気がつくと、部屋の時計が12時に差し掛かろうとしていた
午前中は少し寝ていたおかげで大分楽にはなったが、まだ少し熱は残っており、頭もボーッとしたままだ
しかし、今はそれよりも何よりも・・・
「昼飯どうしよ・・・」
普段全然帰らないのが仇となった
念のため見に行ってみるが、冷蔵庫には食材どころか、調味料というものが一切ない
新品で買った当時そのままの綺麗な内装が今でも続いている
あいつらに貰ったチョコレートも、何とか全部食べようと片付けてしまった、車の中にも残ってない
「ほんと、何で今日なんだか」
額に腕を押し当てながら、また自分のベッドに体を預ける
ホワイトデー、一応はお返しのため、買っておいた大量のお菓子がガレージには置いてある
貰ったチョコレートは手作りが多かったが、いかんせん俺はお菓子なんて作れるほど器用じゃない
卯月も愛梨も新田ちゃんも悠貴も千枝も、そして梨沙も
今まで想像したことないくらい、沢山の人からチョコレートを貰った
きっと忙しかっただろうに、わざわざ準備してくれたのだ
こんな状況だ、今はお返しなんていらないとあいつらは言うだろう
しかし、これはけじめだ、男として
あいつらは心意気をくれた、それがどんなものであれ、返してやらなくてはならない
それなのにこのザマか
「・・・あいつらに何て言おう」
未だ額に腕を乗せながら、チラつくのはあいつらのことばかりだ
俺の中で何かが変わり始めてるのか、それとも''仕事''として気にしているだけなのか
頭の中がぐるぐるする・・・そうだ、きっと熱のせいだ
"ピンポーン''
と考え事をかき消すように、インターホンの音が部屋に響く
勧誘か?普段全然帰らないからその可能性はある
しかし、玄関の扉に近づくにつれ聞き覚えのあるエンジンの音が聞こえてきた
鍵を開け、扉を開けるとそれはそれは晴れ渡る空が広がっており、少し視線を落とした先に、見覚えのあるクリーム色の長髪が見えた
「・・・おはようございます」
「はい、おはようございました。で、元気か?」
そこには、ビニール袋を片手にぶら下げて、少し心配そうな様子で話しかけてくるひな先輩がいた
「まぁ・・・ぼちぼち。朝よりは大分マシです」
「ほら」
そう言うのと同時に、手に持っていたビニール袋を俺の顔の前に掲げるように持ち上げる
「いくつか見繕って買ってきた。冷蔵庫に何もないんだろどうせ」
さすが、お見通しのようだ
袋の中にはゼリーやレトルトのおかゆなどの食品、100%のオレンジジュースにスポーツドリンクといった飲み物にアイスと色々なものが入っていて、そのラインナップは何だか手慣れたものを感じる
「実家の子供たちが風邪引いた時も、しっかり食べてしっかり寝たらすぐ良くなった。だからお前もそうしろ。食べやすいものにしておいたから」
「すいません、ありがとうございます」
普段とは違う、何だか少し優しそうな目をしてそう言うひな先輩は何だか・・・
「お母さん・・・」
「おい、誰がおかんだ誰が」
腰に手を当てて途端にいつもの調子に戻るひな先輩だった
ふと目の前のコンクリートの柵から下を覗くと、俺の車の前に停まっているひな先輩の車が見えた
「あれ?今日は''アレ''なんですか」
「ん、ああ。たまには動かしてやらんと、ちょうど点検の時期だったし、今日は外に出る用事もできたから丁度よかった」
「SRの音が聞こえたからひな先輩かなって思いましたけど、''そっち''のSRですか」
ボボボ・・・と程よい低音を響かせている、白いスポーツカー
相手を睨みつけるような鋭いヘッドライトと、後ろに付いている大きなウィングが目立つ
綺麗にまとまっている前、横、後ろのバンパーエアロが少し車高を落としたスタイルと絶妙にマッチしており、それを五本スポークのカッコいいホイールが一層際立たせていた
「てっきり一瞬いつものプリメーラかと思ったんですが、よく地下のスロープから出られましたね」
「まぁ、下擦りはしないからな。っていうかそろそろあそこ掃除しないとダメだぞ。埃だらけだ、姉さんの車も全部」
今度は腕を組んでプリプリ愚痴をこぼすひな先輩だったが、ふと玄関の扉の影にチラチラと視線が動く
「おっと、悪い。それと・・・ほら」
ひな先輩が扉の影に目配せすると同時に、影からひょこっとひな先輩よりさらに小さい''何か''が顔を出す
「えへへ・・・こんにちはっ!零次さん!」
「みりあ・・・お前・・・」
「これが、''外に出る用事''だ」
みりあは扉の影からぴょんっと飛び出ると、興味深々に俺の部屋を覗き込んでくる
「へぇ〜、ここが零次さんのお部屋かぁー。すごーい!広い広ーい!」
「おいおいダメだダメだ。風邪引いてるからまた今度な」
その勢いのまま部屋に入ろうとしてくるが、頭を押さえて引き止めた
「今日、どうしてもこの子だけはお願いできないかと頼まれたから、私が出ることにした。丁度昼休みで昼ご飯買いに行こうとしてたし、現場が遠くなかったからついでに」
「すいません、俺の代わりにわざわざ」
「ねーねー零次さん!はい、これっ!」
そう言うとみりあは、ひな先輩と同じように持っていたビニール袋を俺の顔の前に持ち上げる
「何だこれ」
「零次さんの会社に行くって言ったら事務所にいたみんなから!私と、桃華ちゃんと、ありすちゃんと、それから・・・梨沙ちゃん!」
ニコニコ笑顔で渡してくるそのビニール袋を受け取って中を確認すると、りんごジュースに、桃の天然水、いちごキャンディーに・・・炭酸飲料ときたか
・・・あいつ
とにかく、特に"風邪の時に特別役立つから"というわけではなくそれぞれ好きなものを放り込んだという感じだった
「悪いな、ありがとう。」
「どーいたしましてっ!あのねあのね!早く良くなってねって、私と、それと桃華ちゃんも言ってたよ!ありすちゃんは"あなたがいないとなにかと困ります''って言ってたし、あとね、梨沙ちゃんも''いないよりはいた方がいい''って言ってて、寂しいの?って聞いたら、''まぁ・・・うん。いや、別に''って言ってて・・・あっ!これ内緒だったんだ!」
俺はみりあ達からの差し入れを受け取ると、みりあはおそらく今日の朝のやりとりを子どものように早口で説明し始める
ひな先輩は隣でそれを見守るように静かに見ていた
「それじゃ、私たちはもう行くぞ。しっかり体を休めろ。私一人じゃ、あの子達に対応しきれない」
「すいません、本当にありがとうございます。それと、みりあ」
「なーに?」
俺はしゃがみ込んでみりあと同じ目線で向かい合った
「ここの場所はくれぐれも内緒にしてくれ。いいか、''くれぐれも''だぞ。特に一ノ瀬志希とか未央とかそこらへんのメンバーには''特に''だ、頼む」
「うん!わかったよっ!大丈夫、みりあ口は固いんだから!だってお姉ちゃんだもん!」
「そうか、それなら安心だ」
胸の前でグッと握り拳を作り、自信満々の顔でそう答えるみりあだった
俺の中で比較的''一般''に属するみりあなら何とか大丈夫かもしれない
「あと、みんなにもありがとうと伝えておいてくれ。桃華とかありすとか、梨沙にもな」
「うん!あー、ほらほら零次さん。風邪がもっと悪くなっちゃうから早くお家に入って入ってっ!私たちもう行くね!」
そう言ってグイグイと俺の体を両手で中へと押しはじめるみりあに、俺は立ち上がって玄関先の廊下まで戻る
それを確認すると、みりあは満足げに両手を腰に当てて頷いていた
「わかったわかった、じゃあな。ひな先輩のS14に乗れる機会なんて中々ないから楽しんで帰れ」
「ひなさんの車すごいんだよー!みりあ初めて右に乗ったのっ!中にはちっちゃいメーターが沢山ついてて、それでね!」
帰ると言った矢先にいつものように次から次へと話が飛び出そうとしていたみりあの肩をひな先輩が軽くポンポンと叩くと、ごめんなさーいとみりあはバツが悪そうに頭の後ろに軽く手を置いた
「じゃあ、またな」
「バイバーイ零次さん!」
今度はそれだけ言い残すと、パタンと扉を閉じて二人は行ってしまった
嘘みたいに静まり返った室内で、俺は改めて貰った袋の中を確認する
するとみりあが渡してきた袋の中に小さな紙のようなものが入っていた
「・・・ふん。あいつら」
そこには美城プロのロゴが入ったメモ用紙を一枚ちぎったものに可愛らしい文字で、''いつかご馳走していただいたときのお返しですわ。お大事に''と書かれていたものと、''これでも飲んでサッサと治しなさい''と書きなぐったような文字の文章のすぐ下に''お子ちゃまドライバーへ''と書かれたものがそれぞれ入っていた
ひな先輩の車のエンジン音が離れていくのを聞きながら、俺は部屋の中へと戻る
みりあに会った後なのか、何だか部屋の中が少し静かに感じた
ーーーーーーーーーー
「・・・」ポリポリ
「さぁ、白状してもらうよ・・・ゆかりん!」
レッスン後、シンデレラプロジェクトの事務所に戻ろうとしていた私としぶりんとしまむーは、廊下の休憩スペースで勉強していたゆかりんを発見した
そういえばゆかりんも女子寮に住んでいるため、レイさんの家のことなら何か知っているかもしれない
「ゆかりん、あなたをここに呼んだのは他でも無い」
「知りません」
「この前レイさんが女子寮にお邪魔してみんなでゲームをしていたという噂を聞いた私こと未央ちゃんは!」
「知りません」
「ゆかりんならばと何か情報を求めここに招待したというわけなのである!」
「知りません」
私が右に左に動きながらゆかりんに話しかけるが、ゆかりんは事務所のソファーに座ったまま顔を一切動かさず私がおやつに買ってきたチップスをポリポリと口に運んでいた
期間限定のやつだった、しかし何かを得るためにはそれなりの対価を支払わなければ
期間限定のやつだった
「み、未央ちゃん。ゆかりちゃんも知らないって言ってますし・・・」
「はい、私は何も知りません。確かに零次さんはあの夜女子寮に上がり、皆さんで楽しくテレビゲームをさせていただきました。しかし、それ以上は何もありません。私もその時少し外出しましたがそれは自販機で飲み物を買いに行くため。皆さんに聞いても同じ返答が得られると思いますが?」
ゆかりんはそう言うと、ここぞといわんばかりに携帯の画面を見せてきた
そこには女子寮のリビングで零次さんを交え複数人のメンバーで楽しそうにゲームをしている様子が写っている
そしてゆかりんの言う通り、テーブルの上にはそれぞれの目の前に飲み物が
「ご覧の通りです、せっかくなのでみなさまの分もと。さて、私はこれから撮影がありますので失礼させていただきます。お菓子、大変美味しゅうございました」
やっぱり、ただみんなで楽しく遊んだだけなのか・・・
そう諦めかけたその時、しぶりんが動いた
「・・・ん?」
しぶりんが何かに気づく
ちょっと待ってと携帯をしまおうとしたゆかりんの手を取り、再度その写真を確認し始める
「ですから、何もおかしなところはないと」
「この飲み物って自販機で買ってきたんだよね?」
「はい、零次さんはオレンジジュースが好きだとおっしゃっていましたので丁度よかったです。その自販機にはジュースと呼べるものがそれくらいしか・・・」
「いや、そうじゃなくて」
しぶりんがジッと見つめていたのは、リビングの中央に置いてあるテーブルだった
その足の付近にある小さなダンボールに書いてある文字が気になるのか、小声で確認している
「ほら、やっぱり」
「なんかあったんしぶりん?」
「このダンボール、みんなが持ってるジュースと同じロゴだよ」
しぶりんがそう呟いた瞬間、ゆかりんの表情が少し歪んだのがわかった
「偶然にしては出来すぎてるよね。ダンボールのまま売ってる自販機なんて見たことないし」
「・・・すいません、間違えました。あの時は開いていたお店に買いに行ったのでした。私としたことがあの時は皆さんで楽しんだゲームの印象がとても強くそのことばかり頭に浮かんで」
「この時間にあの辺りで開いてるお店なんてないはずだよ。時間だってほら」
しぶりんは写真が表示されている画面をタッチすると、画面の上側に撮影した日時が表示される
確かにその時間帯の前後に外出したとすれば、しぶりんが言ったことの筋が通っている
「わざわざそんなお店が開いてるところまで遠出するわけないし、それに・・・零次さんはオレンジジュースが好きだって言ってたよね」
「・・・はい。そう言いましたが?」
「だとしたらこれ、零次さんから貰ってきたんじゃない?家にでも行って。ガレージは女子寮と反対方向だし」
「いえ、そんなことは。零次さんの家はあそこから50分は掛かると」
「そんなに遠くに住んでるわけないよね。呼んだらすぐ来るんだよあの人」
「それはいつもはガレージにいるから・・・」
「そうじゃなくても普通職場の近くに住むよね。私みたいな家族と住んでる学生なら遠距離通勤もわかるけど、零次さん一人暮らしみたいだし。それにこれ」
しぶりんは画面をズームしてテレビの前に置いてあるゲーム機を拡大する
「ゲーム機持ってる人なんて今女子寮にいないよね。これどうしたの?」
「そ、それは。ご飯を食べた後零次さんがお家に取りに戻って・・・」
「片道50分かかるのに?こんな夜中に」
「はっ・・・」
しぶりん凄い・・・あれだけ動かなかったゆかりんの視線が右へ左へ、誤魔化すように視線を外しながらチップスをポリポリ食べ続けてる
「やっぱり女子寮から近いんだ、零次さんの家」
「私は何も知りません」
「ゆかりん、もう楽になっちゃいなよ。ネタはどんどん上がってて・・・」
その瞬間ゆかりんは、しぶりんと一緒に携帯を覗き込んでいた私の首元に向かってフーッと息を吹きかけた
「ひゃあん!!」
「ちょっ、未央」
私が驚いて飛び上がるのと同時に、しぶりんも反発する様に離れる
その瞬間にゆかりんは素早く携帯をしまい、持っていたチップスの袋をしまむーへと渡した
「では、私は撮影に。お菓子、ごちそうさまでした」
「ゆ、ゆかりーん!!」
そうするとゆかりんはそそくさと出入り口の扉を開けて廊下へと出て行ってしまった
スタスタスタと半分走っていくような足音が廊下から聞こえ、急いでこの現場から離れようとしているのがわかる
「い、行ってしまいました・・・」
「ゆかりーん!!カムバーック!!」
「・・・ふーん」
しぶりんは腕を組んで何かを考え、しまむーは渡されたチップスの袋を覗き込み中を確認すると、一枚取って口へと運んでいた
だが、ヒントは得た。やはり女子寮組は何かを知っている可能性が高い
まだまだ情報が足りない、もっと策を練らなければ