「これで・・・いいんですか?」
「ええ、ありがとう。ごめんなさいね、準備まで手伝ってもらっちゃって」
紗枝が去った後、食堂はいよいよ夕食のための準備で慌ただしくなっていった
まゆちゃんと小梅で、使っていた調理器具の後片付け、途中で響子と美穂も合流した
少し畏まったよそ行きのようなカワイイ格好をしてはいたが
俺は、どうせここまで来たんだからと食材の準備と、鍋用のコンロや食器などを用意。その間に寮母さんが食材の調理を始める
「ここと、ここと、ここでいいよ・・・。今日はあまり人、いないんだ」
「そうなのか?結構人居そうな気がするんだけどな」
「揃って食べるって珍しいんだよ?みんな地方とか収録とかで帰ったり帰らなかったりするから・・・。玄関の名簿もさっき見たけど、あまり帰ってきてなかったし・・・」
小梅が言うように、たしかにここに住んでいるアイドルは少なくない
でも、もう夕食の頃合いなのに部屋の電気は外から見てもまばらだった
まだ学生が多いのに、芸能人は大変そうだな
「うおっ、なんや兄ちゃんめずらしいなぁ」
準備を進めていると、ぼちぼちアイドルが集まってくる
「アレ?零次サンじゃないか。車の音が聞こえたからまさかとは思ってたけどさ」
笑美と涼も食堂に入ってくると、一緒になって手伝い始めてくれた
「っていうか、ここ男子禁制のはずやん。何で兄ちゃんおるん?」
「それがな、色々あったんだよ。ホントに濃かったんだ今日は」
「ふーん・・・なんやそれ、面白そうやな」
そう言って鍋を取り分ける小皿を食堂の棚から人数分取り出しそれぞれのテーブルへと並べていった笑美
その間に涼がコップを取りに行く
「おおっ、零次さん。何故我が神聖なる聖域にその姿を現す」
「濃いな、やっぱり今日は」
蘭子も食堂に現れ、周りの様子から手伝い始めると、俺が作業していたテーブルに小皿が並べられていく
「これ、兄ちゃんの分な。ここのテーブルでいいんか?」
「いや、いやいや俺は帰るよ。男子禁制なんだろ?ここ」
「え?なんや、帰るんかいな」
それはそうだろう、そこまで言われたら
さすがに水を差すわけにはいかないし、それに今日はバレンタインデー前日なんだから聞かれたくない話もあるだろうし
「いいんじゃないのか?ここまで来たらさ」
なぁ?と涼がコップを持ちながら寮母さんに問いかけると、てっきり寮母さんも食べていくとばかり思っていたようで、俺の分まで余分に食器を用意してくれていた
「別にいつもアタシ達と一緒にいるんだし、誰も何も言わないと思うぜ?知らない人ならまだしも、もうみんな顔見知りだろ?」
なぁ?と今度は準備していたメンバーに問い掛ける涼
すると小梅がトコトコと駆け寄り、一緒に食べよ?と俺に使い捨ての割り箸を差し出して恐る恐る尋ねてきた
一瞬考えたが、周りを見渡してみても特に反論する様子もなく、たまたまキッチンにいたまゆちゃんと目が合ったが、微笑んで返してくれた
俺は小梅から割り箸を受け取ると、寮母さんにお世話になりますと伝える
小梅はそれを聞くと、意気揚々と準備に戻っていった
「それにアンタ、こんなご馳走前にして家帰って一人で何食う気だったんだよ」
「いや、それが特に決めてなかったんだわ。カップ麺でもあったかなーとか思ってはいたけど」
バンッ!!と、俺の発言の直後にキッチンの方から何かを叩きつける音と、同時に美穂の短い悲鳴が聞こえたので振り返ると、キッチンの作業台に両手をつき、プルプルと震えている響子の姿があった
「・・・つまり、零次さんは晩御飯を''カップ麺''で済まそうとしていたわけですか?」
少し俯きながら響子は言う
「あ、ああまぁ・・・楽だし別に今日くらいいいかみたいな感じで」
「最近、零次さんはお昼にカップ麺を召し上がっているという情報が入ってきているんですが」
「いやまぁ、楽だし?」
と返事を返した瞬間に響子は俺にスタスタと近づき、胸ぐらを掴み始めた
「食べていってください」
「はい?」
「私が、栄養バランスというものが何なのか、教えて、あげます」
「いや、昔家庭科で習ったし・・・」
「いいから」
「は、はい」
こと家庭的な分野では他のアイドルに引けを取らないと聞いていたがここまでとは
響子の気迫に押されて素直に返事を返すしかなかった
「あらあら、やっぱりあなた達仲がいいのね」
「どこが(ですか!)!」
という寮母さんも加えたやりとりを繰り広げていると、食堂にさっきとは違いキチンと着物を羽織った紗枝が入ってきた
「あ、紗枝・・・ちゃん。もうすぐ、ご飯・・・できるよ?」
「あら、小梅はん。呼んでくださいましたら手伝いましたのに」
「き、今日は、私たちがキッチン使っちゃってた・・・から、紗枝ちゃん、座ってていいよ?」
「いえいえ、お手伝いいたします〜」
さっきの事は気にしていないのだろうか、いつもの様にはんなりした態度で返すと、残っていた食器をとり、俺の脇を通り過ぎようとする
響子も俺から離れキッチンへ戻ると、紗枝がおもむろに俺のそばで立ち止まった
「妹どす」
「は?」
「せやから、妹どす」
突然発せられた言葉に、俺は一瞬理解が追いつかなかった
「さっきまで遊びに来てたんどす。だからさっきのは私やありまへん」
「いや、でもだって」
「妹どす」
「でもお前一人っ子だっt」
「妹どす」
頑なに譲ろうとしない紗枝はそれだけいい残すと、みんなに混ざり最後の準備を手伝い始めた
そのセリフだけ聞いてるとなんかモンスターとかにいそうだよな、イモウトドスって
「あら〜?零次さんやーん」
今度は周子が食堂に入ってきた
・・・が、何なんだその服装は?
下がジーパンに上がジャージ?最近の流行はよくわからん
ーーーーーーーーーー
「零次さん、お肉だけじゃなくて野菜も取ってほら」
「言われてんぞ〜、手本にならなきゃ零次サン」
準備が整い、それぞれのテーブルで順次夕食が始まった
あの後も、収録が終わったみくに智絵里と、ボチボチ他のアイドルも合流し、一つのテーブルに一人鍋奉行を配置するスタイルなのか、このテーブルは響子が仕切っていた
「・・・で、今日は腕とか足とかに沢山包帯を巻いた女の子が同じスタジオにいたにゃ。みくずっとそれが気になっちゃって・・・」
「ふっ・・・、きっとその子は打ち明けられない過去があるかもしれない。みく、そういう時は自然と接してくるまで待ってみるのも手さ。傷に触れる事で余計開いてしまっては元も子もないだろう?」
「きっとその者は、封印されし魔眼の持ち主。叶うのなら、一度手合わせ願いたいっ!あ・・・飛鳥ちゃん、これ美味しそうだよ?」
「あぁ、すまないな蘭子」
「ちょちょちょ待つにゃ飛鳥チャン!袖がつくにゃ!まくってまくって!」
「あ、あぁ・・・!すまない・・・みく」
前にどこかで見たようにオカン猫が子どもたちを仕切り、あっちのテーブルは食が進んでいた
飛鳥は今度のイベントの為に蘭子と打ち合わせがあるようで、今日は寮に泊まるという
「零次さん・・・どうしたの?もしかして、美味しくなかった・・・?」
「ん?あぁいや違う、お前たちはいつもこうなんだなぁって思って見てただけだ。なんでもない」
みくたちの様子をボーっと見ていたら、隣に座っていた小梅がこちらを見上げて心配そうに見つめていた
俺は正面へと視線を戻し、鍋を取り分ける小皿を持って鍋に向き合う
「ふーん・・・」
鍋から出ている湯気越しにやりとりを見ていた涼がポツリとそう呟き、ふと目が合うとこちらを見ながらはにかむ
「・・・どした?野菜食うか?」
「いや、私は豆腐を貰うよ。ごめん、深い意味はないんだ。みんながお邪魔したっていうときも、こんな感じだったのかって思ってさ」
「なんだ、懐かしい話だな」
去年の・・・いつだったか、確かライブがあった、11月の終わり頃だったような
「ここのやつらがやたら楽しそうに話してたからさ、みくも蘭子も響子も美穂も。あと、紗枝たちも行ったんだったっけ?なんだか楽しそうだなーってさ」
「ワイワイガヤガヤしてその夜は騒がしかった。一緒になってアルバムを読んだりゲームしたり」
「私も・・・聞いたよ。フレデリカさんとね、志希さんが話してたの。零次さんには昔、彼女さんがいたって・・・」
「ブフッ!ケホッ・・・!ケホッ・・・!」
へぇ・・・とニヤリ笑う涼と、隣で大人しく話を聴いていたゆかりが軽く吹き出した
「零次サンのカノジョかぁ・・・面白そうな話だな。なぁなぁ、どんな感じの子だったんだよ」
「学生時代の話だぞ、何でそんな食いついてくる」
「周りでそういう浮いた話最近無いんだよ。バンドやってた時はチラホラあったけどさ」
「私も、気になります。どういった方だったんでしょうか?音楽は嗜んでいらっしゃったんでしょうか?遊園地とか映画館とかに一緒に行かれたんですか?今も連絡は取られて・・・」
「あぁ、ホラ!皆さん箸が止まってますよ!早く食べないと!」
響子の号令で食事へと戻っていくメンバー
しかし話の続きが気になるのか、俺に話しかけるチャンスをそれぞれ伺っているようだった
だが、響子の目線が鋭くその動向を監視している
「そういえば小梅、あのゲーム買ったぞ」
「ほんと・・・?どうだった?ゾンビ・・・可愛かった?」
「いや、今日買ったばっかりだから・・・まだやってない」
今時、ゾンビを可愛いと言うのか?
「見て見たいなぁ・・・そうだ、後で・・・やろ?」
「いや、ゲーム機が無いから。やるなら取りに帰らないと」
「そ、そうだよね・・・残念」
しゅん・・・と顔を伏せる小梅になんだか罪悪感を感じ、俺はついその言葉を口走ってしまった
「いや、家まで歩いて5分もかからないから、すぐ取りに帰れるけ・・・ど」
そのセリフを言った瞬間に、俺は気づいてしまう
それがいかに俺の平穏な日常を壊しかねない可能性を秘めているかを
「お家・・・近いの?」
もう遅かった
聞き耳を立てていたのだろうか、小梅のそのセリフにそれはもう見てわかるように食いついてこちらを見ている他のテーブルのメンバーたち
「・・・いや、そうだ!悪い5分じゃないな50分は掛かるわ50ぷ・・・よせ、周子。何やってる、その携帯の画面を見せろ!」
「え〜?有力な情報が手に入ったから共有しよう思ってーん」
「それを''誰と''共有しようとしてるかが問題なんだ!事と次第とメンバーによっちゃあ・・・!ほら、響子どうした!何か言ってやれ!家庭崩壊の危機だぞ!」
最後の望みを掛けてオカン響子に助けを求めるが、響子はスー・・・ッと目線を静かに逸らし、しらたきをすすっていた
「じゃあね〜零次さん。一つお願いがあるんだけど〜」
「・・・なんだ」
すっかりおきつねさんモードに入った周子が、ゆっくりと口を開く
「むふふ〜、あのね〜・・・」