「ねぇいいじゃ〜ん、いいじゃんいいじゃ〜ん」
「ダメだ」
女子寮の玄関先で座って靴を履いていると、その後ろで駄々をこね始める周子
次第に俺に近づき、ご機嫌を取るかのように肩を揉み始める
ここまで騒動を抑えるのが大変だった
周子が言った''零次さんの部屋に行ってみたい''の一言が引き金となり、俺の意見そっちのけで話がどんどんと進んでいっていた
部屋が汚れているかもしれないから掃除しないといけないかもとか、いずれの送迎とかの集合場所にどうかにゃ?などと、何かと理由をつけてついてこようとしていたので
''ゲーム機持ってくるだけなんだから別に誰もいらない''
とキッパリ断り、それに対してもぶーぶー文句が飛び交ったが、何とかゴリ押しして押し通し、夕食は終了した
その時に周子が妙に大人しくなったのが気になったが、こういうことか
「も〜、何が問題なのさ。私たちと零次さんの仲なのに〜」
「問題ありまくりだ。いいか?お前と俺は、アイドルと部外者。そう、''アイドル''と''部外者''なんだ。わかるか?そういうことだ」
「部外者って・・・。もう社員みたいなもんじゃん」
「一般人には変わりない。本当ならここにいる事もマズいのに・・・」
そう言いながら準備を進めていると、肩を揉んでいた周子は、次第に俺の肩から胸にかけてだらんと腕を伸ばして後ろから寄りかかる体勢になり、俺の顔の横ではぁ〜っとため息をついていた
「重い」
「肩揉むの疲れた〜ん」
自分からやり始めたくせに
どかそうとしたら余計に寄り掛かってくる
「疲れたからどこか休める場所にこのまま連れてって〜ん。できれば徒歩5分くらいのとこでー」
「だったら自分の部屋に帰れ」
「いや。紗枝はん恐いんだもん」
それは自業自得だろう
話を聞くと、食堂に現れた際のあの紗枝の服装は周子がコーディネートしたものであったという
そもそもあれをコーディネートと呼んでもいいのだろうか、紗枝は大層お気に召さなかったらしい
「んむぅ〜・・・」
テコでも離れたくないのか、両腕を俺の首に回して、顔を背中に埋めてくる周子だったが、玄関の壁に掛けてある小さな鏡に映った''それ''がよしとはしなかった
「周子はん」
その何気ない一言に込められた恐ろしい程の殺気に、思わず周子がビクッと小さく跳ねるのがわかる
ゆっくりと顔を後ろに向ける周子の表情が丁度鏡で見えない程度まで振り向くと、その背後には鏡越しでも十分に伝わるほどの凄まじい笑顔を浮かべた紗枝がそこに立っていた
「さ、紗枝はん〜?どうしたん〜?お部屋の掃除に行ったんじゃなかった・・・ん?」
「そうなんやけど〜」
と言いながら人差し指を口に当ててコテンと可愛らしく首を横に傾げるが、その物言わせぬ笑顔は保ったままだ
俺の首にまわされた腕の力が少し強くなったのを感じる
「ちょうど、可愛らしい着物が見つかったんよ〜。広げてみるとあらびっくり、ちょっとサイズが大きいやありまへんか〜。きっと家族が間違って送ってきたんやなぁ、見た目はとてもきゅーとやのに、私じゃ着られまへん。困ったなぁ〜困ったなぁ〜思うとったらぐーぜん、そこに丁度いい周子はんがいらっしゃるやないですか」
「いや〜・・・私あんまり着物とか着た事ないからちょっとわからないっていうk」
「さっき''妹''にと〜っても可愛らしい服装をさせてくれたお礼がしたいと思ってましてん。大丈夫や、わからなくても私が着付けて差し上げますえ」
「いや・・・そこまでキッチリやったら着物って簡単に脱げなくなr」
「さ、行きましょ。あんまり零次はんを困らせちゃいけまへんえ?楽しみやなぁ、可愛らしくしてあげます」
「がっ・・・!ぐあっ、あ・・・!」
「これで周子はんも''家族''や」
紗枝は反論も聞かず、周子の着ていたジャージの襟を掴むと、驚くほど強靭な力で俺から引き剥がしズルズルと引きずっていく
そんな荒ぶった行動とは裏腹に、廊下の角に消えていった紗枝の表情は恐ろしく笑顔だった
紗枝だけは怒らせないようにしよう
ーーーーーーーーーー
外にでると、やはり予想通り2月の夜は肌寒く、着ていた上着のファスナーをしっかりと上まで上げる
寮の表玄関を出てすぐの空いているスペースに停めさせてもらっている車に近づいてドアを開け、中から部屋の鍵を取り出す
というか、この鍵を取り出す事自体が久しぶりだ
「うわ、なんだこれ。今度中掃除機かけないとダメだな」
しばらく鍵がある場所をいじってなかったため、その上にゴチャゴチャした小物が散乱しており、よく見てみるとシートとセンターコンソールの間にもゴミが結構溜まっていた
俺じゃない、あいつらが忘れていったり落としていったりした色んなものが散乱している
ヘアピンから始まり、服か帽子の紙タグやらポケットティッシュまである
いつの間にか後ろの席に小物がいくつかまた増えてるし
「まったく・・・」
今度聞いてから少し整理もしないとダメだな
悪態をつきながら外に出てドアを閉めると、同時に女子寮の玄関が開き、誰かが外に出てきた
寒くないようにコートを羽織り、暖かそうな手袋をつけている
「ゆかり?」
「あ、零次さん。偶然ですね」
胸元で寒そうに手を合わせながら、ゆかりはニコッとこちらに向かって微笑む
「なんだ、買い物か?」
「はい、たまたまお部屋の冷蔵庫の飲み物を切らしておりまして、外に買いに行こうかと」
「そっか・・・」
それならと車を出そうかと提案したが、ゆかりはやんわりとそれを断る、近くの自動販売機でいいそうだ
ここらは別に治安が悪いわけでもないし、一人で歩いていけるという
「なら、気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
ゆかりに言い残すと、俺は女子寮を後にして道路へと出た
ポツンと一定間隔で備え付けられている街灯と、その上を張っている一本の細い電線を何気なく眺めながら、誰も歩いていない路地裏を一人、白い息を吐きながらトボトボと歩く
「・・・」
久しぶりだ、ここを歩くのは
あんまり変わらないな、初めてここに来てから
そこの角の小さなスーパー、この時間帯はもう閉まっていてシャッターが降りているが、あまり周りに店がないからよく近所の奥さん達で夕方は賑わう
最初の頃はよく利用していた、弁当が美味いんだ、だからもう6時ごろになると人気なのはすぐ売りきれてしまう
ひな先輩の料理も美味いが、こうして変わらない看板を見ているとまた食べたくなる
「・・・で」
「・・・」
「自販機ならここだ」
俺のその言葉に合わせてピタッと、その人物は足を止めた
「まぁ、零次さん。ありがとうございます。私、気づきませんでした」
「こんな煌々と光ってるのに気づかないときたか」
振り向いてそう言うが、ゆかりは何も言わずさっきと同じような笑顔を浮かべると、自販機の前へと足を向ける
・・・それを見届けると、俺は再び歩き出した
そこの角を曲がると、アパートはすぐそこだ
小さいが意外と作りがしっかりしていて、まずはそのアパートの前に部屋番号が地面に書かれた駐車スペース、それを越えるとアパートに入るための玄関がある
その扉をくぐるとすぐ横に階段、そしてエレベーターがある意外と新しいタイル調の壁がオシャレな3階建てのアパート
その手前には自販機も備え付けられている
さっきのスーパーも合わせて、この辺では買い物には困らないだろう
「・・・で」
「・・・」
「自販機」
俺がそう言いながら後ろ手で自販機を指差すと、その人物はピタッと足を止めた
「まぁ、零次さん。ありがとうございます。先程のところには欲しいものが無くて」
「この先で自販機見つけた事ないから俺はもう知らん。今度はよく飲むのは箱で買って部屋に置いときな、飲みたい分だけ冷蔵庫に入れとけば切れる心配がない。俺もそうしてる」
「そういう方法があるのですね、勉強になります」
「まぁ、俺はあまり帰らないから部屋のは賞味期限が怪しいがな」
俺がそう言いながら後ろを振り返ると、ゆかりはニコッと笑い自販機の前へと足を向けた
それを見届けると、俺は自分のアパートへと足を向ける
・・・まったく
ーーーーーーーーーー
「ふぅ〜・・・」
鍵を開けて中に入ると、いつもとは違う安心感に思わずため息が出る
ここ最近は周りが騒がしいことが多いからかも
靴を脱いで上がると、前に来た時と変わらない、特に目立つものが何もないガランとした室内だった
前に姉さんを泊めたときに開けたお菓子の空き箱がベッド脇のテーブルの上にポツンと残っている
部屋はこう見えて2LDKで、玄関入ってリビングへとつながる廊下、リビングに入る扉の手前に風呂場へと繋がる扉と反対側に一部屋ある、新田ちゃんの部屋に似ている構造だな。俺もこの部屋は使ってない、少しばかり物が置いてあるだけだ
リビングに入るとそこに繋がって奥にもう一部屋、ベッドと小さなテーブルとクローゼットの中に服が入っている引き出し型のプラスチックのクローゼットケース
一応三つ買ったが一つ余っている
「・・・意外とホコリ溜まってるな」
リビングを見回すと、テレビやらテーブルやらキッチンにホコリが溜まっていた
そりゃそうだ、しばらく帰ってなかったもんな
冷蔵庫脇に置いてある箱で買ったオレンジジュースはギリギリ賞味期限が切れていなかった
「・・・少し換気するか」
何だかホコリっぽかったので窓を開け、そして玄関を開けて空気を入れ替えることにした
少し肌寒い冷気が入ってくるが、暖房もつけていない室内と温度がほぼ変わらなかったのでまぁよしとしよう
「はぁ・・・」
部屋は三階にして正解だったかもしれない、空気がよく入ってくるし、新田ちゃんほどではないが防犯効果もある
玄関出てすぐのコンクリートの柵からは下の駐車スペースが見えるし、意外と見晴らしがいい
空気を入れ替えている最中に、柵に腕を乗せてため息をついていると、駐車スペースの影、外壁あたりから街灯に照らされてチラチラこちらを覗く小さな影があった
「・・・あ?」
''それ''は俺を見つけると恐る恐る駐車スペースを横切って近づいてくる
そして俺がいる辺りの真下に来ると、体を震わせながらコートを着た胸元で寒そうに手袋をつけた両手を合わせていた
「・・・」
その人物は何かを俺に訴えるかのようにジッと見つめてくるが、俺は首を横に振って帰るように手で払うようなジェスチャーをする
しかしそこを動く気はないようだ
・・・まったく