もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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 青ニート君のビジュアルはGANGSTA.のテオ先生をイメージしてます。
 眼鏡してないけど。


蜘蛛

 鏡に召喚されたら吸血鬼に殺された挙句、異様に懐かれていた。

 これが俺の現状だ。自身が当事者だというのに前後関係がまったくわからん。目の前の吸血鬼、いっぺん俺を殺したのを忘れてんじゃなかろうか。それくらいあっけらかんとしてやがる。

 

 先ほど俺は抵抗する暇も無くものの見事に塵に変えられた訳だが、なんとかこうして無事でいる。

 篝火があれば不死はそこで復活するのが常だが、哀しきかな今やすべての篝火は潰えている。

 もし今、俺のような不死が跡形も無く殺されれば一体どうなるのか。試す勇気こそなかったが長年の疑問であった。

 その答えがさきほどのあれだ。

 

 ダークリングの朱い炎に巻かれたと思えば、元居た場所に俺は復活していた。

 ゲームとしてのダークソウルでは『ダークリング』はアイテムとして所有している。

 全てのシリーズにおいても『ダークリング』はゲームが始まった瞬間から所持しており、使用して消費することも捨てることもできない。

 

 その効果は"自死"である。

 所有する全てのソウルと人間性を失う代わりに、最後に休息した篝火へと帰還するというもの。

 用意された意図は、いわゆる詰み防止の自殺ボタン。通常どおりにゲームを遊ぶ分には使う機会のないものだ。あるいは所持していることにも気づかずクリアしたプレイヤーもいるだろう。

 

 俺が目覚めたとき、この『ダークリング』を使用したときと同じエフェクトが周囲を包んでいた。ぼうっと立ち尽くす俺の足元には夕陽のような朱色の炎が円環状に走っていたのだ。

 俺の肉体は元通りになっていた。防具や指輪も丸ごとだ。

 理屈はまるでわからん。俺も初めての経験だった。アイテムとしての『ダークリング』を使ったことはない。というか所持していなかった。よしんば持っていたとしても使用することはなかったとは思う。

 

 妹紅のように元の状態に復活したのか、俺の身体の時が巻き戻ったのか。考えてもさっぱりわからん。『ダークリング』の謎っぷりはダークソウルにおいても折り紙つきだしな。

 

 だが確信していることがある。

 俺は復活に際し何かの記憶を失くした。間違いなくだ。ついでに所有していたソウルも全損している。まあこちらはアイテム化したソウルを保有しているのでいくらでも代えが利くので大した問題ではない。

 

 肝心なのは失くした記憶の方だ。こればっかりはどうしようもない。挙句、俺は何を忘れたのかもわからない。

 ……まあ、案の定だ。そう気にすることでもない。自我はしっかり保ってるし言うことは無いな。今更失くすものなんざ残ってねえしな。

 こういうのを予防するための犠牲の指輪でもあったんだが、今回は上手くいかなかった。

 そもそもこういうのはいつだって殺される方が悪いに決まっているのさ。フランドールに文句を言うのも筋違いだ。

 

 とはいえ、つくづく敵対状態が継続しなくてよかったと思うね。吸血鬼ってのは矮小な人間程度とは肉体のスペックが段違いらしい。

 しかも拳を握るだけで万物を木っ端微塵にできるような奴が相手ともなれば、流石に仕留めるのに骨が折れる。まして吸血鬼だ。真っ当な手段で死んでくれるか怪しいものだ。ルーミアという前例もある。

 

 本気で攻略法を考えるなら、『犠牲の指輪』で即死を免れた一瞬の隙に『神の怒り』を叩き込むのが現実的な手段になるか。

 

 とはいえ不死という素性と『犠牲の指輪』の絡繰りもバレている。想定通りにはいかないだろう。

 まあ彼女にこれ以上俺を攻撃してくるような素振りも無いので、これは無意味な仮定だ。

 

 ……いや、本当に無意味か? こいつ、しばしば言動が危ういんだよな。そういえばさっきも俺が不死と告げた次の瞬間ノータイムに一度ぶち殺されたぞ。

 思い返せばフランドールは自身を吸血鬼だと名乗っていた。加えてこの地下に閉じこもっていると言うではないか。ひょっとするとこの娘、まともな教育等を受けておらず、しかも吸血鬼ときたもんだからかなり独特な倫理観をしているんじゃないだろうか。

 

 というか改めて考えてみれば吸血鬼というのも俺にとってはなかなかの衝撃だ。妖怪の存在を確認した以上その仲間に吸血鬼がいることは何ら不思議ではないのかもしれないが、やはりメジャーな怪物と遭遇するとそれなりの驚きもある。

 いや、神や大妖の知り合いを持っているくせに何を今更という話だな。

 

「しかし祭議長以外に生身で召喚されるとはなぁ。ここも元の世界と地続きのどこかかね。珍しいこともあったもんだ」

「……私が呼んだの?」

「あん? 俺が知るかよ。フランドールって言ったか?そこの──」

「フランって呼んで。」

「──フラン。その『王の鏡』はお前のもんじゃねえのか」

 

 親指で背後の大鏡を指す。俺の問いにフランドール……フランは、首を横に振って否定した。

 

「違うよ。鏡もただこの地下に集められてるだけ。お兄さんはあの鏡のこと知ってるの?」

「そりゃな。俺はさっき異世界人つったが、鏡はその異世界にあったもんだ」 

「異世界にあった鏡……」

 

 フランが呆然と『王の鏡』を見つめ返す。ただの鏡ではないことくらい俺が言うまでもなく分かっていただろう。一目見るだけでも色々とおかしな点が目につく鏡だしな。

 

「にしてもどうすっかな。帰るにしても──」

 

 そう言いながら鏡へと手を伸ばした瞬間。

 鏡は大きな音を立てひとかけらの破片も遺さずに粉砕した。

 

「帰るって何?」

 

 頬を引きつらせながら振り返れば、案の定手のひらを握りしめたフランの姿。

 

「……まあ、どうせこの鏡は出口専門だけどよ」

「なーんだ。壊し損じゃない」 

 

 閉じた手を開いてパっと笑顔を咲かせるフラン。

 マジかよこいつ。あれだな、自分に何ら疑問を持たないこの調子はなにか妹紅を彷彿とさせるものがあるな。

 

「俺だって別にずっとここにいる訳じゃねえぞ。おい、聞いてるか」

 

 彼女の中では俺は永久にこの地下で一緒に暮らすことになっていそうだったので訂正しようと声を掛けたが、フランは何を思い立ったのか、地下室の奥へと駆けていき何やら埃を被った品を引っ張り出してきた。

 

「これ知ってる?」

「──へえ」

 

 文句の一つでも垂れてやろうと思ったが、差し出された何十にも束ねられた螺旋剣を見て引っ込んだ。これだけは何があっても忘れないだろうというほどには見慣れた剣だ。

 

「篝火の剣。まだ残っていたのか」

「知ってるのね」

「ああ。俺たち不死に、これを忘れるやつはいねぇよ」

 

 篝火。積み重なった骨灰の山に突き刺さった螺旋剣と、立ち昇る暖かい炎。それが篝火の姿だ。

 ゲームにおけるチェックポイント、休憩所の役割を果たすのがこの篝火だ。ときにはダークソウルというゲームのシンボルとなることもある。ダークソウルを遊んだやつに篝火が分からないやつなんて存在しないからな。例えロードによる暗転の最中であっても、真っ暗な画面を左下からほのかに照らしてくれる憎めないやつだ。

 篝火は全ての不死の休息の場であり、揺るぎなき安堵の象徴である。

 これは絶対だ。

 

 ダークソウルというゲームには底意地の悪いトラップやプレイヤーの心理を利用した巧妙な罠が無数に仕掛けられている。

 けれど無印に始まり3で完結を迎えたダークソウルというゲームにおいて、シリーズを通して篝火という"安堵"が裏切られる事は一度もなかった。

 "一度も"だ。

 

 このダークソウルというゲーム、アイテムが秘められた道の奥や宝箱に目が眩んだプレイヤーを貶めることは数あれど、苦難の末に命からがら篝火に辿り着いたプレイヤーを謀ることは、ただの一度も無かったのだ。

 心理的に考えれば篝火を発見したプレイヤーなんて恰好の餌だ。どうとでも調理できる。

 

 プレイ中、もっとも安心しもっとも油断する瞬間がそこだからだ。

 プレイヤーを楽しませることに余念のない開発者たちが、篝火に罠を仕掛けることを思いつかなかったわけがない。

 

 だがあえて。

 明確なコンセプトからだろうか、その油断が咎められることはなかった。

 

 繰り返すが、篝火は全ての不死が心休まる場所だ。

 思うに、そうあれかしと開発陣が意図的に製作していたのだろう。

 それを裏付けるのが、最終作ダークソウル3のキャッチコピー。

 『王たちに玉座なし』

 篝火がいかに特別であるかが、この短いフレーズに込められている。

 

 このキャッチコピーだけ聞いてもいまいち意味が分からないから、初めはピンとこない。

 火が消えかけたから過去の薪の王を使いまわそうとして逃げられた。連れ戻してきてくれ──というのがダークソウル3の大雑把なあらすじだ。

 辿り着いた拠点『祭祀場』では玉座が五つ連なっており、うち四つの玉座が王を失っている。薪の王と戦うなりしてここに連れ戻すのが目的だと、テキストや会話文を整理していけば何となくゲームの目的がわかってくるわけだ。多くの人はキャッチコピーの意味を王のいない玉座に当てはめて解釈するだろう。

 

 だがいざ薪の王を打倒すると、なんと行うのは空席の玉座に薪の王の遺骸を添えるという行為。

 これが意味するのはすなわち、薪の王に求められたのは人格ないし王の資質ではないということ。

 薪の王の義務とは、まさに薪として燃え続けることにあった。

 ならば王に玉座などもとより必要ない。『祭祀場』に五つ並んでいるのは、玉座によく似た"炉の台座"でしかなかったのだ。

 

 王たちに玉座なし。薪の王となったものに待ち受けているのは栄光ある王としての席ではない。幾度燃え尽きようとなお焚べ続けられる、終わりなき永劫の責め苦である。まさしく悲劇だ。

 ──というのが一つ目の意味。

 

 そう、このキャッチコピーにはもう一つ意味がある。

 それが明かされるダークソウル3における最終盤、最後の戦闘にて。

 三作続いたダークソウルは開発者によって『ダークソウル3』を最終作とすることが明言されており、故にラスボスとの戦闘は同時に『ダークソウル』の終わりを意味する。

 

 シリーズの最期、プレイヤーと共に『ダークソウル』の終わりに立ち会うラスボスの名こそが、()()()の化身。

 

 灰の降り積もったフィールドの片隅に刺さった篝火の前に座す、灼け爛れた骸のような鎧騎士こそがダークソウルのラスボスである。

 

 その正体は、はじまりの火を継いだ薪の王たち。神の如き彼らの化身。

 

 王たちの化身はあらゆる時代の薪の王の化身であり、歴代シリーズにて流行した装備や戦法を彷彿とさせる挙動をとる彼は、同時にかつてダークソウルを遊んだ数多のプレイヤーの化身でもあるのだ。

 

 その王たちが座っていた場所こそが篝火。

 決して揺るがぬ安息の場であり、故郷にも等しい、不死者たちの最後のよすが。

 

  ──()()()に玉座なし。

 久遠の時を生きる薪の王たちに、理不尽と不条理に抗い続ける不死者(プレイヤー)に最後まで寄り添ったのは篝火であった。

 それが、キャッチコピーのもう一つの意味である。

 

「だが、やはり火は潰えたか」

 

 哀しきかな、フランドールが胸に抱える篝火の剣は悉くが熱を失い、不死の故郷は今や無力な金属の棒でしかない。

 『王の鏡』なんて懐かしい品を見て懐古を楽しませてもらっていたが、こうしてただのなまくらに成り下がった螺旋剣を見れば、やはりあそこが"終わった世界"であることを否が応でも再認識させられる。

 

「これ、何だったの?」

 

 フランドールは俺の憂いを帯びた視線から、俺たち不死者が篝火に懸けるただならぬ感情を僅かでも読み取ったのか、おそるおそるといった風に聞いてきた。

 まあ、もう意味の無いことだ。

 

「ハハ、今となっちゃあただのガラクタさ」

「ふーん? じゃあまた今度聞くね」

 

 俺が話したくなさそうにしているのを目敏く察知したのか、フランドールはあっさり引き下がった。が、興味の方は尽きてないようなので、忘れてなければまた聞いてくるかもしれない。

 

「しかし何だ、随分と趣味のいい屋敷じゃねえか、おい。懐かしいもんがそこかしこにあらぁ」

 

 『王の鏡』だけでなく螺旋剣までもがあるならばと思って目を凝らしながら地下室じゅうをさっと見回してみると、シルエットだけでも既視感のあるものがたくさん目に入った。ほとんどが前の世界のものだ。集めた奴も当然それを理解しているだろう。蒐集したやつはよっぽどの物好きだな。

 

「ひょっとしてこれ全部、異世界にあったものなの?」

「全部じゃねえだろうが、大方はな」

 

 それを聞いたフランの表情が、これまた花でも開いたかのようにパッと明るくなった。

 いけね。余計なことまで喋ったか。

 

「着いてきて!」

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、これは!?」

「痛ェって、人間様はデリケートなんだ、もっと丁重に扱え」

 

 無駄に口を滑らせたせいで、俺は吸血鬼に手を引かれながら地下室の隅々まで連れまわされている。この不気味に可憐な吸血鬼は力加減ってもんがまるで出来ちゃいない。後を追うようによたよたと走って着いて行ってるが、足を踏ん張って抵抗でもしようものなら即座に脱臼……どころじゃ済まないな。たぶん肩から腕が丸ごと引っこ抜かれるだろう。

 

「別にいいでしょ? どうせ不死なんだから」

「馬鹿やろう、不死だってちぎれた腕はくっつかねえんだぞ」

「じゃあ死ねばいいじゃん」

「こいつ……」

 

 軽く言いやがって。

 先ほど能力で破壊した俺が元通りになったのを目の当たりにしたからこその発言だろうが、その復活も俺にとっては新事実だったんだぞ。それに無償でもない。もっといえば、死に損なったら文字通り生き地獄の大惨事だ。いや、そこは直接フランドールに頼めば解決するのか。だとしてもまた記憶を持っていかれるのは御免だ。

 

「言ってくれればいつでも殺すけど」

「おい、不死が命を大切にしないと思ったら大間違いだぞ」

「えー?」

 

 フランドールは俺の言葉に納得しかねるようで首をひねっている。

 死なずに復活するからといって死を勘定に入れた雑なゾンビ戦法を採るやつはいない。特に俺たちはそうだ。痛みや死への恐怖もあるかもしれないが、それ以上に記憶やソウル、人間性などといった失うものがあるというのが大きい。一度失くしてしまえば還ってこないからな。行きつく先は亡者だ。

 不死に終わりはないが、だからこそ手放したくないものもある。

 

「ま、例外もいるけどよ」

「?」

 

 脳裏に浮かべたのは白い髪の少女。藤原妹紅。俺と同じくして、だが大きく異なる不死身の持ち主。

 あいつは全くと言っていいほどに死を厭わなかった。なにせ戦闘の開始と同時にまず自らの身体に着火するからな。思考回路まで焼き切れてんじゃねえのかと俺は疑ってるね。

 

「ここの物ってどこか変でしょう? 私もそう」

「あぁ? 急になんだよ」

 

 俺の手を引きながら前を走るフランがいきなり妙な事を言い出したので、思わず怪訝そうな声で俺は聞き返した。

 

「この地下室は"生まれるべきではなかった"ものたち吹き溜まりだと私は思っていたのよ。生きてていいのか疑問だったわ」

「たかが狂ってる程度で殊勝なやつだ、ハハハ」

「ちょっと、茶化さないで」

 

 フランが露骨に不機嫌そうな声を出す。だが、どうしても笑えて仕方がない。

 

「これを茶化さずにいられるかよ。俺が見てきた"本当に生まれるべきではなかった"連中はもっと図太かったぜ」

「……なにそれ」

「例え望まれなくたって、生まれちまったもんは仕方がねえだろう」

「そんなこと言ったって──」

「"生まれるべきではなかった"だぁ? 馬鹿言ってんじゃねえぞ」

 

 フランの反論を圧し潰すように言葉を畳みかける。

 

「連中、世界の方が間違っていると言わんばかりにふてぶてしく生き永らえてたぜ。文字通り、這いつくばってでもな」

「──」

 

 フランが押し黙る。構わず喋り続ける。

 

「それと比べりゃお前、行儀が良すぎるぜ。生きてていいのか疑問だぁ? 遅かれ早かれ死ぬのに贅沢なやつだ、ハハハハ!」

「なによ、それ……」

 

 いやはや、こんなに気持ちよく笑ったのは久々だ。おっかない吸血鬼でもいっちょ前に生き死にに悩むらしい。フランはむすっとした表情で俺を睨んでいるが、まるで怖くないね。

 俺にとってはちっぽけ悩みに思えるが、フランにとってはこの地下室に塞ぎこむほどには思い詰めてたことなんだろう。

 それも仕方の無いことだ。彼女にとっては本当にこの地下室だけが世界の全てだったのだろうから。

 

「ね、ね。それよりコレのこと教えてよ!」

「あー、悪い悪い。センの古城のペンデュラムかね、こりゃ」

 

 腕を引かれて連れられた先、眼下に横たわった巨大なギロチン刃を見て俺はそう判断した。

 このギロチン刃は砕けた鉄の欠片をパズルのように並べて復元したらしい。どの破片も大部分が赤サビに覆われ、著しく劣化している。

 むしろこんな有様で良く残っていたものだ。

 

「センの古城?」

「神様が作った殺人城だよ。すれ違うのもやっとなくらいの細い石橋の上を、このギロチンが何枚も振り子のように横切っていたのさ」

「えー? 行ってみたーい!」

「行ってみたいかあ? まあ、人気の場所ではあったけどよ。坂の上から転がってきた鉄球に追われたりするしな」 

 

 センの古城は神が課した試練の場だ。人を殺す為の悪質なトラップが随所に仕掛けられていた。ゲームとしてプレイヤーキャラを動かして遊ぶ分には大変楽しみがいのあるエリアで、協力・侵入プレイともに盛んに行われる人気スポットだった。実際にいざ自分が体験するとなると楽しいなんて感情は到底湧かないが。あれほど高所恐怖症に優しくない場所もあるまいて。

 

「とっても楽しそう!」

 

 しかしフランドールは俺の言葉を聞いて紅い瞳を純粋無垢に輝かせている。彼女の脳裏にはきっと今頃肉塊と血飛沫の飛び交う大層愉快な理想のテーマパークでも築き上げられているのだろう。

 しかし今のを聞いて普通そんな反応をするかね? 人も妖怪にもいたずらに身を危険に晒したがるようなやつなんてそうそう居ないだろう。スリルを求めて……というには少し血生臭すぎるだろうに。 

 

「まあ、お前なら楽しめるか」

「お姉さまにお願いしたら紅魔館もそんな風に改造してもらえるかしら」

「やめとけ。本気にしたらどうする」

 

 フランドールの悪魔のような思いつきをそれとなく窘める。まだ会ったこともないが、そのお姉さまとやらはこの紅魔館を外壁も内装も丸ごと全部赤く染めるような奴だって言うじゃないか。うっかり悪ノリでもしたらどうするつもりだ。

 だいたい自分の住む屋敷をトラップまみれにしたら暮らしに支障が出るだろうが。

 

「にしても何だ、陰気な地下室だと思っていたが、想像以上だ」

「私はこういうの全部ガラクタだと思ってたんだけどね。今日一日で私の価値観はめちゃくちゃよ」

 

 この地下室にはこのペンデュラムのような、前の世界の遺物が吹き溜まりのように流れ着いている。いや、屋敷の主が集めたのか。保存状態はほとんどが酷いもんだが、形に残っているだけ御の字だろう。

 ちらりと見えたが、奥には『楔石の原盤』という超がつくほどの貴重品の姿も目に入った。地下室で埃を被っているくらいだ、あの分じゃ用途も価値もわかってないだろう。

 いや、そもそも楔石を利用した鍛冶技術が失われている可能性の方が高いか。だとすれば確かにあれは無用の長物だな。碑文の刻まれているだけの馬鹿でかい石盤だ。

 

 当然フランドールもこの物品らとずっと過ごしていたわけだが、その用途や価値についてはとんと分からずじまいだったそうだ。だからこそ俺にこの地下室の品の知識があると分かった途端、こうして手を引っ張られては差し出された品の蘊蓄を要求されている。

 俺が初めに"異世界人"なんて名乗りを上げたせいで、フランドールはこの地下室の品を異世界からの品物だと解釈してしまった。あながち間違いとも言えないのが困りものだ。

 

「最後にとっておき。これも誰だか知ってる?」

 

 もう一度フランドールに強く腕を引かれた側に目をやる。そこには白い布の被された地下室の一角を丸ごと占領する大きな何かが二つ。

 フランドールは合図もなく布を引き、内側にあったものの全容が明らかになる。

 

「──嘘だろ?」 

 

 その姿を見たとき、さしもの俺も息を呑んだ。

 

「なんでこいつらが……」

 

 妖艶な美女の石像と儚げな美女の石像が一つずつ。それぞれ、下半身が醜悪な蜘蛛の怪物に繋がっている。

 混沌の魔女クラーグとその妹。二人の魔女の姿がそこにはあった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 昔の話だ。ゲームでやってたことの中で、ゲームだからこその制約に悩まされていたことを、どうにか解消できないかと色んなことを試していた時期がある。

 その中のひとつがクラーグら混沌の姉妹との和解。

 

 クラーグは多くのプレイヤーを阿鼻叫喚の地獄絵図へと叩き落した凶悪マップ『病み村』のボスを務める人物であり、伝承の魔女の娘たちの一人である。

 呪術の始祖たるクラーナと異なるのは、混沌の暴走から逃れることができなかったという点。

 

 結果、見た目麗しい彼女の肢体はその下半身が醜悪で奇怪な蜘蛛のデーモンと融合している。そして彼女の潜む巣穴へと侵入すると有無を言わさず戦闘へ……というわけだ。

 

 が、クラーグは何も混沌に呑まれて理性を失ったわけでもない。侵入者を襲うのには理由がある。妹だ。

 彼女と同じく混沌に呑まれたクラーグの妹は同様に下半身が蜘蛛化しているが、全身が病魔に侵された彼女の肌は、蝋でも塗りたくったかのように色素が抜け落ち白く染まっている。

 

 病み村にいる連中は、所詮"詰み"状態の、どうしようも無い連中だ。不死だってのに死病に侵されちまって、死に至る激痛に苛まれながら生き続ける、

 文字通りの生き地獄のような有り様でほっつき歩いては疫病を振り撒く救いようのねぇ忌み者。そういう連中がいっしょくたに叩き込まれたのが病み村だ。

 

 クラーグとその妹は混沌に沈んだ廃都イザリスを逃れ、そんな病み村へと落ち延びた。

 そこで住民の悲惨な姿を目の当たりした心優しい妹は涙を流し、姉が止めるのも聞かずに"病の膿"を飲み干したという。おかげで眼も潰れ、体のデーモンも半死状態。彼女は一歩も動けなくなった。ひどいもんだ。

 

 そんな妹の姿に心を打たれた病み村の住人は彼女を姫と慕い、混沌の蟲の卵を自ら背負うことで肩代わりし、またある者は痛みを抑えるために死体を漁り人を殺して人間性を集めた。

 

 ここまで聞いて、ようやくクラーグや病み村の住人がプレイヤーを襲う理由がわかるわけだな。彼女らもまた妹のために巡礼する人間を殺して人間性を集めていたわけだ。

 

 例えそれを知っていてもなお姉たるクラーグを殺さない選択肢が用意されてないのがこのダークソウルというゲームの恐ろしいところでもある。

 何よりも救えないのは、彼ら彼女らの献身がすべて"無意味"という点。

 

 蜘蛛姫が"病の膿"とやらを飲み下したところで病み村は病魔から解放されなかったし、蜘蛛姫の痛みを和らげようと献上している人間性こそがデーモンの卵を孕む元凶。あまつさえ、それが原因で彼女を火防女なんていうクソみたいな楔に縛り付けるハメになった。

 

 全員が全員、良かれと思ってやったんだ。

 本当、素晴らしい世界だよ。ダークファンタジーの看板を掲げるだけのことはある。

 

 それをどうにかしようってのが、俺の目論見だったわけだ。目標は混沌の姉妹との和解と救済。ゲームから何か変えられないかという俺の悪あがきという側面もあったが、要するに自己満足だ。

 

 本当に心優しいなら、病み村の連中が先だろ? 俺にそれをする気は無かったね。偽善の体すら為していない。ハナから相手の事なんか考えちゃいないのさ。だから自己満足だ。

 

 上手くいく目算もあった。『老魔女の指輪』を所有していたからだ。これがあれば混沌の娘と言葉が通じる。クラーグは普通に会話できるが、多分彼女が特別なだけだろう。

 

 この指輪の入手手段は二つある。一つは、不死院に送られるときの贈り物。俺には無いので関係ない。

 もうひとつが、『あったかふわふわ』による裏技じみた物々交換による入手方法。少々手間だが、俺はこれで指輪を用意した。

 

 クラーグが理性なく暴れる怪物ではないことは既に分かっていた。ゲーム中で蜘蛛姫が姉を慕う様子を見せているのもそうだし、後で知れるバックストーリーからもそれは明らかだ。

 

 だからこそ、言語が最大の壁となる。それを取っ払うための『老魔女の指輪』。何度か火炙りにされたが、すったもんだの末クラーグとの戦闘を避けることはなんとか叶った。

 妹の病状を改善できるという俺の文字通り決死のプレゼンが通じた結果だ。いや、通じるまでに俺の屍が二桁数積みあがったが、誤差だ誤差。

 

 通常、火防女の皮膚には表面を埋め尽くすように無数の人間性がびっしりと蠢いている。しかし、火防女の一人でもある蜘蛛姫にそのような様子はない。このイレギュラーには彼女の混沌という性質に原因があると俺は睨んでいた。

 

 混沌は沈んだものと反応して異形の生命を生み出す力がある。蜘蛛姫の悲惨な現状はこの混沌を持ちながらも村人の為に飲んだ病魔、そしてそれを癒す為に捧げられた人間性の三つが最悪の形で噛み合った結果だと言える。

 

 ではこれをどう解決するかというと、俺が取った手段は、闇のソウルを費やして卵を孵すというもの。半信半疑のクラーグと零信全疑の卵背負いエンジーの厳しい監視の立ち合いもあったが、これだけなら今までと何も変わらないと思うだろう。

 だが、そうじゃねえんだ。やるからには半端が一番いけねえ。

 

 深淵の底、闇の探求を最奥まで繰り返した先で見出される闇術に『絶頂』という代物がある。

 生命の在り方を捻じ曲げ、健常のソウルを闇へと変換する禁術だ。所有するソウルを消費して闇を生み出すが、この『絶頂』は持っているソウルを全て投げ打ち、その総量で術の効果が変動する。

 

 さて、ソウル量の規模の目安として、ダークソウル2には冬の祠というストーリー進行上で関所となる場所がある。ここは王たちのソウル四つを全て集めることで開放されるが、実は王のソウルを集めずとも100万ソウルを集めることでも開くことができる。

 つまり、100万ものソウルを集めれば、それは王のソウルを全て結集したのに匹敵する力があると考えられるわけだ。

 

 俺はその十倍の千万ソウルを工面した。

 真っ当な手段で用意できる量ではない。仕入れ先は『黒い森の庭』。廃人じみた侵入行為を繰り返し、来る日も来る日も他の世界の主を縊り殺すことでかき集めた。今ある俺の対人戦闘スキルはこの頃に培われたものだ。

 

 黒い森の庭のエリアにあった英雄の墓を暴かんと訪れる巡礼者と、それを迎え撃つ墓守の狩猟団という構図は廃れて久しい。ゲームでそうだったようにあそこはとうに戦闘狂集団のメッカと化している。都合のいいことに俺は戦う相手に困る日はなかった。

 

 俺はその千万のソウル全てを『絶頂』によって闇に変換し、それを蜘蛛姫に叩き込んだ。

 本来捧げたソウル量に比例して他に類を見ない爆発的な攻撃力を持つ『絶頂』は、俺の予想通り蜘蛛姫に牙を剥くことはなかった。

 闇の揺り籠たる火防女としての性質が全ての闇を吸収したためだろう。

 

 とはいえ受け止めた『絶頂』の内訳は王のソウルの十倍。苗床でもあるまいし、例え人間性を喰らう混沌といえど限度がある。受け止めきれるはずが無い。起きたのは人間性のオーバーフロー。許容限界の突破。

 

 初めから俺の狙いは火防女という受け皿に注がれた混沌を枯渇させることにあった。

 結論から言うと、俺の目論見は成功した。

 混沌と人間性の反応による産卵を遥かに上回るペースで注がれた闇のソウルによって混沌は尽き果て、機能を失った。後々に禍根を残すとまずいから、蜘蛛姫の内側に余った人間性はダークレイスの闇の業『吸精』によって一つ残らず吸い出す。

 本来の所有者である人間でさえ人間性を持て余しているんだ。魔女の娘の中に残しておいたら何が起きるか分かったものではない。

 

 ここまでやってようやく蜘蛛姫を苛む『混沌』と『火防女』という二つの要素を片付けることができる。

 最後の彼女が飲んだ病魔の膿は簡単だ。そこら中に散乱している卵の殻で大きな風呂桶を造り、『女神の祝福』で満たした泉を拵えて蜘蛛姫を突き落とし、ダメ押しに『エリザベスの秘薬』を口に突っ込めばすぐに解決した。

 

 『女神の祝福』は後に歴史から存在そのものが否定されるほどの品。一本の小瓶にある内容量はごくわずかで、喉を潤すことさえできない分量しかない。

 たったそれだけでも、万病はおろか四肢の欠損さえ即座に癒す文字通り奇跡の産物。

 無論入手は容易ではない。この秘薬は神の地たるロードラン中を探し回っても両手で数えられる程度しか手に入らない。

 

 そんな伝説の秘薬を泉が作れるほど膨大な数用意できたのは、俺が"周回"というジョーカーを切ったから。

 周回すれば世界は元の姿へと巡るが、俺の記憶や経験、所持品は消えなかった。だから、『女神の祝福』を集めては周回するという行為を気を遠くなるほど繰り返した。これは俺にだけ許された、正真正銘の反則行為だ。

 

 これで晴れて蜘蛛姫は全快。肌の色こそ戻らなかったが、潰れ腐ってふらふらと脚を揺らすことしかできなかったデーモンの下半身も活気を取り戻し、蜘蛛姫の失明していた両目も光を取り戻した。

 

 失明に関しては病よりも人間性と火防女の任がいけなかったのだろう。詳しい関係はわからないが、火防女は目から光を失い闇の世界に身を置かないといかんらしい。詳細は俺も知らん。

 

 俺は上手くいくという確信から大喜びとはいかなかったが、蜘蛛姫の快復を目の当たりにしたクラーグは大層感激し、エンジーも感極まって嗚咽を漏らしながら涙を流していた。二人ともとうの昔に蜘蛛姫の治療には絶望していたらしい。

 

 もし失敗していたら? しれっともう一周して蜘蛛姫の死を無かったことにしてもう一度試すさ。いや、またソウルと『女神の祝福』を集めるのも骨だし、案外そこで諦めていたかもな。

 

 

 ずっと昔の話だ。一度きりだけ、そういうことをしたことがある。

 以来は周回をしていないからあの二人がどうなったかを知る由はない。わざわざ様子を見に行くような真似もしていないからな。

 

 あの自己満足の救済のあとはすぐにクラーグの住処を立ち去った。何か礼をしないと気が済まないとクラーグに言い縋られたが全部断ってすぐに立ち去った。

 再三繰り返すが、本当に自己満足だ。感謝される謂れもないし、俺が勝手に気まずさを感じていたのもある。

 

 あとはそれから……妹の方が強行手段を取り出したことに身の危険を感じたのも理由ではある。

 引き留めるのも聞かずに立ち去ろうする俺を見かねた蜘蛛姫は俺を糸で絡めとって捕えようとしたのだ。病弱で大人しそうな印象とは打って変わり、健康な体を取り戻した彼女は大変アグレッシブだった。

 

 俺に断固として滞在を拒否する理由も無かったんだが、蜘蛛姫の俺を見る目に危険な色を感じ取ったので思わず帰還の骨片で逃げかえってしまった。

 

 目の前にあるこれは、恐らく石化した二人で間違いないだろう。ただの石像というには精巧すぎる。だが疑問点が多すぎるぞ。理解がまったく追い付かねえ。

 ダークソウル3では彼女の死骸も見つかっているというのに、これはどうしたことだ。

 

 だいたいまさか火の時代が終わった今頃またこうして再会するとは思いもしなかった。

 

 混沌の溶岩が冷え固まったのとは違う。彼女たちは石化を解除すればまた動き出すだろう。

 だが、俺が救った彼女たちの可能性はほとんど無い。

 ちらりと蜘蛛姫の顔を見上げる。目を合わせると、妙に熱心な視線を感じる気がするが、きっと気のせいだ。石化している彼女に焦点を合わせられるはずがない。

 

 石化解除のアイテムを使うのはよそう。何が起きるかまったく分からんからな……。

 フランには知らんぷりをして、この像はもう一度布で覆ってもらおう。そう決めた。

 

「……今、この石像動いた?」

「おいフラン。タチの悪い冗談は──」

 

 言おうとして、糸のようなものに口を塞がれてできなかった。

 

 

 

「英雄様。またお会いできましたね……?」

 

 

 

 




 

 ダークソウルからのヒロインが足りねぇよなぁーっ!?!?!?!?! 
 (二名追加)

千万ソウルも貯めたことないです (小声)

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