「ねぇ、このグレーのスウェット着てもいい?」
「いいけど、大きすぎやしないか?」
「でも・・・これしかなさそうよ?」
奏は寝室のクローゼットからスウェットの上着を取り出し、自分の体に重ねてベッドに座る俺の方を向く
そのまま顔を下に向けて、自分の体に重ねたスウェットを確認すると、キョトンと顔を少し傾けてこちらを見つめていた
「それならしょうがないか、今から開いてる店探すっていうのも・・・、変なにおいしないか?仕舞いっぱなしだったし」
「いいわよ、そこまでしなくても。・・・うん、全身が隠れて暖かいから丁度いいわ。それに」
そう言いながら奏は持っていたスウェットにスンスンと少し顔を近づける
「大丈夫よ。あなたのにおいがするわ」
「それ大丈夫って言っていいのか?良いのか悪いのか分からんわ」
「いつも一緒にいるじゃない。だから嫌なにおいじゃないわ」
すると奏はクローゼットへと向き直って、残りの下部分を取り出した
「じゅあ悪いけど、シャワーをお借りするわ。あなたはゆっくりしててね」
それだけ言うと、奏はスウェットの上下一式を抱えて廊下へと歩いていく
お風呂場の扉が閉まる音が聞こえると同時に、俺はキッチンへと足を運ぶのだった
『うおぉぉぉぉっ!いっけぇぇぇー!・・・ダメだ!どうしても上手くいかないっ!』
いつの間にかテレビで始まっていた懐かしいアニメを流し目で見ながら、キッチンに置いてあるスポンジを手に取るのだった
そしてスポンジに洗剤をかけると、蛇口を捻って水を出し、シンクの中に置いてある食器を洗い始める
それとほぼ同時に、壁を挟んだ隣の風呂場から、水が不定期なリズムで床に落ちる音が聞こえて来た
やはり、不思議な感覚だ。他の誰かが自分の家にいるというのは
それも女性、女子高生ときたもんだ
最近の女の子はここまで大胆なのだろうか
『フンフンフフーン』
そんな俺の考えなど知ってか知らずか、風呂場からは陽気な鼻歌が聞こえてくる
ーーーーーーーーーー
「やっぱり、こう・・・あーんとかしたりするのかな!ひゃーっ!」
「しかし、やはりそう決めつけるのはいささか早とちりしすぎではないかい?たまたま知り合いがこの近くに居たりとかしたのかもしれないよ?」
「絶対違うよ!あのお買い物の中身はお鍋だったもん!飛鳥ちゃんお料理したことある?」
「いや、あまり経験がある方ではないが・・・」
「お鍋ってね、野菜とかが柔らかくなるから凄く消化に良いんだよ!だから、風邪引いた人とかに凄くピッタリなの!」
「そうか・・・それは知らなかった、うどんのイメージが結構強かったから・・・」
「そしてよく煮込んで、二人でゆっくり・・・、きっと零次さんは弱ってるから奏さんがこう、ふーふーって・・・ひぃぃぃん!」
興奮冷め止まぬ様子で、蘭子はテーブルを挟んだ向こう側でベッドの上にペタンと座り込み、その想像力を普段とは別の方向へと爆発させて自分自身を抱きしめながら悶えていた
ボクはそんな蘭子を見ながらロールケーキを一口いただく
「しかし・・・それが本当なら、奏さんは中々やるな。みんなを出し抜くとは」
「うん。今日はみんな零次さんのこと心配してたもんね・・・」
蘭子の言う通り、今日は一日ボク達を含め周りのみんなの中でも零次さんの話題が尽きることは無かった
何やら看病の件で女子寮の何人かが凛さんや加蓮さん達に事情聴取を受けたようだが上手く立ち回ったようだ
大人の人たちも''あまり深く詮索はしないように''と言っていたが、そんな大人達も零次さんのことは色々と気にかけていたようだし
「でも・・・」
「うん?」
あれだけはしゃいでいた蘭子が急に大人しくなり、両手を膝の上で組みながらモジモジし始めた
「これだけ女の子が会いたいって言ってるのにダメダメって言われるってことは・・・、零次さんもしかして・・・好きな人がいたりするのかな?」
「それは・・・どうなんだろうか?昔彼女はいたらしいが・・・」
「だって、川島さんとか和久井さんとかも声かけてたのに、来るなーだよ?絶対そうだよ!絶対絶対!きゃーっ!」
大人しくなったと思ったら、再びテンションが上がり始め、乙女モード全開になっていく蘭子
頬に両手を当て、恥ずかしそうに顔を左右に振る
「だとしたら、ボクたちに付き合ったりはしないんじゃないか?ほら、周子さんや夕美さんと二人でスイーツを食べに行ったりしていたそうじゃないか
346カフェではよく愛梨さんと昼食を取ったりしているのも見かけたし」
「それなら、私たちの誰かなのかな!カモフラージュのためにそうしてるとか!梨沙ちゃんたちとも仲良くしてるみたいだし!」
「あれは単にケンカしてるだけじゃないのかい?まぁ、ボクたちは恋愛禁止と言われてるわけじゃないが・・・」
「でしょでしょ!?''歳の差''なんて些細な問題ってよく言われてるし!」
「そ、それはそうだが・・・」
子どもたちに振り回されてるのはよく見るが、それはただ遊びに付き合ってるだけなのではなかろうか
まぁ、その中に零次さんの事を好きな子がいれば話は少し変わってくるが
「飛鳥ちゃんはどう?」
「ボクかい?ボクには心に決めた人はまだ・・・」
「違う違うよ!零次さんの好きな人が飛鳥ちゃんだったら!」
「え、えぇ?ボクかい?それは・・・好きだと言われるのはうれしいが、まだ・・・それは、な。いや、零次さんの事が嫌いだというわけじゃないが・・・よ、よくわからない。ら、蘭子はどうなんだ!」
「へ?」
「もし好きな人が蘭子だったらさ」
「ふへぇぇぇ!?わ、私!?そうだったら・・・二人で手を繋いでデートしたり、助手席に乗せてくれたり、後は二人でお泊まりした時にはベッドの中で・・・」
「お、おい蘭子」
「朝までギューッて抱きしめられながら寝たりするのかな!いやーんっ!天使の祝福を・・・!」
・・・将来、蘭子に言い寄る男が現れる前に色々教えておいた方が良さそうだ、危なっかしすぎる
とにかく、この恋バナが長く続くのを覚悟しながら、ボクはコップの中に入っているオレンジジュースを一口飲むのだった
ーーーーーーーーーー
「ありがとう、良いお湯だったわ」
「ああ。・・・やっぱりそれデカかったな」
「いえ、結構動けるわよこれ。やっぱり暖かかったし、どう?可愛い?」
首にタオルを掛けながらリビングへ戻ってきた奏は、俺とキッチンを挟んで向かい合い、両手を広げて少し左右に揺れながらニコッと笑って俺にアピールしてくる
「・・・ああ」
「聞こえないわ。もっと大きい声で」
「夜なんだからこれくらいの大きさでいい」
「まったく、つれないわね」
奏はそう言うと首に掛けてあるタオルを手に取り、自分の顔面を拭いながらリビングの床に座り込んだ
着ているスウェットがやはりダボっとしているが、それでも様になっているのは流石アイドルといったところである
「ってあなた、洗い物なら後で私がやろうと思ってたのに」
「これくらいもう大丈夫だ。ほら、自分で買ってきたアイスでもお食べなさいな」
「それならいいけど・・・その前にドライヤー貸してくれない?お風呂場の洗面台にも無かったのよ」
そういえばそうだった、姉さんが来た時にリビングで使いっぱなしだったし
丁度食器を拭き終わってひと段落した俺はリビングへと戻り、壁際にある棚の引き出しを開けてドライヤーを取り出すと奏へと渡す
「ふー・・・」
奏は目を瞑り、気持ちよさそうにドライヤーの風を浴びる
俺はそんな奏の隣に座って、テーブルの上にある自分のコップにお茶を注いだ
奏にも注ごうかと尋ねたが、奏は手を前に出してそれを止める
俺はペットボトルをテーブルの上に置くと、テレビでまだやってる懐かしいアニメを見ながらお茶を一杯飲むのだった
「ん・・・終わったわ、ありがと。何でこんな古そうなアニメ観てるの?」
「俺が子どもの頃にやってたんだ。俺の青春の1ページなんだぞ、バカにするなよ?」
「バカにはしてないわ、私も古い映画とか好きだもの。タイムマシンの車のやつとかね」
奏は立ち上がると、ドライヤーを戻しに棚へと向かう
「この引き出しの中でいいの?」
「ああ、適当に入れといてくれ」
「わかった、覚えておくわ」
そう言って引き出しを閉めると、今度は冷蔵庫へと向かっていった
冷凍庫を開けて、アイスのカップを二つ取り出しこちらに見せる
「ねぇ、どっちがいい?チョコとバニラ」
「じゃあ、チョコ」
「え、私チョコがいいわ」
「それ俺に聞いた意味ないだろ」
俺が反論すると奏はまぁまぁと俺をなだめながら、スーパーで貰ってきたプラスチックのスプーンと一緒にアイスを両手に持ってテーブルへと戻ってくる
「はい、バニラ」
「ありがとう・・・ってこれお前、高いやつじゃないか」
「ええ、こんな時だからちょっと奮発しちゃった。私の奢りよ、ありがたくいただいてね」
高そうなカップの蓋を開け、さらにその中に丁寧に密封するようについているビニールの蓋も開けて、バニラアイスを一口すくって口に運ぶ
うん、やっぱり高いアイスはちょっと違うな
味に深みがあるっていうか
しばらくそのまま二人、テレビを見ながらアイスを食べていた
『必殺技はまだできない・・・でももう行くしかないんだ!やっと掴んだ、やっと巡ってきたチャンスなんだ!』
何だか、こうしてゆっくり家で人と居るのが懐かしい
子どもの頃はこうやって、俺は日曜の朝に一人でテレビを見ていて、親父が隣で新聞を読んでいて、そしてキッチンには・・・
「・・・ぇ、ねぇってば」
「ん?あぁ、悪い。どうした?」
肩を小突かれて隣を見ると、奏がスプーンを咥えたままこちらを見ていた
「あの・・・今更なんだけど」
そう言うと奏はスプーンから口を離し、空っぽになったカップに入れてテーブルへと置いた
「いきなり押し掛けちゃって・・・ごめんなさい」
奏は体育座りになり、少し俯いてそう言った
「それは、ホント今更だな」
俺が返事を返すと、奏はますます気まずそうな顔で俯き始める
「私も、改めて考えてみたら・・・結構迷惑なことしてるなって。一人でいるほうが・・・気が楽だったのかも・・・って、今になって思うわ」
そして俺の方に顔を向けたと思うと、物凄くわかりやすい作り笑いを浮かべてこちらを気まずそうに見ていたのだった
「・・・まぁ確かに、一人の方が気楽かもな。普段誰かさん達に振り回される身としては」
「うっ・・・それは、ごめんなさい。代表して謝るわ」
そう言って奏はまた少し顔を伏せる
「でもな」
奏が謝るのと同時に返事をすると、奏は恐る恐る顔を上げた
「その後一人になったりすると、何でか少し寂しく感じるんだよ。何でか知らんけどな。仲良くやってるお前たちが羨ましいのかそれとも・・・あぁやっぱりやめだ!お前だけだからなこんな話したの。アイツらには言うなよ!」
途中で何だか小っ恥ずかしくなり奏から顔を逸らすと、奏は''何それっ''と俺を見ながらクスクス笑い始めた
「あなた・・・寂しがりやなのね」
「だから違うって、一人暮らしだったし。断じて無い!ましてやお前らにだなんて!」
「どうかしら?人は見掛けによらないって言うじゃない?」
「お前・・・」
すると奏は更にクスクスと笑うのだった
「それに俺も、さっきお前も押し掛けたって言ってたけど、ついこの前は女子寮にお邪魔しちゃったしな」
「あら、それは初耳だわ。寮で何だか盛り上がったって言ってたのはその事だったのね」
「その時に・・・ゆかりが俺の家に来た、この部屋に。それは本当に想定外だったけど、だからお前が初めてじゃないから気にするな」
「・・・ふーん」
奏は顎に手を当てて考え始めた
「・・・あなたも中々やるのね」
「だから違うって、俺から招いたんじゃなくて」
「そうじゃなくて、普通女の子から男性の家に行くって軽々言わないわよ。相当な覚悟があったんじゃないかしら」
「まぁ、たしかに。チョコレートを渡したかったから二人っきりなりたいって言ってはいたけど」
「本当にそれだけかしら?だって、何されるかわからない場所に行くのよ。あなたを心から信頼してる証拠じゃない」
「それは、そうとも言えるけど」
「それだけ心を寄せられている相手がいるなんて、少し嫉妬しちゃうわ」
そう言うと奏は俺の方に一歩ズレると、肩を密着させて少し寄り掛かってきた
「何だ、どうした」
「少し・・・こうしててもいいかしら」
すると頭を俺の肩へと預けると、膝に置いていた俺の手のひらの上に、自分の手を重ねてくる
「私といるってのに、他の女の子の話するのね」
「それは、お前が申し訳無さそうな顔してたからだ」
「そういう優しいところ、私好きよ?んー・・・こうしてると、何だか眠くなってくるわ」
「もういい時間だしな、どこに寝るか・・・」
いかんせんベッドは一つしかない
奏が風邪ひかないように軽く掃除して、枕のタオルを変えてベッドを譲るとして、俺はどうするか
確かクローゼットの中に毛布はあったから床に雑魚寝で・・・
「ねぇ、零次さん。今夜は冷えるだろうし、一人で寝るのもなんだか心細いから・・・」
奏は寄り掛かっていた体を起こして、俺と手を繋いだまま向き合った
「とりあえず、ベッドの上で・・・お話ししない?」