もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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前話と対になっている話ですね。
八雲紫と先代巫女が駄弁っているだけの話、無限に書けそう。
でもそれって(以下省略)



博麗宅にて

「紫。用も無いのに私の元へ来るのはよせと言っただろう」

「いいでしょ、別に」

「お前は私と違って暇ではないのだろうに」

「息抜きよ、息抜き」

 

 人里の大通りから離れた場所に、先代の巫女の住まいはあった。

 勤めを果たし次代に巫女の任を譲った彼女は人里の外れに小さな家を借り受け、そこでひっそりとした暮らしを営んでいる。

 

 先代の博麗の巫女が人里にいるのには、万が一力ある妖怪が気でも狂って里を襲撃しても対応ができるようにするため。

 つまり、緊急の暴力装置としての意味合いが含まれていた。

 彼女がいれば里が束になっても敵わないような妖怪が相手でも十分対応できる。

 

 なのだが、その家が人気のない場所であるのをいいことに、この大妖怪は頻繁にここを訪れていた。

 幻想郷の在り方が大きく様変わりしてしばらく。現状大きな異変や不審な挙動をする人物は現れていないが、それでも八雲紫は多忙な妖怪である。しきりに務めを放って先代の元へ顔を出しているのは、俗に言うサボりというやつであった。

 ただし彼女は怠惰な人物ではない。故に、それには理由がある。

 

「どうせ、あれだろう?」

「……」

 

 紫が気まずそうに口をつぐむ。

 八雲紫といえば飄々とした態度と煙に巻くような弁舌が"らしさ"だが、今日の紫からは普段の多弁な姿は見受けられなかった。

 先代が言っているのはもちろん件の不死者の事である。 

 

「会ったのか?」

 

 紫が露骨に目を逸らした。

 

「あ、会いはした……わよ?」

「言い含めておくが、スキマから一方的に覗き見ることは『会った』とは言わない」

「う˝っ」

 

 紫が喉を貫かれたように痛々しいうめき声を上げる。先代の言葉の暴力は紫の心にえぐり込むように刺さったらしい。

 

「だ、だってぇ」

 

 泣きつくような弱弱しい声。今の紫にいつもの毅然とした様子など影も形も無い。

 

 かつて紫が見た不死の彼は根無し草のようにあっちこっちへと彷徨いながら独りで静かに生き続ける姿であった。

 ところがここ最近、突然に彼の側について回る虫が現れた。

  

 白い不死者は秘伝の炎を授かり、忌々しい闇潜みが彼の内側に沈み込んでいる。知らぬうちに西の吸血鬼とも懇ろな関係になっていたし、トドメと言わんばかりに怪しげな混沌の娘が世の理を超えてやってきた。

  

 だというのに、紫は焦燥感を感じる間もなく忘却という不死の定めによって梯子を外されてしまったのだ。

 仮にも一度『最後に隣に居るのは自分』などと嘯いた彼女が現実を直視できず愚図るのも致し方あるまい。

 それを責めるのも酷というものだ。

  

「親しい者の記憶から自らが失われる辛さなど、私には想像もつかんが……」

 

 再会を喜び、声を掛けようとして「お前は誰だ」と拒絶するような言葉を浴びせられた。そんな紫の心境など、これといって親しい人物もいない先代は到底及びつかない。

 あれからしばらくたった今も紫は傷心しているが、これでもかなり回復したほうである。当初は息絶えた生魚のようにふて寝していた。

 その痛ましさたるや、式の式に『紫様が床に落ちてました』と報告されるほどである。

 

「あの時は一瞬『心中』の二文字が脳裏をよぎったわ」

「笑えないな」

「殺せないことに気づいて思いとどまったのだけれど」 

「……。彼は不死。そうだったな」

 

 紫の発言に冗談めかした調子が無いことに薄ら寒いものを感じた先代は、直感でこの話題を深堀したらマズイと判断し、一切触れずにごく自然な流れで次を促した。

 

「ええ。どれだけ生きているかなんて想像もつかないわ。出会ったのもまだ私が幼い頃だったもの」

 

 自らの窮地に偶然居合わせた不幸な人間。最初の認識はその程度だった。

 まさかその人間に幾度となく命を救われることになるなんて当時は思いもしなかった。

 

「あの雷を一番近くで見ていたのは、他でもない貴女でしょう?」

「ああ」

 

 紅魔館での戦い。最後の一撃は、彼の放った雷の槍を借り受けてのものだった。

 

「あれは太陽の光だった」 

 

 先代は心の内で吸血鬼の心臓に雷の槍を突き刺した時の記憶を振り返る。

 あの橙色の雷を受け取ったときのことは、今でも克明に思い出すことができる。

 橙色の雷霆が煌々と辺りを眩く照らす光に、無数に枝分かれした稲妻がばちばちと大気を焼き焦がす轟音。

 

 どれだけ打撃を叩き込もうと傷が瞬時に癒える吸血鬼との終わりの無い闘いは、稲妻を杭の如く心臓に突き立てたことであっけなく終わった。

 

「太陽と雷はまったく別のものですわ。言うまでもないことですけれど」

「そうでなかった時代があると?」

「本人からそう聞いております。あれほど鮮烈な証拠を見せられれば、納得せざるを得ない」 

 

 あれは奇跡。奇跡とはすなわち物語であり、逸話が秘める力を世界に顕すことができる。

『太陽の光の槍』は最も古い神の物語。再現されるのはいにしえの竜を屠った原初の力。

 

「むしろ貴女が腕の一本を犠牲にした程度で済んでいる事の方が納得がいかないわ」

「我慢した」

「……まあ、貴女がそう言うんならそうなんでしょうけど」

 

 先代が炭化した右腕を自慢げに掲げる。戦いのさなか身体に刻まれた傷は数あれど、彼女が誉れとするのはこの右腕のみであった。

 紫としては我慢したの一言で済ませられてたまるものかと声を大にして言いたいが、事実それがまかり通ってしまったのだから仕方がない。

 それについて、彼は驚いてはいたものの、同時に納得もしていた。

 

『稀に居るのさ、お前のようにデタラメなやつがな』

 

 年の功か、そういって彼はその事実を困惑せずに許容していた。

 かつてどんな攻撃にも決して怯まず、傷だらけで無双を誇った戦士がいた。そこに絡繰りはなく、ただ強靭な意思のみがそれを支えていたという。

 彼は気合や根性と呼ばれるものが一笑に付せるものではないと知っていたのだ。

 

「"世界を統べるに足る力"。吸血鬼の娘はそう評していたな」

「たった一人の不死が持つには大きすぎる力よ」

「彼なら持て余すような事はないだろう」

「……そうね。彼ならそうでしょう」

 

 彼という不死を語るにあたり、唯一にして最大の特徴は『心が折れている』ことである。

 挑むことを辞めて、ずっと途方に暮れている。彼ほどの実力者がだ。あれだけの力を持ちながら、何かに挑み続け、その果てに及ばず諦めた。

 

 その詳細を彼が語った試しはない。ただその諦念の深さから、想像を絶するような体験だったのだろう。

 自らの持つ文字通りの伝説の力を彼は誇示するでもなく、ただ時の流れに身を任せて過ごしている。

 あるいは道を誤り、他者を害することや支配する為に行使する可能性さえあっただろうに、それすら彼はしない。

 彼は何もしない。初めから意味が無いとでも言わんばかりに。

 

 ただ、その割には奇妙な面倒見の良さを見せるときがある。

 助言を求められれば知識を貸すこともあるし、紫にしたように特別な誓約を結んで力になることもあった。

 

 そうした場合、彼は出し惜しみというものをしない。隔世的な超常の力をただの手段のように振るってくれる。

 

「ただ、霊夢が気を許したのは意外だった」

「ええ、そうね。私もそう思うわ」

「……何か含むところでもあったか?」

「いいえ? 別に」

 

 怪訝そうにする先代に、紫はあえて胡乱な笑みを返した。

 霊夢が気を許したのが意外とは言っているが、あの男に懐いているのは先代の巫女もそうである。加えて彼女にはその自覚が無い。それをわざわざ本人に言ってしまっては面白くないだろう。

 

 先代は博麗の巫女としての職務に忠実な一方で、如実に人として壊れていた。

 あるいは、徐々に壊れていったのかもしれない。

 あの時代で博麗の巫女を務めるためには心を砕き、完璧な博麗の巫女にならざるを得なかった。

 ただ、彼女は完璧すぎたのだ。博麗の巫女という人の身で妖怪を屠り続ける、人でも妖怪でも無い怪物になってしまった。

 

 だから人は『博麗の巫女』を求めても、『彼女』を求めない。

 博麗神社に人が参るときは『博麗の巫女』を呼ぶ時だ。『彼女』と話をするために人が訪れたことはただの一度も無かった。

 人付き合いなど、文字通りの皆無。例え彼女という個人を呼ぶための名前が無かろうと、元よりそんなもの不要だったのだ。

 

 故に彼女は根本の所で他人を諦めている。自分が人と関わることに望みを持っていない。

 かつての博麗の巫女の在り方が彼女をそうさせた。

 そんな彼女を変えたのが霊夢と、あの不死者。

 

 半生を捧げた博麗の後継者として霊夢が選ばれ、修行を付けることになった。

 その時だ。その時から彼女は変わった。

 妖怪を殺す手段を四六時中鍛え続けるような、ろくでもない使命を自分以外の幼い少女に託すことに疑問を持ち、彼女は変わった。

 八雲紫と直談判し、艱難辛苦の道たる巫女の債務を、そうでなくなるよう尽力した。

 紫との親交はこの頃から始まった。

 

 そしてもう一つ。

 あの見たことも無いくらい怠惰な、"博麗の巫女"としての自分を求めない男の存在。

 先代は人付き合いの少なさが災いして相当な口下手であり、会話中の言葉数はかなり少ない。

 けれども男は人生経験の豊富さ故か、拙いなりにも意思の疎通ができて、不思議と会話は弾んでいた。

 

 霊夢の可愛らしさや才能の豊かさを自慢したり、自分の話をしたりもした。

 自分の思ったことや感じたことを人に話すというのは、先代にとって初めての体験だったのだ。

 まるで失っていた人間らしさを取り戻すような日々。

 毎日他愛のない話をしているうちに、ある日誰にも打ち明けられなかった感情を告白した。

 

 幻想郷の為と、誰かを救う為に誰かを殺し続けている矛盾。たとえ人食いの妖怪とて、そこには意志があり、歩んできた一生があり、追っている夢がある。それを有無を言わさず殺し続けてきた。

 気づけば救った数より殺した数の方が上回っているような有様。

 歩んだ道を振り返ってみれば、思い出せるのは殺めた者たちが死に際に向ける憎悪の顔ばかり。誰かの笑顔なんて、ただの一つもない。

 

 先代が胸の内に秘め続けていたそんな苦悶の吐露を、彼は笑い飛ばした。

 ──たったそれだけで、彼女がどれだけ救われたか。

 

 先代は月に一度は霊夢が心配だからと称し生活必需品や食料を持って博麗神社へ足を運んでいるが、彼の側にいる時間は霊夢と話している時間と同等以上だ。

 更には近ごろ寂しさを我慢できなくなってきたのか、神社へ向かう間隔が徐々に短くなっていることを紫は知っていた。

 

 博麗の巫女という色眼鏡を通さずに見てみれば、先代は天才の霊夢と比べ人間的で地に足の着いた立ち振る舞いをしている。それこそ霊夢とは対照的だ。

 けれども紫に言わせれば、隙あらば彼の元へと寄って行っては話をしにいく姿など、まさに霊夢と瓜二つ。

 とはいえ、腑に落ちない部分もある。先代ではなく、霊夢が懐いた理由がわからないのだ。

 

「霊夢はどうして彼が気に入ったのかしらね?」

「わからん」

「気になるわぁ」

 

 あの掴みどころのない霊夢が人に興味を持ち、理由も無く自分から会いに行っている。

 幼い頃から知っている、というのは無関係だ。例え同じ神社で暮らしているのが他の誰かであれば、きっと霊夢は十年共に過ごしても終始態度が変わらないだろう。彼女はそういう人物だ。

 どこかのタイミングで、きっと霊夢は彼に何かを見出した。紫はそれを知りたがっていた。

 

「会って聞けばいいだろう」

「そ、そこまではちょっと」

 

 言わずもがな、紫が躊躇ったのは遠慮ではなく彼と遭遇する可能性を考慮してのものである。

 ここで紫は話が振り出しに戻ったことに気づいた。 

 つまり、彼に会いに行かねばならぬという話の流れである。霊夢に会いに行けば、彼と遭遇する可能性はかなり高い。

 

 ──いや、本当は彼は自分の場所から一歩も動かないので、博麗神社に行っても会わないようにすることは容易だ。

 ただ、同じ空間に彼がいると思うとそれだけで紫の気が気でなくなるだけである。

 

「……また、私の事を『赤の他人』として見られるのが怖くて」 

「埒が明かん。彼とは古い馴染みではなかったのか」 

「それは、まあ。そうわよ……?」

 

 既に紫はやや前後不覚に陥っており若干言葉使いが怪しかったが、ここで先代の言葉を聞いた紫がいっそ天才的ともいえる思考の飛躍をさせた。

 

「待って。幼少の頃から続く関係なんだから、これはもはや幼馴染といって差し支えないんじゃないかしら」 

「……。あながち誤りでもない……のか?」

 

 天啓を得たと言わんばかりに目を輝かせて紫が言う。

 先代は紫を止めるべきなのではと思いつつも、それ否定する言葉を持たなかった。

 

「あたかも旧知の仲かのように近づけば、ごく自然な形で隣に座ることができるわね……?」

「そうかもしれない」

「いいえ! 落ち着きなさい八雲紫。ファーストコンタクトを誤ったら後戻りができなくなるわ……!」

「一理ある」

「今、彼にとって私は初対面も同然。如何に好印象を植え付けるかが鍵を握っているのよ」

「そうだな」

 

 正直、先代はもう相手にするのが面倒になってきていた。

 紫がこうなったらいつもそうなのだ。彼の話をし始めるとだんだん喋りに熱が出てきて独りでに暴走し始める。このやりとりをするのもこれが初めてではない。

 

「で、いつ会いに行くんだ」

「そッ──」

 

 そして、これを聞かれると一発でフリーズするのもいつもと同じだ。

 

「あ、いや。え、えーっと……ら、来月? いや来週ぐらい……。 うん、来週行く。気持ち来週。来週こそ絶対行く。いやでも念には念を入れてやっぱり再来週にしようかしら、心の準備も要るし、こう、ご機嫌を窺うお土産とかも──」

「面倒臭い」

「えっ」

 

 先代が甘ったれた発言をする紫を容赦なく切って捨てる。 

 先代も忍耐の限界だった。あまりにもまどろっこしい。

 唐突に豹変した先代の態度に、紫は露骨にうろたえた。

 

「今行け」

「い、ぃ今ぁ!? 無理よ無理無理!!! あのだってほら、今日ちょっと星の巡りのもののやつとかがアレだし、えっとえっとあと他にも──」

「関係ない。行け」 

 

 先代が虚空に指先を伸ばし空を掻くように腕を引けば、当て布でも引き剝がしたかのように空間がビリビリと破れていく。

 空間の向こう側には無数の目玉が覗く空間を挟んで、博麗神社の景色が見える。

 

「嘘ぉ!? 私ちゃんとスキマ閉じてたわよ!?」 

 

 確かに先代が空間を破いた場所は紫がここに訪れるときにスキマを開いた位置ではあった。だからといって痕跡が残っているはずも無く、常人では、いや超人であってもこのような芸当は不可能。

 さしもの八雲紫も声の一つや二つ裏返るというものである。

 

「観念しろ」

「待って待って待って!!」

 

 紫が驚いている内に、すかさず先代が紫の首根っこを掴んで裂けた空間に放り投げる。

 上半身をスキマ空間に呑まれながら尚も抵抗する紫であったが、こちら側に大きく突き出された紫の大きな尻を先代が慈悲も無く足で押し込んだ。

 

 勢いは十分。奥に見えたスキマは紫が彼を覗き見るのに常用しているものだ。あそこから飛び出ればそのまま彼の目前に落下する。

 そうなれば流石の紫も覚悟を決めるだろう。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「──痛ったぁ!?」

「あ?」

 

 麗らかな昼下がり。

 神社の裏でのんびり過ごしていたら、急に金髪導師服の女が空から落ちてきた。

 頭から地面に向かってどしゃ、と実に痛そうな音をさせながらの着地だ。どっから落ちてきたかさっぱりだが、普通なら死んでるな。

  

「何も蹴ることないじゃない……」

「おい、あんた」

「ぬッ!?!?」

 

 とりあえずと声を掛けてみればぎょっとしたようにこちらを振り返った。

 想定していたよりずっと活きが良い。

 相当な、というかかなりの美人だが、挙動不審なのが玉に瑕だ。

 

「ひ、久しぶりね。私がわかるかしら」

 

 慌てて立ち上がり、服に着いた汚れを軽く払いながら女が挨拶を寄越してきた。

 確か、前の紅魔館での異変の時にも現れた女だ。恐らく、記憶を失っただけで親交のあった人物。

 ほんの僅かだが、朧気なイメージがまだ残っている。断片的だが、記憶を手繰り寄せれば名前が分かるかもしれない。

 

「あー……。八雲藍?」

「違います。八雲紫です。二度と間違えないで」 

「そりゃ悪い。ちょっと惜しかったな」

「惜しくない」

 

 前掛けのある白い導師服を着た金髪の美人。これで合っていると思ったんだが、ちょっと間違ったようだ。

 八雲紫と名乗った女は露骨に機嫌を悪くしていた。

 

「……本当に覚えていないのね。わかっていたことだけれど──」

「俺に言わせれば、あんたが本当に知り合いだったかどうかも疑わしいんだぜ」

 

 それを聞いて、八雲紫が悲痛に顔を歪める。

 なんだか悪い事をしたような気分になるが、仕方あるまい。これだって別に意地悪で言ってるんじゃないからな。

 たとえここで俺がまだ覚えていると嘘の一つでも吐いたところで、それこそ誰の為にもなりやしない。

 

 再び会ったほぼ初対面といえる彼女の印象は少々、いやかなりアレだが、この八雲紫という妖怪が俺の知己だったことを証明するものがある。

 

「その指輪。俺が渡したものだな」

「……覚えているの?」

「多少はな」

「そう。そうなのね……」

 

 紫が感慨深そうに小さくうなずく。

 先ほどの言葉を聞いてから彼女の顔色がちょっとマシになった。仄暗かった瞳もやや生気を取り戻したように思える。

 

「……いいわ。ほんの少しでも覚えているなら、それで許してあげる」

「あんま期待するなよ」

「承知の上ですわ」

 

 八雲紫が指に嵌めたまま、大切そうに抱える色褪せた群青の指輪。

 あれは正真正銘、俺が持っていたものだ。紅魔館の地下には過去の世界の産物が流れ着いており、きっと別のどこかにもそういうのはあるだろう。だが、誓約の指輪となると話が変わってくる。

 あれは二つと手に入らない特別な指輪であり、同時に俺が今"所持していない"指輪だ。

 やや短絡的な思考だが、俺が持っていなくて紫が持っているのだから、俺が彼女に手渡したと考えた。

 

 『暗月の刃』『青の守護者』と呼ばれる誓約がある。時代でややブレはあるが、要するに青教の誓約者の危機に駆けつけるのが役目だ。

 俺はそれを結んでいる。他の誓約に鞍替えもしていない。記憶はないが、きっと幾度か誓約を果たしたのだろう。

 

「今までずっと塞ぎこんであれこれ考え続けていましたが」

 

 八雲紫が漂せていた、どんよりとした印象が一変する。

 

「それを知って吹っ切れたわ」

 

 それこそ深淵の監視者が一度斃れ、血を結集して再び立ち上がった時のような雰囲気。 

 

 ──かつての俺が、彼女とどれだけ親密だったかなんぞ、正直言ってさっぱりだ。

 ただ、彼女とは困っていたら頼られてやるくらいの間柄ではあったことだけは確か。

 青い指輪がそれを証明している。

 

 誓約『青教』。それを結ぶ力があの指輪にはある。

 元来"青教"などという宗教は存在しない。青教には教義や宣教師、ましてや創始者だってありはしないのだ。 

 その本質は、ただ救いを求める人が生んだ小さな祈り。

 そして俺は、その声に応える誓いを立てていた。

 

「貴方と私の関係は、その指輪から始まったのよ。だから、貴方がそれを覚えているなら──」

 

 八雲紫の黄金の瞳と目が合った。決意を宿した、強かな視線。

 

「またやり直すわ。それに、今度はもっと上手くやる」

「お、おう。何の話か知らんが、やるだけやってみりゃいいじゃねえか」

 

 それに思わず気圧された。挑戦者の気迫。覚悟した奴の言葉だ。

 満月のような黄金の瞳が、それこそ月のように妖しい光を放っているように思えた。

 

 会って少ししか経っておらず、実質初対面のような気分のまま謎の宣誓をぶつけられる俺の気持ちにもなってくれ。

 まるで高空からターゲットを狙う猛禽と偶然目が合ってしまった獲物のような気分だぜ。

 

 じっと強い視線で見つめられていた俺だが、八雲紫は唐突にふっと微笑みかけ、彼女は俺にこう言葉を投げかけた。

 

「ねえ、覚えているかしら」

 

 何をだよ、と言いたいのをぐっと堪える。

 

「どうせ覚えてない」

 

 だが、俺がそう言うのが分かっていたかのように言葉を続ける。そこに恨みがましい色は無い。むしろ嬉しそうでさえあった。

 

「前にね、貴方にこの指輪を返せと言われたのよ」

「あん? じゃあ返せよ」

 

 昔の俺の言うことも尤もだ。八雲紫は幻想郷の管理者で、強力な妖怪だって言うじゃないか。

 断片的だが、吸血鬼を相手に戦っている姿も見ている。今更青教に守られるほど柔じゃないだろ。

 

 

「今日、もう一度決意したわ。この指輪は絶対に返さない」 

 

 

 





>>今度はもっと上手くやる
 ゆかりんスタートダッシュ失敗してますよ!!!

 もしも青ニートくんに何か転生チートがあるとすれば、ダークソウルの知識を失わないことでしょうか。
 そう考えると青の指輪を嵌めているゆかりんは爆アドですね。
 貴重な乙女ヒロイン枠だし。ちょっとポンコツ属性入りかけたけど。

 先代様はクールでストイックな武人ですが、めちゃくちゃ寂しがりやです。
 かわいいね。出番も増えるってもんよ。

 ──え? もこたん? し、知らない娘ですね……。

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