リビングの電気を消すと、俺の部屋は街から窓に差し込むネオンの光で寝室だけが照らされる
『ファールラインを越えて投げろ』
『そんなことをしたら・・・ギアがどk』
とりあえずテレビを消すと部屋全体が静まり返り、時おり冷蔵庫のモーター音だけが聞こえてくる
「はぁ、さてと・・・っておい、なんだ」
「いいじゃない、ちょっと雰囲気出してみたかっただけよ」
奏はスッ・・・と自然に俺の隣に並ぶと、腕を組み、体を密着させてくる
その姿は何だか妖艶でどこか大人っぽいような、とても女子高生とは思えない魅力を放っていた
シャンプーの良い匂いと、腕から伝わってくる体温が一層それを際立たせ、それまるでドラマのワンシーンを切り取ったような感覚だった
「それだったら合格だ、ドラマの撮影で使ったら画面映え間違いなしだな」
「あら、うれしい。丁度来月から撮影なのよ。どうしてかみんな私に大人っぽい役をやらせたがるのよね。それなら・・・」
そう言いながら奏は、俺の腕を少し引っ張って寝室へと促す
「もっともっと練習して、観てくれる皆をトリコにしなくちゃね?」
俺にその何かを企んでいるかのような艶やかな笑みを浮かべると、奏は俺を引っ張る力を更に強める
俺はそれに従うように歩き出すと、奏は満足そうにフフッと笑い始めた
二人してベッドまで行き、並んで座るとしばし沈黙が続いた
中々眠くならない、昼間寝てばっかりだったから当然と言えば当然か
奏はというと、時折こちらをチラチラと見ながら、黙って静かに俺の肩に身を寄せてくる
それを避けようと少しズレたりしても、追いかけるように奏も動いてくる
俺がそれを見て目が合うと、奏はその度にニコッと笑うのだった
「それで、何の話するんだ?面白い話はそれほど持ってないぞ」
「そうね・・・前に彼女がいたって言ってたけど、どんな人だったの?」
「お前・・・さっき他の女の話がどうのこうのって言ってたクセに」
「今は私からしたんだからいいじゃない。ね、どんな子だったの?」
奏は体を更に傾けて一歩前のめりになり、興味津々といった態度で詰めよってくる
さっき眠いって言ってたのはどこへやら
「おっとりしてて・・・髪が長くて、静かな子だったかな。普通の子だったよ、ドラマとか映画が好きで」
「あなたから告白したの?」
「いや、あっちからだった。学校で席が近かったから、消しゴムやらペンやら物貸したり何なり色々助けてやったら次第に話すようになってってな感じで、放課後に階段下に呼び出された」
「で?付き合ってからはどうしたの?」
奏は尚も突っ込んで聞いてくる
「学生だったしそんなどこでも行けるわけじゃなかったから、無難に遊園地とか映画館とか、後は家に遊びに来たりとか。その時から一人暮らしだったし。どうだ?特に面白味もないだろ?」
「ふーん・・・遊びに来たんだ」
奏がそう呟くのと同時に、俺はベッドへと倒れ込む
こうして話してみると、あの時の色々な思い出が蘇ってくる
嫌な思い出じゃない、初めてながら緊張した事もあったし、それでも二人仲良く遊んだりしたのはいい思い出だ
「さてと、そろそろ寝るか。嫌でも無理矢理寝ないと明日お互い仕事だろ?お前がベッド使え、今軽く掃除するから」
「あなたはどうするの?」
「俺?適当に床に寝るさ」
そう言うが、奏は俺にベッドの奥へ行くように促す
言われた通りに奥へとずれて寝そべると、奏はその隣に同じように体を横にして向かい合った
「おい、お前・・・」
「''今夜は冷える''って言ったじゃない」
すぐ真横に、奏の顔が迫る
吐息のかかる距離、俺はそれから顔を背けて仰向けになるが、そんなことお構いなしに奏の手が俺の腕、そして胸元、最後に首元へと伸びていき、絡みつくように抱きついてきた
「彼女ともこういうことしたの?」
「まぁ・・・人並みには」
「このベッドで?」
「・・・まぁ」
そう言うと奏は、今度は足を俺の体へと絡め始め、半身を俺の体へと乗せてくる
半分俺に覆い被るように乗り掛かり抱きしめてくると、顔を俺の耳元へと埋め、ふーん・・・と返事を返した
「このベッド、買い替える予定はないの?」
「いや、無いわ。まだまだ使えるし、いいだろ勿体ない」
「・・・ふんっ」
「なんでそんな不機嫌なんだ」
「別に」
奏は変わらず顔を埋めたままズルズルと体を動かし、完全に俺の上に覆い被さる体勢になった
「二人で寝るには少し狭いって思っただけよ」
「だから俺は床でいいって・・・、それに一人暮らしなんだからいいだろ」
そう言うと奏は顔を上げて、その不機嫌そうな瞳をこちらに向けた
「わからないわよ?今日みたいに誰か来たらどうするの。ほら・・・彼女とか」
「またそれか・・・生憎そういう人はいないんで」
「この先できるかもしれないじゃない。その時はその、し、したりするんでしょ?」
そこまで言うと奏は俺の胸へと顔を伏せる
「セックス・・・とか」
少しこもったような声で絞り出すように奏はそう言うが、一向に顔を上げようとしなかった
「少し、広いほうが・・・いいんじゃないの?」
「そんな恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
「し、仕方ないじゃない、経験ないんだもの!恋愛映画とか苦手だし・・・。もうっ・・・私なんかカッコ悪い」
そう言いながらますます抱きしめる力を強め、顔をテコでも動かそうとしない奏
そんなガチガチに固まった奏の頭を、俺は慰めるようにサラッと撫でる
「・・・うう」
それに応えるように、奏は恐る恐る顔を上げていく
薄暗い中でもわかる、相当恥ずかしそうな表情で俺と目が段々と合っていった
「そりゃあお前の言う通りするかもしれないけど、無理矢理したりはしない。そういうのは相手の気持ちもあるからな。だからそんな不安そうな表情するな、今お前とヤったりしないから」
そう言いながら頭を撫で続けると、奏は無言で頷く
「そういうのは大事な相手のために取っておけ。お前は十分可愛いんだから、いい相手なんかすぐ見つかるさ。気遣いができて、料理も美味かった、言うことなしだ。合格だよ合格、ドラマの撮影も頑張れ」
すると奏は静かに、嬉しそうに笑みを浮かべて再び胸の上に顔を伏せた
だがさっきとは違う、変に力を込めず、完全にリラックスした状態で倒れ込んできた
「やっぱり、迫ってきた割には緊張してたんじゃないか」
「・・・言わないで」
するとまた抱きしめる力を強めた
「せっかく・・・今のあなたになら抱かれてもいいって思ったのに」
「そいつは嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
奏は再び顔を上げて少し微笑む
「ねぇ・・・一応聞くけど今、その・・・避妊ってできる?」
「生憎今''アレ''は切らしてるんで」
「じゃあ、また今度ね。今日は・・・赤ちゃんデキちゃうわ」
「言われなくても抱かないです」
「そう・・・初めては痛いって聞いたのだけれど、どうなのかしら?」
「それは俺に聞かれても困る」
「その時は、優しくしてね」
絶妙に話が噛み合ってない気がする
俺はそれ以上踏み込まないように横に顔を逸らした
そんな俺の耳元に奏の吐息が迫る
「処女をあげる予定は、今のところあなた以外にいないわ」
「寝る!」
耳元でボソッと呟いてきたその言葉に俺は一言そう言い返し、目を閉じることにした
そんな俺に観念したのか、奏が再び顔を伏せるのがわかった
からかっているだけなのかそうでないのか、全然わからない
そして俺はその上から手探りで布団を引きずって、寒くないように掛ける
左胸あたりに柔らかい二つの感触と心臓の鼓動を感じながら、俺は久しぶりに女に抱きしめられながら眠りについたのだった
やっぱりこいつ苦手だ
ーーーーーーーーーー
朝、昨日の夜感じていた重みがなくなり、いつものように体を起こして大きく伸びる
窓から差し込む日差しが、普段と変わらない外の爽やかな晴れ模様を伝えてくる
だが、いつもと違っていたのは、キッチンから聞こえてくる何かを焼いているかのような音と美味しそうなベーコンの匂い
リビングから聞こえてくる朝の情報番組の音と、俺のではない携帯の着信音だった
「はいはい・・・あら、おはよう。朝ご飯もう少しでできるから、早く顔洗ってきて」
「・・・俺まだ起きるには少し早い時間なんだけど。お前今日学校休みなんじゃないの?土曜日だし」
「仕事があるの、私は丁度いい時間なのよ。ほーら、朝ご飯できるから早く行って行って」
朝から制服姿で忙しなさそうにしている奏に諭されながら、俺はしぶしぶ洗面所へと向かう
その際にチラッと見えたキッチンでは、奏が楽しそうに菜箸でフライパンをつついている様子が見えた
洗面所の鏡に向かうと、昨日の悪い顔色がすっかり消えており、気分もすっきりしていた
熱もすっかり下がって、いつもの調子を取り戻し、顔を洗い、髭を剃る
こうなれたのも、誰かさんのおかげかもな
「あ、丁度よかったわ、運ぶの手伝って。その目玉焼きのお皿を二つお願い」
「はいはい了解です」
リビングに戻ると、言われた通りにキッチンから美味そうに焼けている目玉焼きが乗っている皿を運ぶ
「とっとっと、後ろ失礼するわ。今お味噌汁持ってくるから」
奏がそんな俺の横をすり抜けて、また忙しなくキッチンへと入っていく
「あとは?」
「ええ、もう大丈夫よ。そのまま座ってて」
テーブルの上に並んでいる二人分のご飯とベーコンの皿の隣に目玉焼きを置くと、俺はそのまま床へと座った
『では今日の天気予報をお伝えしましょう!サイキック〜・・・天気予報!』
俺はそのままテレビを眺めていると、後ろからトコトコとテーブルへ近づいてくる音が聞こえてくる
「お待たせ、簡単な物でごめんなさいね」
「いやいや。こんな豪華な朝ご飯、この家では久しぶりだ」
「・・・あなたいつも自分でどんな物食べてるの」
「冷凍食品の焼きおにぎりトレーのままレンチンして食べたりとか」
「今度もっと美味しい物作ってあげるわ。ひなさんに敵うかどうかわからないけど」
「じゃあ、いただきます」
そう言って、目玉焼きにまずはありつく
「うん、美味い美味い。焼き加減も問題なしだ」
「よかった。少し焼きすぎたと思ったのだけど」
「俺は焼きすぎなくらいが好きだから全然いい」
「そう、覚えておくわ。結構相性いいのね、私たち」
俺の様子を見て満足したのか、奏も箸を進める
誰かとこの部屋で朝食を食べるといったのがなんだか新鮮で、少しむず痒い
だが、悪い気はしなかった
「なぁ、改めて言うんだけど」
「何?」
「色々助かった、ありがとう」
「なんか、素直すぎて気持ち悪いわ。昨日もだったけど」
「おまっ・・・人がせっかく感謝の気持ちを述べているというのに」
「冗談よ。私も楽しかったわ、色々と・・・勉強になったしね」
そう言うと、奏は味噌汁を啜る
そんな様子を見ていると、奏は恥ずかしそうに微笑むのだった
「今度は、色々と準備してくるわ。突然だったから、着替えもまともに用意出来なかったし」
「お前、また来るつもりか」
「いいじゃない。どうせ誰も来ないんでしょ?また遊びにくるわ」
奏の言葉に俺は色々と思考を巡らせる
段々と俺の部屋に物が増えていきそうな気がする
奏が来るってことは、いずれはLiPPSの面々もおのずと・・・いやいやダメだ考えたくも無い
「あ、歯ブラシはそのまま置いておいて。いちいち買ってくるのもお金が勿体ないしめんどくさいから」
早くも片鱗が見え始めた
ーーーーーーーーーー
昨日と変わらぬ服装で、私は事務所の扉を開ける
「あ、奏。おは〜★」
「あら、美嘉おはよう」
「早いね〜、今日から撮影だったっけ?あ、来月か」
事務所に入ると、中にはテーブルでメイクを整えている美嘉、そのテーブルを挟んだ向こうでソファーに座りながら携帯をいじっている周子
そして・・・事務所の開けたスペースで何やら話し込んでいるフレデリカと志希、そして蘭子ちゃんがいた
「じゃ、シキちゃんいくよ〜」
「OKレディ〜・・・」
「ほほぉ・・・」
しゃがみ込んでいる蘭子ちゃんの目の前で、二人並んで仁王立ちになると、蘭子ちゃんに向かって二人鏡合わせのように腕を前に突き出す
「「シャイニング!ソード・・・ブレイカー!!」」
「うほぉぉぉぉー!!」
そして腕を上に掲げたかと思うと、その腕を下ろした瞬間に今度は逆の腕を前に突き出して、その必殺技のようなセリフを言い終わる
蘭子ちゃんの反応も上々のようで、普段のダンスレッスンの成果か動きが一つ一つキレッキレであり、その鍛えたポテンシャルが遺憾無く発揮されていた
完全に無駄遣いである
「で、フレちゃん。これなあに〜?」
「昔見たアニメの必殺技〜」
「いや、わかってなかったんかーい」
周子が冷静にツッコむ中で、蘭子ちゃんはそれはもう大きな拍手を二人に送っていた
私はそんな様子を見ながら周子の隣へと腰を下ろし、上着を脱いで荷物を置いた
「あれ、奏ちゃん昨日と同じ服なーん?」
「ええ、なんだか制服で来るのもいいかなって。女子高生っぽいでしょ?」
「ふーん・・・」
「よし、終わり!あー、喉乾いた」
美嘉が席を外すのに目もくれず、周子は私の服装をマジマジと眺めると、今度は私の手荷物へと視線が動いた
「で、それは何?」
「ああ、これ?」
普段と違うことがもう一つ
それは、いつものカバンとは別に小さな紙袋がポツンと置いてあることだった
「ホワイトデーのお返しを貰ったのよ。一日遅れでごめんなさいって」
「へぇ〜・・・事務所の子?」
「いいえ、男の人よ」
そう言った瞬間、事務所の端の台所で飲み物を取り出して飲んでいた美嘉の表情が張り付いた
「もしかしてー、昨日と服装が変わらないのって、その''男の人''の家に行って一晩中一緒にいたからじゃないの〜?」
周子の言葉に美嘉が持っている水のグラスが小刻みに震え始めていたが、それを隠すように飲み始めていた
「意外と、抱き心地が良かったわ」
「ゴファッッ!!ゴホッ!ゴホッ!ゲフォッ!ゴホッ!!」
「わぁぁぁ!!美嘉さん大丈夫ですか!?」
思いっきり咳き込む美嘉に心配そうに駆け寄っていく蘭子ちゃん
背中をさすってあげていた
「あ゛、あんた・・・ゲホッ!な、なにしてゴホッ!どうすん・・・!もしかして、妊・・・ゴホッゴホッ!」
「美嘉、少し落ち着いて」
「なになに、どったの〜?」
「ワオ!美嘉ちゃんビシャビシャ!」
志希、フレデリカも駆け寄り、一緒になって美嘉を介抱していた
「一晩中、一日遅れのホワイトデーに、男の人ねぇ〜。ふーん・・・へぇ、ほうほう・・・」
「・・・何よ」
「別に〜、私ちょっと用事できたから電話してくるねー」
すると周子はソファーから立ち上がって、事務所の端の方へといき、携帯を耳に当てた
「ねぇねぇ美嘉ちゃんどういうことなの?志希ちゃんの知らないところで何オモシロそうなことしてきたの?」
「今回ばかりはフレちゃんもシキちゃんに賛成である。大人しく白状してもらおうか〜」
気づけば今度は二人が私の両隣を陣取り、迫ってきた
「ふふっ、ダメよ。そんなに慌てたら。そこまで言われたら私も・・・ゴホッゴホッ」
「・・・奏ちゃん?」
あら?
ーーーーーーーーーー
休みの連絡は入れた、面々にもトークで伝えてある
私は携帯を枕元に置いて、体温計に目を通す
「・・・やっぱり」
次の日、嫌な予感がしたので朝体温を測ってみたら案の定、風邪だった
「ちょっと・・・はしゃぎすぎたかもしれないわね」
私はうなだれてベッドで寝転んでいると、部屋のインターホンが鳴った
誰かしら?まだ朝なのに
私は重い体を起こして玄関に向かい、扉を開けた
「・・・?」
外には誰もいなかった
しかし、扉の外側のドアノブに何かビニール袋のような物が引っかかり、ぶらぶらしているのが見える
私は靴を履いて少し外に出ると、そこにはスポーツドリンクとみかんゼリーが入ったビニール袋がぶら下がっていた
それを手に取って確認していると、部屋の前の廊下の塀の下から、聞き覚えのある車の音がした
「・・・あら、粋なことするじゃない」
その車のドライバーは一瞬こちらを向くと、手だけを軽く上げて走り去って行ってしまった
私は室内に戻ってビニール袋を確認すると、中から付箋が一枚出てきた
「何よ・・・''悪かった''って」
その言葉にクスッと笑い、ありがたくスポーツドリンクを手に、ゼリーを冷蔵庫にしまってベッドへと戻ると、携帯にトークの着信が入っていた
未央からだ、''事務所に来たら話がある''って言ってるけど、何の事だろう?