあさんは、歌は好きですか?」
「ええ。出かけると、主人とよく歌っていたの。夜に車で迎えに来てくれて、一緒にラジオに合わせてね」
おばあさんのその言葉に、介護士のお姉さんは驚いた表情を浮かべていました
「可愛いお嬢さん。まだお名前を聞いてなかったわねぇ、お名前は?」
「・・・マチおばあさん。おばあさんの好きな歌は何ですか?」
「あら、歌ってくれるのかしら。そうねぇ・・・よく主人と夜出かけた時にいつも車のラジオで流れていたわ。こんな田舎だからどこもいくところがなくて、同じ時間、同じ場所を走っているときにいつも。お星様のお歌だったわ、ちょうどその時に夜空を見上げると、綺麗なお星様が見えてねぇ。こんな歌だったかしら」
するとマチおばあさんは、その歌を口ずさみ始めます
それは、昔からある有名な星の歌でした
誰もが知っているその曲を、マチおばあさんはそれはそれは幸せそうに笑顔を浮かべながら歌っていました
まるでその時を思い出すかのように
私もそれに合わせて一緒に口ずさみ始めると、私の方を見てニッコリ笑いかけます
そして、手拍子を織り交ぜながら一通り歌い終わると、その手拍子が私への拍手に変わりました
「お嬢さんお歌がとってもお上手。お名前は?」
「アーニャと、呼んでください」
「可愛いお名前ねぇ、よろしくねアニャちゃん」
そう言うとおばあさんは、私の手を握って軽く上下に振りました
そんな光景に、思わず私も笑顔がこぼれます
「きっとアニャちゃんにも、大切なパートナーがいるのね。おばあちゃんわかるもの、その人はたとえ離れていても、きっとあなたのことを気にかけてくれているわ、いつも一緒にいてくれる人ってとても大切。ずっとずっと、大事にしてね」
「はい」
おばあさんの言葉が、スッと頭に入ってきた気がしました
ミナミ、最近上手くお話しできなくてごめんなさい
私、ずっと勘違いしていたのかもしれません
ライブが決まってから、ずっと一人で考えていました
私を育ててくれたこの地の人々にどう上手く恩返しできるのかと
でもそれは、とてもとても単純な事だったのですね
私やミナミの歌を好きだと言ってくれる人たちがいて、私もその人たちが大好きで、そしてその人たちは私たちのことを待ってくれている
それだけなのに、私は何を難しく考えていたのでしょう
「さて、帰ったら主人に、素敵なお友達ができたって教えてあげなきゃねぇ」
「はい、また、アー・・・旦那さまと仲良く歌ってください」
「ええ、そろそろ仕事が終わる頃かしらねぇ。今日は何時ごろに迎えに来るのかしら」
その言葉に、私は思わず介護士のお姉さんを見ましたが、お姉さんは首を横に振ります
「・・・マチさん」
「もうそろそろだと思うんだけどねぇ」
「ごめんなさい・・・!私、知らなくて・・・」
私がそう言って顔を伏せたその瞬間、後ろから顔が上に持ち上げられ、口の量端に指が置かれると上に釣り上げられる
「どうだったマチばあちゃん、こいつの歌は」
「とってもお上手だったわ。白くて長い髪のお嬢さん」
「じゃあもっと面白いもの見せてやる」
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「スミを返せ!」
「ふっふっふ、だったらこの私を倒していきなさい」
再び子ども達とステージに戻ると、今度はヒーローショーが始まりました
''人質''と書かれたプラスチックの札を首から下げたスミレの前にサヤが立ちはだかり、その前にベルトをつけたコウが対峙します
「いつからだろうな、大きな舞台の前に立つと余計なことを考えるようになったのは。子どもの頃は、そういうのがあったら逆にワクワクしてたのに」
子ども達の舞台を見つつ、ヒナコは本のようなおもちゃをパチパチと開いたり閉じたりしながら、私にそう語りかけました
「お前と同じ人間なんて、この世のどこにもいない。お前のパフォーマンスが出来るのはお前しかいないんだから、何を心配する必要がある」
「お前一人で私を倒せるのかぁー」
「みんなー!一緒にアイツを倒すぞー!」
コウの号令で他の子どもたちが飛び出していきます
すると、ヒナコは私の目の前にその本のようなおもちゃを差し出しました
「さて、お呼びだぞ。ヒーローになるか、それとも変身しないまま終わるかはお前が決めろ。ヒーローになるチャンスは、この世にみんな平等にある」
目の前に差し出されたそれを見ながら、私はミナミの顔を思い出していました
心配させて本当にごめんなさい
私はもう、迷ったりしません
今度は私が、ミナミを助けます
私はその赤い本のようなおもちゃを受け取ると、ステージ脇に置いてあった、剣が刺さっているベルトを手に取って、ステージへと飛び出していきました