夕方、事務所と工場を閉めたあとで、ひな先輩が言っていた通り職場懇談会が始まった
事務所奥、衝立を挟んだいつもの休憩スペースにて、俺、姉さん、ひな先輩、社長、そして美城プロからありす、ありすのプロデューサーを招いて、いつもとは少し違う雰囲気の中会議は進んでいく
「さて、今回の最後の議題なのだが、雛子君たっての希望により、美城プロダクションからお二人を招いて、仕事の相談に私たちが協力するという事となった。忙しい中、お二人には申し訳なかったが、ここまでご足労いただいてありがとう」
「いえいえ、私たちとしても助かります。アイドルのみんなの話を聞いていると、相当な信頼を寄せていると聞いていましたし、私自身も本業の方々にご相談に乗っていただけるなんて、とても助かります。あ、今西部長もよろしくお伝えくださいと」
「そうかそうか!いや、最近忙しくて中々会えなかったからね。お互いにいい歳だからそれだけ聞けて満足だよ。はっはっは」
社長がプロデューサーにそう言いながら笑うと、プロデューサーは頭を軽く下げて愛想笑いを返していた
それにあわせてありすも社長に向かい軽く頭を下げる
「まぁまぁ、そう固くならないで。どちらかと言うと私たちのワガママで呼んでしまったようなものだからね。さて、早速だが・・・」
「はい」
これまでの事務的な雰囲気から一転、どちらかと言えば相談事のような口調でひな先輩が話し始めた
「みんなも知ってると思うけど、ありすちゃんがファイスピ最新作のアンバサダーに決まったっていうことで相談を受けました。この際だから私たちも何かしら手助けできないかと思っているんだけど、それについて何か意見がある人」
少し沈黙する
美城の二人は当然として、やはりそう言われても考え込んでしまう
相手はハリウッド女優だ、インタビューするにしたってありすの言う通り、当たりざわりのない質問なら他の記者の人たちもするだろう
せっかくなら印象に残るような、目をつけてもらえるような物にしたいと思うのは当然だ
こいつもこいつで真面目一辺倒な性格だし
「はいはーい」
「姉さん、どうぞ」
姉さんが手を上げて答える
「せっかく日本に来るんだから、ありすちゃんが出るライブか何かに招待してあげるのはどう?ほら、サプライズ的な!あっちもありすちゃんの事を名指しで指名して来るぐらいなんだから活動は知ってるでしょ?どうどう?名案だと思わない?」
姉さんは興奮気味にプロデューサーにそう投げかけるが、相手はどこか苦い顔だった
ありすも申し訳なさそうに首を傾げている
「それだけの費用と時間があれば・・・の話だな姉さん。それは」
ひな先輩も苦笑いだった
「えぇ〜、いい案だと思わない?絶対盛り上がると思うんだけど・・・」
「お気持ちはわかるのですが、相手側も日本に来日する関係上、スケジュールは事細かに決められて行動します。なにせ大女優ですから、それに世界中でプレミアが控えているので長くは日本にいられませんし、相当運良く本人の了承で費用は何とかなるにしても、どうしても時間のほうが・・・、日本のテレビの特番にも出るようなので」
「なんだ〜・・・いい考えだと思ったのに」
「はっはっは、だがそれはそれで実現したら面白そうじゃないか。今西君が右往左往する様子が頭に浮かぶよ。さぁ、案がある人はどんどん言ってくれたまえ!」
そう言われてもな・・・、時間が限られているなら観光も難しいだろう
やはり、インタビューの時の短い時間で興味を持ってくれないといけないわけだ、となるとやはり
「やっぱり少しは車について勉強するしかないか・・・」
「やっぱり、そうなりますか?」
俺が呟くと、プロデューサーもそれに頷くように返事を返す
しかし、それならありすが一人でいくらでも調べられるだろう
知識を覚えるだけならそれでいい、だがそれだけでは・・・
「まぁ、零次が言うことも一理ありだな」
「うんうん・・・あっ」
ひな先輩に続いて、姉さんが何か思い付いたような声を上げた
「いや、でも・・・それはどうなんだろう。やってみる価値はあると思うけど・・・、んー・・・」
「どうしたんだね、美空君。遠慮なく言ってくれていいんだよ?」
姉さんは社長に諭されると、渋々手を上げて答え始める
「じゃあ、社長」
「ん?私かね?」
すると姉さんは、社長に面と向かって話す
「新入社員を一人雇いたいです。超短期間ですが」
「ほう、新入社員・・・新入社員?」
社長が返事を返す前に、姉さんは一点を指差す
俺の向かいに座って、顎に手を当てて考え込んでいるその人物
その人物に休憩スペースにいた他全員の視線が集まっていた
その人物は隣にいたプロデューサーに肩を軽く叩かれると、スッと視線を上げて自分が置かれている状況に気づく
「・・・へっ?」
ありすはそれぞれのメンバーの顔を見回して何が起こっているのか理解しようとしていたが、いかんせん俺たちもまだ何が何だかわからなかった
プロデューサーもありすと同じように、姉さんとありすと交互に視線を動かす
「なるほど・・・」
「もしかしたら、ウチにちょっとの間いてみたら、何かわかることがあるかもって思ったんだけど。ありすちゃん春休みでしょ?」
「それは・・・そうですが」
「いや、それは!さすがに青葉自動車さんにご迷惑がといいますか!今回の件を優先して特にスケジュールは詰み込んでいませんが、それでも・・・」
「ほう、なるほど・・・。一理ある」
ひな先輩が話を聞いて、考えながら頷いていた
「で、でも、私何もわからないですよ。車のことだって全然知らないし、そもそも、運転できる年齢ではありません。免許だって持ってませんし・・・」
「まぁまぁ、そんな固く考えないで。職場体験だとでも思ってさ」
「で、ですが・・・!」
ありすは目に見えてうろたえているが、ひな先輩は考え込んだままだった
そんなひな先輩に向けて、ありすは最後の頼みの綱と言わんばかりにその眼差しを向ける
しかし、その視線をかわすようにひな先輩は姉さんと向き合って一つ頷くと、ありすに告げた
「私が色々と教えてあげる。もしかしたら、姉さんが言う通り何かわかるかもしれないでしょ?私の仕事の手伝いをしてくれるだけでいいから」
「え、えぇ・・・?」
「はっはっは。では、決まりかな?」
社長の一言でその場が静まり返る
プロデューサーが申し訳なさそうに社長に頭を下げたが、社長はまぁまぁと笑顔で返した
「これから二週間、橘君が我が社に研修として空き時間などに出社することとなった。何か参考になることがあれば幸いだが、何かわからないことがあった時は助けてやってほしい。新年度一発目だからそこまで仕事も入らないはずだからね」
「・・・すみません。改めて、ありすをよろしくお願いします」
そう言ってプロデューサーが再び俺たちに向かって頭を下げたので、俺たちも同じように返す
「となると・・・この際だからありすちゃんには何か役職をあげようかな〜。うーん、何がいいか・・・あ、そうだ、専務。うち専務いないのよ。いいんじゃない?ね〜、ひなちゃん」
姉さんが冗談めいてひな先輩にそういうと、意外とひな先輩もノリノリのようだった
少し微笑みながら頷く
「それなら私たちより上になってる。まぁ、面白そうだからいいけど」
「じゃ、よろしくね!''橘専務''!」
「せ、専務・・・」
次から次へと決まっていく自分の事にただ従うしかないありすだった
「ではでは、こんな時間まで申し訳ない。これにて職場懇談会は終了とする。みんな、ご苦労」
社長の一言でそれぞれが立ち上がっていく中、俺とありすはお互いに座り込み視線を合わせていた
不安そうな顔をしているありすに一声掛ける
「よろしくな、ありす。わからないことがあったら・・・」
「橘です」
そうした瞬間、ありすは普段のような目つきに戻り、いつものセリフに一言付け加えて答えた
「橘''専務''です」
ドヤ顔一歩手前のような表情で俺にピシッとそれだけ伝えると、立ち上がってプロデューサーに続いて休憩スペースを出て行くありすだった
やっぱりあいつ苦手
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「ふふふっ、ありすちゃんらしいですね」
「あいつっていつもああなのか?まったく可愛げがないっていうか」
「ダメですよ零次さん。本と同じです、プロローグだけでは物語を判断することは難しいです。読み進めていけばいずれ、本質を理解していくことができます。それがたとえ読み手の納得のいく形であってもなくても、それがその物語であることは変わりません」
「・・・理解できる気がしない」
「無理して全てを理解しようとする必要はないですよ?人と同じ、それがそれである事を受け入れることが大事です。世の中には沢山の''物語''がありますので。ありすちゃん、とってもいい子ですから、私からもよろしくお願いします」
そう言って、本を片手にリビングのテーブルを挟んで同じように座り込んでいる本屋ちゃんが頭を下げた
今日も今日とて、俺の部屋には来客が訪れていた
「はいはいはーい、出来ましたよ!カワイイボク特製のミートスパです!あれ?志希さんは?へ?あっちの部屋?もう、夕食の時間には出てきてって言ったのに、志希さーん!いつまで寝て・・・ってダメですダメです!服を着てください!ああもう!こんなに脱ぎ散らかしてっ!」
幸子はテーブルに料理を置くと、慌ただしく廊下へと出ていった
あっちの部屋からドタバタと格闘している音が聞こえる
「そういえば、本屋ちゃんが来るなんて思ってなかった。この組み合わせは中々に珍しいと思うけど」
「ええ、私も偶然だったんです。街をふらふらしてる志希さんを連れ戻そうとしてた幸子ちゃんが、''志希さんが零次さんの部屋に泊まりに行くとかいうのが心配だから一緒に来てほしい''ってたまたま近くの本屋から出てきた私に声を掛けてくれて」
「なんか、すまん」
「いえ、私も・・・男性の部屋というものに少し、興味があったので・・・。物語でしか読んだことがなく・・・この前に皆さんが楽しそうに話していたのを聞いたので」
そう言うと本屋ちゃんは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった
入ってきた時よりは大分落ち着いたみたいだが、まだお気に入りの本を側に置き、目を通すことが多い
「おっまたっせ〜」
「おおやっと来た・・・お前それ」
「へへへ〜、お借りしてま〜す。大きいから下まで隠れて丁度いーの」
「ちょっと志希さん!下も履いてください!ほらこのジャージ!零次さんもいるんですから!」
「え〜、だって丈足りるんだもん」
「自分の家じゃないんですから!」
あっちの部屋の物干し竿に干してあった俺の白ワイシャツを着て登場してきた一ノ瀬志希だったが、下に何もつけていない格好で出てきていたようだ、上から下まで一枚のワイシャツで覆い隠されていた
幸子が慌てて俺が適当にしまっていたジャージで志希の下半身を隠すようにあてがう
俺は顔を逸らして本屋ちゃんを見るが、そっちはそっちで顔を真っ赤にしていた
「はい、これでよし!さ、ご飯ですよ!」
「ありがと〜幸子ちゃん。パンツは後で探しておくね〜、みんなが持ってきた荷物のどっかに投げ捨てたらわからなくなっちゃった」
そう言って座り込んだ志希に呆れながら、幸子はキッチンへ行き残りの料理を運んでくる
絶対にそのワイシャツ汚すなよ、特に今回はと志希に伝えたが、能天気に''は〜い''と返された
「で、零次さん」
「はい?」
「化学反応っていうのはね、起きてみないとわからないこともあるんだよ」
「・・・」
「あれとアレを混ぜてもダメ、これとコレを混ぜてもダメ。これとコレは混ぜても大丈夫だからOK。でもね、そのセオリー通りにこなしているだけだったら生まれなかった物もあるの。それが例え毒であってもそうでなくても」
「何が言いたい」
「さぁ?シキちゃん何が言いたいんだろ?よくわかんなーい」
自分で言い出したくせに
「はいはい!みんないただきましょう!どうぞどうぞ召し上がってください!志希さん、それ汚しちゃダメですよ」
「は〜い」
「いただきます」
幸子の号令で夕食が始まる
意外と美味しかった