ガレージを出てからというもの、すぐに帰るのもアレかなと思い、暇つぶしのために兼腹を空かせるために俺はゲーセンに寄ることにした
家に帰ってもどうせ一人だし、帰ったら帰ったでしばらく放置していた家のあちこちの埃や塵が目に入り、きっと掃除をしなくてはいけないのが何だか億劫で、結局はそれがめんどくさいだけかもしれない
「何食うかな・・・」
いつもは考えない夕食のメニューをボーっと考えながら、俺はいつものレースゲームの筐体へと100円玉を入れる
シートに座りポンポンと決定ボタンを押していくと、新田ちゃんから挑戦状が届いていることに気づく
このゲームは他人がプレイした記録に挑戦することができ、挑まれたほうはいつ、誰が自分に挑んだかわかる仕組みになっている
最終プレイの日付が新しいことから、ちょくちょく通っていることがわかった
あの後でアナスタシアに教えてもらったが、新田ちゃんは極度の負けず嫌いだそうだ
あまりゲームも得意というわけでもないらしく、前にシンデレラプロジェクトのメンバーで合宿に行った際には、あのゲーム好きの杏でさえ白旗をあげるレベルのしつこさを見せたという
人は見かけによらないということか
とりあえず新田ちゃんからの挑戦状は置いておくことにした
そんなに気を入れてやりに来たわけじゃないし、とりあえず適当に流すためにタイムアタックを選ぶ
色々やっていたうちに、いつの間にか隣に人が座り、プレイを始める
意外と人が来るもんなんだな、しかも女の子二人組だ
女子高生くらいだろうか、一人が座り、もう一人がシートの後ろから画面を覗き込んでいる
珍しいこともあるもんだ
特に気にすることもなく、自分の車とコースが画面に表示されてゲームがスタートする
リヤウィンドウに貼ってある''チームかまぼこ''のステッカーが目立つ赤いハチロクを少し走らせたあたりで、画面にデカデカと''挑戦者現る''の文字が現れてプレイが中断され、コース選択へと戻された
なんと隣でプレイしている女の子からだった
すごいな、結構度胸がいるぞこれ
後ろで見ていた女の子も、え?ホントにやるの?みたいなこと言ってるし
とにかくなんだか隣が盛り上がっていたので、渋々挑戦を受けることにした
見た感じ相手の方がちょこっと車の性能が高い
それはそうだ、こっちなんて100円入れてただ車を作ったままの状態だ
じゃないと、アイツらと戦う時にこっちが勝っちまう
それとは対照的にその女の子の車は、ホイールは変えてあるわリヤウィングはついてるわエアロキット組んでボディをカッコよくキメてあるわボンネットはカーボンに変えてあるわで、ゲームが好きなのか車が好きなのか中々にやり込んで作ってあった
そんな厳つい見た目の黒いRX-7とのバトルが始まる
予想通り相手の方がパワーが上なので、俺の車を追い抜き前に出られる
まぁそうなるのは当たり前だと思っていたので、特に何も考えることなく・・・いや、さっきの夕食のメニューの続きを考えながらボーっと走っていると、ふとその女の子が油断してコーナーを曲がり損ねたのか大幅に減速したため、集中していなかったのもあり避けることもなく思いっきりぶつかってしまう
余裕で避けられる場面だったこともあり、見方によっては酷い走り方をする奴がいたと、初心者ならまだしも経験者ならちょっと怒られるやつだなこれは、大丈夫か?
「・・・なーちゃん、こいつ今煽った」
「だ、ダメだよ。そんなこと言ったら怒られちゃうよ・・・」
案の定チラッとその女の子を見ると、目つきがキッと鋭くなり、ハンドルを両手で握りしめ、今度は逆に俺の進路を妨害するようにガリガリと車体を寄せてきた
最初にふっかけたのは俺なので仕方ないと思いつつ、俺も抜け出すため抵抗するようにぶつけ続ける
''はいたつ''と''Ten★''というプレイヤーネーム同士がぶつかり続けて拮抗した状態が続いたまま走り続けていたが、目の前に大きなCPUのトラックが近づいてきた
このまま走り続けていれば、俺の車線にそのトラックがあったため激突してしまい、大きく離されることになる
「にへへ・・・」
女の子もそれがわかっているのか、ニヤリと笑みを浮かべると、より逃げられないようにハンドルを俺の方に全開で切り、ジリジリとトラックに迫っていく
そしてトラックまであと一歩手前のところで、俺はハンドルをその女の子の車とは逆方向に切った
すると今まで走っていた車線から外れ、女の子の車がトラックの前に来る
俺は壁にぶつかったが大して減速することなく走り続ける、しかし女の子の方は俺の狙い通りに思いっきりトラックに激突し、停止するくらいまで速度を落としていた
「ひぃん!」
と、その女の子の悲鳴を聞きながら、俺はゴールへと向かっていく
「まだ・・・、まだ、だよ・・・!」
それでも女の子は折れることなく、元々俺よりパワーもあったためジリジリと差を詰められていく
「てんかなら、できる・・・。今日の朝も・・・世界、救った・・・!」
すごいな、最近のJKは世界レベルに到達しているのか
などと考えているうちにみるみるゴールが近づき、画面にも残り1kmの表示が現れ、その数字がm単位でどんどん減っていく
俺の隣に女の子の車がもう少しで並びかけているところまできていた
「もらった・・・!」
女の子の言う通り、このままいけばギリギリ俺より頭一つ抜け出せるかどうかというところ
女の子にも先程と同じく笑みが浮かぶ
が、しかし
「な・・・!」
それとは逆に、女の子の顔には驚いた表情が浮かぶ
俺はゴールする直前に思いっきりブレーキを踏み、その子に勝ちを譲ったのだった
瞬く間に減速する俺の車の横を、女の子の車が颯爽と駆け抜けてゆきゲームが終了する
画面には2ndの文字がキラキラ輝き、女の子の方には1stの文字が浮かんでいた
「ど、どうして・・・」
このゲームは一位になると、もう一度タダでゲームをプレイすることが出来る
そうすると、また挑戦を受け対戦することも可能になるのだ
この女の子の性格からすると、この子もきっとまた挑んでくるだろう、中々に負けず嫌いなところが見えた
正確に誰とは言わないが、某新田ちゃんを思い出してしまった
そうなるといつ帰れるかわからなくなる
もしこの子がゲーマーだとすると、自分が勝つまで永遠と勝負を挑まれ続けるかもしれない
さすがにそこまでやろうと思って始めたわけではないので、さっさと帰ってご飯でも作ろうと思い譲ってあげた
後ろで見ている女の子とでも仲良くやってくれ
「情けなんて、いら・・・ない・・・!」
相当悔しかったのか、俺がシートから降りる時に不機嫌そうな顔を俺に向けてそう小さく呟く女の子
初めてまともに目が合ったが、見ていた女の子も含めて二人中々に美人だ
美城のアイドルに引けを取らないくらいの整った顔立ちなので将来スカウトされるかもな
不機嫌そうに睨みつけてくるその女の子とは対照的に、見ていた女の子のほうはそれをなだめつつ俺にペコペコ頭を下げてくる
二人ともよく似ている、まるで姉妹のようだった
とりあえず俺はその、このキャラクターは何ていったかな、デ、デビ・・・デビなんとかだったか、そのキャラクターがプリントされているパーカーを着た不機嫌そうな女の子に''バイビー''と手を上げて応え、その場を後にした
見ていた女の子は、次は私とやろう?ね?とご機嫌を取るように二人並んでシートに座るが、パーカーの女の子は見えなくなるまで俺を睨みつけていた
ーーーーーーーーーー
「さて、どうするか・・・冷蔵庫に何か入ってたか、いや、何もないはずだな」
俺は車に戻るでもなく、何気なく近くの公園へ行き、メニューの続きを考える
やっぱり寒いから無難に一人鍋もいいか・・・でもそうなると片付けがめんどくさい、あ・・・それにタレないわ
と、いつの間にかチラチラ降っていた雪のせいでベンチに座るわけにもいかなかったので、ジャングルジムに寄りかかりながら考え続ける
『さぁ!残りわずかです!限定エアインチョコ!お求めの方はどうぞお並びくださいませ!』
ふと通りをみると、お店の店員さんが外に出て店頭販売をしている様子が見えた
寒いのによく頑張るよなぁ、それは並んでいる人も同じか
中々に人気なのか、チラホラ人が並ぶ様子が見える、たしかに残りわずかだ
「・・・たまにはいいか、バレンタインだし」
並んでチョコレート買うなんて初めてだ
俺は道路を渡り、その列に並びながら夕食のメニューを考えることにした
『あと残りわずかです!売り切れゴメン!その際には中で販売している商品もご検討よろしくお願いします!』
店員さんがスピーカーで一生懸命宣伝している甲斐もあってか、俺の後ろにもお団子ヘアーの女子高生から大人のOLさんまで、様々な人たちが並ぶ
順調に商品がなくなっていく中、いよいよ俺の番がきた
「あ、お兄さんラッキーですね!最後の一つですよ!」
「え、本当ですか?」
それは悪いことをした
いや、実際には何も悪いことはないんだけども、後ろで楽しみに待っている人たちを見ると申し訳ない気持ちになる
「はい!1500円です!毎度どうも!」
「おお、結構するな・・・」
さすが限定チョコだ、包装も高級感に溢れてしっかりしてるし、限定のシリアルナンバーまで書かれてる
「後ろで待っているお客様!たいーへん申し訳ありません!只今を持ちまして全て完売となりましたー!どうかよろしければそのまま店内で他の美味しいチョコレートも用意しておりますので、ご検討くださいませ!」
その店員さんの言葉を聞き、並んでいた人たちは残念そうにこの場を去ったり、店内に入っていく
さて、俺もこのまま帰るか・・・とその場を後にしようとした瞬間
ドサッ
と、俺の後ろに並んでいたお団子ヘアーの女子高生が地面に崩れる音が聞こえた
「お、おい姉ちゃん大丈夫k」
「ぢょ゛ごれぇぇぇぇどぉぉぉぉぉうぅぅぅ!!!」
「あ、ありがとうございました〜・・・」
気まずくなった店員さんは、そそくさと店頭販売用のテーブルを片付けて中に入っていく
その女の子は相当チョコレートが好きなのか、そのまま泣き崩れ続けていた