狩人は竜となりて   作:プラトン

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3.狩人

「ここは……何処だ……」

 

 かつてこうも鬱陶しい目覚めがあっただろうか。

 古龍と対峙すればその者は体力も精神も磨耗し、三日はまともに動けないと言う。

 

 しかし今回は、その比ではない。

 

 覚醒した。その事実に気付くまで幾何時間を費やしたのか。身体を、指一本を動かせることに意識を向けたのは何日を隔てた後か。

 

 そして今理解出来たこと。

 私は仰向けに寝ているのだ。

 

「……っ」

 

 目覚めは最悪。寝付きは悪夢。

 それでも、ハンターとしての本能は諦観を許さなかった。未だ生きろと、誰かが言っている。

 

「ツキミ、カゲロウ……くそっ、居ないか……」

 

 相棒らの名を呟く。

 決して大声は出さない。ここは恐らく、洞穴だ。それも緩やかな光が視界を遮ることから、出入り口に程近い。

 ……モンスターが入れば、小型でも太刀打ち出来んからな。

 

 彼らの返答は、無い。

 

「ぐ、う……」

 

 どうにか身体を起こす。

 頭が殴られるように痛い。身体の細胞一つ一つが激痛を訴える。

 それでも絶望に浸ることは許されない。

 

「とりあえず、五体満足か……装備も無事だな」

 

 痛みは酷いが、身体があればどうとでもなるだろう。ハンターとして培った能力を存分に生かすことは出来る。

 何よりも装備が無事なことは、私に大きな希望を与えた。

 今までもこの身一つ、そして愛剣と防具で狩り場を駈けてきたのだ。

 

 安堵を覚える位の慢心も、今は許してほしい。

 

 しかし、一つ気になることは……

 

「なぜずぶ濡れなんだ……?」

 

 そうなのだ。

 まるで豪雨の中を練り歩いたかのように濡れている。思い出したかのように寒気が襲ってきた。

 

 ここは何処なのか。

 お供たちは無事なのか。

 そもそも、一体何があったのか。

 

 他にも留意すべき点は山とあるはずなのに、どうしてもこの異常な濡れようが意識を反らす。

 

 

 

 ……そうだ。まるであの時の……"嵐龍と対峙した時"と似た感覚……?

 

 

 

 ……やはり止そう。

 優先すべきことを忘れるな。

 

「……む、あれは……アイテムボックスか!」

 

 これもまた見慣れた朱のボックスが、洞穴の壁沿いに鎮座している。

 気分はまるで宝箱を見つけた子供だ。

 

「中身も無事……本当にカゲロウには感謝しなくてはな」

 

 お供の一人がそっぽを向きながら、しかし喜びで耳を世話しなく動かす光景が浮かぶ。

 取り敢えずの痛み止めと腹ごしらえのために、回復薬グレートを飲み干し、こんがり肉にかぶり付いた。

 

 ……漸く人心地着いたな。

 

「しかし、本当にここは何処だ……?」

 

 アイテムボックスを探りながら考える。

 

 記憶の最後に残っているのは、空白の空間……裂目……お供を投げた後、私は突飛ばされて……

 何故私はここに?

 ……あのサイコロは、一体……?

 

 ここにモンスターが住み着いていないことも、経験則ではあるが感じていた。

 臭いだ。モンスター特有の、あの臭いが全くしない。

 それ自体には安堵すべきだろうが……逆に気持ちの悪い不安感を煽ってくる。

 

 温度、湿度、日当たり……そして外の気候……。

 

 モンスターが住み着くにはもってこいの環境が整っているはずだ。

 なのに、痕跡すらないなど考えられるのか……?

 

「外に出ないことには始まらんか……ん?」

 

 

 

 ……違和感。

 

 そう、違和感だ。

 

 

 

 私の覗き込むアイテムボックス。

 ……納品していた物が、明らかに減ってないか?

 

 

「どうなっている……素材の半分以上がないぞ」

 

 

 勘違いなどでは決してない。

 明らかに。明らかに、納品されていた"モンスターの素材"が半分以上、消え失くなっている……!

 

 気絶している間に盗まれたか?いや、ならば装備や残りの素材があるのは不可解だ。

 あの揺れの最中に紛失した?先程カゲロウの納品術に舌を巻いたばかりだ。事実、荷造りは解けていない。

 ゆめゆめ有り得ないことだ。

 

 ならば、何故?どうして……!?

 

「……ダメだ、落ち着け……?」

 

 ふと、自身の右手を見る。

 

 

「嵐龍の角……?いつの間に持って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ー狩人よ 狩人よー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ああアぁァ……!!!?」

 

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!!?

 何だ……これは!!?右手が焼ける……身体の内側から、張り裂けそうだ……!!

 

 今までの狩りでも味わったことのない激痛。

 

 堪らず回復薬グレートを掴み、どうにか喉へ流し込む。

 痛みは引かない。

 なればと秘薬の巾着を破り捨て、その全治の粉を呑み込む。

 

 ……全く効果がないとは……!!!

 

 

「ぐ、おぁ……あがあぁァぁっ!!」

 

 

 のたうち回る。立っていられない。

 凸凹の地面に装備が擦れ、ガチガチと気味の悪い音を奏でる。それすらも、私の体内から響いているかのように感じる……!!

 

 そして、防具の隙間から覗く腕の皮膚を見た時……刮目した。

 

 

 

 「青い……鱗だと……っ!? 

  これは、私の身体から……!!?」

 

 

 

 青い。蒼い鱗が私の身体を覆っていく。

 身体に留まらない。装備ごと、飲み込んでいく……!

 

 何だ……何だっ!何だと言うんだぁ!!

 

 

 

 

        ー狩人よ 伴にー

 

 

 

 

 

 

 意識が、ぶつりと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 走る。走る。ひたすらに走る。

 

 私は、冒険がしたかった。世界を見たくて、知らないものを知りたくて。 

 だから木々生い茂る故郷から出て、冒険者になった。

 同族はほぼおらず、他種属の文化や技術に振り回される毎日だったけど……私は確かに、世界を見れた。

 

 楽しかった。綺麗だった。

 私の弓手としての腕を必要としてくれる仲間がいた。

 

 今日も、そんな冒険のはずだった……!

 

「あうっ……!」

 

 視界が反転し、大地に身を投げ出す。

 痛い……森人(エルフ)の私が森林で足を捕られるなんて……!

 

「は……あ……っ……やだなぁ、もう……」

 

 今日も新しいものが見つかるはずだったのに。

 綺麗なものを見つけるはずだったのに。

 仲間と美味しいものを食べるはずだったのに。

 

「こいつ等の……せいで……っ」

『GOBBU!!』

 

 小鬼(ゴブリン)

 私だって、何度も殺めてきた最弱と揶揄される魔物。銀等級になってからはその姿はどころか、名前すらも聞かなくなっていた存在。

 

 そんな格下の輩に、私の一党は潰された。

 

 本当にどうして……こんな……。

 

 ゴブリンは雄を喰い殺し、雌はその身体と心が朽ち果てるまで犯すという。そこに知恵ある者の尊厳などありはしない。冒険から想像も出来ないほどに醜悪な世界。

 

 私はそれを新人の時に吐き気がする程聞かされた。

 だけど、その現実を目の当たりにすることなく、ここまで来れた……来てしまった。

 それは幸運なこと?それとも不幸なこと?

 

 ……今の私には、分からない。

 

 ただ。こいつ等が私の仲間を虐殺した光景は。バラバラにした光景は。他のエルフが絶望に染まったその顔は。

 

 紛れもなく、不幸なんだ。

 

「は、あはは……」

 

 ……何を笑っているのだろう。

 仲間を置いて逃げ出して。弓矢はへし折られ。無様に転んで。立てなくて、逃げ場なんてなくて。

 

 十数体のゴブリンに囲まれて。

 

「全然、楽しくないなぁ……」

『GORRB!』

 

 あぁ、終わる。全部終わる。

 

 

 

 ……あの妹も、きっと冒険者を目指すんだろうなぁ。私がそう煽ったんだから。あの子、からかうとすぐ本気になるから、仲間が出来るか心配だけど……

 せめて、私みたいな最後には、ならないでね……

 

 

 

 涙が、一粒。

 

 森の緑。奴らの緑。

 

 

 

 ……だからよく見たくて、涙をすぐに拭った。

 

 

 

『キィアァ!ギィアァッ!!』

 

 蒼が、現れたから。

 

『ガアァアッ!』

『GOBR!!?』

 

 蒼が緑の一つの首に喰らい付き……噛み千切った。

 噛み、千切った。

 

「な、に……?」

 

 何が起きているのだろう。

 私は分からない。ゴブリンも分かっていない。その蒼すらも、分かっていないのかもしれない。

 

『ギイィッ!』

『G……BR……』

 

 蒼は止まらない。

 その黄色い嘴にも似た牙を赤く染めながら、もう一匹のゴブリンの頭を噛み潰す。

 絶命。しかし放さない。その死体を、呆けている一匹に叩き付けた。頭部に直撃、ゴキリという音が聞こえる。

 

 私の頬に、ピチャリと赤が付く。

 

「……」

『GOBBLE!!』

「っ、危ないっ!」

 

 自らの状況も忘れて、蒼に叫んでいた。

 

 怒りに還ったゴブリンが合図も無しに、一斉に蒼へと武器を振り下ろした。

 棍棒、錆び付いた短剣、手斧。

 

 私の仲間を殺したそれらが、蒼に吸い込まれる。

 

 ーまた、あの嫌な音が出る……!!ー

 

 しかし聞こえたのは、奴らの武器を弾く音。

 

『GOB!?』

『ギッ、ガアァア!!』

『GO……ッ!』

 

 蒼の鱗には、傷一つ付いていない。

 

 蒼の牙が奴らの命を刈り取っていく。しなる尾が奴らの身体構造を破壊する。

 

『GOBRU!?』

 

 数十もいたゴブリンは、一匹になっていた。

 身体の捻曲がった同胞。身体の一部が無くなった同胞を見た最後の一匹は、脱兎の如く逃げ出す。

 

『ギィアァ……!』

 

 その背を見た蒼が、跳躍する。

 

「え……っ!?」

『GOB!?GORッ』

 

 ゴブリンの声は続かない。

 蒼の足が踏み潰したから。

 

 ……死んだ。

 

 

 ……。

 

 

「……あ、あの……」

『ギィアァ!!』

「っ!」 

 

 蒼。蒼い獣が私を捉える。

 赤いトサカに、黄色の嘴。その眼は鳥類にも似た鋭い眼光を放っている。ゴブリンを踏み潰した足は細くも強靭な筋肉が付いている。

 

 ……いや、何をしてるの私は。何故声をかけた。

 

 助けてくれたのではない。彼はそこにいたゴブリンを凪ぎ殺しただけだ。

 それにどう見ても、意志疎通が図れる生物ではない……。

 

 ……私は全然助かってなんていないんだ。

 蒼がゆっくり近付いてくる。殺される……?

 

「……ありが、とう……」

 

 でも私は、そう言った。

 言わなければならないと思ったから。

 ……何故か、自然に笑えたから。

 

 蒼と私の視線が混じる。

 

『……ギィアァ』

「え……」

 

 蒼が踵を返して駆け出した。

 

 ……行ってしまった。

 

 森の音が聞こえ始める。風の後やさえずりの声。

 

 ……助かったの?

 

 ……彼は、何だったのかな。

 

「私、なんで"彼"なんて……?」

  

 

 

 その後、私はギルドから派遣された冒険者の救助を受けた。何事があったとか、後遺症はないとか、仲間の遺品は回収されたと。

 

 

 

 

 ……蒼い彼のことは、誰も知らなかった。

 

 

 

 




※花冠の森姫とはまた違う人物です
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