狩人は竜となりて   作:プラトン

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7.もう一匹の狩人

「暗いな……」

「また白い奴が上から降ってきたり、大量の羽虫が出たりしないよね……」

「止めろよ、想像したくもない!」

 

 ゴブリンに集る蟲から、いの一番に距離を取った癖にどうしてそんな想像をするのか。

 加えて嫌味なのは、その想像が想像で済まされない可能性があるからだ。こんな薄暗く狭い洞穴で、白い芋虫やら羽虫にやら囲まれると思うと……吐き気すらする。

 

 結果的に、その可能性が一行の歩を限りなく遅くした。

 武闘家には後で謝らせよう。剣士は密かに誓ったと言う。

 

 まるで泥棒のように、ゆっくりと進行する中……妙な物が松明の光に写された。

 

「なんだこれ……ゴブリンの趣味か?」

「ゴブリンも内装に拘ったりするのかしら?悪趣味ね……」

 

 野生動物の頭蓋骨を模した、妙なトーテム。

 

 しかし肝心のゴブリンは見当たらず、陰気な一本道が続いているだけだ。結局大した関心も寄せることなく、彼らは歩を進める。

 

 

『……』

 

 

「……っ、まだ地味に痛いな。さっき噛まれたとこ」

「無理しなくてもいいのよ?この一本道なら、単体ごとに相手できるし……私一人でいけるかも」

「馬鹿言うな。せっかくの評価を……それにさっきのでストレス溜まってるんだ。思いっきりやらせてもらうぜ……!」

「私もよ。妙な体液で拳を汚されたんだから……早く終わらせるわ」

 

 前衛二人の歩みが早くなる。

 

 そう。一本道である。加えて手狭……目眩ましでもされない限り、前から突っ込んで来るであろうひ弱なゴブリンに遅れを取るはずがない。

 事実、彼らの慢心は正しいのだろう。

 前からであれば、余裕を持って対処出来る。

 

 ……しかしそれは、補助を担う後衛二人を置き去りにする理屈になり得るのか?

 女神官と魔術師は言うだろう。

 

 なり得ない。あり得ない、と。

 

「あの二人勝手に……!苛立ってるのはあんた等だけじゃないっての……!」

「魔術師さん、やっぱりまだ痺れが……」

「私はいいから、あの馬鹿二人を止めてきてよ……!」

 

 松明の明かりが辛うじて届く。それ程の距離を後衛二人は作られてしまっていた。

 魔術師は痺れの余波があるのか、歩行に支障はないものの歩みがぎこちない。しかしまさか、それに携わる女神官も文句を言われるとは思ってなかったろう。

 

 ここは既に魔物の巣窟だ。

 サポートが置き去りにされている状況だけでも異常なのに、ここでそのサポートがまた離れ離れになれば、完全な孤立の完成。

 結果、待ち受けるのは悲惨な運命。

 

 それを想像出来るのも、最初からこの依頼に悲観的な思考を持っていた女神官だけである。

 

 

 ……だけどこんな板挟み、どうすれば……

 

 

 ーコンッ……ー

 

 

「……?」

「……何、何か言い分でもあるの?」

「い、いえ……今何か聞こえたような……」

「何が聞こえるってのよ?この一本道を来たのは私たちだけ。また羽虫の生き残りでも……!」

 

 振り返る。

 

 

 

 ーその絶望は、目の前に来るまで分からなかった

 

 

 

『GORRB!!』

「ゴブリンっ!!?」

 

 何故!?何処から!?

 何でこんなに数が!?私たち後衛だけ!汚らわしい、気持ち悪い!前の二人は何やってるの!!

 

 絶望を前にしても、こんな言葉しか出てこない。助けを求めることも、覚悟を決めることも出来ない。

 だから魔術師に魔法を唱えさせたのは、幾ばかりかの怒りとほとんどの恐怖だった。

 

「ラ、火矢(ラディウス)!!」

 

 命中。しかし、一匹。

 残り三匹。

 

 ゴブリンは臆さない。何故なら、相手は罠にかかった獲物だから。

 女神官を前に追いやったことが、こんな結果を招くとは思いもしなかったろう。狙われ、地面に押さえ付けられる結果など。

 

「くっ……いやっ……!やめてぇっ!」

『GOBBLE!!』

「魔術師さんっ!」

 

 ばきり。

 

 ゴブリンが彼女から奪い、掲げた物。それは彼女の武器であり、命であり、思い出であり、誇り。

 それを目の前でへし折られた。

 それは、彼女の全てを壊すのに余りある衝撃。

 

 なんで私がこんな目に。

 ゴブリンはそんな絶望に浸ることすら許さない。

 

『GOBRuu!!』

「っあああぁっ!!?」

 

 歪な短剣が脇腹を貫く。

 切れ味など必要ない。突き刺さり、悲鳴が上がった。それだけで十分だった。

 

 ゴブリンは三匹。魔術師は致命傷。女神官はがむしゃらに錫杖を振り回すだけ。前衛二人は未だ戻らない。

 つまり。

 

 つまり。

 

         ー魔術師は死ぬー

 

 

『GORRB……GOBッ』

 

 

         ーはずだったー

 

 

「……?」

 

 これは、幻覚だろうか……?

 魔術師の虚ろな目には、ゴブリンの頭部に短剣が突き刺さっているように見える。 

 恐怖の余り。死にたくない故の妄想……いや、死んだ後の夢なのだろうか?

 

 それは、ゴブリンの断末魔が否定するだろう。

 

『GORRB……!?』

「これで……九だ」

 

 そこに居たのは、全身を革鎧で固めた無骨な剣士。

 

 冒険者二人は、背後から急襲したゴブリンになす術が無かった。しかしゴブリンも、自分等を背後から襲ったその剣士に出来ることなどない。

 それこそ、同胞が全滅するまで。

 

「……あ、あなたは……?」

「……これを女に飲ませろ」

「え?」

「解毒剤だ。早く飲ませねば、毒で死ぬぞ」

「っ!?は、はい!」

 

 死ぬ。

 その言葉は女神官の全神経を冷ます。引ったくるように解毒剤を受け取り、魔術師の口元へと押し付けた。

 そして、初めて気付くのだ。

 

 魔術師の息が、浅いと。

 

「ゴブリンの使う毒は厄介だ。奴等の糞尿や汚物を混ぜた在り合わせだからこそ、質が悪い。次に止血しろ」

「え、あ……はい……」

「おい!大丈夫かお前ら!?」

 

 女神官の肩がビクリと震える。

 反論を許さない……反論などしようもない状況に言われるがままだったが、そうだ。前衛二人が漸く戻ってきた。

 

 見知らぬ冒険者。負傷した仲間。ゴブリンの死体……。

 前衛二人は状況が掴めていない。当然だ、全てを見ていた女神官でさえ、そうなのだから。

 

「な、何があったの!?」

「……そ、それが」

「話は後だ。止血と治療に専念しろ」

「は、はいっ」

「ちょ、ちょっと待てよ!あんた一体誰なんだ!?説明してくれよ!」

 

 ……鎧の男は、何も語らない。

 

 本当は、剣士と武闘家も分かっているはずなのだ。だからこそ、兜越しの視線が。黒の中に揺らめく眼光が、直視出来ずにいる。

 顔を背けてしまう。

 

 否定でもいい。言葉が欲しい。

 

「……な、なぁ……」

「お前たちは騒ぎを聞いて、こちらに戻ったのだな」

「そ、そうだけど……」

「戻る途中、後方を一度でも確認したか」

 

 脈絡を得ない応答。

 責めるでもなく、慰めでもない。二人はその質問に首を横に振った。

 

「気に食わん」

「な、何が……?」

「この依頼の概要は聞いている。近くの村娘が最低でも四人拐われているはずだ。そしてその日付から二日は経っている……それだけの期間があれば、こうも少数の群れのはずがない。それにあのトーテム……まだ残りがいるはずだ」

 

 先程この男は、ゴブリンに対し"九"と言った。

 ……数が少なすぎる。

 

「つ、つまり……どういうことですか……?」

「無防備に背中を晒したお前たちを、奴等はみすみす逃さない。今頃、残りのゴブリンがお前らに襲い掛かっているはずだ」

 

 ーこの二人のように。

 

 

 ……前からならば、対処できる。

 単体なら、私でも余裕で対処できる。

 

 ならば、背後だったら?

 

 魔術師は倒れ、女神官は泣き腫らした。

 ……じゃあ、自分たちは……?

 

「男は袋叩きの惨殺、女は村娘同様奴等の生殖道具が妥当だろうな」

 

 剣士と武闘家の顔が真っ青に染まる。

 有り得た未来だ。目の前にまで迫っていた現実だ。その恐怖は、本当に今更だった。

 

「俺は奥に進むが、これはお前たちが受けた依頼でもある……残るか。来るか」

「行きます……!」

 

 真っ先に名乗り出たのは、女神官。

 祈祷を終え、魔術師の傷は痛々しくも既に塞がっていた。顔色も悪くない、これ以上の大事にはならないだろう。

 

 鎧の男は反対しなかった。

 何が出来るかを事細かに確認する。

 

「わ、たしも……行ける……!」

「ちょ、無茶よ!それにあなた、杖がもう……!」

「だからこそ……このまま引き下がれない……命の恩人に行かせて、私だけ寝てるなんて絶対嫌……っ!」

 

 身体が震えている。それは痛みや疲労から来るものではないなど、明白だ。

 しかし、またも鎧の男は拒否しない。

 

 ここまで来れば、彼らの選択は見えていたから。

 

「……俺も、手伝わせてくれ!自分のしでかした事を挽回したい。足手まといにはならないから!」

「私も、お願いします……!」

 

 彼らが何を思ってその決意を語るのかなど、出会って数分の男に分かるはずもない。

 だから彼は、いかに被害を出さずゴブリンを殺せるか。効率的に、絶対的に、私情を挟まずに判断を下すだけ。

 

 それは今も変わらない。

 

「俺を先頭、次に武闘家、最後に神官、剣士、魔術師で列を組め。間に一歩半の間隔を保て……神官と剣士は魔術師の補助だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゴブリンを、殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「その、ゴブリンスレイヤーさん……まだ残りがいるというのは、本当なんですか……?」

 

 急拵えの連携を成すためにも、軽く役割や名前を共有してから洞穴を進む。

 受付嬢の計らいでここに合流したこと。

 彼が銀等級の冒険者であること。

 

 ……ゴブリンの血を身体に塗りたくるという、挨拶にしては過激なそれを終えた一行は既に満身創痍だ。

 

「話した通りだ。入り口付近にトーテム……あれはシャーマンが居座っている証拠。必ず残党がいる」

「でも、本当にいるなら……私たちが背後から奇襲されていたはずなんでしょう?それに私たちは騒ぎが聞こえて戻ったんだから、残りの奴等も気付いてるはずじゃ……」

「……その答えは、"これ"のようだな」

「……?"これ"……てっ!?」

 

 ゴブリンスレイヤーの肩越しから見えたもの。

 

 それは、ゴブリンの死体だった。何処かで見た光景……しかしその数が違う。

 十数匹もの死体が、真っ暗な洞穴に転がっている。

 

「何これ……どういうこと……!?」

「まだ体温が残っている。死んでから数分も経っていないな」

「じゃあ、私たちのすぐ後ろに居たってことじゃない……!!」

 

 いよいよ、恐怖が現実味を持って剣士と武闘家を襲った。

 

 ゴブリンスレイヤーの見立ては外れていなかったのだ。奴等の残りは洞穴奥に潜み、隠れていた。

 二人が異変に気付き引き返した時には、すぐ背後へと迫っていたのだ。正に、餌食となる一歩手前だった。

 

 ……しかし、それらは死んでいる。

 

「な、何で……?」

「……鋭利な刃物で、急所を一裂きか」

 

 つまり、駆け戻る剣士と武闘家が勘づくことなく。全くの隠密でゴブリンらは"何者か"に殺されたことになる。

 音も立てず、悲鳴もなく。

 

 ……可能なのか?そんなことが?

 

 助けられた……のは、事実そうなのだが。それ以上に死体が醸し出す気味の悪さが勝っていた。

 

 

 

 

   ーオアアァ!!グ、オオォォォ!!ー

 

 

 

 

「今度は何!?」

 

 次から次に、勘弁してくれと武闘家の顔が言っている。

 その雄叫びは、洞穴の奥から響き渡る。そしてそれには確かに、痛みに悶える苦しみが孕んでいた。

 

「これは大物(ホブ)か……進むぞ。姿勢を低く、列を乱すな」

 

       ーアアァァァァッ!!!ー

 

 

 尋常ではない叫び声。

 まるで洞穴そのものが揺れているような錯覚を覚える。自分たちに向けられたものではないと分かっていても、足が、身体が震える。

 それでも彼が進む。そしてゴブリンを始末した何かが、恩人がいるかもしれない。

 

 進む。進む。

 

 呼吸の仕方が分からなくなったとき……洞穴は開けた場所へと繋がった。

 

 

 

 

   ……酷惨な、光景だった。

 

 

 

 

『オ、オオォオォ!!?』

 

 彼が言った大物(ホブ)とは、奴のことなのだろう。

 ゴブリンよりも何周り上回る巨体。大地を踏みしめ、全てを握り潰さんとする歪な筋肉の鎧を纏っている。

 

 しかしそれよりも。彼らの視線を奪っている一人……

 

 

 

 いや、"一匹"がいる

 

 

 

「何、あれ……」

「……」

 

 女神官は一体何度、その言葉を口にしただろうか。

 ゴブリンスレイヤーは何度、沈黙を通しただろうか。

 

 彼らが踊るは、ゴブリンの血の池。

 

 その"一匹"は、大物の周りを飛ぶように縦横無尽に駆け回っている。

 その俊敏さは正に、見る者を釘付けに魅了した。

 小さな手に持つ武器は、渦巻き状に螺旋した槍。それを大物に突き立てる度に、血の赤と雷の白が一匹を照らした。

 

 大物が喚く。巨漢を支える足の鎧が壊されていく。大物の身体が傾き、仰向けに倒される。

 

 捕らえることなど出来ない。逃れることなど出来ない。

 

『アァ……オ、オォアァァ!!?』

「黙って終われ、ニャ」

 

 

  ーバチバチッ!ー

 

 

 一匹は無慈悲にも、大物の顔面へと槍を振り落とした。

 ……焼け焦げた臭いが、青白い放電と共に舞う。

 

 一方的な闘い……蹂躙だった。

 

「か、雷……?あの武器から……?」

「……隠れてないで出てくるニャア。血生臭いハンターさんたち」

「っ!?」

「……この暗がりでもお見通しか」

「え、ゴブリンスレイヤーさん!?」

 

 居場所も存在もばれていた。そして得たいの知れない一匹が、巨体の一体を容易く地に伏せた。

 ……謎の獣。危険か否かの判断すら迷わせる。

 にも関わらずあっさりと姿を晒したゴブリンスレイヤーには、女神官らはとにかく、その一匹でさえも面食らったらしい。

 

 潔いのか、怖いもの知らずなのか……単なる馬鹿か。

 ただ、その一匹には好感を持たれたようだが。

 

「やっぱり、君たちかニャ。ずっと見ていたニャ……そこの鎧のハンターさんは知らニャいけど」

「あ、あなたは何者なんですか……?」

「それはオイラも聞きたい所だニャ。何で棒切れを持ってるニャ?それに素手とは……ハンターではニャい?君たち、何者だニャ」

 

 威圧。敵視。

 

 背丈は、ゴブリンのそれとほぼ変わらない。

 しかし言語を発する上、妙な語尾。しなやかな体躯に獣のような手足……。

 

「っ……」

 

 何より、それの有する武器と鎧が、異様な空気を放っている。まるで、巨大な化物と対峙している……そんな圧が。

 そしてそこらに転がっているゴブリンらの死体もまた、一匹と一党に壁を作る。

 

 ……双方、確かめねばならない。

 敵か、味方か。

 

「これは、お前がやったのか」

「見ての通りニャ、片手剣のハンター?さん。見覚えのないモンスター……他種の雌に生殖行動を起こす習性には驚いたけど、"邪魔"だったからニャ」

「邪魔……?何の……?」

「それは……、ニャ?」

 

 獣の細い髭がピクリと動く。

 そして……ニヤリと笑った。

 

「丁度良いニャ。相手を測るには、狩りが一番。信用出来るか、見定めさせて欲しいニャア♪」

「は?何の話を……」

 

 煮え切らなくなったのか、剣士が列を外れて一歩踏み出した……その時だった。

 

 

 

 肉の塊が、足先にベシャリと飛来する。

 

 

 

「ひっ……!?な、何!?」

「……ゴブリンの子供か」

「いや、ちょっと……それよりも……!!」

 

 どうして分かるのか。冷静が過ぎないか。

 ……ある意味、ゴブリンスレイヤー以外の彼らは、正しく冒険者をやっていると言えるだろう。何、何だと疑問を抱き、驚きと発見の連続なのだから。

 

 ……しかし今ばかりは、動じない彼が羨ましい。

 

 

『グルルゥアアァ……』

 

 

 大熊を目の前にしてもゴブリンに視線が行く、彼の精神をぜひ学びたいものだ。

 

 

「君たちは正式なハンターニャのか……それとも、ただのならず者ニャのか……オイラに示して欲しいニャ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ー青熊獣アオアシラー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ここに、初めての狩猟が始まる

 

 

 

 

 

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