「隣町のギルドでしたら、正午には着けるでしょう。道中にお気を付けて」
「はい。短い間でしたが、お世話になりました!」
いよいよ実感が沸いてきた。
修行もして、冒険者の基礎は出来ている。そう先輩にも鼓舞されたけれど、やはり不安は残った。
でも、ついに。数時間後には私も冒険者なんだ……!
不安と期待がない交ぜになった、冒険初心者特有と言ってもいい雰囲気を纏った女神官。
その姿を微笑ましく眺めるこの村の院長は、さながら母親のようだった。
孤児たちの母親代わりという点では、決して間違いではないが。
「宿が無いと聞いた時は驚きましたが……あちらでも、ギルドが無いなんて慌てないで下さいよ?」
「そ、その件は本当にお世話に……!恥ずかしいばかりですっ……」
院長はからかったように言うが、女神官の方は本気で恥じているようだ。
この村は隣町のギルドへの経由地点として、冒険者だけでなく商人など多くの人が訪れる。
当然、宿は大盛況。
女神官は見事にその外れクジを引いてしまったという訳だ。
院長に悪気は無いのだろうが、やはり気持ちが落ち着かない。どうにか話を反らそうと、女神官は慌てて口を開く。
「そ、そう言えば!此方の村、お名前からは想像出来ない位に穏やかな良い所で、驚きました!また是非お邪魔したいなんて……あ」
女神官はハッと気付いたように黙る。しかし言葉は飲み込めない。
……今の発言じゃ、まるで此処を馬鹿にしてるみたいだ。お世話になった方々に対して、私はなんて失言を……!
「ご、ごめんなさい!私、酷いことを……!」
「大丈夫ですよ、普通はそう言った意味で捉えます。この名を提案した私でさえ、誤解を与えるのは自覚してましたから」
「え、院長さんが名付けられたのですか……?」
「ええ、まあ……村の皆も賛成してくれました」
ーこの名に後悔など、少しもありません。誉れとさえ思ってますよ。
院長は付け加えるように、しかしハッキリと答える。その眼差しの向こうには、村の営みがありありと写っていた。
無邪気に駆ける子供たち。世間話に花を咲かせる女性。互いの仕事を称え会う男たちと、一杯の酒。
そこは正に、平和であった。
「"嵐の村"……私たちはあの嵐があったからこそ、今があるのですよ」
「嵐って……数年前の大災害のことですか?……あっ」
「ふふっ、構いませんよ。私たちにとっても、あれは大災害……いえ、"天災"でしたからね」
女神官の背が縮こまってしまった。その頭をポンポンと優しく撫でる院長を見ると、どちらが神官か分からなくなる。
一年前にここら一帯の地域を震撼させた"大災害"
それは一部の者らが語った『神の水遊び』という名で世界に轟いた。
深夜。雲一つなく、二つの月光が大地を照らしていた時。
墨を塗るように空を黒雲が埋め付くし、地割れの如く雷が駆け巡った。
そして一迅の風と共に……嵐が現れる。
「家屋はことごとく倒壊し、豪雨が槍となって私たちを打ち付けました。あの風はまるで私たちを天空に誘っているようで……今でさえ、そよ風を受けると思い出してしまいます」
「では、どうして……」
ある種のトラウマではないか。その名を村に付けたのは、戒めのためか?
そんな疑問に院長は力強く首を横に振った。
「確かにあれは大災害。犠牲になった方々もいることでしょう。ですが私たちは……あの天災に救われたのです。忌まわしいゴブリンの悪夢から」
「あ……」
ゴブリンが村を襲う。
それはこの世界で最早常識と言って良い程、よくある悲劇。冒険者になっていない女神官でも理解できることだ。
大災害。
それは、人間に限った話ではない。生きとし生けるもの全てに平等に訪れる絶対的な力。
しかしそれが、この村を奴等の魔の手から救った。
偶然?偶々?時の運?
……何だって良い。
この村は確かに、救われたのだから。
「世界に爪痕を残した大災害であっても、私たちは救われました。それを否定したくない……残したい。だから"嵐の村"なのです」
「……ごめんなさい。私ではそのお話に共感が……いえ!とても良いお話だとは思うんですけど……その……」
「分かってますよ。事実、不謹慎だと憤慨される方もいますし、それは受け入れるべきだと思ってます」
この村は確かに救われた。
一方で大きな被害を出した人や村も、確かにいる。
女神官はその立場上、生命の在り方に敏感だ。
救い、同時に殺め奪った大災害。そこにどの顔を向ければ良いのか。
既に二回、失言を繰り返した彼女は尚更、言葉が分からなかった。
ーでもきっとこの人は。この村は。
いつまでも語り継ぐんだろうな。
「ふふっ、長話になってしまいましたね。向こうの馬車、そろそろ出そうですよ?」
「ええっ!?わ、ホントだ……!えとえと、お世話になりました!また何処かで!!」
「貴女に嵐の加護が在らんことを……」
女神官は慌ただしく走っていく。
「……」
院長が仰ぎ見た空は、青く。何処までも蒼く。
嵐はいない。
「嵐の龍よ。見守って下さいますか……?」
それは、天空に溶けていった。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「……はい!これで登録は完了ですよ!」
「あ、ありがとうございます」
院長の言う通り、女神官は太陽が昇りきる正午前には目的のギルドへと到着。
無事、冒険者としての手続きを終え、その証明たる白磁等級の証を首から下げる。
新人冒険者、女神官の誕生だ。
……一瞬ギルドへの道で迷いかけ、人に尋ねたことは秘密である。
「えと、その……この後って何をするべきなのでしょうか?」
「そうですね……この街を回ってみるのも良いと思います。ただ金銭に不安がありましたら、まずは同行者を見つけてからの出発が良いでしょう」
笑顔の眩しい受付嬢はスラスラと話す。
恐らく、同じような応答を繰り返してきたのだろう。それでも相手が萎縮しないように話すその姿勢は、流石ベテランと言ったところ。
女神官は聖職者だ。
その役割上、仲間をサポートすることに真価を発揮する。つまり彼女単身で依頼に出向くなど、討伐関連であれば自殺行為という訳だ。
仲間を探せという助言は妥当だろう。
しかし彼女はたった今冒険者になったばかり。
この街に冒険者の知り合いがいる訳もなく……。
……今日は街巡りにしようかな?でも手持ちが心もと無いし……。
「なあ、良かったら俺らのパーティーに入らないか?」
そんな葛藤の最中、声をかける者が一人。
女神官と同じように、新品の装備を身に付けた一人の剣士だ。
男剣士の後ろには、女武闘家と女魔術師が控えている。
「今もう一人欲しいなってところでさ。回復役が居てくれれば安心だし」
「どんなお仕事ですか……?」
「ゴブリン退治さ!」
ゴブリン。
最弱として名を馳せる魔物。
それとは別に"嵐の村"での話もあって、女神官は少しだけ、説明できない感情を抱く。
しかしそれも、冒険に胸を高鳴らせる剣士の前では、すぐに消えた。
受付嬢曰く、登竜門としても新人がゴブリン退治を請け負うことは珍しくないらしい。
「……分かりました。私で良ければ」
「本当か!?よっしゃ!じゃあ受付嬢さん、さっきの依頼は四人に変更でお願いします!」
「はい、分かりました」
……気のせいかな?今、悲しそうな……?
「私は魔術師、よろしくね」
「武闘家よ、前衛は任せて!回復とか、頼りにするわ!」
「あ、はい!こちらこそ……!」
依頼を受け。仲間が出来て。今まさに冒険が始まろうとしている。
以外にも、冒険者とはせっかちな存在なのかもしれない。
「では再度の注意になりますが……"例の獣"には気を付けて下さいね」
「例の獣……って何ですか?」
「最近、この近くで謎の獣が確認されているんです。人の子供程に小さいとのことですが、とにかく素早いとか。
それに、武装しているとの情報もあります。被害報告は来ていませんが、十分に注意を払って下さい」
小さく、素早い。しかも武装している……?
武器を持つということは、高い学習能力がある証拠だ。ゴブリン……にしては素早いと言うのがしっくりこない。
結局、駆け出し冒険者の女神官には分からないことだった。
「まあ、気を付けていきましょ?あいつ先行っちゃってるし、あなたもほら!」
「あ、はい……!」
「お気を付けて~!」
こうして、四人は初めての依頼へと、一歩踏み出す。
『GOB!?GORRBッ』
『GOBBLEー!!?』
暗闇の中を、ゴブリンの悲鳴が走る。
死んだ。また死んだ。
何かがいる。だが仲間が分からない。見えない。聞こえない。感じない。分からない……!
『GOBUR……GORッ』
また、首が跳んだ。あれは誰の首だ?
……自分の首だ。
どしゃりと、落ちる。
「……」
ー狩場の音は、命だ。自然になれ。狩猟は行為ではない……現象と知れー
「忘れないニャ……旦那さん。必ず、見つけて」
運命の出会いは、すぐそこだ。