「・・・」ツーン
「なぁ、そろそろ機嫌直してくれよ」
「・・・」ツーン
「今度また付き合ってやるから」
「・・・」ハッ・・・ツ、ツーン
ゲーセンを出てからというもの、ガレージに着いて車を中に入れてからも、シートに座りながら新田ちゃんはこの膨れっ面だった
あの後、何とか上手に負けてあげようとしたが、いざやるとなると結構難しいもので、新田ちゃんにあっさり見抜かれてしまう
そうするとまた普通に相手をして、また負けようとして・・・の無限ループが発生し、そろそろ時間も頃合いになったところで何とか新田ちゃんを説得し、ここまで連れてきたのはよかったのだが、いかんせんこのお姫様のご機嫌は麗しくないようだ
「ま、免許持ってても実際車運転してあの様子じゃなぁ」
「な!?それは関係ないでしょう!現実とゲームは違うんですから!」
車から降りて、ガレージのシャッターを閉めるために操作盤に向かう途中にも後ろから''聞いてるんですか!?''と新田ちゃんの荒らげた声が俺に降りかかる
俺が振り返り、そう言う新田ちゃんをハッハッハとからかうように笑ってやると、ますます頬を膨らませて顔を真っ赤にし、両手をギュッと握りしめていた
「あらあらいらっしゃい!美波ちゃん大変だったわね、自分の家だと思ってゆっくりしていってね!」
奥の作業スペースで自分の車の下に寝板に寝そべりながら作業をしていた姉さんがひょこっと顔を出した
「すいません、一日お世話になります。あ、それよりも聞いてください美空さん!零次さんが私に意地悪をするんです!」
「聞き捨てならないわね」
シャッターがガラガラ閉まる中、新田ちゃんが姉さんに身振り手振りで訴え始めた
「レイジ君が?美波ちゃんの運転が下手くそだって?ふーん・・・へぇ〜」
シャッターが閉まり切る頃には、大体の事情を理解した姉さんが寝板に座りながらこちらをジッと見ていた
「・・・ふっ」
そして俺のことを鼻で笑うと、はっはっはと笑いながらまた寝板に寝転がり車の下に滑り込んでいく
「その言葉、美波ちゃんくらいの時のレイジ君に聞かせてやりたいわぁ〜」
フンフンフーンと姉さんは昔のことでも思い出しているのか、陽気に鼻歌を歌い始めながら作業に戻っていく
キョロキョロと俺と姉さんを見比べながら不思議そうな表情を浮かべていた新田ちゃんに早く上に上がるように指示する
「美空さんが言ったのって、どういう意味ですか?」
「いいっていいって、シカトシカト」
「へった〜くそな運転フンフフ〜ン」
ワケのわからない曲を歌い始めた姉さんを残して、俺と新田ちゃんは上に上がっていく
「初めて来ましたが・・・聞いていた通り凄いですね」
「ああそうか、初めてか」
俺のスペース、リビング、キッチンと通り過ぎていく間に物珍しそうに見渡していく新田ちゃん
そうか、来るのは初めてだったなそういえば
そしてリビングのソファーに座るように促すと、俺はテレビの電源を入れる
「コーヒーでいいか?」
「あ、いえそんなお構いなく・・・」
そう言う新田ちゃんをよそに俺はキッチンへと赴き、インスタントのコーヒーを取り出して、スプーンですくい始めた
テレビでは丁度とときら学園が始まり、杏が普段の様子とは180度逆な生き生きとした態度で周りのキャストを巻き込みながら番組を進行している
園児服がよく似合っているのは流石というかなんというか、アイツ本当にきらりと同い年なんだよな?
「アーニャちゃん・・・」
新田ちゃん宅の時と同じように、今度は俺がコーヒーをおぼんに乗せてリビングに運んでいくと、新田ちゃんがそうボソッと呟いたのが聞こえた
「そんなに心配か」
「へ?ああ、ごめんなさい。どうしても気になってしまって・・・」
俺は自分の分のコーヒーを手に取ると、新田ちゃんの隣に腰掛ける
そして二人コーヒーを一口飲むと、テレビの音と姉さんが下で工具をカチャカチャと動かす音がハッキリと聞こえるくらいに一瞬静まり返った
ふと、アナスタシアの姿が脳裏に浮かんでくる
新田ちゃんに毒されたのか、俺まで考え始めてしまったみたいだ
普段何考えてるんだかよくわからないやつだが、そんなやつが悩んでいるとなるとますます難しい
夕暮れの光がリビングを照らしている中、しばらく無言が続いていると、後ろから声が掛けられる
「なーに二人して黄昏てるの〜?アヤシイぞ〜」
「あれ?もう戻ってきたんっすか」
「うん。お腹も空いたし、シャワーも浴びようかなって。あら、今日のゲストは杏ちゃんなのね」
タンクトップ姿の姉さんがペットボトルを片手に後ろから俺を抱きしめるように肩に腕を回し、顎を俺の頭の上に乗せてテレビを見始めた
「で、何?もしかしてアーニャちゃんのこと?」
「よくわかったね姉さん。まだ何も言ってないのに」
「さぁ〜?なんでかしらね〜。んふふ〜」
「ちょっ、首絞まるからやめて・・・そろそろ新田ちゃんの視線も痛いから」
俺がそう言った通り、俺を後ろから抱きしめる姉さん
それを見て新田ちゃんは、顔を真っ赤にしながらもチラチラとこちらを見ながらコーヒーを飲んでいた
「ま、とにかく。ご飯にしましょうか!お腹空いてるから余計なこと考えちゃうのよ。ちょっと待っててね、シャワー浴びてくるから」
そう言って姉さんは飲み干したペットボトルをキッチンに置くと、下に続く階段へと向かっていった
アナスタシアのこともそうだが、ウチはウチで姉さんもよくわからないことが多い
それは昔から変わらなかった
「何だか・・・不思議な人ですね」
「考え始めたらキリがないからいいんだいいんだ。さて、準備しますか」
「あ、お手伝いします」
下に行った姉さんがまたよくわからない鼻歌を歌いながらお風呂場へと消えていくと同時に、俺は夕食の準備を始めた
ーーーーーーーーーー
「それでは、本日はありがとうございました」
「いえいえ、またお待ちしておりますので」
「バイバーイ!また来るねー!」
「バイバイ」
すべてのステージが無事終了し、私達は老人福祉施設の玄関先でスタッフの皆やおじいちゃんおばあちゃんたちに見送られながら、最後の挨拶を交わす
パパやママの言葉に合わせて私も頭を下げ、子どもたちはそれに合わせて手を振ると、相手側も笑顔でそれに応えてくれていた
「バイバイ、アニャちゃん」
「はい、またお会いしましょう。今度は私の友人も紹介しますね」
アーニャも来た時とは随分表情が変わり、何か憑き物が落ちたかのような清々しい態度でマチばあちゃんと別れを惜しんでいた
パパもママも子どもたちも、各々が別れの言葉を告げて車に乗り込んでいく
「ひなこ、もう乗ってもいい?」
「ん?ああ」
私の車に子どもたちが乗り込んでいく最中も、私はアーニャとマチばあちゃんのやり取りを眺めていた
「元気になってよかったね。ひなこ姉さん」
「はてさて、何のことかな」
「姉さんのそういうとこ好きだよ」
サヤが私の車に乗り込む直前、私をからかうようにそう言ってきたが、何だか体がむず痒くなってきたため、車の屋根をトントンと指で叩きながらサヤから視線を逸らす
そんな私の態度を見て満足したのか、サヤは車に乗り込んでいった
「それでは、失礼します」
「アー、また遊びに来ます。それまでどうか、お元気で」
アーニャとプロデューサーもそう告げると車に乗り込んでいく
パパたちの車が発進していくのを先頭に、私も車を発進させ、プロデューサーたちも後ろからその後をついてきた
玄関先では私たちが見えなくなるまで、老人福祉施設の人たちが手を振って見送ってくれていた
「さて、今夜は焼肉ですか」
「そうだよひなこ!また頼むんでしょ!」
車の中で子どもたちがざわつき始める
「ああ、私も''ねこむすめ''に肉注文して食べるのは久しぶり。帰ったら電話入れないと」
「今夜は〜・・・」
「「焼肉っしょ〜!」」
徐々に上がっていく子どもたちのテンションに、私も少し気分が高揚していく
アーニャたちの口にも合えばいいんだが
ーーーーーーーーーー
「ひなちゃんほどの腕前じゃないんだけど〜・・・」
台所から姉さんが恐る恐る皿に乗った料理を運んでくる
綺麗に焼けた卵に包まれているオムライスが、それはそれは美味しそうな香りを放ち、食欲をそそる
それに合わせて、千切りにされた生野菜もテーブルへと並べられ、こちらも可愛らしくトッピングされていた
「わぁ〜、美味しそうです!美空さんは料理も出来るんですね!」
「違うの違うの美波ちゃん!私得意料理っていったらこれしかないのよ。昔メイド喫茶でバイトしてた先輩が教えてくれたの!」
「確かに、オムライスはめっちゃ美味い」
「ちょっとレイジ君、オムライス''は''って何よオムライス''は''って」
「いやいや、深い意味はないですって」
テーブルの上には新田ちゃんと一緒に用意したドレッシングや飲み物が並べられ、準備が整っている
「じゃあ、いただきま〜す!」
「「いただきます」」
そうして、新田ちゃんをゲストに迎えた夕食が始まった
「あむ・・・ん〜!とっても美味しいです!今度作り方を教わりたいくらい!」
「いつでもウェルカムよ〜。どうせ家帰ってもろくな事してないんだから」
「うん、やっぱり美味しいっすわ」
卵もさることながら、中のチキンライスもそれはそれはお店のような出来栄えで、次から次へと箸が進む
姉さんもそんな俺たちを缶ビール片手に満足そうに眺めていた
さすがひな先輩が唯一認めた料理なだけはある
「それにしても家に帰るって、あのマンションですか?あの物置の?」
「しっっっつれいね〜、人が寝るくらいのスペースはあるわよ!」
「それはもはや部屋とは言わない」
住んでいる場所は良いんだ
良いんだけど、前に姉さんと部品を取りに初めて訪れた時、扉を開けた瞬間に言葉を失ってしまった
廊下や部屋にダンボールやら何やらが並べられ、足を置くスペースもどうすればいいかわからなかった。生ゴミが無いだけまだマシだったけど
奥の方になんとなーくここが寝床なのかな?っていうような場所はあったが、上着やらジャケットやら下着やらが散乱しており、目のやり場に非常に困った覚えがある
「今日だってね!美波ちゃんが来るっていうからあそこ片付けたのよ!いや〜久々に掃除したわほら〜」
自信満々にそう言うもんなので、姉さんのスペースを見てみたが、アレのどこが片付けたのかよく分からなかった
なんか一段積み上がっているダンボールの高さが低くなったような気がするが
新田ちゃんもちょっと苦笑いだった
「逆にレイジ君の部屋なんて何もなさすぎよ」
「あれが普通なんですって。あ、それとベッドから姉さんの靴下見つかったんですけど」
「ホント?今度持ってきて〜」
能天気にそう言いながら缶ビールを既に一本空ける姉さんだった
前にベロンベロンになって俺のマンションに転がり込んできた産物が未だに残っている
あまり家に帰らない俺が悪いのだが、侵略される前に早いとこなんとかしよう
ふと気がつくと、新田ちゃんが俺と姉さんのやり取りを見て少し顔を赤らめていた
「あの・・・ちょっと気になったんですけど・・・」
「ん〜?」
恐る恐る手を挙げながら俺と姉さんに質問する新田ちゃん
「お二人ってあの・・・、お付き合いされてるんですか?」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった
「だって、さっきからお話を聞いていたら、凄く仲が良さそうだったので・・・」
「・・・冗談やめてくれ」
「ひっど〜い!これでもレイジ君のこと愛しているのに!」
そう言いながら俺の背中をバシバシ叩き始める姉さん
見た目は良いんだ、見た目は良いんだけどいかんせん中身を知ってしまったらどうも''そっち''の考えが浮かんでこない
「付き合ってはいないけど〜、でも付き合ってくれたら部屋の片付けしてくれそうだから・・・ねぇねぇレイジ君、付き合ってみる?」
からかうように俺にそう言う姉さんだった
「心の声ダダ漏れなんで嫌です」
「あ〜ん、またフラれちゃった〜」
「このやり取り何回目ですか・・・」
そんな俺たちの様子を見て、新田ちゃんはまたまた苦笑いである
「そんなことで大丈夫よ、付き合ったりはしてないわ。私は別に付き合ってもいいんだけど・・・だから別に今日も、二人きりだからってエッチしたりってわけでもなかったし!」
「え・・・えっち」
「もうちょい上手くオブラートに包みませんかねぇ」
「私が上手く包めるのはオムライスだけよ。なんつってあっはっは!」
酔っ払いが横で高笑いしている反面、新田ちゃんはまるでお酒を飲んだかのように顔を真っ赤にして俯いてしまった