でも話がぜんぜん進まないっピ!
そもそもどこに進んでいるのかもわからないっピ!
「霊夢ー。遊びに来たぜ」
「……あんたさあ」
返事も待たず博麗神社の障子を無遠慮に開け放ち、魔理沙が神社の住居スペースへと入り込む。意気揚々と足を踏み入れる魔理沙を迎えたのは、煎餅をくわえた霊夢の冷ややかな視線だった。
「なんで用も無いのにウチに来んのよ」
小ぶりなちゃぶ台には湯飲みに淹れたての緑茶が注がれており、彼女がこれから一人で憩いの時間を過ごそうとしていたことが窺い知れる。
霊夢からしてみれば、このタイミングでの魔理沙の来訪は文字通りの招かれざる客であったのだろう。
「いやいや。用が無いから来てるんだろ?」
「あんたの分は無いからね」
煎餅の盛られた盆を自分の側に引き寄せながらの霊夢の言葉。
が、魔理沙にとってはそんな霊夢の態度なぞ日常茶飯事。意にも介さず勝手に襖から座布団を引っ張り出し、霊夢の向かいに腰を落ち着けた。
「どうせ暇してたんだろ?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ、こう見えて巫女の務めとかで意外と忙しいんだから」
「おいおい、座って茶を飲むのが巫女の務めだとでも言うつもりか?」
「そーよ」
バリバリと煎餅をかみ砕きつつ、いい加減な調子で霊夢が応える。
「退屈だな。飽きるだろ、普通」
「私は普通じゃないからね」
特別であることは当たり前。優越感を滲ませるでもなく、ただそうである事を受け入れているいかにも霊夢らしい発言に魔理沙がむっと眉を顰めた。
「悪かったな、普通の魔法使いで」
「怒るな怒るな」
言っておきながら、魔理沙も本気で腹を立てているわけもなく、霊夢も慣れたものでのんきに湯飲みに口をつけていた。
「で、実際の所は何してたんだ?」
本当に暇なときの霊夢は神社の外に出て竹箒を手に境内の掃除をしているというのを魔理沙は知っている。
だから、霊夢がわざわざ神社の中に引っ込んでいるということは何かやっていたことがあるはずだと予想した。
「ん」
魔理沙の予想は的中していた。
霊夢が新たな煎餅を口にもっていきながら、部屋の片隅を指さす。魔理沙が指の差す先を目で追ってみれば、紐で束ねられた数十枚の紙束が目に入った。
「ほー、お札を作っていたのか。 何に使うんだこれ」
「退魔の札。人里に卸すのよ。言ったでしょ、暇じゃないの」
一番上の一枚を束から引っ張り出してまじまじと眺めてみると、これがなかなかどうして結構な達筆で記されていた。けれども、どうにも筆跡が慌ただしい。
「筆跡が粗いぜ。お前これ、急いで仕上げただろ」
「だって面倒くさいし」
「おいおい、暇するために慌ててるんじゃ本末転倒だぜ」
「いいでしょ別に。効果は変わるわけでもあるまいし」
「虫よけみたいなもんだろ? 私にも一枚くれよ」
無論、魔理沙は妖怪対策として欲しがっているわけではない。魔理沙の住む魔法の森は瘴気こそ立ち込めているが妖怪はそれほど多くないし、移動はもっぱら空を飛んで行う。
ただ物珍しいから欲しいだけであった。
「あげるわけないでしょ。第一そんな消極的なお札じゃないわよ。先代が考案したものだし」
「先代? 先代っていうと、幻想郷がもっと物騒だった頃か。あんま想像つかないけど」
年若い魔理沙は幻想郷で生まれ育ち、古い幻想郷を知らない。今より血生臭い時代の話は、幼少の折に人里の大人たちから伝聞で聞くのみだった。
それで言えば霊夢も似たようなものだったが、彼女の場合はその屍山血河を築き上げた張本人から教育を受けている。故に知識だけでしか知らずともその認識は生生しく、捉え方に魔理沙とは温度差があった。
「魔理沙、一番便利で強い攻撃手段ってなんだと思う?」
「うん? うーん、頭に便利って付くとちょっと迷うが……。まあ、実体験に基づくならやっぱ
それは魔理沙が知り合いの古道具屋の店主に拵えてもらった魔力を火力に変換する"ミニ八卦炉"を用いた得意技であった。ありったけの魔力を注ぎ込んで極大の熱線を放射する大技で、有無を言わさぬ大火力は単純故に強力なものだ。
「あんたはもう少し周囲への損害を考えなさいよ。山火事とかになったらぶっ飛ばすからね」
「心配ないぜ。灰さえ残さないからな」
「あっそ」
だが、だからこそ戦闘時の余波が酷い。一応幻想郷の調停者を担っている霊夢としては少々気がかりであった。
すぐに失せる程度の関心ではあったが。
「おい待て待て、答えを教えてくれよ。さっきの質問に先代が出した答えが、そのままこのお札の効果なんだろ?」
ぷいと興味を失ってしまった霊夢に魔理沙が慌てる。霊夢はいつも捉えどころが無く、気を抜くと会話の流れすら断ち切ってどこかへ飛んで行ってしまうのだ。
「あー、それ。即時発動する全方向、長射程、連射可能な衝撃波よ」
あっさりと吐き出された札の能書きに、思わず魔理沙は固まった。
「……厄介だな。相手が遠距離攻撃手段を持っていなかったら手も足も出ないじゃんか」
「私もそう思うわ。ま、その霊撃札に殺傷力は無いけどね。吹っ飛ばすが精々かしら」
「流石にか。でも、人里の近くにいる妖怪を追っ払うくらいならそれで十分だろうな」
「モデルになった術には致死威力が伴っていたらしいけど」
明後日の方を見ながら、霊夢が思い出すように言った。
「初見殺しも甚だしいな、それは」
「ま、先代が最強最良の攻撃手段に挙げたくらいだしね。素人が雑に使っても脅威になるわ」
「一瞬で発動する大ダメージの全方位攻撃。考えれば考えるほど極悪だな。でもつまらん! 遊びが無さすぎるぜ」
「弾幕ごっこのネタにでもする気だったの? そりゃ使えないわよ」
面白みのない札の効果に憤る魔理沙に霊夢が呆れたように言う。
「何でだよ」
「こんなの前時代の遺物でしかないもの。今さら時代錯誤なのよ」
「待て待て、これ人里に備えとして置いとくやつだろ? 言ってることおかしくないか」
霊夢の顔と札を交互に見る魔理沙を尻目に見ながら、霊夢はマイペースに急須を手に取って新しく茶を淹れなおしていた。
「今どき人里に襲い掛かる妖怪なんていないでしょ。これは妖怪に備えることで"妖怪を畏れる"ための道具なのよ」
「なんだそりゃ。目的と手段が入れ替わってるぞ。まさに本末転倒だ。おい、本末が転倒するの二回目だぞ」
「消えてなくなるよかマシでしょ。時代に合わせて用途だって変わるのよ」
「ふーん。とりあえずこのお札はもう要らないぜ」
「元からあげやしないっつの。ちゃんと元に戻しておきなさいよ」
「へいへい」
魔理沙が渋々と札の束を結ぶ紐の下へ持っている一枚をねじ込むと、無理のある戻し方のせいで一番の札が皺だらけになってしまった。
「……魔法に関しては几帳面なのに、なんでそこは雑なのよ。まあいいけど」
「私は合理的なだけだぜ」
魔法の行使には理知整然とした用意が前提となるため、雑に早くやるよりも丁寧に確実に行うほうが近道となる。せっかちな性格であればあるほど、かえって周到な準備とゆっくりとした作業を行うようになるものだ。
逆に言えば必要に駆られてそうしているだけであり、雑で済ませられるのであれば雑に済ませてしまうのが魔理沙の性格であった。
「ちなみに一番上のはあんたの実家の道具屋に届けるやつだから」
「げ」
もしやと思い再び札に目を向ければ、朱色の墨の呪文の中には見覚えのある名が記してあった。人里にある道具屋の名だ。
魔法の森で暮らす魔理沙だが、その出身は人里にある。幼いながらに魔道を志し、実家の道具屋を飛び出した彼女としては、そんな事を聞かされてしまえば苦い顔にもなるというものだ。
「霊夢が黙ってりゃバレないだろ」
「言わなくたってバレると思うけどね」
「な、なんでだよ」
「わざわざ博麗神社に来て札をいじって皺を作るようなやつ、あんた以外いないでしょ」
「こんな所で日頃の行いが私に牙を剥くのか……」
家の者が魔理沙が皺を付けた札を受け取れば、それを面白がって店の柱にでも貼るだろう。距離を置いた家に自分の不始末が妙な形で波及することに若干の気恥ずかしさを覚えつつも、どうしようもないので努めて忘れることにした。
「というか私で確定させるなよ。霊夢は皺なんてつけないだろうけど、ほら、この神社ってもう一人いるだろ」
魔理沙が思い浮かべているのは博麗神社の屋外でしばしば目撃する男性。取り立てて特徴のない人物で会話したことも無かったが、博麗神社に住んでいる程度の情報は知っていた。
「ああ、うちの居候のこと」
「あの人、神主かなんかじゃなかったのかよ」
「そういえばあの人、誰なのかしら」
「お前も知らないのか!?」
魔理沙が思わず声を上げる。
「え、うん。私が博麗の巫女になる前からこの神社にいたし」
「誰かもわからん奴と同じ屋根の下で暮らしてるのかよ……」
「言われてみれば確かに」
霊夢に特に気にした様子はないが、同じ年頃の娘として、魔理沙はちょっとどうなのかと思わざるを得なかった。
「大丈夫なのかよ、色々と」
「ほぼ育ての親みたいなものだし。でも育てられた覚えはないわね。まあ空気みたいなものだし問題ないわよ」
「突っ込みどころが多すぎるぜ」
件の男性を謎の人物だと前々から思っていた魔理沙だが、話を聞いて更に謎が深まった。
魔理沙は彼を神主ではないにせよ、何かこの神社と所縁のある人物だと予想していた。
だが、霊夢から聞き出せたのはその斜め上を行く回答ばかり。
「興味があれば話してみれば? 面白い人だから」
「……なんて言った?」
魔理沙は思わず聞き返してしまった。
魔理沙はこれまで何度も博麗神社に通い、特別とされる博麗の巫女、博麗霊夢と友人と呼べる関係を築いた。だからこそ、彼女が他人に対して本質的に興味を抱いていないことを理解している。
彼女はいつだって他人と同じ視点で話していないのだ。そんな彼女の視界に映ることこそが、魔理沙にとって目下最大の目標である。
その霊夢が他人を面白いと形容したのだ。魔理沙はそれに驚愕した。
「魔法にも詳しいんじゃないかしら」
魔理沙が密かに衝撃を受けていたことなど露知らず、霊夢はマイペースに言葉を続ける。それもまた聞き捨てならない言葉だ。
「あー……霊夢? 魔法っていうのはああ見えて緻密な前準備とか材料収集とか、いろいろ面倒なんだぜ。こう言ったら失礼だけどあんな霊夢みたいにぼーっとしてる人が詳しいなんて、とてもじゃないが信じられん」
「外見で物を言うんなら、その言葉あんたにそのままそっくり返ってくるからね」
「私はいいんだよ。見た目が魔女っぽいし」
魔理沙の服装は白と黒のエプロンドレスで、特に頭に被った黒いとんがり帽子は魔女のアイコンと呼べるものである。
「とんがり帽子なんて被ってるの、あんたくらいじゃないの」
「とんがり帽子は魔女の矜持なんだぜ」
「ふうん。じゃあ聞いた通りだったのね」
「何?」
霊夢にこういう事を言うと、いつも『あっそ』とにべもなく流される。ひとえに興味がないのが理由だ。ただ今回は少し感触が違う。
「とんがり帽子は異端の魔術の印。好き好んで纏う奴がいたら、そこに誇りを抱いてるってね」
「それは……。誰から聞いたんだ、その話」
「それこそあのごく潰しからだけど」
それは魔理沙がとんがり帽子を被る理由に近しいものだ。人里に生まれた普通の少女が普通の魔法使いになるには、分かりやすい"当たり前"が必要だった。それこそ、ステレオタイプな魔女の容姿がそうだ。
では元からとんがり帽子を被っているオリジナルの魔女がいたとして、そこにはどんな理由があったのか。魔理沙はそれを知らない。
「興味深いな。もしかして本当の本当に詳しいのか」
「そんなんで嘘つくわけないでしょ」
「いやあ、あの後ろ姿だけ見たら信憑性は全くないぜ」
「それは否定できないけど」
「だろ?」
あの男の雰囲気や容姿については、本当にこれといった特徴が無い。外見だけで判断すれば蘊蓄のある話や魔法の伝来など、申し訳ないが期待できそうにないのが魔理沙の本音。
「でもやっぱり面白いのよ。変な妖怪とか神様がわざわざあの人の所に来るし」
「なんだそりゃ」
「例えばだけど、あの人、影の中に闇の妖怪がいるのよ」
「それは退治してやれよ」
悪霊に憑りつかれたのと一体何が違うのかと思いつつもそう言ってやるが、霊夢に深刻そうな素振りはない。
「心配いらないわよ。雑魚だし」
「闇の妖怪じゃないのか? 酷い名前負けだな」
「なんか封印されてるみたいね、あれ。でも退治しても復活するのよ」
「なんだそりゃ」
「私が聞きたいくらいだわ。害がないから無視することにしたわ」
妖怪退治が専門の博麗の巫女の神社に一匹の妖怪が住み着いている事になるわけだが、そのあたりはいいのだろうか。
いいのだろう、今代の巫女は霊夢で、その霊夢がそう言っているのだから。魔理沙はそう自分を納得させた。
「あと魔術の神様も来てたわよ。今度会えたら挨拶したらいいんじゃない?」
「ま、魔術の神ぃ? 日本にそんな神様いないだろ」
気軽に言い放つ霊夢に魔理沙は思わず突っ込むように言葉を返す。
日本で独自に発展した魔法はあれど、文化としての浸透はまだ浅い。それを司り権能とするような神の名に魔理沙は心当たりが無かった。
「外の世界から海を越えてわざわざ来てるみたいよ。ご丁寧に博麗大結界まですり抜けてね」
「なんかご利益あるのか? いやでも、魔法まで使っといて神頼みっていうのもなんかやだなぁ」
「挨拶くらいしといても罰は当たんないでしょ。まあ、運よく会えればの話だけど」
神が目に見えるというのは幻想郷ならではの現象であるが、日本の神というのは救いや恵みをもたらす神ばかりでもない。
よしんば会えたとて、付き合い方も考えておかねばと思う一方、当然ともいえる疑問が魔理沙の中で生じた。
「なあなあ、本当にあの人が何者なのかわからないのか? おかしいだろ、その人脈」
「さあ? 詳しいことは自分で聞いてみれば」
「……まあ、これだけ博麗神社に来てて話してないのも変だしな。少し話を聞いてみるか」
思い立ったが吉日。早速魔理沙は立ち上がった。
◆
「初めましてだな。私は魔理沙っていうんだ」
「お前。霊夢のとこによく顔を出している魔女だな」
その男は博麗神社の裏手、小さな池のある縁側にいた。鎖を編んだ服とも言えぬ何かを着ている。当たり前だが、何度も博麗神社を訪れているだけあって、向こうも魔理沙の存在を認知しているようだった。
「ああ、合ってるぜ。あんたの名前は?」
「名前は無い。昔に落としちまった。おっと、冗談じゃないぜ。マジの話さ」
からかわれたと思って口を開く前に、嘘ではないと釘を刺された。
名前が無い? 昔に落とした? どちらも信じがたい話だ。少なくとも魔理沙の常識ではそんなことはあり得ない。
けれど、それを受け入れた。
「へえ。大事に持っておかなかったのかよ」
「生憎と失くすまでそんな大切なもんだと思ってなくてな。失敗したぜ、ハハハ」
力無くからからと男が笑う。後悔の色はなく、とっくに諦めているのが伝わった。
「名前が無いと不便じゃないか?」
「それが案外そうでもない。知り合いってのは減ってくもんだ」
「ん? いや、増えるもんだろ」
「おっと。本当はそうだったかもな」
疑問に思った部分を訂正すると、男は奇妙な同調の仕方をした。
知り合いが減っていくってことがあるのか? そんな限界集落の老人でもあるまいし。
魔理沙は心の中で自問自答をしてから、特に気にすることもなく結論を出さなかった。
「あんた、霊夢にごく潰し呼ばわりされてたぜ」
「そりゃ仕方がない。事実だからな」
男に反論する様子は無く、罵倒と言って差し支えない言葉を甘んじて受け入れている。
それにつけても、名前が無いというのは不便だ。軽く話してみた感じ、たぶんこれを言っても怒られないだろう。
内心でそう距離を測りつつ魔理沙は男にあだ名をつけてみることにした。
「知ってるぜ。そういうのをニートって言うんだろ。なら、お前は青ニートだ」
博麗神社を覆う林の隙間から刺す陽の光は白く、男の鼠のような色をした鎖帷子に青鈍色の光沢が出ていたのだ。だからニートという言葉の頭に青を付けた。
魔理沙のその名づけを聞いた男は、驚いたようにしばし瞠目して、遅れて言葉を発した。
「お前、ネーミングセンスが良いな」
「えっ」
意外な言葉だった。正直、魔理沙は言ってから『初対面の大人に向かって失礼すぎたかもしれない』と若干後悔し始めていたのだが、まさかその名づけを褒められるとは露ほども思っていなかったのだ。
「そいつは俺の名前だ。唯一、まだ失くしていない名前がそれさ。人に教えたことは無い」
「青ニートが? それこそ冗談だろ」
「だったら笑ってくれ。冗談みたいな名前しか残らなかったのさ」
その名を、自分以外の誰かに呼ばれる日が来るとはな。そう言って男が笑う。皮肉げな笑みだった。
嘘のような話なのに、笑い飛ばせない。どこかから感じる悲愴感がそうさせるのだろうか。
そう魔理沙が何とを声を掛ければいいのか迷っているときだ。
唐突に男の背後の影から、黒い飛沫が上がった。
「それ初耳なんだけど」
刹那、影の中から黒い影に濡れた金髪の少女が飛び出てきた。横に紅いリボンを結んでいる。
湖面から飛び出した鯉のような勢いだった。
「言ってないからな。ほら帰れ帰れ」
「そんなー」
が、魔理沙が驚く暇もなく、振り返った男が少女の肩を掴んで下へと押し込むと、ずぶずぶと男の影の中へと沈んでいき、最後にちゃぽんと影を揺らめかせて黒の底へと姿を消した。
「い、今のが闇の妖怪か?」
「知ってるのか」
「霊夢から聞いたんだ。雑魚妖怪って言ってたけど……」
「まあな。危ないからこうやって沈めてる」
なんというか、言葉を失わざるを得ない。霊夢が彼を面白いと評するのも頷ける。
「なんで影に妖怪入ってるんだよ」
「ちょいと昔に下手を打ってな。お前も気を付けろよ」
「お、おう。そんな予定はないが、忠告痛み入るぜ」
若干引きながらの返事だった。一体何をどうしたらそうなったのだろう。
「それで、何か俺に用でもあったか?」
「ああいや。単なる顔合わせだ。これだけ博麗神社に来てるんだから、一回くらい話してもいいと思ってさ」
魔理沙は言おうかどうか迷って、それでも言うことにした。
「何に挫折したのか知らないが、思っていたより余裕がありそうで良かったよ」
比較的人懐っこい魔理沙が今日に至るまで男に声を掛けてこなかったのは、彼の陰が差した雰囲気というか、諦めた人間が漂わせる陰気のようなものが理由だった。
ただ実際に話してみれば、やや皮肉屋なところはあれど、嫌らしい性格の人物ではなかったので安心していたのだ。
「ハハ、そりゃまあ、そうかもな。俺は別に何かに挫けたり、失敗をしてここに座り込んでるわけじゃあ、ない」
男は自慢気でも悲し気に言うでもない。開き直ったかのように、淡々と事実を告げるように言う。
「"何もかもをやったから"ここにいるのさ。想像をしたことはあるか?
積み上げた努力の果て、到達した結果を幾度となく奪われ続けることを」
「何を……言ってるんだ?」
「俺はとっくに諦めた」
結果を奪われる? 努力が報われないとか、結果が出ないとかいうのは良く聞く。
でも、結果を奪われるって何だ? そんなことがあるのか?
「案外、火を継ぐのはいつもお前みたいなやつだったよ」
「それってどういう……」
「ああいや、悪い。少し話し過ぎたな。もう行っていいぜ」
「え、あ、うん。じゃあ、また……」
言われるがままその場を後にする。ただ、不完全燃焼のような感覚から思わず再会の言葉を最後に着けてしまった。
それ自体はおかしなことではないのだが、それは魔理沙の内に僅かに芽生えた興味の感情からほぼ無意識に出た言葉だった。
とりあえず、もう一回霊夢と話そう。結局なにもわからなかったけど、霊夢があの人のことをどう思っているのかまた聞いてみたいと思った。
あの掴みどころのない浮ついた感覚は、霊夢に近いものがあると思った。むしろ逆で、ひょっとすれば霊夢が後天的に寄せているではないかとさえ思うほどに。いや、ほとんどが霊夢の生来の性分だとは思うが。
ただ、彼と話していると独特の感覚に陥る。ここではないどこかに居るような、夢の世界の人物と会話をしているような。
何か、普通と違う齟齬を感じた。それが何故なのかはわからない。ただ、こうして話を終えたあとだと尚更にそれを強く感じる。
火を継ぐって、何だろう。
霊夢と魔理沙が駄弁っているだけの話、無限に書けそう。
でもそれっておもしろいんか???