狩人は竜となりて   作:プラトン

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2.嵐

 

 永久に続く蒼に囲われた緑と、芽吹く生命の息吹

 

 

 白銀に囚われた世界に色は無く。だが確かに命の邂逅は朱に染める

 

 

 灼熱の泉は留まることを知らず、地を覆い、新たな地を成し、彼らの礎となる

 

 

 その地、古龍の目覚めと共に在る

 嵐の在るべき果ての地。その人の児は古に刃を向け、空を落とした禁足地

 

 

 

 

 

 

   彼らは、生きている

 

 

 

   狩人の中にて、それを映そう

 

 

 

 

 

 

 

 

         狩人よ、狩人よ

 

 

 

 

 

 

 

 「わ、たし……ハ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「皆早く!早く入って!!」

 

 二つの月が、一つの村を照らす。しかしそれは残酷で当たり前な現実を照らすだけで、人の道を示さない。

 

 魅せるのは体液にまみれた絶望。

 喰われる運命。

 

 ゴブリンに襲撃される村という日常がまた、この世界で起きていた。

 

「雇った冒険者はどうしたんだよ!?」

「ゴブリンに襲われた奴がどうなるなんて、分かってるだろ!!」

「助けて!やぁあっ!!」

「こっちに、早く!!」

 

 ゴブリンは弱い。最も弱いと書いて、最弱の魔物。

 一個体であれば、鍛練もしていない大人でも倒せるという話は余りにも有名だ。

 

 ……ゴブリンは狡猾だ。ゴブリンは繁殖能力が高い。雌を犯し、その種の存続を求める。

 奴らを侮り、歴戦の冒険者の一党が全滅するなんて話は余りにも有名だ。

 

 

 村がゴブリンの襲撃を受け滅びるなんて、余りにも有名な話なのだ。

 

 

「院長!孤児院の子供たちは地下に避難させました、貴女も早く!!」

「まだ追われている方々がいらっしゃいます!全員が避難出来るまで、私は……!」

「しかし……!」

「貴方は先に戻り、避難した人々を守るのです!私が戻らなくとも構いません、決して扉を開けさせないで!必ず助けが来るはずです……!行きなさい!!」

 

 孤児院の扉は閉められた。

 

 大勢のため、一人が犠牲になる。そんな美談は生まれても、直ぐに穢らわしいもので上塗りされるのだろう。

 

 親を失くした子供たちの憩いの場。それを一人で築いた彼女に、そして私たちに何たる仕打ちだろうか。今ばかりは神を憎んでしまいそうだ。

 

『GORRB!!』

「っ!」

 

 院長は孤児院を背に、飛び出してきた緑をなけなしの魔術で応戦する。

 女が一人で立っている。それは奴らにとって餌付けと何ら変わらない。しかし退く訳にはいかない。

 

 

 緑の波は止まらない。悲鳴も止まらない。耳障りな笑い声も止まらない。

 

 ……これが現実ならば。真実ならば。

 

 決して欲しくなどなかった。

 

「いんちょう、せんせい~……どこにいるの~……」

「っ!あの子、まだ外に……!」

 

 数刻前まで笑顔の眩しかったその女の子は、孤児院の子。昨日新しい歌を教えてあげた子。

 泣きじゃくりながらノソノソと歩いてくる。この阿鼻叫喚の最中で無傷とは、奇跡以外の何物でもない。

 

 だが奇跡は一度だから奇跡なのだ。

 彼女の奇跡は終わった。

 

 彼女の後ろにいるゴブリンがそれを証明するだろう。

 

『GORRBUU!』

「離れなさいっ!!……あぁっ!!」

「せんせー!?」

 

 女の子に迫るゴブリンを倒すことは出来た。

 だがそれは、定まった運命を先伸ばしただけ。

 触媒の杖は折れ、足を矢で射ぬかれた。ドプリと血が流れていく。歩くことすらままならない。

 

 ……毒はない?それが救いだと思えればどれだけ良かっただろうか。

 

 彼女らを囲む緑色の柵は、完成している。

 

 また一つの日常が、始まろうとしている。

 

「せんせー!せんせー!?血が出て……!!」

「大、丈夫……大丈夫っだからっ……っ」

 

 それは誰に対しての慰めか。

 緑の柵が縮む。ゴブリンたちはお預けを食らった犬のように、ジリジリと二人に近付いていく。

 何を考えているのだろうか。何も考えていないのかもしれない。

 

 決まった。決まった。

 

 私たちはここで終わるのだと。

 

「せんせ、やぁっ……!」

「大丈夫、大丈夫……」

『GORR……!』

 

 奴らの手がそこにある。鼻がねじ曲がるような臭いがそこにある。 

 

 院長は震える女の子をしっかりと抱きしめ、絶望の覚悟を決めた時ーー

 

 

 

 

 風が、吹いた

 

 

 

 

『GOB?』

「……何?」

 

 絶望が訪れない。直ぐ側にあるのに。

 

 

 院長が絶望に顔を上げると、それらは……空を見上げていた。その表情は……不安?

 

 そして……空はない。

 

 

「まっくら……?」

 

 

 その刹那-

 

 

 

 

 

         嵐が生まれる

 

 

 

 

『GOBBURRー!!?』

「きゃ、ああぁ!!」

 

 

 突風!烈風!!

 何処から来たのかも分からぬ業風が彼女らを、奴らを、全てを飲み込む。

 風などと生易しい表現は頭にも浮かばない。

 ばしゃばしゃと音を立てる雨が叩き付ける。これは雨か?まるで異様な圧が押し潰してくるような感覚すら覚える。冷たいなど感じ得ない。

 

 吹き飛ばされないよう、院長は女の子を一層強く、痛い程に抱き締め、折れた杖をどうにか地面に突き刺し耐えた。

 

『GO、RUUー!!!』

「く、ううぅ……っ!!」

  

 ぐしゃり。べしゃり。

 

 緑の柵は一瞬で破壊され、奇声と共に宙を舞う。

 叩きつけられ、崩壊した家屋の木材に身体を貫かれ、果ての闇夜に吸い込まれ消える。

 

 

 ……助かった!助かった!?

 

 

 喜べない、声も出せない。呼吸すら難しい!!

 院長は足に矢が刺さっている痛みも忘れて、ただただ耐える。耐える。

 耳元で爆弾が弾けているかのような轟音に包まれても、耐える。

 

 そして。

 

 女の子は、その嵐の中で

 

 

 一頭の龍を見つめていた

 

 

「きれい……」

 

 

 黒天の彼方に、白が在る。

 たなびくそれは、夢物語にある神の絹衣のようで。幼い女の子を魅せるに足る彩り。細く流麗な姿には確固たる威厳がある。

 

 

         ーオ……オォ……ー

 

 

 彼女には聞こえる。

 

 脳内に波紋を描くような、高く美しい唄が。

 

 常人では決して触れることは出来ない、嵐を纏い……空の中心に在るその姿。

 

 

 でも、どうしてだろう。

 

「泣いてるの……?」

 

 女の子のその言葉に答えるように、それは空へと姿を隠す。

 そして嵐は……彼と共に消えた。

 

 夜は沈黙する。

 

 

 ……。

 

 

「わ、たしたち……生きてるの……?痛っ!そうだ、私足を……だ、大丈夫!?怪我はない!?」

「……だい、じょうぶ」

「院長ー!ご無事ですかー!」

 

 孤児院に隠れていた人々が駈けてくる。

 ゴブリンはもういない。あの嵐は奴らを殺し、この村を蹂躙した。

 

 ……そして、人々を。女の子を救った。

 

「また、会える……かな」

 

 嵐はもういない。

 あるのは夜空と、二つの月だけだった。

 

 

 

 

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