リビングのテーブルの上で携帯が小刻みに震えていた
「なんだ?」
「小梅さんからです。''零次さん・・・まだ?''・・・と」
「もう少しだって打っといてくれ」
リビングのテーブル前にちょこんと座っているその人物は言われた通りに俺の携帯を手に取り、トントンと画面をタップしてトークアプリに文字を打ち込んでいった
その間に俺はテレビの前で立ち膝になり、テレビに繋がれたゲーム機のコードやらコンセントを順序よく外していく
外した諸々の物をバッグへと仕舞い込み、最後にコントローラーを入れて準備完了だ
「零次さん、返信しておきました」
「おお、サンキュ」
「ただ・・・」
「何だ」
「返信を返した瞬間、鬼のように返信の嵐なのですが」
おずおずと俺に渡された携帯を受け取って確認すると、ポンポンとテンポよくバイブと同時にトークルームのテキストが更新されていく
「ゆかり・・・」
ルームのテキストを抜粋すると、''なんでゆかりちゃんがいるの・・・?''という小梅本人からの返信に続いて、''あらあら、零次はんも隅におけんなぁ''、''ちょっと何やってるんですか!後でキチンと掃除されていたかゆかりちゃんに聞きますからね!''などと、今はみんな一緒にいるのか小梅のアカウントから好き勝手文章が届きまくっていた
幸いなのは今はそれが寮のメンバーに限定されていることだ
他にバレていたらどうなっていたことか
未央とか奏とか一ノ瀬志希とか
「''もう少しだ''って打てって言っただろ?」
「はい、なので言われた通りに打ち込んだのですが・・・」
トークを遡って確認してみると、そこには確かに俺が言った意味そのままに打ち込まれていたのだが、''もう少しで終わります。今しばらくお待ちいただけますか?''というとてもとても綺麗な言葉に置き換えられてトークが送られていた
「・・・真面目か」
「そんな、これでも最近は皆さんのように砕けた事が出来るようになったんですよ。宿題を学校にいるうちに終わらせたりとか、この前なんて学校が終わってから事務所に来る前にお菓子を買って、事務所に行って食べるなんていうスリリングなこともしました。ああ・・・私ったらなんていけない子なんでしょう・・・」
「そうだな、今に逮捕されるから気をつけろよ」
将来法定速度を永遠に守りそうだなこいつは
とりあえず準備ができたので立ち上がったが、ゆかりはまだ座ったまま、周りをキョロキョロと見回す
「どした?」
「いえ、あの・・・家族以外の男性の部屋に入ったのが初めてなので物珍しく・・・すみません。意外と物がないんだなと」
「あまり帰ってこないからな。家具とか買っても使いどきがない」
「へぇ・・・」
するとゆかりは立ち上がり、リビング周りの物を物色し始めた
テレビからテレビ台、キッチンにまわりコンロから冷蔵庫と、女の子だから気になるのか調理器具なども詳しく見ている
「おいおい、あまりジロジロ見ないでくれよ?さすがに恥ずかしい」
「凄いですね、まるで新品のよう」
「いや新品なんだよそれ。使ってないから」
お玉やフライ返しを手に取って確認するゆかりだったが、冷蔵庫の脇に置かれていた缶ジュースの箱を見つけてしゃがんで確認し始めた
「オレンジジュース・・・」
「ああそれ、賞味期限いつになってる?まだ飲めるかそれ」
「えっと・・・今月で切れるみたいですが」
「ならどうすっかな・・・まだ結構入ってるだろそれ」
しまった、買ったのはいいけど全然飲んでないぞ
部屋の暖房は切ってあったから、そこそこ部屋の温度で冷えてるから大丈夫だが、今月で終わりか
ガレージに持っていくか今度、いや忘れそうだなまた
「あの、零次さん」
「ん?」
「私、好きです。オレンジジュース」
・・・そうか、その手があったか
「それなら、やる。みんなで飲め、それだけあれば一人ずつ配っても大分余るだろ」
「そんな、こんなに沢山。いけません、お金払います」
「いいっていいって持ってけ。どうせ腐らせるだけだったんだから、俺の奢りだ。飯も食わしてもらったしな」
さすがに高校生からお金を取る趣味はない
何だかデジャヴだ、今日は誰かに物をあげることが多い気がする
とにかく、俺はテレビの前から立ち上がりそのジュースの箱を持ってゆかりをキッチンから追い出す
「ほらほらほら、気が済んだらとっとと帰るぞ。そもそもここにいる事が相当マズいんだから、色んな意味で」
下手したら未成年者誘拐でガチで捕まりかねない
ましてやアイドルなんだから変な尾ひれが一つや二つくっついて回るのは目に見えている
しかしゆかりは俺の脇をするっとかわして寝室へと入っていった
「ゆかり」
「・・・」
ゆかりはそのままキョロキョロと周りを見回し始める
俺は仕方なくジュースの箱をゲーム機のバックの隣へ置くと、寝室の電気をつけた
「面白いものなんて何もないって、ほら行くぞ」
そう言う俺の言葉とは裏腹に、ベッドの上に腰掛けるゆかり
俺もその近くの床に座り、ベッドに背中を預ける
「まったく、なんだって今日はそんなにワガママなんだ」
「さぁ、どうしてでしょう?初めてのことばかりで気分が高揚しているからかもしれません。それか、何だか一歩進めたのが嬉しいのかも」
するとゆかりは体を横に倒してベッドに横になり始めた
丁度俺が寄りかかっている後ろにゆかりの顔がくる体勢になる
「皆さん楽しそうに話すんです。今日は零次さんとどこに行ったとか、スイーツを食べに行ったとかカップ麺を一緒に食べたとか」
「カップ麺はきっとあのアグレッシブお嬢様だな」
お嬢様ってカップ麺食べたことないのか?
「だから私も何かしたかった。だから今日は、不真面目です。零次さんの言うことを聞かないワルい子です」
「ワガママお嬢様だ」
「今までも、父と母の言いつけを守り生きてきました。だから、少しでも変わってみたい」
「それがアイドルになった理由か」
「それもありますが、やはり一番は私の''音''をわかってくれたこと」
ゆかりはもぞもぞと動き、後ろから俺の首元へと近づいてくる
「プロデューサーは言ってくれました。私の佇まい、そして音が何よりも素晴らしく、君ならもっと色々な世界を見る事が出来ると。だから、私は挑んでみたくなった、新しい世界に。この人なら信用できると、私のフルートの音を理解してくれたこの人は、決して悪い人ではないと思ったから」
「じゃあ俺は例外だ。梨沙とケンカばかりだし、運転は荒いし、近づかないほうがいいぞ?ほらほら、こんな悪い人の部屋から帰った帰った」
「いいえ。あなたは悪い人ではない」
「なんでそう言い切れる」
「でないと私は、ここでこんな風にはしてません」
後ろでもぞもぞと顔を俺の首元まで近づけてきたような気がする
「あなたは、クリスマスの時の私のフルートを素晴らしいと言ってくれました。今度は是非演奏会にもご招待させていただきます。その時は、会場まで送迎をお願いするかもしれません」
「業務外だ」
「ふふっ。たまには私にも付き合ってくださいね」
そう言うとゆかりは俺のうなじ辺りに、フーッと息を吹きかけてきた
俺は若干しかめっ面のまま振り向くと、ゆかりはその様子を見てクスクスと笑っていた
「お前はまったく・・・」
「フルートを吹く時は、こう言う風に息を吹き込むんですよ?」
そんな事を言いながらまたふふふっとイタズラっぽく笑うと、ゆかりは体を起こして口元にかかっていた髪の毛を手で払いながら、ベッドの上にペタンと座り込んだ
「実は、ここに来たのにはもう一つ理由がありまして」
ゆかりはコートのポケットから、何かを取り出した
それは小さな長方形の形をした厚紙製の白い箱で、可愛らしく青いリボンが巻かれていた
「皆さんの前で渡すのは恥ずかしかったので、一日早いですが。どうぞ、受け取ってください」
両手でその箱を持ち直し、ゆかりは俺の方へとそれを差し出してくる
もう説明が無くても、それが何なのかは想像がついた
「職場の人間以外でこういうのを貰うのは久しぶりだ」
「あら、それでしたら私が久しぶり第一号ですね。恐縮です」
「もっと先に、他に渡したい奴がいるんじゃないのか?いいのか本当に」
「いえ、他にはアイドルの皆さんやプロデューサーや父に渡すくらいなのでそれは明日でも。''友チョコ''や''義理''といったものになるので、本命はそれしかなく、一番最初に渡そうかなと」
「・・・なんて?」
「本命はそれしかないので先にと」
こいつ意味分かって言ってんのか?
「家族や会社の人以外の仲のいい男性が零次さんしかいないので、それが本命になってしまいます。違いますか?」
「・・・そっか、お前がそう思ってんならいいや」
「?」
こいつ、天然なのか考えて物を言ってるのか全然わからないな
ゆかりはキョトンと首を傾げたまま、チョコレートを差し出していた
「じゃあ、貰っとく。ありがとう」
「はい。私の気持ち、確かにお渡ししました」
すると今度は満足そうな顔でニコッと笑う
・・・これがこいつの魅力の一つなのかもしれない
俺はチョコを受け取って立ち上がろうとするが、ゆかりに腕を引かれてベッドに座り込んでしまう
「今度は何だ」
「せっかく二人きりなのですから、もう少しお話を・・・」
そう言いゆかりは俺の方へ近づこうとするが、その時に部屋の電気がわずかにチラつくのが分かった
「なんだ?そろそろ蛍光灯が寿命か・・・今度買いに行かないと」
俺がそう呟いた瞬間、今度はリビングに置いてあったジュースの箱が床に倒れ込む音が聞こえた
あんなに重い物が?
おそらくはゲーム機が入っているカバンが箱の方に向かって倒れたのかもしれない
「・・・」
「・・・ゆかり?」
ゆかりはリビングで倒れたジュースの箱を見つめたまま黙り込んでいた
するとまた部屋の電気がチラつき始める
今度はリビングも同じような現象が起きていた
「あら、どうやら長居しすぎたみたいですね」
そう言うとゆかりは、俺の手を引いて立ち上がる
「そろそろ帰りましょうか。小梅さんたちが待っているみたいですから」
そして自分の携帯を取り出し、画面をタップしてどこかへ連絡を取り始めた
しばらくしてそれが終わったのか、携帯をポケットへしまうと同時に電気のチラつきが無くなり、元の状態へと戻る
なんだったんだ一体
「では、お邪魔しました。零次さん行きましょう」
「ん?ああ」
今度は入ってきた時とは逆に、ゆかりに先導されながら俺は荷物を持ち、部屋を後にする
寮へ向かう途中でゆかりに尋ねてみたが、答えをはぐらかされてばかりだった
''小梅の友人''がどうとかいう話だったが、どういうことだろうか?