「で?、で?で?で?、何かあったんじゃないの?何もないわけないわよね〜、女の子がたくさん泊まりにきてるんだもの〜」
「姉さんが今想像してるようなことは何も無いです。っていうかあったら困ります」
「何よつまんな〜い。悠貴ちゃんと唯ちゃんと響子ちゃんと、他にも来ててそれだけでも羨ましいのに!いいもん、昨日はガレージで美優ちゃんと楓ちゃんと飲んだんだから!」
「楽しそうで何よりですね」
昼過ぎ、俺と姉さんは仕事するでもなく事務所でお互いに自分の席に座り駄弁っていた
社長は得意先への営業に行き、ひな先輩は会社の書類を持って振興会、整備業界で商売をする界隈の元締めというか管理するところというか、そこへ行っているため席をはずしている
まぁ行く前に、私がいなくてもサボったりしないようにといわれたけど、いかんせん仕事がないのだ
「意外と美優ちゃん泣き上戸で、若い子たちが羨ましいってスンスン泣き出しちゃうもんだから慰めるの大変だったのよ・・・ひなちゃんが」
ひな先輩すいません、その時はなるべく帰るようにします
「にしても、仕事無さすぎですよ。どうなってるんですかこの会社。毎年のことですけど」
「まぁまぁほら、そこは私とひなちゃんの手腕よ。それに四月入って一発目だからさ、先月は最終日まで頑張って仕事終わらせたご褒美よ〜。来週くらいになったら美城プロダクションの営業車が入ってくるでしょ?」
パソコンの画面を数回クリックし、入庫の管理表を表示させる
そこには来週の予定が美城プロダクションの車でそこそこ埋まっている様子が映し出されていた
・・・そういえば、あいつらと知り合ってからもう一年近くになるのか
「この頃だったよね〜、あの子たちと知り合ったの。まさかこんなことになるとは思いもしなかった」
姉さんも考えることは同じなようだ
「レイジ君は何か変わった?」
「ええそれはもう、変わったなんてもんじゃないですよ。毎日毎日誰かしらから連絡は来るし、俺のベッドを勝手に占領して寝るし、勝手に家具は増やすし、あの空き部屋がすっかり様変わりしてもう、アイドル専用部屋ですよ」
最近じゃ俺の寝室まで侵食し始めてるし、現にクローゼットの中があいつらの名前が書いてある衣装ボックスで埋まりつつある
「いいじゃなーい、愛されてる証拠よ〜。もう私はこの一年毎日がエブリデイ幸せよ!今日は智絵里ちゃんが久しぶりに遊びに来るの!ひゃ〜!」
そう言って姉さんは自分の両頬に手を当てて悶えたと思ったら、今夜のご飯は何作ろうかしらと呟きながら自分のパソコンをいじり始めた
仕事を始めたと信じよう
「あ、あの〜・・・」
ふと、そんな可愛らしい声が聞こえた
中学生くらい、いやもっと小さいか
そんな声が、静かに開く事務所の出入り口の扉の方から何やら遠慮がちに聞こえてくる
「ち、違うのよひなちゃん!ちょうど今仕事に取り掛かろうとしたところで・・・あら?あらあらあら!」
その人物は、俺の背後に近寄ってくる姉さんにたじろぎ、出入り口のドアの付近でこちらを見つめながら手を前に組んで動きを止めた
青を基調とした可愛らしい春服に、頭にはトレードマークの大きなリボンで髪を結んでいる
「ありすちゃ〜ん!!」
「あ、あの・・・橘でs」
その返事を聞き終わる前に姉さんはカウンターから飛び出てありすへと駆け寄っていった
「どうしたの〜珍しい!まさかありすちゃんが一人で訪ねてくるなんて!前は送迎の途中にチラッと寄っただけでちょっとしか話せなかったから〜!」
「すいません、連絡もしないでいきなり訪ねてしまって・・・お元気そうですね」
「元気も元気!ありすちゃんに会ってさらに元気100倍よ!どうせうちなんてしょっちゅう暇なんだから気にしないでいいの!今飲み物持ってくるからひなちゃんの席にでも座ってて!」
「あ、あの、お構いなく・・・」
ありすは遠慮がちにそう言うが、姉さんはまたもやその返事を聞かず給湯室へと消えていった
その様子を見終わったありすは、次に今度は俺と目が合う
「・・・どうも」
「どうも」
俺が一言声を掛けると、ありすはクールに同じ台詞で返事を返した
ーーーーーーーーーー
「・・・というわけで全然らちがあかないので、仕方なくあなたに頼ろうと思ってここに来たんですが」
「おい、''仕方なく''とはなんだ''仕方なく''とは」
ありすは飲み物を片手に、相変わらずの容赦ない口調で俺に面と向かってここに来た事情を説明した
「あ、ホントだすご〜い!!ジャパンプレミアのアンバサダーに美城プロダクションの橘ありすを・・・だって!ネットニュースのトップに載ってる!すごいすご〜い!」
姉さんはさっきと同じように自分のパソコンに向かい、興奮気味にマウスのホイールを動かして記事を読み漁っていた
どうやら話は本当みたいだ
あのファイスピのアンバサダーとは、美城プロ、素直に凄いな
事務所がてんてこまいになってる様子が想像できた
「なので、車について美世さんに伺ったのですが・・・専門用語が多すぎてほとんど理解できず途方に暮れてしまい、しょうがないからあなたに聞こうかと」
「おい、また言ったな。''しょうがない''って言ったな今度は、''しょうがない''って」
「そういえば・・・」
俺の返事を聞き終える前に、ありすは事務所の中をぐるっと見回す
「今日、雛子さんはお休みですか?」
「ああ、ひなちゃんはちょっと用事で出てるだけだよ。もうちょっとで帰ってくると思うけど」
「そうですか、是非雛子さんにもアドバイスを貰いたいと思っていたのですが・・・」
ありすはそう言うと残念そうに肩を落とす
意外とひな先輩とありすは気が合うようで、ひな先輩が美城プロに行った際にはよく話をするのだそうだ
ひな先輩もありすの話をする時は楽しそうに語っている
「あらあら、ひなちゃんもモテモテねぇ〜」
「雛子さんは立派な大人の女性です。私もいつか雛子さんのようなしっかりした女性に・・・」
ありすは何故だか自分の事のように嬉しそうに、胸を張って話す
「だからあなたも少しは雛子さんを見習って大人な対応をですね」
「おいおい、俺が子どもっぽいってか。まったくお前も子どものくせに」
「ふんっ」
「大丈夫大丈夫ありすちゃん、案外間違ってないから」
「ちょっ、姉さんまで」
「ふふふっ・・・」
姉さんの言葉にありすは、ほら見たことかと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて俺を見つめてきた
まったく、俺のどこが子どもっぽいって?
こいつ、いつか見返してやる
「ただいま」
そうこうしていると事務所の扉が開き、今話題にしていた人物の声が聞こえた
「ああ、ひな先輩おかえりなさい」
「うん。って姉さん、そこで何してるの、仕事は?」
「いや、違っ、違うのよひなちゃん!だって仕事全然無いんだもん!だから今お客様の対応をしてたところ!」
「お客様?」
ひな先輩が少し事務所を見回して首を傾げると、姉さんがひな先輩の机を必至に指差す
ひな先輩は事務所に入って自分の机を覗き込むと納得したように頷いた
「あ、雛子さんこんにちは!すいません、お邪魔してます。今場所空けますね」
「おお、ありすちゃんいらっしゃい。いいよいいよ座ってて」
「あ、コートお預かりします!」
「そんないいよ。あー、ごめんねありがと、椅子の背もたれにかけておいて」
ありすは飲み物を机に置いて椅子から立ち上がってひな先輩の元へ駆け寄ると丁寧にコートを預かっていた
俺と随分態度が違うじゃないか
そしてまたちょこんと席に座ると、俺の不満げな視線を感じたのか澄ました表情をする
「ほら、今ご覧の通り。先程も言ったようにあなたも雛子さんを見習って常日頃大人な対応をですね」
「また言ったな。今に見てろよ、目に物をみせてやるからな」
「お前は・・・ガキ」
そんなやりとりを見て、ひな先輩が俺に向かって一言呟くとありすはクスクス笑い始める
俺は抗議するようにひな先輩にあんまりですよと身振り手振りで伝えるが、事実だろと一言でバッサリ切り捨てられた
またありすがそれを見て笑う
ひな先輩はありすちゃんを見習いなさいとだけ言い残すと給湯室へと入っていった
「それにしても、まさかあっちから直々に指名があるとはな。俺だったらもうちょっと考える」
「どういう意味ですかそれは」
「はいはい、もうケンカしな〜い。で、ハリウッド側は何か言ってないの?企画書があるってことは選考理由とか書いてあるんじゃない?」
「それなんですが・・・」
ありすは言いたくないのか、もごもごと口ごもりしながらボソッと呟く
「''名前が役名と一緒で、とてもキュートだったから''と主役のリサさんが言ってたらしくて、企画の発案者も本人だったと」
「ブフッ!ゲッホ!ゲッホ!」
ありすが言うのと同時に給湯室からひな先輩が盛大にむせる声が聞こえてきた
ありすは話を続ける
「二週間後と急な話だったので、私もプロデューサーも慌ててしまい、出てくる時もプロデューサーはパソコンの前で頭を抱えていました。しかし大きな仕事なので断ることが出来ず、事務所も盛り上がってるみたいで」
「まぁ、それはそうよね。またとないチャンスだもの、上手くいけば自分のところのアイドルをそれこそ世界に知ってもらういい機会だしね」
姉さんの言うことはもっともだ
ハリウッド側からの申し入れなのだ、やろうと思ってできる仕事じゃない
しかし、出来ることには限界がある
準備をするといっても何をしたらいいのか俺でも悩む、少なからず車の話はできるだろうが、ありすにはまったくノウハウがない
当たりざわりのない質問なら他の人もするだろうし、どうしたらいいだろうか
「ありすちゃん」
頭を悩ませていると、ひな先輩が給湯室から戻ってきた
「あ、雛子さん。どうしたらいいのでしょうか。是非意見を聞かせていただけると・・・」
「今日の夕方、プロデューサーさんを連れてまたここに来れる?」
「え?あ、はい。聞いてみないとわかりませんが・・・たぶん大丈夫だと思います。その頃は特に仕事もないので」
ひな先輩はそれだけ聞くと、携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始めた
「あ、社長。はい・・・今日の仕事終わりちょっと職懇やるんで・・・はい、それで美城プロダクションから二人程呼んで一緒にお話したいんですが、・・・そうです、それ関連です。はい、わかりました。それなら・・・」
どうやら社長のようだ
「どうしたんですかね?」
「さぁ?一応ひなちゃんファイスピ凄い好きだけど・・・」
俺と姉さんと、そして突然話を振られたありす三人で首を傾げていた