狩人は竜となりて   作:プラトン

6 / 9
6.別れ道

 

「じゃあ、皆さんも一党(パーティー)を組んだのはついさっきだったんですか」

「あの受付嬢さんには等級の高い人が来るまで待つことを勧められたんだけど、ゴブリン相手なら楽勝さ。俺が全部斬り捨ててやる!」

「ま、この馬鹿は置いといて……この人数なら十分でしょ」

 

 剣士が自慢気に長剣を振りかざす。その姿勢には一末の不安もないようで、早く悪魔やドラゴンを相手取りたいと高らかに語った。

 ゴブリンなど、白磁等級から上がるための踏み台としか考えていない。

 

 そんな彼を嗜める武闘家も、自身の技には過去の訓練を根拠として全幅の信頼を持っているようだ。

 

 寡黙な魔術師も、二人と同じ。

 卒業した学院がどれ程なのか、女神官には分かりようがないが……彼女を鬱陶しげに見つめる表情からして、相応の自尊心があるのだろう。

 

 己の腕と自信に満ちた三人。白磁等級でも攻略可能なゴブリン退治。

 

 

 ……だからこそ、女神官の心に暗い靄がかかる。

 

 

「あの、やっぱり一度戻りませんか?ろくに準備もしてませんし、熟練者を頼った方が……」

「ええ?ここまで来て?」

「……何あなた、今更怖じけ付いたの?」

「そ、そういう訳では……」

 

 彼らの反応は、残念なことに女神官の予想通りだった。いや、魔術師に睨まれた分予想の上をいったかもしれない。

 

 剣士の言う通り、目的地の洞窟までの道は半分を切っている。戻るにも中途半端な距離と時間だ。

 何より、彼らの士気は高い。

 初めての依頼。簡単なゴブリン退治。早く上の位階に昇りたい。その全ての要素が、女神官に反対だと言っている。

 

「そんな不安にならなくても大丈夫よ。何より怪我をしたら、貴女がいるじゃない。頑張っていきましょ?」

「……はい」

 

 

 他の二人を諌めるように、女神官に語りかける。

 

 この一党の中でも特に友好的であろう武闘家でさえ、遠回しに戻りたくないと言っているのだ。

 既に、依頼の完遂は確定事項になってしまった。

 

 そして、頼られている。

 ……選択肢など、一つしかない。

 

 

 

 ーあの夜。ゴブリンに襲われた夜ー

 

 

 

 嵐の村で聞いた話が反芻する。

 ……偶々。そう、偶々今日、そんな話を聞いたから不安になってるだけだよね。皆さんもいますし、大丈夫。きっと……。

 

 

「よーし!目的地まであと少しだ!ちゃっちゃと行って、大物倒しにいこうぜ!」

「気が早い……あなたじゃ装備の運搬とかの裏方作業で精一杯よ」

「そんなことねぇよ!俺の腕見せてやるからな!」

「あ、あはは……」

 

 魔術師が煽り。剣士が怒り。武闘家が溜め息をつき、女神官が控えめに笑う。

 正に、絵に描いたような理想の一党だろう。

 

 これが冒険。

 

 冒険……。

 

 

 ……本当に……?

 

 

 

「……あうっ」

「あ、ごめんね?大丈夫?」

「いえ、全然……どうしたんですか?いきなり立ち止まって……」

「いや、何かこの馬鹿が止まれって」

 

 女神官の悩みの中、彼らの足が止まっていた。

 目的地までは、まだ少しかかるはずだ。

 

「ちょっと、どうしたのよ?」

「……見ろよ、あれ」

「あれ?あれっ……て……っ!?」

 

 剣士が指差した先。

 それを見た武闘家は小さく悲鳴を上げる。いや、女神官の声だったかもしれない。

 

 整備もされていない獣道。

 好き放題に生い茂る緑の中に、一匹の緑が血塗れで倒れている。

 

「ゴブリン……!?」

 

 見違うことない、ゴブリンだった。

 

「うえ、何……?他の魔物に食い殺された?」

「いや、腹が斬り裂かれてる。真っ直ぐな線だ……鋭利な刃物にやられたのかな。それこそ、俺の剣みたいな」

「……絶命から、一日二日ってとこらかしら」

「わ、分かるんですか!?」

「学院でもこの手の死体は研究で見るのよ」

 

 一行は恐る恐る近付き、決して触れはしないものの、まじまじと観察していた。

 凸凹とし、骨にへばり着いたかのような緑の皮膚。

 これから討伐に向かっていた一行ではあったが……突然の対象の死体に衝撃は隠せない。

 

 冷静に分析する剣士と魔術師でさえ、表情は歪んでいる。

 

「……ひあぁ、よく見れば蟲だらけじゃない!無理無理!そんなの放っといて早く行こうよ!」

「う……そ、そうだな」

 

 魔術師が言った、絶命から一日二日経っているのが正確であれば、蟲が沸くのも当然だ。

 その亡骸を喰らい、分解し、土に還る。

 自然の摂理による循環……それを気持ち悪いと評された蟲たちは気にせずそれを喰らっている。

 

 これからの依頼にあったゴブリンの一匹なのか……その話は後回しにしよう。

 そう、剣士が立ち上がった時。

 

 

 

 

 ゴブリンの死骸が、ぼこりと膨れ上がる。

 

 

 

 

「ひっ!?」

「な、何だ!?」

 

 奇怪。ゴブリンの腹が盛り上がるという、十五歳そこらの彼らには余りに刺激の強い光景。

 当然、反射的に距離を取る。

 

 しかしゴブリンの腹から出た"それ"は、その反射速度を上回って……剣士に飛びかかった!

 

『キィ、キィイ!』

「な、何だよこいつ!?気持ち悪ぃ!!離れろ!」

「何!何!?何なの!?」

 

 "それ"は、白い芋虫のようだった。

 剣士に飛びかかり、その胴宛てに食い付く……いや、吸い付いている。

 それでいて、尾とも触手ともいえない残りの部位をブルブルと震わせる"それ"は……端的に言って、とても気持ちが悪い。

 

「くそ、どうにか……痛っ!こいつ、肌に吸い付きやがった!!」

『キィイ!!』

 

 剣士がどうにか振り払おうと"それ"を掴むが、濡とした粘状に阻害される。

 武闘家らも、剣士に吸い付いている"それ"のせいで下手な攻撃を出せない。そんな頓着が続く中、段々と大きくなる"それ"を見た剣士は、器用にも長剣で"それ"を突き刺した。

 

『キィイ……ィ……』

「このっ……全く、びびったぜ。何だよこれ……!?」

 

 べしゃりと地面に叩き付けられた"それ"。

 

 あるのは、螺旋状な小さな牙がびっしり並んだ大きな口と、白いスライム状の胴体だけ。

 口と胴しかない。しかもいつの間にか死骸のゴブリンと同等以上に大きくなっている。

 

 不気味以外の、何物でもない生物だ。

 

「気持ち悪い……こんな奴見たことねぇよ」

「私も……学院で習ったりした?」

「いえ、全く……初めて見たわ」

「そ、それより大丈夫ですか!?怪我は……!?」

「あ、あぁ。特に問題は……ぐぅ、頭がくらくらする。こいつすげぇ血が出てるし、吸われたな……」

「感染症の危険もあります、すぐに消毒しましょう!」

 

 流石、回復役として選ばれた女神官。狼狽こそすれ、応急処置の手際は早い。

 

「傷は浅いですね……でも、少し休んでから進んだ方が」

「いや、この位なら大丈夫さ。時間も押してるし、先に進もう。ったく、飛んだ目にあったぜ……」

 

 ゴブリンの死骸。

 次いで、飛び出してきた謎の魔物。本当に飛んだ目である。他の二人も早く進みたい……というよりここから離れたいのか、剣士を気遣いながらも先を急いだ。

 

 女神官もすぐに後を追いかける。

 

 

「……」

 

 

 ゴブリンの死体と、謎の魔物の死体は、そのままそこに遺された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

「やっとついたと思ったら……今度は何だよ!?」

「喋ってないで手を動かして!ああもう、鬱陶しいわね!」

 

 無事?に目的地にたどり着いた一行。

 しかしそこで彼らを歓迎したのはゴブリンではなく……大量の羽虫だった。

 

「このっ、すばしっこい!」

「えいっ、やあっ!!」

 

 どう見てもただの羽虫ではない。

 人の頭程の大きさをした蟲がブンブンと飛び交う光景は、悪夢でしかなかった。

 纏わり付いたかと思えば、不規則な軌道を描いて距離を取られる。

 

 彼女らは叩き落とそうと必死なのだろうが……端から見れば奇妙に踊る変人集団そのものだ。

 

『ピィギィッ!』

「うわっ、また飛ばしてきたぞ!」

「でもその時に動きが止まるわ!逃さないで!」

 

 羽虫の有する針から飛び散る、粘液とも液体とも分からない液。それは最初に当たった剣士により、危険性はないと判断されていた。

 つまり、溜めるために停滞するその瞬間が好機。

 

「はっ、せいっ!」

「おりゃあっ!」

『ピギィァ……ッ』

「数が減ってきた……もう少し!」

 

 剣士に裁断され、武闘家の武術が羽虫をバラバラに弾き飛ばす。

 

 耳障りな羽音も数少ない。

 漸く終わりが見えてきた……そんな魔術師の余裕を掻い潜るように一匹の羽虫が彼女の首もとに回り込む。

 

「魔術師さん、危ないっ」

「え……?」

 

 警告すべきではなかっただろう。

 

 ……ぶすり。

 

 羽虫の針が、魔術師の細い首に打ち込まれた。

 

「あ……え……」

「魔術師さんっ!?」

「くそ、これで最後っ!」

『ピグゥ……』

 

 剣士の一線が残された一匹を真っ二つに裂く。

 もう、あの羽音は聞こえない。しかし代わりに、彼女らの狼狽えた悲鳴が聞こえる結果になった。

 

 魔術師が膝を折り、倒れ伏したのだから。

 

「魔術師さんっ、しっかりして!」

「まさか死んでないよな、おい!?」

「う……し……」

「死……っ!?」

 

 彼女の口から零れた、一つの言葉。

 まさか。そんな、まさか……っ!?

 

「し、痺れひぇ……動けにゃ……い……」

 

 ……魔術師がびくりびくりと、小刻みに跳ねた。

 

「ま、麻痺針か何かだったのか……?」

「脈とかは問題ない……少し経てば大丈夫そうね……」

「ふ……ん、あ……っ」

「……ゴクリ」

「……あんた何やってんの?」

「な、何もやってねぇよ!!」

「……?」

 

 ……どうやら、問題ないようだ。

 

 ピクピクと悶える魔術師を見た剣士が突然前屈みに座り込んだが……本人が言うのだから問題ないのだろう。

 

 妙な空気が漂うが、彼女らの推測は正しかったようだ。

 魔術師がどうにか身体を起こす。

 

「だ、大丈夫ですか?ご気分は……」

「最悪に決まってるでしょう……!もう、衣装は汚れるし妙な虫に刺されて痺れたし……首に変な跡とか針残ってないでしょうね……?」

 

 早々と愚痴が言える当たり、大丈夫そうだ。

 

「しっかし……さっきの白い魔物と言い、今のでかい羽虫と言い……災難ばっかりだ」

「どっちも知らない魔物……なのかな?終わったらギルドに報告した方が良いよね……」

 

 足元には、今しがたバラバラにした羽虫の死骸が散らかっている。光沢のある薄羽が日の光に反射するのはある種芸術的だったが……襲われた彼女らにそれを楽しむ気概はない。

 

「行けそうか?」

「問題ないわ。魔法もまだ使ってないし……早くゴブリン退治して帰りましょう」

「だな」

 

 最早、行き掛けに持っていた熱意は冷めつつある。

 早く終わらせたい。その一心で、一行は松明片手に目の前の洞穴へと歩を進めた。

 

「……」

「神官ちゃん?そんなばっちい物触ってないで、早く行きましょうよ」

「あ、はい!今行きます……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い芋虫。巨大な羽虫。

 その一党は、依頼早々に苦汁を舐めさせられ、漸く本来の目的にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その苦汁こそが。

 奪われた時間こそが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……新人の冒険者か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの運命を大きく左右したことを知るのは、もう少し未来の話である。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。