ヘイ!タクシー!   作:4m

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RE10

「はぁ・・・はぁ・・・!小梅、大丈夫か?ついてこれるか?」

「うん。大丈夫・・・だよ。ちょっと・・・足が痛い・・・けど」

 

路地裏を抜け、やっと川沿いの大きく開けた場所に来た

しかし状況は変わらず、夜の暗闇に辺りは支配されていて、切れかかった街灯が道を照らす中、街からはサイレンの音が聞こえてくる

 

遠くでは上空に巻き上げられた黒煙が根元のオレンジ色の光に照らされて、夜だというのにハッキリと確認できた

うっすらと漂ってくる焦げくさい臭いが今の状況がただ事ではないということを物語る

 

「どうしよう・・・みんな大丈夫かなぁ。チリジリになっちゃって、私だけこんな・・・」

「大丈夫だ、俺の同僚たちは優秀だから。それにタクシーの運転手なら街の事なら誰よりも詳しい。裏道抜け道なんでもござれだ。案外もう街から離れて、お前の事を待ってるかもしれないぞ」

「うぅ・・・グスッ・・・うぅぅ・・・」

 

ダメだ、14歳の子にはこの状況はあまりにも過酷すぎる

俺でさえこれからどうしたらいいか迷っているのに、その心労は尋常ではないはずだ

川に沿いながら小梅に合わせてゆっくり歩いているが、小梅はずっと下を向いたままだった

 

「・・・!」

 

急に小梅が立ち止まる

 

「どうした・・・、おっ・・・と」

 

堤防の坂を這うように、''それ''は現れた

特徴的なうめくような声、ただれた皮膚、所々が噛みちぎられたように欠損した肉体

しかし''それ''は、普通なら泣き叫ぶような激痛に見舞われるそんな状態でも、手を伸ばして必死に俺たちを捕まえようとする

街で見た光景と何も変わらなかった

 

「なんなのもうっ!もういやぁぁぁ!」

「小梅走れ!」

 

叫ぶ小梅の手首を掴んで必死に駆け抜ける、叫んだ小梅の声につられて、そこかしこにいたそいつらは一斉に立ち上がり、同じように迫ってきていた

 

「もうダメなんだよ・・・!私たちもああなって死んじゃうんだよ!」

「そんなことない!」

「街で沢山見たでしょ!?よく行く喫茶店のオーナーさんもお店の店員さんもみんなみんなみんな・・・!もう''違ってた''!」

「黙って走れ!」

 

そうは言っても、この道は真っ直ぐに街灯が点々と続くだけで、抜け道がない

ランニングコースにはもってこいだろうが今は障害物が多すぎる

 

「・・・?駐車場?」

 

それでも小梅と走っていると、一部で街灯が密集して照らしているスペースがあった

 

「小梅、あれ!」

「あ・・・あそこは!」

 

しばらくその場所に目を向けていると、その駐車場の奥に大きな四角い建物が見え、その外周の電気がチカチカと不定期に点滅している

その手前には沢山の車が密集しており、慌てて出口から出ようとしていたのか、出口付近では沢山の車がぶつかり合って止まっていた

 

「何の建物なんだアレは」

 

建物の屋上付近には看板のようなものが付いているのが見えるが、建物自体の照明が落とされていてよく見えない

しかし、この先の道にはさらに奴らがひしめいており逃げ道がない

俺たちは誘い込まれるようにその建物へと向かうしかなかった

 

「何なんだよこれ・・・何があったんだここで」

 

ぶつかり合っている車たちをよそに、開けた駐車場には何かを引きずり回したような赤黒い跡が大きく描かれており、まるでそれは何かのアートのように地面に広がっていた

それにしては趣味が悪すぎる

 

「ドライバーさん!早くっ!」

「あ、あぁ!くっそ!開かないぞこれ!」

「引いて引いて!いくよ、せーの・・・!」

 

入り口まで何とかたどり着き、背後に迫ってくるうめき声に焦りながら、小梅の号令に合わせて赤い観音開きの扉を開ける

急いで中に入るとすぐさま扉を閉めて、近くに倒れていた壊れた金属製の棚の支柱をドアの取っ手につっこみ、開かないように固定した

 

「よし!これで大丈夫だ・・・はぁ」

「うわぁ・・・」

 

息を整えながら辺りを見回してみる

そこは外と同じように照明が全て落とされており、非常用の誘導灯だけが足元で光って辺りを薄暗く照らしていた

 

「ここは・・・何かの劇場か?目の前にチケットの販売所あるし」

「うん、そうだよ。私と同じ・・・ここに来るかどうかはわからなかったけど、最近できたって聞いた。私も来るのは初めて・・・」

 

小梅の言葉とは裏腹に、''劇場''と呼ぶにはあまりにも凄惨な光景が広がっていた

入り口脇に設置されている物販コーナーのショーケースのガラスは割れており、ファングッズが床に散乱している

その向かいに設置されていた大きなフラワースタンドはいくつかがなぎ倒され、綺麗な花々が見るも無惨に散っていた

 

「今日が初公演だったんだね・・・」

「それなのにこれじゃ、やってられないな」

 

小梅が倒れたフラワースタンドからメッセージボードを手に取って眺めていた

そこには''祝、初公演''とおそらくは書かれていたのだろう、そのメッセージボードも割れてしまっていた

 

「これ、田中製薬会社からだ・・・」

「超大手企業じゃないか、中々やるなこの劇場」

 

小梅にそう返事を返すと、俺はあらためて周りを確認する

この劇場は中々に広く、このエントランスの天井も学校の体育並みに上に大きく、劇場の規模としては中々のものだ

入り口から目の前のチケットの販売所まで赤い絨毯が敷かれ、そこからすぐ左には上へと上がる階段がむき出しになっており、その階段を上がりきると入り口と同じような赤い観音開きのドアが備え付けられており、ここが劇場への入り口となっているのだろう

 

「ドライバーさん、これ・・・」

 

気づくと小梅は俺に向かって小さな紙を差し出していた

それはこの劇場のパンフレットのような数ページの小冊子だった

中にはこの劇場の見取り図が載っていたが、それはゲスト用に作られたもので関係者が使用するエリアに至ってはブラックボックスとなっていた

公演するグループの情報も載っていたみたいだが、その部分は千切れてなくなっていた

夜想なんとかと書いてある気がする

 

「とりあえず、まずは・・・このエントランス、上の扉はどうだ?」

 

階段を上がり、上の扉を開けてみようとするがびくともしない

鍵がかかっているようだ

 

「どうだった・・・?」

「ダメだ、鍵がかかってる。どこかに事務所はないか?」

「それだったら・・・こっちだと思う」

 

すると小梅は、チケットの販売所の右側にある奥へと続く通路を指差す

その通路はその奥で左へと折れ曲がっており、更に奥へと伸びていた

 

「生存者がいるかもな・・・」

 

誘導灯の灯りを頼りに、その通路を小梅と進んでいく

その途中で壁に大きな扉を見つけた

 

「これは・・・''地下倉庫''?」

「でもこれ・・・鍵が・・・」

 

小梅が扉の横にあるパネルのような物を眺めている

それだけは予備電源で動いているのか、パネルのテンキーが薄く光っている

しかしなぜこんなハイテクな仕様になっているのか・・・

 

「・・・解除番号わからないな」

「事務所に行けばわかるかもよ・・・?」

 

とりあえず、これは保留だ。小梅と通路を進む

奥を左に曲がると更に扉があり、それを開くといかにも関係者以外立ち入り禁止と言った事務的な部屋が並ぶ通路へと出てきた

 

「あったよ・・・!事務所」

「おお、本当だ」

 

もしかしたら奴らがいるかもしれない、俺を先頭にゆっくりと扉を開ける

 

「・・・誰もいないみたい」

 

そこは一般的なオフィスといったような仕様になっており、業務用のパソコンが二つ、休憩用なのか、飲み物やお菓子がそのまま置かれていた長机が一つ、そして大きなダルマが乗せられている机が一つあった

 

「それにしても暗いな・・・電気は何とかならないか?」

「あれブレーカーじゃない?」

 

小梅の示す方向を見ると、誘導灯の灯りに照らされて壁の上側に配電盤のような物を見つけた

 

「よくわかったな」

「えへへ・・・夜目はきくほうなんだ」

 

とりあえずその配電盤の一つだけ下がっていたスイッチを上に上げると、部屋の電気が点いた

それに合わせて廊下も電気が次々と点いていく

 

「やったぞ」

「うん」

 

あらためて部屋を確認すると、壁にはアイドルのようなポスターが貼られ、机の上には書類が散乱している

''野球禁止!''と書かれていたよくわからない張り紙もあったため、その辺に落ちていたマジックで上から''ぶっ飛ばせ''と書きなぐっておいた

その下の床には野球用の金属バットが落ちている

 

「使える・・・かもよ?」

「ああ、借りておくか」

 

野球好きなスタッフがいたのだろうか?

とりあえず借りておくことにした

 

「ん?」

 

暗証番号のヒントになるものはないかと探していると、机の上に指示書のようなものを見つけた

 

''指示書''

 

1.最重要項目、CP-01''シヴリン''の輸送

予定の時刻より開始する、時間を厳守されたし

 

2.適合者の捜索、確認され次第報告。選定はそちらに任せる

 

3.最悪のケース''B''発生時の為に、D部隊346名を街に配置予定。

 

4.事態の収集が困難及びD部隊全滅といった状況に対応する為、鎮圧の目的も含め''N''を配置済み

 

 

何を言っているのかまったく理解できなかった

その意味不明な単語に小梅も首を傾げている

 

「どういうことなんだ?」

「うん・・・でもドライバーさん、これ」

 

机の後ろにあったホワイトボードの片隅に、地下倉庫''039''と書かれていた

 

「おお、でかした」

「でもあれ、6ケタだったような気がするよ?」

 

とりあえず確認のために戻ることにした

が、廊下に出た瞬間に、隣の給湯室から何かを叩くような音が聞こえる

 

「何だろう・・・?」

 

恐る恐る近づいてみると、その狭い給湯室には誰もいなく、人が隠れられるような隙間もない

流しと小さな棚と、壁際に配管があるだけだ

 

「・・・配管から?」

 

よく耳を澄ませてみると、一定のリズムで金属音が僅かに聞こえてくるのがわかった

自然に発生しているとは考えにくい、明らかに人の手で発せられているような、そんな打音のような音だった

 

「・・・!」

 

しばらく黙っていた小梅がハッとしたような表情を浮かべる

 

「いる!ドライバーさん!生きてる人いるよ!」

 

小梅が慌てて俺のポケットから劇場のパンフレットを取り出して地図を確認する

 

「ここがこうで・・・こうだから、やっぱり!」

「なんだ?」

「地下倉庫だよ!そこに人がいる!」

 

小梅は給湯室の台所を漁ってのべ棒のような物を取り出すと、同じように一定のリズムで叩き始めた

 

「どうしてそんなことがわかるんだ」

「シッ!」

 

小梅が口に人差し指を当てて俺にそう諭すと、再び配管から打音が聞こえる

 

「そっか、みんな地下に逃げたんだ・・・」

「お前・・・特殊部隊か何かか?」

「前に映画で見たの、叩く回数である程度会話できるんだよ。モールス信号みたいな」

 

続けて小梅がのべ棒で配管をまた別のリズムで叩く

するとそれに応えるかのように配管から何度も打音が聞こえてきた

間違いない、生きている人間がいる

ここのスタッフや出演者達かもしれない

そうしたらとりあえず地下倉庫のシャッターを開けるのが先だな

 

「そしたら一旦引き返しt」

 

そう言いかけた瞬間、廊下から凄まじい轟音と共に土煙が勢いよく流れ込んできた

 

「キャッ!」

「小梅!」

 

咄嗟に俺は小梅を庇うように廊下に背を向けてその土煙と音が止まるのを待つ

 

「な、何・・・?何なの・・・?」

 

怯える小梅を後ろに俺は恐る恐る廊下を覗き込んだ

するとその視線の先、丁度通路の奥の左に折れ曲がるあたりでそれは起こっていた

よく見ると天井に大きな穴が空き、その下で土煙に紛れて''何か''がいるのがわかる

 

「・・・」

 

俺は必死に息を殺しながら様子を見守っていると、徐々に土煙が晴れてその姿が見えてきた

 

「何なんだよアレは・・・」

 

そこには、赤いコートのような物を身にまとい、頭には髪を隠すような黒い帽子、そんな服装をした女性のようなシルエットが見えた

 

「・・・剣と、ケース?」

 

土煙が完全に晴れると、腰には剣のようなもの、そして足元には身の丈ほどもある大きなジェラルミンケースが二つ転がっているのが確認できた

 

「小梅、マジでやばそうだぞ・・・!早いとこ・・・小梅?」

 

俺の影からこっそり覗いていた小梅の顔がみるみるうちに青ざめていくのがわかる

途端に震え出し、俺の服をギュッと握りしめるのがわかった

 

「ああ、マズい・・・」

 

アイツはこちらに気付いているのか、ゆっくりとジェラルミンケースを持ってこちらに向かって歩き出す

 

「小梅、逃げるぞ・・・お、おい!小梅!」

 

小梅は何を考えているのか、勢いよく廊下に飛び出し、アイツの進路を阻むかのように立ち塞がった

 

「私は・・・モルモットじゃない!!」

 

小梅がそう叫ぶと、アイツの歩みが止まる

 

「お前何やってんだ!!す、すいません!何でもなくて!」

 

言葉が通じるかどうかわからないがそう言った瞬間、その問い掛けに答える事なくアイツは右手に持っていたジェラルミンケースを地面に落とす

 

「・・・は?」

 

ガチャンガチャンと物騒な物音を立ててジェラルミンケースが自動で開いていくと、中から映画でしか見たことがないような、これまた物騒な物が顔を出した

 

「ふっっっっっざけんなっ・・・!!!」

 

アイツはそれを片手に持つと、何の躊躇いもなく銃身を回転させ始める

 

「小梅ーーー!!!」

 

俺は小梅を抱き抱えるとすぐさま来た道を引き返す

角を曲がったのと同時に凄まじいモーターの音と衝撃音が聞こえたのと同時に後ろの壁がものの数秒で蜂の巣になるのが見えた

 

直感した、アイツは敵だ

 

「何なんだよあのイカれた女は!!!ゾンビよりもタチ悪い!!」

「なんで・・・なんで''アレ''が・・・。おかしい・・・だってまだ・・・」

「お前付き合う友達くらいちゃんと選べ!!」

 

扉を勢いよく開き電気が点いたエントランスに戻るが、扉が閉まる直前にチラッと見えたアイツのその真紅の眼は、明らかに俺たちに狙いを定めて近づいてきていた

 

「どこか、どこかに逃げ道はないか!?」

 

すると、階段を上がった上の劇場への扉がガタガタと揺れているのがわかった

 

「誰か!誰かいるのか!?」

 

とりあえず小梅をおろし扉へ近づくが、中から聞こえてきたのは、恐ろしい数のうめき声だった

 

「ダメだ!中は奴らだらけd」

 

すると通ってきた道から扉を蹴り破るような音が聞こえた

小梅が悲鳴をあげる

 

「ヤバい逃げるぞ!!あっちだ!あっちの階段だ!」

 

今まで行っていた方とは逆方向、突き当たりの壁に扉があり、その中にはそれぞれの階へ続く階段があるようだ

 

「頼む!開いてて・・・くれ!」

 

幸いにも扉には鍵が掛かっておらず、俺たちは急いで駆け上がる

 

「何で、こんな服装の人たちがここに・・・」

 

しかしその階段の道中では、特殊部隊のような服装に身を包んだ人たちが何人も倒れていた

 

「ダメ!ドライバーさん!どの階も開かない!」

「くっそ・・・!」

 

最後の望みを掛けて屋上の扉のドアノブを回すと、勢いよく扉が開いた

 

「はぁ・・・はぁ・・・なんだこれは、箱?」

 

屋上にはど真ん中にポツンと大きな鉄製の四角い大きな箱

一つの面は中から凄まじい力で開けられたかのようにねじ曲げられていた

 

「おっと、小梅。気をつけろ」

 

入ってきた入り口の脇には、下の階まで続く大きな大穴が空いている

 

「とりあえず、あの箱の影に隠れよう」

「う、うん」

 

そして急いで影に隠れると、案の定扉を蹴破りアイツが入ってくる

 

「どう・・・するの?」

「どうするたって・・・」

 

こっちは金属バット一本だけだ

それなのにあんなガトリングガン持ったイカれたネーちゃん相手にするなんて丸腰も同然だ

どうするか考えていると、俺たちの会話を聞き取ったのか銃身が回転する音が聞こえ始めた

 

「小梅・・・!」

 

いっしょに身を縮めて身構えると、モーター音と共に弾が激しくこの箱に当たる音が聞こえ、本気で俺たちを殺そうとしているのがわかる

しかししばらくするとモーターの音だけが聞こえ始め、銃撃が止んだ。弾切れのようだ

やったかと思ったがその瞬間身を隠していた箱が横に吹き飛んだ

小梅が悲鳴をあげる

 

「このっ・・・!イカれ野郎が!」

 

バットを思いっきり振りかぶり頭に向かって振るが、あっさりかわされそのかぶっていた帽子だけが吹き飛んだ

 

「なっ!んがっ・・・!が・・・!」

「ドライバーさん!!!」

 

すると次の瞬間、持っていたもう片方のジェラルミンケースを地面に置き、そいつに片手で首根っこを掴まれると凄まじい力で持ち上げられ、地面にバットを落としてしまう

薄茶色の編み込んだような髪型に、真紅の眼が特徴的な綺麗な女性なのに、どうしてこんな化け物みたいな力が・・・?

 

よく見たらその真紅の瞳の中でパソコンのウィンドウのようなものが開いたり閉じたりしているのが見えた

こいつ、そもそも人間か?

その時、チラッと駐車場が上から見えたが、そうか・・・''それ''はそういう事だったのか

 

そうしてそいつはしばらく俺を観察すると、途端に俺を地面に降ろした

 

「ゴホッ・・・!ゴホッ・・・!ゴファッ!」

 

地面に手をついてむせかえる俺に間髪入れず腹を蹴り上げて仰向けにされ、そいつが馬乗りになってくる

 

「な、何だお前!!」

 

抵抗するためにそいつの顔を掴みにかかるが、その顔は死人さながらに驚くほど冷たかった

その手を払い除けられ、両手で俺の腕を固定されると、そいつは顔を思いっきり近づけて口を大きく開け、俺の首根っこに思いっきり噛み付いてきた

 

「んがっ!がぁ!あぁぁぁぁぁぁ!!やめろっ!このっ!」

「んく・・・んん・・・ゴクッ、ゴクッ・・・」

 

しかもコイツ、ただ噛みついてるだけじゃない

喉を大きく動かして吸血鬼のように血を飲んでいる

抵抗するがガッチリ噛みつかれ全然身動きがとれない

時折身体をビクッビクッと震わせながら夢中で食らいついていた

意識が朦朧とし始め、俺が抵抗できなくなったのがわかったのか俺の両腕から手を離し、俺の体を少し持ち上げて背中にその両手をまわし始めると、完全にホールドされて地面に再び押さえ込まれるように倒れ込む

もうダメだ・・・と思ったその時、突然そいつの頭に衝撃が走った

 

「はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

その後ろでは、先程俺が落としたバットを手に持って肩で息をしている小梅がいた

そいつは噛み付くのをやめ、口から血を滴り落としながら小梅を見る

 

「小梅!逃げろ!」

 

するとそいつは立ち上がり、地面に置いていたジェラルミンケースを拾って開けると、中から"それ"を取り出した

 

「ロ、ロケットランチャー!?ぐえっ・・・!」

 

俺の方に投げられたジェラルミンケースに押しつぶされ、痛みもあって動けない俺をよそにそいつは小梅に向かってそれを構える

 

「逃げろ!早く!逃げろ逃げるんだ!!」

 

その言葉を聞いて小梅は走るが、そいつはトリガーに力を入れる

 

「ダメだぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ん・・・んん・・・」

 

目が覚めると、窓から朝日が差し込み、リビングを眩しく照らす

どこからか聞こえてくる小鳥のさえずりの数が、何だかいつもとは違う気がする

 

「・・・なんつー夢だ」

 

ひっさびさに酷い夢を見た気がする

もうおぼろげであまり思い出せないが、何かから必死に逃げていたような

 

「んん・・・そうか、俺このまま寝落ちして・・・」

 

段々と意識がハッキリしてきて、記憶が戻ってくる

そうだ、あれだけ帰ると言っておきながら、戻ってきた紗枝や周子も交えて日付が変わるくらいまでプレイしてたんだったっけ

そしていつの間にか床で寝てしまったらしい

テレビもゲームオーバーの画面で止まり、すぐ横のソファーではコントローラーを握っている涼が小梅を抱き抱える形で仲良く眠っていた

 

「ん・・・んん?」

 

とりあえず起きようと体を持ち上げようとするが、ホールドされたかのように動かない

というか、胸の上辺りが重い

 

「・・・どうやったらこうなるんだ」

 

よく見たら、俺の胸を枕にする様に横から頭を預けてスヤスヤと眠っているネコアイドルの姿があった

 

「おい、ちょい起きろ。頭どかしてくれ」

「んにゃ〜ん・・・」

 

んにゃ〜んじゃねーわ

揺すっても頬を軽く叩いてももぞもぞ動くだけで一向に目を覚ましてくれない

もう・・・しょうがないな

 

「よっこいしょっと・・・」

「ぶへっ・・・!」

 

強引に胸の上からみくの頭をどかせると結構な勢いで床に顔を打ち付けたように見えた

 

「ううん・・・、すぴー・・・」

 

が、何事もなくそのまま静かに寝息を立て始めた

 

「今度はこっちか・・・」

 

上半身を起こして確認してみると、足元で俺の左足に抱きつきながら寝ている周子がいた

着物は無事に脱がせてもらったみたいだったが、今度は上はダボっとしたTシャツに下はジャージと何だかだらけきった格好をしてスヤスヤと寝息を立てている

 

「・・・ん、いけるか・・・よいしょっ、いい感じいい感じ」

 

まるでゾンビのように足に抱きついている周子を起こさずに知恵の輪のように足を器用に動かして引き抜いていく

だが足が上半身に掛かるあたりでTシャツに引っかかり、引き抜くたびにどんどんめくれてくる

周子を起こさずに抜くのは至難の技か、もうヘソが見えてしまっている

腕を外そうにもガッチリ掴んでいて離れてくれない

 

「めんどくさい・・・」

 

これはゆっくりやってたらダメだ

俺は覚悟を決めて一気に引き抜くことにした

足に力を入れて手前に一気に引き抜く

 

引き抜いたのはいいんだけど

 

「ヤベ・・・」

 

上手くいったかと思ったが、その反動でTシャツが一気にめくれて、その下に隠れていた大きな二つの膨らみがポロンと出てしまった

しかし、様子がおかしい。布地が一切見当たらない

綺麗な肌色に、薄いピンク色の小さな突起が顔を出していた

なんでこいつ下に何もつけてないんだ!

とにかく俺は極力目を逸らしながらTシャツを下まで下げる

極力手で触れないように何とか元の状態へと戻し、他のメンバーを起こさないように退散しようとすると、突然何かが俺の足を掴んだ

 

「・・・」

「むふふ〜」

 

足元に目をやると、ニヤニヤと憎たらしい笑顔を浮かべながらこちらを見ていた周子がいた

 

「見たね?」

「何を」

「おっぱい」

「わざとじゃないんだ、悪い」

「しゅーこちゃん、ちょー傷ついちゃった」

 

心なしかぴょこんと頭に狐の耳が見えるような気がする

 

「眠いから部屋まで運んで」

「いやだ」

「だっこ」

 

俺の意見なんてつゆ知らず、そう言って寝転がりながら両手をこちらに伸ばしてくる周子

 

「自分で歩け」

「言っちゃうよ?」

「誰に」

「LiPPSのみんなに」

 

背に腹はかえられなかった

周子の両手を引っ張って立たせると、周子はまるでコアラのように正面から抱きついてくる

 

「重い」

「アイドルにそれ言っちゃう〜?」

 

俺は言われるがまま周子を部屋まで運び、そして言われるがまま部屋を掃除させられた挙句、朝食の時間までダベり、今度チョコレートパフェを周子に奢るという流れになってしまった

なんかいいように利用されてるような気がする

だが、背に腹はかえられなかった

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

結局その後朝食までご馳走になり、俺は荷物を片付けて女子寮を後にした

出発の直前に響子たちに呼び止められると、昨日の感想とお礼と、チョコレートを貰ってしまった

普段とは違う恥ずかしそうな態度に、学生時代のような甘酸っぱい感覚がとても懐かしく、俺も若干緊張しながらチョコを受け取った

 

そして会社へと向かうと

 

「あ、零次さん。おはようございます!」

 

事務所に入ると、受付の椅子に千枝と梨沙が座っていた

 

「おお、おはよう。何だ揃いも揃って」

「えっとあの・・・えへへ」

「・・・お前もいたのか。おはよう」

「・・・はよっす」

 

何だかソワソワしている千枝と、肘を立てながらぶっきらぼうに答える梨沙

 

「り、梨沙ちゃん。早く、ほら」

「・・・ふぅ」

 

すると二人は足元に置いてあった鞄から四角いリボンのついた箱を取り出す

千枝は白色、梨沙は黒色の可愛らしいものだった

 

「はい、零次さん。バ・・・バレンタイン!・・・です」

「おお、ありがとう。頂くわ」

「え、えへへ・・・」

「梨沙もサンキュー」

「たまたま材料が余ったのよ。どうせアンタ誰からも貰えなさそうだからあげてもいいかなーって思っただけ、ただそれだけ。それと今こっち見ないで」

 

こっちを見てテレテレとしている千枝とは対照的に、梨沙はあさっての方向を向き顔を合わせてくれない

 

「じゃあ、ありがたく頂くわ」

「あ、零次さんちょっと待って!」

 

俺が自分の机に行き荷物を置くと、千枝がカウンターから身を乗り出して俺にそう言う

 

「こ、ここで問題です!」

「あ、ああ」

「そのチョコレートは''あるもの''を混ぜて食感を変えて作りました。では、その''あるもの''とは何でしょうか!今度、教えてください!」

「二人とも、もう大丈夫?」

 

奥の更衣室からひな先輩が顔を出す

 

「というわけだ、しっかり食べてその宿題の答えを今度教えてやれ。じゃあ、私は二人を送ってくるから」

 

そう言って三人は出て行ってしまった

''あるもの''って何だ?

誰もいなくなった事務所で、俺はさっそくそのチョコレートを口にしてみた

美味しかったが、その甘さは普段飲んでいるコーヒーと同じくらいにまで抑えられていた

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