狩人は竜となりて   作:プラトン

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8.狩人への証明

「剣士と俺が奴の牽制に入る。その間に武闘家は村娘の救助、残りの二人は合図を待て!」

「うおぉっ!!」

 

 最早、ゴブリンという対多数を想定した事前の打ち合わせは意味を成していない。弱者を多数相手取る、そして強者を一体相手取る……どちらが彼らにとって都合が良かっただろうか。

 

 ゴブリンスレイヤーは言うだろう。ゴブリン相手の方が余程厄介だと。

 新人の冒険者は言うだろう。

 どちらもさして変わらない……死と隣り合わせだと。

 

「酷い……もう、大丈夫だから……直ぐに助けるからね……!」

 

 救いとなったのは、あの大熊が女に執着しないことだ。

 

 武闘家は涙を禁じえなかったろう。

 拐われ、襲われ、犯され孕袋として扱われた女性たちがそこにいる。

 同性として、そして同じ人間として受けた凄絶な仕打ち。それは彼女が受けるやもしれなかったこと。

 

 彼女はもう二度と、ゴブリンを最弱などとは評さないだろう。村娘の数は、事前の情報通り四人。一人ずつ着実に、しかし身体を労りながら、女神官らの元へ急ぐ。

 

『ゴアアァァァッ!!』

「くっ、危ねぇ……!」

 

 大熊の尖爪が、剣士の胸部装甲に掠める。

 

 大熊の体躯は、先程倒された大物とほぼ同格。しかし奴と異なるのは、意外と小回りが効くことだ。

 鈍重な下半身からは想像出来ない程に、しつこく。執拗に爪を振り回し、二人の冒険者を付け狙った。

 

「回避に徹しろ、救助が済むまで時間を稼げればいい。下手に近付けば、あの爪に内臓を抉り出される」

「……っ」

 

 大熊の爪が風を切る。

 生きた心地がしないとは、正に今の心境なのだと剣士は思った。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、剣士さん……」

「上手くやってよ。死なれたら終わりなんだから……」

「君たちは何もしないのかニャア?」

「っ!」

 

 謎の獣が壁に寄りかかりながら、そう問い掛けた。そこにははっきりとした侮蔑が感じ取れる。

 

「君たちはチーム……ニャら、自分の役割を見つけて貢献してこそ意味があるニャ。ニャのに男二人に闘わせ、救助を丸腰の女にやらせ、自分たちは見てるだけとは……」

「……私たちにも、役目はあるわ。それを十全に果たすために、今は待つの」

「……ニャア」

「……ねぇ、あなたは何者なの?」

 

 三人目の救助を終えた武闘家が、いつの間にかそこにいた。

 やはり大熊に狙われていないとはいえ、巨体が暴れ回るすぐ側を女性一人抱えて移動するのは、精神的にも身体的にも疲労が激しいようだ。

 

 肩で息をしながらも、獣へと問い掛ける。

 そこにはこの状況をもたらした怒り……などではなく、戸惑いが浮かんでいた。

 

「道中の死んだゴブリン……私たちの直ぐ後ろに迫っていたゴブリンは、あなたが倒してくれたんでしょ?私たちを助けてくれた……なのに、どうして信用出来ないなんて言うの?」

 

 あの大熊もそうだ。

 最初こそ、あの大熊はこの謎の獣が差し向けたとばかり思っていた。

 しかし、違う。大熊はこの獣にすら襲いかかった。

 この事態は仕組まれたものではなく、全くの偶然の産物なのだ。

 

 なのに。どうして。

 

 今回は助けてくれない?私たちを敵視する?大熊をけしかけるような真似を?

 

 

 ……武闘家は。そして彼女らは分からないのだ。

 命の恩人が、何で、と。

 

 

「どうして……」

「勘違いするニャ、駆け出しハンターが」

「……っ!?」

「オイラは助けてニャい。鬱陶しい障害がいたから、始末しただけ。それにオイラは君たちを善人より、"悪人"と見ているニャ。だからこうして、命のやり取りで見定める」

「なっ……どうして私たちが悪人なのよ!?」

 

 あまりにも心外だと、魔術師は憤慨する。

 しかし獣の眼光は、ただただ鋭い。

 

「……目先の利益ばかり見て、仲間を疎かにする人間を"善人"と呼ぶのかニャ?」

「……」

「経験もない相手を侮り、仲間の心配を無駄にし突き放した挙げ句、助かった命に礼もない人間を"善人"と呼ぶのかニャア?」

「そ……それは……」

 

 

 

 

  ーゴブリンなんて、私一人で十分かもねー

 

   それは、武闘家と剣士が吐いた言葉。

 

 

 

 

  ー何、今更怖じ気づいたの?ー

  ーいいから、馬鹿二人を止めてきてよ!ー

 

   それは、魔術師が吐いた言葉。

 

 

 

 

 

 目の前にあった、確かな死。

 なのに、それすら見落として。

 

 武闘家は、なぜ冒険者になったのか?

 死んだ父から受け継いだ技。それは人を守るためだったはずだ。いつから、名誉や報酬を得るための手足になった?

 

 魔術師は、どうして冒険者になったのか?

 学院でも一目置かれる程の秀才で、知識も能力もあって。それは自分を持ち上げるために培った?

 

 私は。私は……悪人……?

 

 

 

「私は……」

 

「いい加減にして下さい!!」

 

 

 

 衝撃。

 覚めるような大音量。それは、予想だにもしない……女神官の声だ。

 

「ゴブリンスレイヤーさんたちは闘ってます、村娘の皆さんは傷付いてます!私たちの"役割"は、反省することじゃない!仲間を守って守られて……無事に帰ることです!!」

「神官、ちゃん……」

 

『グルル、オォォオォ!!』

 

 彼女らの視線の先には、大熊。

 そして、それ相手に一歩も引かずに立ち回る冒険者が二人。

 

 彼らは"役割"を果たしている。果たし続けている。

 剣士はゴブリンスレイヤーに比べ、装備が薄い。それでも、大熊に近付いては離れを繰り返す。それは何度の勇気を必要とするのか。

 

「おりゃあっ!」

 

 彼も、悔いているのかもしれない。だけど、今じゃない……!!

 

「……最後の一人を連れて来るわ。そしたら作戦開始……準備して待ってて!」

「分かってる。絶対に外さないから……!」

 

 彼女らも、役割を果たすのだ。

 

「……ねぇ、あんた」

「は、はい!?」

「……ごめん、ありがとね」

「……はいっ」

 

 そこには、一党(パーティー)があった。

 獣は静かに、彼らを見つめる。

 

「……ニャかニャか、見所あるニャ」

「よしっ、動きが分かって来たぜ!」

 

 剣士の喝采。

 

 一撃すら与えていないものの、一撃ももらっていない。

 よく見れば、大熊の動きは単調なのだ。希に爪の横凪の回数を増やすなど、獣らしからぬフェイントをしかける。

 しかし、リーチも短い。

 冷静に立ち回れば対処できると、剣士に笑みが生まれる。

 

『グ、オォォオォ……!』

「……?疲労にはまだ早いはず……ニャ?」

 

 加えて、明らかに大熊の動きは鈍っていた。舌をだらしなく垂れ、荒い呼吸を繰り返している。

 

 ……いや、苦しんでいるニャ……?

 

「……」

『オォォオォ……』

「……あのハンターさんも、やるニャア♪」

 

 片手剣のハンター、ゴブリンスレイヤー。

 その右手にはナイフが握られている。整備も研磨もされていない……それは、ゴブリンたちが有していたもの。

 

 つまり、"毒投げナイフ"。

 

 獣は満足そうに笑った。

 

「最後の子も、保護したわ!」

「よし……入り口まで退け!」

「よっしゃ!」

 

 

 ……でも、アオアシラは毒でどうにか出来る程甘くニャいよ?

 

 

『グル、ゴオォオォァ!』

「え……うおぁっ!?」

「剣士さんっ!!」

 

 狙っていたのか。野生の勘か。

 魔術師たちの方へ意識を向けた剣士、その一瞬の隙を付いて、大熊は飛び掛かる。

 

 そして、その豪腕で剣士を持ち上げた。

 

 

 ……拘束。

 

 

「ぐ、があぁっ!?は、離しやが……っ!」

『グルアァアァ!』

「ぐうぅっ!!」

 

 人間では到底敵わない腕力。

 大熊はまるで、玩具を与えられた子供のように剣士を振り回した。

 脳が揺れる。意識が点滅する。骨が悲鳴を上げる……!

 

 そして飽きたとでも言いたげに、剣士を女神官ら目掛けて投げ飛ばした。

 

「がはっ……!」

「剣士さん!」

「ちょっと、こっち来るわよ!?」

 

 二足から四足へ。

 その巨体は砲弾の如く、一直線に彼女らへと放たれた。

 

 当たれば、一溜りもない……!!

 

「神官!始めろ!!」

「っ!いと慈悲深き地母神よ……」

 

 巨体が来る。

 

「私たちに……」

 

 巨体が来る……!

 

「聖なる光を……!」

 

 

   ……来たっ!!

 

 

聖光(ホーリーライト)!!」

『ガアァアァッ!!?』

 

 光が弾けた。光に飲み込まれた。

 弾けたそれは刃となって、大熊の視覚を焼き刻んだ。尋常ならざる激痛、その爪と手で顔を押さえ付け、のたうち回る。

 

 事前の話通り、一党に被害はない。

 

「ニャアっ!どこに隠し持って……手元で"閃光玉"とはえげつないのニャア!?」

 

 ……一匹は目を回しているが。

 

「……っ!」

 

 ゴブリンスレイヤーは好機を見逃さない。

 懐から小瓶を取り出し、大熊へと投擲。それは大熊の頭部で炸裂し、妙な液体が舞う。

 

「今だ、やれ!魔術師!!」

「外さない……!火矢(ラディウス)!!」

 

 火の矢が魔術師から飛び立つ。

 狙うは、大熊の頭部……液体の付着所。

 

 ー着弾

 

『ゴガアァアァ!!?』

 

 燃えた。燃えた。包んだ。

 暗い洞窟を束の間の灯りが照らし出す。大熊は火を消そうと、息を吸おうと、痛みを消そうと暴れる。

 

 暴れる……。

 

『ゴアアァ……』

 

 ……消えた灯りが照らすのは。

 倒れ伏した大熊と、立ち尽くす冒険者の一党だった。

 

「……あの、液体は」

「街で買った燃える水だ。本来はゴブリン用に仕入れたが……役にたったか」

 

 違う。今はそれを聞く場面ではない。

 ゴブリンスレイヤーも律儀に答える必要はないと、魔術師は突っ込んだ。

 

『……』

 

「たお、せた……?」

「た、倒せたよ!だって動かないもん……私たちで何とか出来たんだ……!」

「な、なら誰か……俺を……」

「わぁっ!?い、今〈小癒(ヒール)〉を……!」

「……」

 

 ……倒した。勝てた。勝った。

 漠然とその気概は一党を被っていく。大熊は動かない。魔術師はヘタリこみ、剣士は弱々しい笑みを浮かべ、女神官は慌てている。

 

 ……ゴブリンスレイヤーは。

 大熊に近付いていく武闘家を見ている。

 

「……ほ、ホントに私たちが、こんな大物に」

「武闘家、退がれ!!」

 

 

 もう、遅い。

 

 

『グルアァアァ……!!』

「……え?」

 

 ……生きている。起き上がる。

 大熊の巨体の影が、武闘家を飲み込む。

 

 ゴブリンスレイヤーが駆け出す。女神官が叫んでいる。

 

 ……間に合わない

 

 

「あ……死ん」

「及第点ニャア」

 

 ー大熊の足元で、電撃が弾けたー

 

『ゴアガアァアァ!!?』

「詰めが甘いニャア……まあそこは、これからに期待かニャ」

 

 大熊は動けない。雷の鎖が許さない。

 

 小さき獣が回る。回る。

 それは車輪のように大熊の顔面を蹂躙し、彼の持つ蒼い槍が雷を轟かせた。

 

『ガ、アァアァァ……』

 

 大熊の巨体が沈んだ。

 今度こそ、動かない。

 

 ……討伐完了である。

 

「中々良いチームワークだったニャ。救助も迅速……信用に値する、ニャ」

「……」

「……ニャア?オイラのことは信用出来ないかニャ?」

 

 武闘家が、一党が獣を見つめている。

 ……やり過ぎたかもしれない。彼らが信用しないかもしれない。

 

 さて、彼らの答えは。

 

「あ……」

「ニャ?」

「ありが、とう……」

「……こちらこそ。ニャ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ねぇ、本当にギルドに来なくていいの?」

「ありがたいけど……探してる人たちがいるからニャ」

 

 最初はゴブリン退治から始まった冒険は、紆余曲折を得て謎の怪物退治へと発展した。

 とはいえ、ゴブリンは全滅。死者もおらず、重傷者もいない……拐われた村娘らに対して、冒険者が出来ることはここまでだ。

 

 依頼は達成した。

 

 後処理はギルドの派遣員に任せ、引き上げるだけなのだが……。

 

「結局、受付嬢さんが言ってた"謎の獣"ってあなたのことだったのね……ツキミ」

「ニャア?そんな噂になってたニャ?ここに来てから二日程しか経ってニャいけど……やっぱり溢れ出るオトモマスター感は止められないニャア♪」

 

 謎の獣改め、名はツキミ。

 

 ギルドに謎の獣の正体を伝え、正式にツキミを紹介したい。助けてもらった礼をしたい。同じ冒険者としてパーティーを組みたい。

 そして大熊やら芋虫やらについて報告、ギルドに助言が欲しい。

 

 そんな諸々の事情からツキミを冒険者へと勧誘した武闘家たちだったが……彼は申し訳なさそうに断った。

 

「探し人がいるなら、冒険者はうってつけだと思いますが……」

「興味はあるし、一理あるニャ。でも組織に属すれば、必ず何処かで枷がかかるニャ。その時に逃したら笑えニャいし……自由の方が何かと楽ニャア」

 

 そこまで言われれば、彼女らに止める理由はない。

 最低限の情報だけを言伝で受け取り、彼はまた森林に残る。

 

「まあ暫くはここにいるし、オイラも困ったら頼らせてもらうニャ。片手剣のハンターさん、皆をちゃんと連れ帰ってニャ」

「ギルドに戻るのは冒険者として当然だ」

「ではツキミさん、色々ありがとうございました」

「またね。私、冒険者として頑張るから!」

 

 各々がツキミに対し思いを告げ、別れる。

 冒険者がシビレ罠を魔法と勘違いし、弟子入りを志願するなど一悶着あったが……

 

「……不思議な技を使うけどやっぱり、悪い奴ばっかじゃないニャ。旦那さん……」

 

 一党の背が、遠くなっていった。

 

「……さて!旦那さんとカゲロウを捜さないと……絶対こっちに来てるはずニャ!」

 

 ツキミは既に、ここが異世界だと分かっている。流石にそれを話すことは無かったが……。

 基本楽観的で踏ん切りが良いツキミらしいことだ。

 

「待っててニャア!」

 

 

 

 ここに異界の狩人たちの出会いは終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、狩りは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らをまた、引き合わせる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ってきたけど……何か騒がしいな」

 

 帰路に問題もなく、街へと帰還した一向。

 しかし……騒がしい。街に入る道中、そしてギルドに向かう道中……ひっきりなしに人が、種族が動き回っている。

 

 いや、街ならば騒がしいことが常であるし、理想でもあるのだが……この喧騒はまた違う。

 

 ……まるで。

 

「何かあったみたいですね……」

「皆、慌ててる……?」

「……ギルドに戻るぞ。正確な情報ならそこだ」

 

 謎の魔物との戦闘。こちらも緊急性が高いと言えるし、彼の言う通り噂話に踊らされるほど滑稽なことはない。

 

 だが、やはりと言うか。

 

「凄いわね……ギルド内がお祭り騒ぎだわ……」

『おい、急げ!』

『幾ら何でも、急すぎるわよ……!』

 

 普段から冒険者という、ある種の荒くれ者がひしめく場所。

 まるで昨日までの喧騒は序の口とでも言うように、人が出入りを繰り返す。冒険者とは言え十五歳前後と若い彼らは、その波に呑まれぬよう、必死でゴブリンスレイヤーへと付いていく。

 

「今戻った」

「あ、ゴブリンスレイヤーさんお帰りなさい!良かった、皆無事でしたか……!」

「ああ、その事について話したいことがあるんだが……この騒ぎは何だ?」

「受付嬢さんも、随分忙しそうですね……」

 

 手には山のような書類。そしてカウンターにも書類がいくつも塔を作り上げている。

 それならば大した疑問もないのだが……。

 

 女神官らは感づく。

 彼女に、笑みがない。

 

「……何があった」

「……数刻前に、ギルド……街全域に緊急で報じられたことです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「王都が、謎の巨大龍の襲撃を受け……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        「半壊した、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        大自然は、直ぐ側に

 

 


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