シルヴィア01
「う、うーん・・・」
朝の日差しが窓から差し込む中で、俺は眠い目を擦る
ベッドの上でまどろみながら枕元にある携帯を確認すると、いい時間帯だった
起きて朝食を食べて、仕事に行く準備をする
いつもと変わらない日常がスタートするはずなんだけども・・・それはそれでいいとして、体に違和感を感じる
「?」
自分に掛かっている布団の中で、そこそこ重量のある何かがもぞもぞと腹の上あたりで動いている感触がする
俺は恐る恐る布団をめくってみると、その中で二つの目がギラっとこちらを見ているのがわかった
「えへへ・・・おはよ、ダーリンっ」
「・・・」
不敵にニヤニヤ笑っているその顔を覆い隠すように、俺は再び布団を元に戻した
「ちょっ!何すんのダーリン!せっかくゆいが起こしに来てあげたのに!」
「やかましい!もっと普通に起こせんのかお前は!」
「ゆいもダーリンと一緒に寝たかったんだもん!」
バタバタと俺の腹の上で暴れている唯をそのまま布団ごと床へと落とす
ふぎゅっ!という絞り出したような叫び声が聞こえると、まるで生き物のように布団が床で動き出して唯がその中から飛び出てきた
「ぷはっ!もー、何すんのダーリン!髪グシャグシャになっちゃったじゃーん!せっかくセットしたのに〜」
そう言って髪を手で触りながら床に座り、ベッドの横にあるテーブルの上の卓上鏡で整え始めた唯だった
いつの間にそんな鏡持ってきたんだ
「唯ちゃーん、零次さん起きましたか・・・ってどうしたんですか?」
「あっ、響子ちゃん。ダーリンったら酷いんだよ、朝からゆいにイジワルするんだもん!」
騒ぎを聞きつけた響子がリビングから寝室を覗き込んできた
「お前が普通に起こさないからだ」
「ハイハイ、ケンカしないでください。大体春休みだからって零次さんもそんなたるんでいたら・・・」
「いや、俺は春休みじゃないけどな?」
「でもですね・・・」
エプロン姿の響子がフライ返しを持ったまま腰に手を当てて俺たちを説教し始める
それを何とか抑え込むと、まったく・・・と悪態をつきながら響子はキッチンへと戻っていったのだった
「ダーリンのせいだからね」
「何だってそんな朝から突っかかってくるんだ」
「だって・・・羨ましかったんだもん」
そう言うと、唯は俺の隣でスヤスヤ寝息を立てている人物へと視線を向ける
「こんな状況でも微動だにしないとは・・・」
「むにゃむにゃ・・・」
俺のブカブカのスウェットに身を包み、くるんと小さく丸まったような体勢で、悠貴は目を閉じて未だ夢の中であった
奏が俺の家を訪ねた一件から、どうにもアイドルの中の誰かさん達が調べて回ったのか、俺の家の場所が次から次へとバレてしまった
意外にも奏は最後まで口を固く閉じて、看病しに行ったことは話したようだが俺の家の事については一切喋らなかった
しかし周りがどんどんと特定していく中で逃げ場がなくなり、とうとう観念したらしい
「じゃあダーリン、ゆいパジャマ着替えるからあっち向いてて」
「あっち?」
「悠貴ちゃんのほう。覗かないでね☆」
「あー、はいはい。・・・おう、おはよう」
「お、おはよう・・・ございます!」
「ゆいのケースはえっと・・・これは奏ちゃん、愛梨ちゃん、卯月ちゃん、琴歌ちゃん・・・あったあった!こんなに奥に押されて見えなくなってるし」
丁度その時期が春休みと被っていたこともあって、結構な頻度で次から次へと学生組を中心に訪ねてくるようになった
トランプするなりゲームするなり映画観るなり話すなりと好き勝手やってるところで俺が眠気に耐えられずベッドへ行くと言う流れがしょっちゅうだ
加蓮には''歳ですね〜''なんてからかわれる始末
親御さんたちにこれまたすんなり許可を貰っているみたいで、泊まってワイワイ楽しくやるのが恒例になっている
一体どれだけ俺のことを持ち上げて話を通しているのか若干恐くなってきた
「ふんふんふーん。あ、こんなところに擦り傷あるじゃーん・・・衣装だったら見えないからいっか」
背後から、鼻歌と一緒にスルスルと布が擦れる音がする
パサッパサッと床にいくつかそれらが落ちる音と、クローゼットの中のプラスチックの三段ケースから服を引きずり出す音
そんな音が響子の料理の音と一緒に、寝室に静かに響く
「・・・いいんだぞ悠貴、お前起きていっても」
「いえ、あの・・・もう少し、このままでいます・・・」
お互いに寝転がりながら、目を合わせ続ける
悠貴はモジモジと体を時折少し動かしつつも、唇をキュッと結び目を離さずこちらを見つめ続けていた
「ねぇねぇダーリン」
「なんだ」
「ダーリンは、黒と白どっちがいい?」
「どっちでもいい、早く着替えろ」
「もーっ、そんなこと言ってたら見せてあげないからね!」
「あわわ・・・!そんな大人っぽいの初めて見ました・・・」
悠貴はそう言って、俺の背後に目を向けて顔を赤くすると、顔を両手で覆い隠してしまうが、指の隙間からチラチラと覗いていた
「・・・よいしょっと。もうOKだよダーリン、こっち向いても。ていうかこっち向いて?」
「騙したりしてないよな?」
「そんなことしてないからっ、ホラホラ〜」
俺は言われた通りに、とりあえず体を起こして、唯の方を見る
「どうどう?カワイイ?カワイイ?」
「次は悠貴が着替えるから早くリビングに行け」
「もーっ!せっかく新しい春服買ったのにー!何でそんなに悠貴ちゃんには甘いのさー!」
「普段の行いが違うんだよ。カワイイからほら行った行った」
「ほんとぉ?えへっ、えへっ、えへへ・・・」
怒ったり照れたり忙しい奴だ
上は黄色をベースとしたコーデで、下はデニム
認めたくはないが元がいいから中々に映える
「白黒伝々はどうした」
「あっ、聞いちゃう〜?そうだねぇ〜、ゆいと一緒にお風呂入る時とかに見れるかもよ?いったぁっ!」
「アホなこと言ってないで朝飯食うぞ、悠貴悪い、着替えていいから」
「あっ、ハイ!じゃあ、失礼しますね」
唯はデコピンされた額を抑えながら、''ゆい''とマジックで書かれたプラスチックの衣装ケースをクローゼットの奥に仕舞うと、しぶしぶ着替えた物を抱えて寝室を後にした
それに続いて俺も出て行こうとすると、後ろから悠貴に袖を引っ張られる
「ん?どうした?」
「あの、零次さんは・・・どっちがいいんですか?白と黒・・・」
「お前・・・何でもかんでも真に受けなくていいんだぞ?」
「いえ、あの・・・一応、気になったので!」
「そう言われてもな・・・」
意味をわかって聞いているんだろうが、さすがに答えづらい
相当恥ずかしいのか、指もプルプル震えている
「お前は何着ても似合うから何でもいい。ジュニアモデルなんだから」
「そ、そういうのが一番困るんですよ!選んでください!白か!黒か!」
「じゃあ白」
「わかりました!」
もうなんだか悠貴の勢いに便乗するように答えると、寝室とリビングを隔てている引き戸がピシャッと閉まる
そこから振り向くと、唯がニヨニヨとした笑顔を浮かべてこちらを見ていた
「へぇ〜、白なんだ・・・よかった」
「その気持ち悪い顔をやめろ」
「もーっ!そんなことばっかり言ってたらえっちしてあげないからね!」
「ちょっとちょっと!朝からなんていう話してるんですか!?許しませんからね!」
「だから、真に受けるなって・・・ほら、そんな牛みたいにモーモー言うなって悪かったよ。テレビでも見ててくれ」
「ふんっ、ダーリンのこと嫌いになっちゃうから!・・・うそうそ!ダーリン嘘だよ、今度どっか連れてってくれたら許してあげる☆」
そう言うと、唯はストンと床に座ってテレビを見始める
「あ、零次さん。あっちの部屋の方たちも起こしてきてもらえません?夜遅くまでアニメを観てたみたいなんですが、それ以降は音沙汰がなくて」
「分かった」
安部さん、奈緒に付き合ってたみたいだけど大丈夫なんだろうか?
結構早い段階で声が聞こえなくなってはいたようだけど
『ファイスピ最新作がいよいよ、来月に公開となります!それに伴って今日はこれまでの歴史をまとめてみましたので、どうかその伝説の一部を今一度皆さんと・・・』
テレビでは、最新のエンタメニュースが流れ始めていた
「ねぇねぇダーリン!ゆい、これ観に行きたい!行こうよ!行こ行こ!車好きなんでしょ?」
「悪い、それは他の奴と観に行く約束があるんだ」
「は?へ?誰?もしかして事務所の誰か?零次さんの友達なんて見たことないし・・・誰誰?ねぇねぇ誰?もしかしてデート!?」
「借りを返すだけだ」
まったく、朝から騒々しい奴だ
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「ありす!ありす!ありすっ!!」
「何ですか、朝から騒々しいですね」
朝、事務所の扉が慌ただしく開いたかと思ったら、入り口でプロデューサーが片手に資料を握りしめてこちらに見せつけるように上に掲げていた
「ちょっ!ちょっ!今っ!今話いいか!?いいよな!これだっ!コレコレ!!」
「だから落ち着いてくださいってば。なんですか?そんなに血相変えて」
「これだよコレ!」
私の話をまるで聞いていないのか、プロデューサーはテーブルを挟んだ向かいのソファーに慌ただしく座り、資料を乱暴にテーブルの上に広げる
私はそんな様子に軽くため息をついてとりあえず、持っていたタブレットを横に置いた
「ついに来た・・・来たんだよ時代が!ありすの声がそこまで届いたんだよ!いやー、上の人たちも喜んでてなぁ、今事務所の中はこの噂で持ちきりだよ!」
「少し大袈裟なんじゃないですか?」
そう言って私はおもむろに、デカデカと企画の表題が書かれた紙を一枚手に取ってみた
最初は何気なく表題を流し読みして、その下の数行の文章へと視線が動きかけていたが、すぐにその視線が表題へと戻る
自分でもハッキリわかるほどに目が見開いていき、その一文字一文字が脳内に叩き込まれていった
「アンバサダー・・・」
ついにはポロッと自分の口からその書いてある文章の一部が漏れる
それほどに身体中に衝撃が走った
プロデューサーと視線が合うと、私が呟いたその言葉に何回も小刻みに頷いている
恐らく今のプロデューサーと同じように、私の目も爛々と輝いているのかもしれない
「そうだ!そうなんだよありす!しかもこっちから依頼したんじゃない!あちら側から直々に話が来たんだ!」
「ハリウッド側・・・から」
「ああ!届いた文章によると、企画の立案者は主演のリサ本人だそうだ!いやー、まさかこの作品のプレミア試写会に招待されるだなんて!それも、自分のアイドルが!」
興奮冷め止まぬプロデューサーだったが、私も改めてその企画書の表題に目を通す
そこにはハッキリと、''ファイナル・スピード最新作のジャパンプレミア公式アンバサダーのご提案''と書かれていたのだった