永久に続く蒼に囲われた緑と、芽吹く生命の息吹
白銀に囚われた世界に色は無く。だが確かに命の邂逅は朱に染める
灼熱の泉は留まることを知らず、地を覆い、新たな地を成し、彼らの礎となる
その地、古龍の目覚めと共に在る
嵐の在るべき果ての地。その人の児は古に刃を向け、空を落とした禁足地
彼らは、生きている
狩人の中にて、それを映そう
狩人よ、狩人よ
「わ、たし……ハ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「皆早く!早く入って!!」
二つの月が、一つの村を照らす。しかしそれは残酷で当たり前な現実を照らすだけで、人の道を示さない。
魅せるのは体液にまみれた絶望。
喰われる運命。
ゴブリンに襲撃される村という日常がまた、この世界で起きていた。
「雇った冒険者はどうしたんだよ!?」
「ゴブリンに襲われた奴がどうなるなんて、分かってるだろ!!」
「助けて!やぁあっ!!」
「こっちに、早く!!」
ゴブリンは弱い。最も弱いと書いて、最弱の魔物。
一個体であれば、鍛練もしていない大人でも倒せるという話は余りにも有名だ。
……ゴブリンは狡猾だ。ゴブリンは繁殖能力が高い。雌を犯し、その種の存続を求める。
奴らを侮り、歴戦の冒険者の一党が全滅するなんて話は余りにも有名だ。
村がゴブリンの襲撃を受け滅びるなんて、余りにも有名な話なのだ。
「院長!孤児院の子供たちは地下に避難させました、貴女も早く!!」
「まだ追われている方々がいらっしゃいます!全員が避難出来るまで、私は……!」
「しかし……!」
「貴方は先に戻り、避難した人々を守るのです!私が戻らなくとも構いません、決して扉を開けさせないで!必ず助けが来るはずです……!行きなさい!!」
孤児院の扉は閉められた。
大勢のため、一人が犠牲になる。そんな美談は生まれても、直ぐに穢らわしいもので上塗りされるのだろう。
親を失くした子供たちの憩いの場。それを一人で築いた彼女に、そして私たちに何たる仕打ちだろうか。今ばかりは神を憎んでしまいそうだ。
『GORRB!!』
「っ!」
院長は孤児院を背に、飛び出してきた緑をなけなしの魔術で応戦する。
女が一人で立っている。それは奴らにとって餌付けと何ら変わらない。しかし退く訳にはいかない。
緑の波は止まらない。悲鳴も止まらない。耳障りな笑い声も止まらない。
……これが現実ならば。真実ならば。
決して欲しくなどなかった。
「いんちょう、せんせい~……どこにいるの~……」
「っ!あの子、まだ外に……!」
数刻前まで笑顔の眩しかったその女の子は、孤児院の子。昨日新しい歌を教えてあげた子。
泣きじゃくりながらノソノソと歩いてくる。この阿鼻叫喚の最中で無傷とは、奇跡以外の何物でもない。
だが奇跡は一度だから奇跡なのだ。
彼女の奇跡は終わった。
彼女の後ろにいるゴブリンがそれを証明するだろう。
『GORRBUU!』
「離れなさいっ!!……あぁっ!!」
「せんせー!?」
女の子に迫るゴブリンを倒すことは出来た。
だがそれは、定まった運命を先伸ばしただけ。
触媒の杖は折れ、足を矢で射ぬかれた。ドプリと血が流れていく。歩くことすらままならない。
……毒はない?それが救いだと思えればどれだけ良かっただろうか。
彼女らを囲む緑色の柵は、完成している。
また一つの日常が、始まろうとしている。
「せんせー!せんせー!?血が出て……!!」
「大、丈夫……大丈夫っだからっ……っ」
それは誰に対しての慰めか。
緑の柵が縮む。ゴブリンたちはお預けを食らった犬のように、ジリジリと二人に近付いていく。
何を考えているのだろうか。何も考えていないのかもしれない。
決まった。決まった。
私たちはここで終わるのだと。
「せんせ、やぁっ……!」
「大丈夫、大丈夫……」
『GORR……!』
奴らの手がそこにある。鼻がねじ曲がるような臭いがそこにある。
院長は震える女の子をしっかりと抱きしめ、絶望の覚悟を決めた時ーー
風が、吹いた
『GOB?』
「……何?」
絶望が訪れない。直ぐ側にあるのに。
院長が絶望に顔を上げると、それらは……空を見上げていた。その表情は……不安?
そして……空はない。
「まっくら……?」
その刹那-
嵐が生まれる
『GOBBURRー!!?』
「きゃ、ああぁ!!」
突風!烈風!!
何処から来たのかも分からぬ業風が彼女らを、奴らを、全てを飲み込む。
風などと生易しい表現は頭にも浮かばない。
ばしゃばしゃと音を立てる雨が叩き付ける。これは雨か?まるで異様な圧が押し潰してくるような感覚すら覚える。冷たいなど感じ得ない。
吹き飛ばされないよう、院長は女の子を一層強く、痛い程に抱き締め、折れた杖をどうにか地面に突き刺し耐えた。
『GO、RUUー!!!』
「く、ううぅ……っ!!」
ぐしゃり。べしゃり。
緑の柵は一瞬で破壊され、奇声と共に宙を舞う。
叩きつけられ、崩壊した家屋の木材に身体を貫かれ、果ての闇夜に吸い込まれ消える。
……助かった!助かった!?
喜べない、声も出せない。呼吸すら難しい!!
院長は足に矢が刺さっている痛みも忘れて、ただただ耐える。耐える。
耳元で爆弾が弾けているかのような轟音に包まれても、耐える。
そして。
女の子は、その嵐の中で
一頭の龍を見つめていた
「きれい……」
黒天の彼方に、白が在る。
たなびくそれは、夢物語にある神の絹衣のようで。幼い女の子を魅せるに足る彩り。細く流麗な姿には確固たる威厳がある。
ーオ……オォ……ー
彼女には聞こえる。
脳内に波紋を描くような、高く美しい唄が。
常人では決して触れることは出来ない、嵐を纏い……空の中心に在るその姿。
でも、どうしてだろう。
「泣いてるの……?」
女の子のその言葉に答えるように、それは空へと姿を隠す。
そして嵐は……彼と共に消えた。
夜は沈黙する。
……。
「わ、たしたち……生きてるの……?痛っ!そうだ、私足を……だ、大丈夫!?怪我はない!?」
「……だい、じょうぶ」
「院長ー!ご無事ですかー!」
孤児院に隠れていた人々が駈けてくる。
ゴブリンはもういない。あの嵐は奴らを殺し、この村を蹂躙した。
……そして、人々を。女の子を救った。
「また、会える……かな」
嵐はもういない。
あるのは夜空と、二つの月だけだった。