「いやぁ、急な話で悪かった。どうしても君に会いたいという人がいてね」
「あ、いえ。決して忙しいというわけではなかったので・・・」
企業訪問が終わり、時計が11時を回る頃、久しぶりに乗る助手席の感覚に、なんだかいつも自分で車を運転してる為違和感を覚えながら、俺は美城プロさんの車に乗せられて美城プロダクションへ向かっていた
会社を出て行く直前、姉さんも行きたいと駄々をこねていたが、まだ仕事があるとひな先輩に引き止められ渋々工場へと戻っていった
職業柄、車に乗ると耳や体でその車の状態を確認してしまう
あ、いま少し足廻りからコトッていったな
今度工場に入ってきたら見てみないと
「ねーねーお兄さん!」
ぼーっとしながら車の状態に思考を巡らしていると、助手席の後ろから唐突に話しかけられた
彼女の名前は姫川友紀さん、野球が大好きなアイドルだそうだ
なんでもあの有名な球団、キャッツの試合の始球式までこなしたことがあるという
「お兄さんって、何者?」
「何者って言われても・・・」
姫川さんが運転席と助手席の間から少しだけ顔を出し、こちらを覗き込むようにそう聞いてきた
その顔は興味深々と言わんばかりに輝き、まるで子どものようだ
「こらこら友紀、そんな突然に」
「だって気になるじゃん!美城専務もあんな風に言ってさ。紗枝ちゃんも気になるよね!」
「ええ、確かに気になりますなぁ」
小早川さんが窓枠を人差し指でサッと撫でる
「あの短時間で車の中をここまで綺麗にできる腕前、只者じゃありまへん」
「そっち!?いやすごい綺麗だけどさ!」
「すまなかったなぁ、汚かっただろう?この車」
「ああ、いやいや」
確かに、車の中から色々な物が発掘された
飴玉の包み紙、ガチャポンの空き容器、空の化粧水の瓶など、他にも窓には沢山の汚れが目立ち、シートには長さが様々な髪の毛というように日頃様々な人がこの車を利用していることが見て取れた
姉さんの話では346プロに所属しているアイドルの数は100人を優に超えており、それぞれが個性を武器に様々な舞台で活躍しているらしい
「で、お兄さんは一体何者なんですか?」
それまで口を閉じていた幸子ちゃんが、おもむろに俺に向かって問い掛ける
「俺は、ただの会社員だよ」
「ボク達を助けてくれたのに?」
「おい、幸子まで。すまんなぁ兄さん」
「いえ、ただ・・・」
俺は前に視線を戻して答える
「あなたたちが歌って踊って、沢山面白い物を見せてくれてるこれからを、あんなやつに邪魔されたくなかっただけ。というか、あいつが気に食わなかった」
そう言うと、姫川さんはニヤッとした表情で言う
「へぇ、中々面白いこと言うね兄さん。てっきり下心でもあるのかと思ったけど」
「さすが''ヒーロー''さんやわぁ、美城専務がこだわる理由もわかる気がします」
小早川さんの言い回しに若干引っかかる
「ヒーローって、どういうこと?」
「あ、ああ!ほら皆さんそろそろ着きますよ!降りる準備をしないと!」
幸子ちゃんの言葉にクスクスと笑うプロデューサーを不思議に思いながら前に視線を戻すと、車はいつの間にか美城プロダクションへ到着し、巨大な正門をくぐり抜けていた
いつかに来た巨大な正面玄関は相変わらずの存在感を放ち、そのおとぎ話に出てくるような風貌は見た者を圧倒させている
その側を通り抜け、車は地下駐車場へと入っていく
周りには何台もの社用車、個人の車、使われていないのか端っこでブルーシートがかぶせられている物など様々で、その一角に車が止められた
「よいしょっと!あー、お昼が終わったらレッスンだっけ?」
「ええ、その後雑誌の取材。その次はテレビ局まで行って公開インタビューどす〜」
「ああ、昼一でレッスンルームに向かってくれ。その間に必要な物用意しておくから。それと、夕方に局に着いたらすぐメイクさん呼んでくれ」
みんな車から降りると歩きながらすぐ打ち合わせが始まった
プロデューサーが手帳を開き、今後の予定に間違いはないか照らし合わせている
俺はしみじみ、別の会社に来たんだなと思い知らされていた
「ああ、いきなり申し訳ないね。俺たちの後についてきてくれないか?」
「あ、はい。わかりました」
俺は大人しくプロデューサーとその後ろにKBYD、その後から静かについていく
壁際のスロープを登り、エレベーターに乗り込む、エレベーターもアウトレットモールやマンションにあるようなデジタルで階数が表示されるものではなく、アナログに針で階数がわかるものになっていた
「今日はベテトレさんらしいですね」
「え゛、マジ!?ただでさえ最近体が硬いのに・・・」
「まぁまぁ、PCSの方たちとご一緒みたいやから、不甲斐ないところみせんようにがんばりまへんと」
なんだかよくわからないけど、仕事の話?が繰り広げられているのも束の間、エレベーターの針が止まり扉が開かれると、一番最初に目に飛び込んできたのは、おとぎ話に出てくるお城に飾られているような大きなシャンデリア
中央から上に伸びる大きな階段があり、それが途中から左右に分かれ、上の階に繋がっている
壁には天井から床まで大きく伸びるポスター
おそらく描かれているのはアイドルの人達なのだろう、眩しい笑顔で俺たちを迎えてくれていた
壁際には休憩スペースのようなものがあり、テーブルとソファが置かれ、今もお団子ヘアーのふわっとした女の子と、いかにも元気バクハツ!って感じの女の子が談笑している
「次は別スタジオでの撮影です。正面に車をまわしてあるので、それに乗ってください」
「りょうかーい、しぶりーん!早く早く!」
「未央、そんな急がなくても大丈夫だから」
ホールでは、屈強な見た目の男が指示を出し、短髪の女の子と、長髪の女の子が慌ただしく玄関から出ていった
それだけに限らず、周りの至るところでは、携帯電話を片手に早足で歩く者、テーブルに座りパソコンを開く者、沢山の書類を抱えてエレベーターに乗り込む者など多種に渡り、改めて大企業であることが窺える
「いらっしゃいませ」
突然かけられた言葉にハッと我に帰る
周りを見ながら歩いていたら、いつの間にかフロントまでたどり着いていたみたいだ
二人の女性が俺に話しかけてきた
「青葉自動車工業からのお客様だ。美城専務に連絡をお願いしたい」
「お待ちしておりました」
そう言うと女性は一枚の紙と、ネームプレートを差し出す
「では、こちらの入館証明書にサインをお願いします。その後にこちらのネームを首に掛けてお待ち下さい。すぐに案内の者をお呼びします」
俺は言われるがままに証明書にサインし、ネームを首から下げる
それを小早川さんが興味津々に見ていた
「へぇ〜・・・北崎はんっていう方なんどすなぁ。みなさんがれいじはんとおっしゃっておりましたから、本当のお名前が気になっていたんどす〜」
「ごめんね、申し遅れました。北崎零次っていいます。よろしくね」
「ええ、よろしくおたのもうします〜」
今になってお互いに挨拶をかわす
そうこうしているうちに案内役と思われる女性がフロントに現れ、ついてくるように促される
「じゃあ、よろしくお願いします。お前たちも昼までにある程度取材の準備と、インタビューの打ち合わせをしておいてくれ、俺は別の現場に行く」
「はーい!じゃあまたね!おにーさん!」
「それでは、またの機会に〜」
「今日はお世話になりました!これからもカワイイボクをよろしくお願いしますね!」
それぞれの挨拶に頭を下げると、彼女たちは別館へと続く渡り廊下まで歩いてゆき、去り際にこちらに手を振ってくれた
「では、北崎様。こちらへ」
案内役の女性に別の渡り廊下の方に手をかざされてそう言われる
どうやら彼女たちとは反対方向に目的地はあるみたいだ
俺は指示された方向へついていく
「専務はオフィスビルでお待ちです。少々歩くことになりますので、ご了承ください」
「ああ、いえいえ」
返事を返すとそのまま女性と共に無言で渡り廊下を歩く
左右に視線を向けると中庭が広がっており、沢山の木々と綺麗に舗装された道、しかしそこかしこに芝生も広がっている
今もシートを広げ、バケットからお菓子を取り出して談笑する女の子達や、道に設置されているベンチに座りギターを引く者などそれぞれが思い思いに楽しんでいた
「ここって、一体どんな会社なんですか?」
気になったので女性に聞いてみた
「美城プロダクションはアイドルだけではなく、俳優や歌手、モデルなど活動は多種多様に渡っている芸能プロダクションになります。この社屋の外観も、テレビや映画などの映像コンテンツも手掛けているため、撮影用の施設として利用されることもあります」
渡り廊下を抜けると、フロントがあった本館とは異なり、一般的なビルの内装にガラッと変わる
しかし規模はとても大きく、乗り込んだエレベーターに表示されている階数はなんと30階
女性は27階を押す
本館のエレベーターとは違い、一般的な物と同じようにデジタルで階数が表示されていた
「アイドル部門は設立されてまだ3年程しか経っていませんが、シンデレラプロジェクトを初めとする様々なグループは目まぐるしい成果をあげ、他の部門からも注目が集まっています」
エレベーターのモーター音と共に女性は説明を続ける
「これからお会いする美城専務は、そんなアイドル部門をまとめ上げる統括重役となります。最近まではニューヨークにある美城の関連会社に出向しておりました」
モーター音が徐々に弱まり、27階でデジタル表示が止まった
重々しく開くドアに、少しずつ緊張が高まっていく
女性に続いて歩く中、やはり疑問が浮かんでくる
そんなお偉いさんが、一体俺に何の用なのだろう
「北崎様、こちらです」
女性がある扉の前で足を止め、俺もそれに続いて止まった
他の一般的なオフィスと違い、その扉はいかにも高級そうな雰囲気を醸し出し、目の前にそびえ立っていた
騒がしいホールとは違い、全く周りの音がしない廊下は、妙な緊張感をもたらす
「ここから先は直接、美城専務にお伺いしたほうがよろしいかと」
そう言うと女性は、扉をノックした
「どうぞ」
中からキリッとした女性の声が聞こえ、それに合わせて扉が開かれた
目の前に、パソコンに隠れ顔は見えないが、ピシッとしたスーツを着た、いかにもバリバリのキャリアウーマンといったオーラを纏った女性がパソコンの画面とにらめっこしながら仕事をしていた
「失礼します。美城専務、青葉自動車工業の北崎様をお連れいたしました」
「ご苦労だった」
部屋に入り、案内役の女性が頭を下げると、それにつられて俺も無言で頭を下げた
「君は仕事に戻りたまえ。後は私が」
「はい。では、失礼いたします」
専務の言葉に合わせ、その女性はもう一度お辞儀をすると、速やかに部屋から出ていく
少し心細かったが、すでにその専務との緊張感でそんなことを考える余裕がなかった
「いきなり呼び出してしまって申し訳ない」
専務はそう言うと、椅子から立ち上がりこちらに向かって歩いてきた
その風貌はさっき予想した通りキャリアウーマンそのもので、身長も高く、整った顔立ちをしており、まさに美人というものを絵に描いたような出立をしていた
「私がアイドル事業部統括重役の美城だ。役職は"専務"となっている。以後、よろしく」
「あ、はい。よろしく・・・お願いします」
専務が頭を下げたので、こっちも頭を下げる
どうやら、こちらのことは仕事相手として見ていてくれてるようだ
「立ち話も何だ。どうか、そこに掛けて欲しい」
「・・・すいません、失礼します」
まるで就職の面接に来たみたいだ
俺は言われるがまま、その場のソファに腰掛けた
高級なソファに体を包まれ、少しだけ安心感が生まれる
「コーヒーでいいか?」
「え?あ、そんなお構いなく・・・」
俺の言葉を聞き流し、専務はコーヒーを2杯入れ、俺の前に一つ持ってきた
自分はテーブルを挟み俺の向かいに座り、コーヒーを目の前のテーブルに置く
「仕事は大丈夫だったか?もし穴が空いてしまったのなら、私たちがその分を立て替えよう」
「いやいや、大丈夫!大丈夫です!ちょうどキリのいいところで終わらせてきましたし、そんなお気遣いは・・・!」
「そうか、ならよかった」
そう言うと専務はコーヒーを一口飲んだ
この人、見た目はアレだけど、意外といい人なんじゃないか?
ちゃんと気を使ってくれるし、細かいところに目を向けてくれる
「では、本題に入ろう。君をここに呼んだ理由だ」
コーヒーをテーブルに置き、俺の目を真っ直ぐに見る
「単刀直入に結論を言わせてもらう」
専務の目が、一瞬で鋭くなった
「私たちは、君をスカウトしたい」