「つ、つつ、付き合えってお前! それは...!?」
よく熟れた果実のように頬を赤らめて私は手をブンブンと振った。しかしそんな様子に動じることも無いまま良一は素のままで答えた。
「ああ、ちょっと話に付き合ってくれないかってことだ」
「...は?」
急に身体中の熱が冷めたような気がした。次第に恥ずかしさと怒りがふつふつと湧いてくる。ああ、ハイドロ持ってきていればよかった...。
「...んんっ! まあいい。それで? 話ってなんだ?」
「まあ、一概にこれってのはないな。とりあえず帰りながら話すか」
「分かった」
そのまま私と良一は山をおりていく。再び口が空いたのは1分後くらいの事だった。
「...なあ、のみきは進路、どうするんだ?」
「なんだ? やっぱり話ってその事なのか?」
「これもある、ってところだな。まあ、それでも俺らは17歳になるんだ。そろそろこれからのこと、考える時間だろ?」
「確かにそうだな。泣いても笑っても高校生活はあと1年と少しだ」
「...のみきは、島に残るのか?」
少しかすれそうな良一の声が耳に入ってきた。こんなに弱々しい良一の声はあまり聞いたことがない。...あるとすれば、それは遠い遠い昔の話。
冬の風が木々を揺らす。さわさわと鳴る葉の音が二人の間の静寂をまぎらわせた。
やがて、その音が消えたあたりで私はぶっきらぼうに笑いながら答えた。
「そうだな...。うん、きっと残るだろう。...何をやるかとかはまだ分からないけどな、出来るうちはああやって、高台からこの島を見渡したい。それが私の願いなんだ」
私は何よりも、この島が好きだから。
...そうか、私はこの島に恋をしてるのかもしれないな。
なんて。
「そうか...。やっぱりのみきはのみきだな」
「やっぱりってなんだ。なにか文句でもあるのか?」
「違う違う。普通に尊敬してんだよ」
「ほう?」
良一は少し弱く笑った。まるでいつもの馬鹿面が嘘みたいに。
「...俺さ、将来あれをしたいだとかこれをしたいだとか、何も分かんねえんだよ。勉強も好きじゃないし、かといって就職とかもよく分からん。...のみきが何を思ってるかは知らねーけど、一つ確かな芯があるって、そういうの...やっぱり羨ましいわ」
「...ふむ」
私は腕を組んで1度うんと頷いた。
そしてそのまま良一の脛を軽くけって真正面から否定する。
「いてっ! 何すんだよ!?」
「すまん、あまりにも女々しかったからな。一発喝を入れたところだ。
ああそれと、私も何も分かっちゃいないぞ。将来やりたいことだとか、勉強とか、進学とか、就職とか、...こ、恋とか」
そう、何も分からない。
ただ島での日々が楽しかった。それだけで生きてきたから。
外の世界と繋がってみて影響を受けて壁に当たって、そして今だ。
それでいい気もする。それが自然と湧き上がった答えだ。
...でも、恋はどうだろうか。
「恋か...。今思えば懐かしいと思えるな。昔しろはのことが好きだったこと」
「...は? な、なんだそれ、初耳だぞ!?」
良一から驚異のカミングアウト。べ、べつにどうようとかそういうのはない...はず...。
良一はため息をつく。
「はぁ...そりゃそうだろ。この話、羽依里以外にはしてなかったしな」
「鷹原にはしたのか...」
「そりゃ恋敵? みたいなもんならな。あいつがしろはと付き合うことになってすぐに話したよ。大切にしてやれってな」
「そ、そうか...」
自分の初恋の話だってのに良一の顔は涼しい。どこからそんな余裕が湧いてくるのだろうか。
「まあ、でも最近色々考えててよ...。それで思ったんだ。俺はしろはにちゃんと恋してたのかって」
「...恋にちゃんとしたものそうでないものがあるのか?」
「あるんじゃねえの?」
帰ってきたのはえらく適当な答えだが、経験がない以上私は肯定せざるを得ない。
「...小学校の頃、俺が引っ込み思案だったのは覚えてるだろ? そんときにさ、同じように物静かなやつがいたんだよ。それがしろは。別に友達がいない風じゃないとは思ってたけどな。どこか近寄りがたくて、物静かで。それが俺に似てると思ったんだろうな。気がつけば目で追うようになってたんだよ。...つい最近までそうだったんだぞ?」
「そ、そうなのか...」
「それで、成長して、こんなに大きくなって考え方が変わったんだよ。俺は確かにしろはのことが気になってた。でもそれは、気になってたまでで、好きとは違うんじゃないかって」
良一は表情1つ変えずに自分の恋愛観を語る。聞いてるだけでもうしんどかった。
耐性がないとかそういうのもあるかもしれない。
けど、1番は。
...それを言ってるのが良一だから。
「じゃ、じゃあ、良一は恋愛ってどういうものだと思ってるんだ?」
「そこなんだよなぁ...。羽依里としろはを見ててもどこか掴めない感じがするし。あの二人は何を思って一緒にいるかとかも全然分からん。ただ好きと思ってるだけかもしれないけどな」
良一は頭を悩ましげに掻きながら考えていた。しんどいはずなのにその答えを聞きたい私は、頬を薄ら紅に染めながら歩き続けた。
やがて数分の後に良一が小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「...でも、あれか。本当に将来のことを考えて付き合うなら、一生かけてそばに居たいとか、ずっと守りたいとかそんな事を思ってるのが当たり前なんだろうな。...だったら、今の俺は」
最後の一言が気になった。でも、気にしたら負けだ。
それなのに...。
脈打つ鼓動が段々と早く、熱くなっていく。冬なのに汗をかきそうなくらい。
立ち止まって振り向いて、動く良一の唇を目で追った。
きっと、私が想像している通りの行動だったら...。
自然とその言葉は口から発せられた。
「のみき!」
「な、なんだ!?」
「あ、あのさ...俺は、俺は!」
「お前のこと、ずっと好きだったんだって、分かったんだよ!」
なにか大切なことを忘れている気がする...。