もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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常に書きたい話しか書いていないんですが、そうするともこたんを差し置いて自然と再会したらヤバそうな人物リストの名前が増えていくんですよね
なぜなのか。

あ、今回長いです


鬼の本懐

 

 不意に目の前に青ざめた光が立ち昇る。

 覚えも得体も知れぬ群青の燐光。私はただそれを、呆然と見つめることしかできなかった。

 

 まるで時が止まったような錯覚。肌を打つ嵐の暴風と雨粒の感触さえ忘れるほどに、私はその光に見入っていた。

 光は人の形をしていた。

 光は古い記憶の奥底に眠っていた、誰かの後ろ姿だった。

 

 それが誰なのか。たとえ顔が見えずとも、私は理解できた。

 間違えるわけがない、忘れるわけがない。

 けれども、同時にたくさんの疑問を抱く。

 

 いったいどうして。今までどこに。 なんで、今更?

 ……約束、したから?

 

 答えは見つからない。けれどただ、夢のような現実として"彼"がそこにいる。

 

 そこまで見届けて、私はようやく指に嵌めた指輪がほのかな熱を帯びていることに気づいた。

 お世辞にも絢爛とは言えない質素な青い指輪。ほんの気休め、ただの口先で丸め込まれて手切れに指輪を渡されたのだとばかり思っていた。

 それでも、どうしても手放す気になれなくて、未練がましくずっと身に着けていた青い指輪。

 

 脳裏に蘇る、古い約束の言葉。

 

 例え世界のどこにいようと──

 

「ふうん? まだ切り札を隠し持っていたとはね」

 

 ──俺が助けに行く。

 

 

 

 

 

 

 青教の召喚だ。俺は全身が青い光で構成された霊体として召喚されていた。

 こういう召喚系統の困ったところは、召喚先の時間軸があやふやなことだ。ただでさえ時間感覚が錆びついているってのに、拍車がかかっちまうぜ。

 

「生霊の類の召喚かな。さて、ほんの悪あがきじゃなきゃいいけど」 

 

 そうやって内心で悪態を吐きつつ、顔を上げて正面を見てみる。

 ……へえ、こいつが今回の相手かい。

 

 正面には小さな娘っ子がひとり。落陽のような橙色の長髪から巨大な双角が姿を見せている。こいつ、鬼だな。

 続けざまに素早く周囲の状況を一瞥。嵐の夜だった。

 

 吹きすさぶ暴風雨に顔を顰めながら一帯を探ってみるが、どこもかしこも瓦礫の山ばかり。柱が折れてぺしゃんこに潰れた家屋がそこら点在している。

 肝心の紫の姿は俺のすぐ背後に確認できた。手足には屈折した角材が痛ましく突き刺さっており、軽く見ただけでも無数の裂傷や打撲痕が見つかる。

 酷い怪我だ。相当な窮地だな。割とギリギリの所で召喚が間に合ったらしい。

 まあ、下手人は十中八九そこの鬼っ子だわな。

 

 

 俺だって伊達に不死をやってねぇ、鬼がどんな存在なのかくらい弁えている。

 全ての鬼はひとつ、鬼という種族を他の妖怪から隔絶させるに足る共通の能力を持つ。

 それは『強い』という、特別な力。

 冗談のような話だが、実際に相対した経験があれば毛ほども笑えない話だ。

 強い。硬い。速い。生まれたままの身体が、他のどの妖怪も真似できぬほどの領域にあるのだ。

 

「強いぞ。私は」

 

 わざわざ自己申告するほどだ、よっぽどだぜ。

 ……ハァ。面倒は嫌いなんだ。強いやつの相手は疲れる。

 

 だが。

 何十、何百年ぶりの再会かね。

 後ろに紫がいる。

 

「──助けて」 

 

 だったら、マジでやらねぇとな。

 

「退屈させてくれるなよ」

 

 期待半分、億劫さが半分といった声色。暴風を物ともせずに悠々と小鬼がこちらに歩きだす。繋がれた錠と鎖がじゃらじゃらと音を立てた。

 枷のような分銅と繋がっているが、意味はあるのか? 到底鬼を縛れているようには見えん。

 

 こいつが悠々と歩いているのは『緩やかな平和の歩み』効果ではない。

 鬼がただ威風堂々と、余裕綽々に歩んでいるだけだ。

 

 もとより『平和』を鬼相手に使う気は無い。

 敵の移動を極度に制限する『平和』は、互いの個としての能力が拮抗していないと活きない。そうした状況で、逃げられなくして数で囲んで叩くために使われる。

 破壊力と防御力では俺の方が圧倒的に劣る。逃げる足を奪って近距離戦闘に持ち込んだところで競り負けるのがオチだ。

 

 まっすぐ歩み寄ってきた小鬼が、ゆっくりと腕を引き絞る。フェイントもクソも無い、いっそ無謀とさえ言える大振りのテレフォンパンチ。

 それはまるで、ロードランのキノコ親父のよう。あのエリンギのストレートも大したもんだったが、多分この鬼の拳には辺り一帯を吹き飛ばすくらいの力はあるんじゃねえのか。

 

 舐め腐った攻撃のようでいて、その実これ以上ないくらい無慈悲な攻撃だ。紫を人質にとった防ぐことも避けることも許さない破壊行為。

 それをする鬼の眼には、確かな期待の色が込められていた。

 

 要するに、俺を試しているんだ。

 背後の紫ごと吹き飛ばす攻撃を、俺が止められるかどうか試していやがる。

 躱したら意味が無い。防いでも余波までは止められない。

 だから、俺はこれ見よがしにスローモーションで殴りかかってくる小鬼をぶっ飛ばさにゃならんわけだ。

 

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 『神の怒り』。甲高い音が轟くと同時、小鬼は遥か後方へ吹き飛び瓦礫の山へと激突した。

 

 放たれた衝撃波により周辺が放射状に圧し潰され、足元はすり鉢状のクレーターと化している。

 ゲームなら考えなしに連発できたが、現実で扱うとなると高すぎる衝撃力で周囲の被害がシャレにならん。まあ、だとしても使わない選択肢は無いが。

 青教の力で味方に当たらないのは素直に感謝だな。紫を背後に庇う状況だ、フレンドリーファイアを考慮するならこの手は使えなかった。

 

 『神の怒り』は俺が最も頼りとする奇跡。ゲームにおいてはシリーズ皆勤賞となる奇跡の一つだ。

 無印では最強、あるいは最良の名を欲しいがままにしている凶悪なスペルでもある。

 新たなソウルシリーズが発売されるたび今度の神の怒りはどうなったと騒ぐのが恒例だった。

 特に無印ダークソウルにおいては全方位・長射程・大ダメージ・即発動と四拍子揃った笑える性能をしている。初見の相手にはこれを連打するだけで封殺できるだろう。

 

 白いもやが発生する僅かな予備動作に反応し、不躾にパなされるこれに対応できるようになって初めてダークソウル対人入門とはよく言われたもんだ。

 初めて見せる相手ならこれでそのまま勝負が着くんだが。まあ、鬼が相手でそんな楽な話あるはずがないわな。

 

 さて、青い守護霊として召喚されれば召喚主と共闘して敵に立ち向かうのがセオリー。

 だが、今の紫にそれを期待するのは酷だ。

 霊体は召喚主が死ねば元の世界に戻される。極論になるが、今に限って紫の命と霊体の俺の命はイコールで結ばれている。

 せっかくできた隙だが、こういうときは追撃よりも先にやらにゃならんことがある。

 

 ひとまず俺は吹き飛んで行った鬼から視線を外して『アルトリウスの大盾』を取り出した。

 未だ呆然としている満身創痍の紫を庇うように突き立て、この盾を糧に紫を護る結界を展開する。

 さしもの俺も結界術なんざ修めちゃいない。この結界は盾に秘められた力だ。この盾にはそういう"逸話"がある。

 時間さえ許すなら回復の奇跡でも使って紫の傷も癒してやりたいところなんだが。

 

「アッハハハ! 痛ぇぞ、おい! こりゃ想像以上だ。私が鬼じゃなけりゃ、今ごろこの身は粉微塵だった!」

 

 いくらなんでもそこまで時間の余裕はないわな。小鬼は快活な笑い声を上げながら瓦礫の山の中から石材や土塊を打ち砕き歩み出てきた。

 

 明朗な声を聴いて本当にダメージが入ってるんだかちっとばかし不安になったが、小鬼の姿を視界に捉えればその不安はすぐに払拭された。

 あちこちの皮膚が引き剥がれ、飛び出た骨や潰れた肉が垣間見れる。目や口、鼻からも血を流している。文字通りの全身血塗れ。

 だってのに、足取りには僅かばかりの乱れも無い。いやはや、ピンピンしてら。

 

 俺の『神の怒り』をノーガードで貰えば普通は血の霧、良くて潰れたザクロみたいになるんだが、やはり鬼は格が違う。

 効いてんだか効いてないんだかさっぱりだぜ。

 

「あはは。血だ。私の血だ……!」

 

 再び姿を現した小さな鬼は手のひらを掲げ、嵐に流れる自らの血を眺めてうっとりとした声を上げていた。

 

「懐かしいなあ、自分の血を見るのは本当に久しぶりだ……! 思わぬ収穫だよ。一芝居打って八雲を誘い込んだ甲斐があった!」

 

 自分の手の平に付着した自らの血をみて、震えるように歓喜の声を零している。

 これを異常と言わずしてなんと言うのか。ひょっとして鬼ってのはどいつもこいつもこんな風なのか?

 ……何か知らんが、この鬼にヤバ気なスイッチが入ってしまった。舐めプは止めにするらしい。

 

 そんでさりげなく気になる発言も飛び出した。詳しい状況はともかく、紫が鬼に喧嘩を売ったのだとばかり思っていたが、此度の紫はどうやら誘い出されていたらしい。

 

「後ろの結界も大したもんだ。"勝負"はとっくに始まってるからさ、お前さんを無視して八雲をぶっ殺す算段を付けていたんだけど」

 

 鬼が手のひらに大きな火球を創り出し投擲する。鬼の強肩から放たれる凄まじい剛速球。狙いは俺ではなく、背後の紫。

 やはり先に用意しておいて正解だったな。

 紫を囲むように展開した黄金の結界が火球を危なげなく防いでくれた。

 

 知っているとも。こいつら鬼は人間との勝負ってやつを好き好む。

 俺は紫を護りたい、鬼はそれを掻い潜って紫を殺したい。大方こいつはその構図を勝手に"勝負"と定めていたようだ。

 勘弁しろ。鬼と真っ向からやり合わなきゃなんねえってだけでも嘆息ものだっつうのに、わざわざそんな不利な土俵に上がるわけねえだろ。

 

「周到だねぇ。くふ、これじゃお前を殺すまで八雲は殺せない」

 

 けっ。セリフの割には滅茶苦茶嬉しそうじゃねえか。やはり特別紫と確執のある輩じゃねえな。戦闘狂かなんかの類だ。

 しかも、鬼にしちゃあやたらと狡猾だ。知恵も回るし行動理念もそこらの鬼とは毛色が違う。

 ……こいつとやるのは、骨が折れそうだ。

 

「いいなぁ、お前。名を聞かせてくれ」

 

 恍惚とした声で鬼が俺の名を問うた。

 

 うるせえなあ。俺に名乗る名前も無いし、今回に限ってはそれを口にする声だって持ち合わせてねえよ。

 俺はジェスチャーで親指で首を掻っ切り、そのまま親指を下に向けてやった。

 

「~~ッ!!!! なんだよなんだよ嬉しいじゃないか! 私はお前みたいな奴を待ってたんだ!」

 

 返ってきたのはまったく予想だにしないリアクションだった。

 息を呑んで喜びをかみしめ、それでも抑えきれずに小さな身体を飛び跳ねさせて全身で喜びを表現していた。

 なんつうはしゃぎようだ、おい。やりづらいぞ。

 

 俺は宣戦布告に等しいジェスチャーでわかりやすい挑発したつもりだったんだ。

 これでキレて、精彩を欠いた動きでもしてくれれば良いと期待していたんだが、俺の目論見は完全に外れた。むしろ鬼の戦意は明らかに向上している。

 

「伊吹萃香。私の名だ。望み通り、お前が私を地獄に突き落としてみせろ」

 

 両手の拳を軽く打ち付け、傲岸不遜な笑みを一層深くした小鬼──萃香が、ぐっと姿勢を低くする。

 

 それだけで、僅かにあったどこか惚けたような雰囲気が霧散する。恐ろしい気配だ。

 生まれついての強者が纏う覇気とは一味違う。数多の窮地と修羅場を潜り抜けてきた、真の強者の気配の持ち主。

 

 ──だからこそ敗れることになる。

 俺のような、卑怯者に。

 

 轟音。萃香が地を蹴った音だ。超人的な加速で萃香は既に目前にまで迫っていた。反射で『神の怒り』を詠唱し、両手に白い靄を纏う。

 

 至近距離で鬼と目が合う。好奇の熱を帯びていながら、探るような冷徹さをも兼ね備えていた。

 『神の怒り』を見せるのはこれで二度目。見逃すコイツじゃねえだろ。

 発動のための予備動作もバレている。射程範囲も先ほど生んだクレーターや弾いた雨で見える。

 躱される確信があった。

 だが、それで終わらないのがこの奇跡の怖いところ。

 

 この奇跡は"キャンセル"ができる。最大の目印である白いもやを発生させながらスカすことができるのだ。

 それに釣られて回避した相手をどう料理するかが腕の見せ所。

 

「つまんねぇ小細工してんじゃ……いぃっ!?」

 

 『神の怒り』の予備動作を見切り咄嗟に飛び退く萃香を、ぬるりと伸びた白亜の槍が追う。

 

「どっからそんな長物出した!?」

 

 腰だめに構え喉元目掛けて突き出した『ヨアの槍』は、だが萃香が上体を反らし間一髪躱された。

 ──今ので、のろまな突きだと思ったろ?

 即座に『ヨアの槍』を両の手で握り直し雨を裂くほどの超高速で穂先を切り返す。

 

「お、おおおおお!?」

 

 萃香が目を見開くが、防御は間に合わない。

 左の足と右の手にクリーンヒット。良いのが入った。初見殺し、それも隙を生じぬ二段構えだ。

 

 巷で言うところの怒りハルバードと呼ばれる戦法だった。詠唱を中断した『神の怒り』を避けた所をハルバードのような長物武器で追い打つ。今やったまんまだ。ゲームなら刺突属性のカウンターも入って結構なダメージになる。

 

 そしてその戦法にもう一段初見殺しを加えるため、俺はハルバードではなく『ヨアの槍』を採用した。

 ヨアの槍は竜血騎士団の長、ヨアが眠り竜を貫いた重く大きな槍。この鈍重な槍はかつての持ち主の技量からか、時として眼で追えぬほどの迅速な槍捌きを見せる。

 

 だが、妙だ。一撃目の突きは喉を貫ける間合いだったはずだが、見誤ったか? 仕留めそこなちまった。

 そんな疑念を抱え、改めて観察をしてみると違和感はすぐに見つかった。

 喉だ。萃香の喉に僅かに白い霧が漂っている。

 ソウル体でもあるまいし、得体が知れないが……何か、防御に回せる妖術みたいなモンを隠し持ってるのは確実かね。

 

 さて、仕事を終えた『ヨアの槍』はすぐに仕舞い込む。この槍は装備しているだけで防御力が下がるうえ、緩急の激しいこの武器一本で立ち回るには独特の戦闘センスを培わなくてはならん。今回はもうお役御免だ。

 そんな俺の行為を、距離を取った萃香が嘗め回すように観察していた。

 

「強い術に自在な武器の出し入れ、おまけに戦上手と来たもんだ。八雲もどえらい懐刀を隠してたもんじゃないか」

 

 首元の霧を指で拭いながら萃香が舌なめずりをする。

 萃香は嬉しそうに笑っているが、俺の方はそれどころではない。

 骨をへし折ったつもりで叩き込んだ『ヨアの槍』の攻撃だが、萃香の両手両足ともに健在。『神の怒り』と比べれば攻撃力で劣るのは百も承知だが、自信失くすぜ。

 まったく、あれこれと小賢しい技を使ってたのが馬鹿らしくなる。

 地道に体力を削ってったって意味がないな、こりゃあ。

 

「んふ。お前、私を殺せるかもな」

 

 けれども相手は俺の憂鬱な内心など露知らず。

 萃香は頬を赤らめ、煽情的な流し目を俺に送りながら口端を釣り上げた。

 夢見心地の、期待を込めた妖艶な笑み。

 おい、こいつ戦いたがりじゃなくて死にたがりかよ?

 だったら一人で死んでくれ……って言っても無駄だよなあ。そも、霊体に口無しだ。

 

 さっきの爆発のような飛び込みの速さは脅威だ。懐に入られる前に牽制するため、『追尾するソウルの結晶塊』を展開。

 周囲にソウルの塊を浮遊させるこの魔術は、一度発動させてしまえば敵の接近を感知して自動で迎撃する。展開後は自分の行動を阻害せず独立してくれるため、相手は一気に動きづらくなるって寸法よ。

 当たったら滅茶苦茶痛いしな。

 

 パワーでもスピードでもタフネスでも向こうのが上なんだ。ペースを向こうに渡した時点で一気に窮地に陥る。

 相手に先手を取らせない。相手のターンは意地でも出鼻で挫く。

 一発もらったら、それでワンパンされる位の想定で戦い続けなきゃならねえ。俺は死んでも死なねぇが、俺が死んだら紫は死ぬだろう。

 どうせ不死だし、所詮いまは霊体の身。だから命を棒に振っても良い……なんて理屈は通らん。

 

「その術の挙動、迎撃型だろ? だったら近づかなきゃいいよねっ!」

 

 萃香がその場で拳を振り上げると、辺りの瓦礫の山がその手に吸い込まれるように集結していく。ほんの数秒もしない内に周辺の材木や石材が萃香の元に集まりきり、拳の代わりに巨大な瓦礫の塊が掲げられた。

 

「おらぁっ!」

 

 ごう、と大気を揺らす音と共に巨塊が飛来する。

 そりゃ当然投げてくるよなあ。困ったときは『神の怒り』だ。全方位に衝撃波を放ち、投擲物を打ち返す。

 例えばセンの古城では高所から巨人が巨大火炎壺を放り投げてくるのだが、それを打ち返したりもできた。

 それと同じだ。逆再生のように、瓦礫の塊が飛んできた軌道そのままに萃香の元へ戻っていく。

 だが萃香は毛ほども動揺した表情を見せなかった。

 

「なんつって、なぁ!」 

 

 巨塊は彼女にぶつかる前にひとりでに分解し、それを隠れ蓑に萃香が突っ切って来る。

 ソウルの結晶塊が反応し射出されるものの、纏っていた瓦礫に防がれる。

 こいつ、集めるだけじゃなくて散らすこともできるのか。チッ、ソウルの結晶塊は遮蔽物で簡単に消えるのが弱点なんだ。

 不味い。萃香の接近を許した状況のヤバさに思わず悪寒が走る。

 

 仕切り直す。

 『暗い木目指輪』の力で軽業師の如きバク転を行い、間合いをとれ……て、いない。

 不可解な力によって、萃香に向かって身体が"引き寄せられている"。

 こいつの能力か!? 俺が木目指輪のバク転で逃げるよりも、引き寄せられる速度の方が速い!

 

「逃がさないよっ。鬼ごっこは得意なんだ!」

 

 迎撃するしかない。

 まだ見せてない手札がある。

 

 『黒炎』。

 

「たかが火炎如きで──痛ってぇ!?」

 

 飛びつこうした萃香を、黒い業炎が迎え撃つ。

 構わず『黒炎』をかき消そうと振り払った萃香の左腕は大きく弾かれ、驚愕と共に大きくよろめいた。

 

 俺が火を使って迎え撃つのを想定して被弾覚悟したゴリ押しを目論んでいたのだろう。

 だが、それを許すほど俺の呪術は温くねぇ。

 まさか迎え撃つ爆炎が"重い"とまでは予想できなかったようだ。

 普通の呪術では万が一があると思った。相手は鬼。言ってしまえば鋼鉄を火で炙るようなものだ。

 よほどの出力がなけりゃあ、勢い付いたコイツを押し返せない。質量の混ざる『黒炎』をチョイスしたのは我ながらナイスだった。 

 

「うははっ、凄ぇ! 見ろ、私の左腕がぶっ潰れたぞ!」

 

 鈍器で叩き潰されたかのような己が腕を見て、萃香が獰猛に笑う。

 いや、そこはビビったり青ざめたりするところだろ……。

 

「多彩な術と武器に精通し、それを扱いきる卓越した技量も持ち合わせている。お前、その身でどれほどの死地を渡り歩いてきた」

 

 萃香は快美感に浸りながら、艶やかな声で好奇を向けてきた。

 うるせえなあ、たくさんだよ、たくさん。

 それを褒められたってまるで嬉しくないね。

 

「本当に私はここで死ぬかもしれない。私はそれがどんな美酒に酔うよりも心地いいのさ」

 

 泥酔したように顔を紅潮させて、悦楽の伴った熱い吐息を吐く。

 

「ああ、口惜しいね。私はこんなにもお前に首ったけだってのにさ、名前さえ教えてくれないんだ」

 

 色気ある上目遣いから思わず目を逸らす。戦いが激化するにつれてこの鬼はどんどんアレになっていく。どういう精神構造してんだよマジで。

 

 俺からしてみりゃあ、お前が好き勝手暴れ出した時が俺の死ぬ時だ。向こうからすりゃあ何もさせてもらえず一方的にやられてるだけのはず。

 そんなやり方でも、鬼と俺との間で戦闘が成立しているのが嬉しいらしい。理解できん感覚だ。

 

「うかうかしてたら四肢が捥がれちまいそうだ。私の右腕が残っている内に勝負を決めようか」

 

 好戦的な笑み。でかいのを仕掛けてくる気だ。これを凌いで勝負を決めたいところだが。

 さて、できるかな。

 

「四天王奥義」

 

 萃香が大きく息を吸い、拳を構える。

 腕の片方は完全に壊れており、力なくぶらさげたままの不格好な構え。

 だというのにとてつもない圧迫感を感じる。

 

 奥義とか言ってたぞ。ああ、怖いね。マジでなんで紫はこんなのと事を構えてんだ。

 恨むぞ、畜生め。

 この鬼だってそんなに死にたいなら一人で死ね。せめて無抵抗でいろ。

 

 内心でぼやきながら萃香の挙動に注視していると、萃香が動き出すよりも早く、轟々と降り注いでいた豪雨の全てが萃香の方へ傾くのが見えた。

 直後、萃香の背後に黒い大穴が開く。

 警戒する暇も無く穴目掛けて体が強引に引っ張られる。

 引き寄せる能力が可視化するほどの出力で行使されているのか。

 そう察して慌ててその場に踏ん張ろうとして、次は背後で巻き起こった爆風で押し出された。

 

 ──散らす力を、俺の背後で使ったのか。

 

「三・歩・壊・廃!!!!」

 

 来た。状況はかなり悪い。

 萃香の体躯が一瞬のうちに巨大化し、地鳴りを伴う踏み込みと共に引き絞られた剛拳が放たれた。

 裂帛の気合と共に繰り出された拳はまさに砲弾。がなりを立てるように風を切り、目前へと迫ってくる。

 

 防ぐ。……無理だ。潰される。

 躱す。……無理だ。引っ張られる。

 三歩というからには、それを三回。絶対絶命。

 

 ならば、せめて前に出る。

 鬼の膂力だ、刹那をミスれば俺の半身がもげるがやるしかない。

 

 後ろから、紫の声が聞こえた気がした。

 

 パリィ。

 小さなヒーターシールドで、全身の筋肉を捻って突き出される巨大な鬼の腕を振り払う。

 最小限の力で、最大の力が発揮される直前に。

 三歩なんて悠長なこと言ってんじゃあねぇぞ!

 

「ッッッ!?」

 

 込められた力は行き場を失い、萃香が弾かれたように大きな隙を晒す。

 呪術の火を構えつつ『暗銀の残滅』を握り、渾身の力で無防備な腹目掛け切っ先を突き出す。

 

「まだッ──」

 

 それが刺さるより早く、萃香は全身を霧のように霧散させ──

 

 

 

 『負けて死ね』

 

 

 

 ──それすらも爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったなぁ、そんなことも」

 

 小さな石片を口に運び、砕いて飲み込む。そして、頭の中のおぼろげな映像の整理に努める。

 そんな事をずっと繰り返していた。

 今の記憶は、俺が初めて紫の元へと召喚されたときの記憶だった。

 

 最後にやったアレはエクスプロード・デッドエンドという。命名がダサいかカッコいいかについては人によって意見が分かれるが、確立された対人戦闘技術の一つ。

 オラフィスのストレイド叡智の呪術『炎の鎚』。渦巻く炎で相手を包み、爆炎と共に焼き払う。

 発動から爆発まで数瞬のラグがあるこの呪術を、"パリィ"と"致命の一撃"の合間に詠唱し、致命攻撃と爆破ダメージを全くの同時に叩き込むテクニック。

 

 『ヨアの槍』の突きを避けられた時点で、萃香がそういう緊急回避を隠し持っている予感はあった。身体を霧に変えられるといっても、無敵になるわけではないだろう。ならばまとめて焼き払えばいい。

 そう結論づけて、ああいう決着の付け方になった。

 

 今思い返しても肝が冷えるな。あのパリィをしくじっていたら、多分八雲紫という妖怪はもうこの世にはおらず、幻想郷もまた成立していなかっただろう。

 俺のかわいいかわいいヒーターシールドちゃんもあの戦いを経てひん曲がっちまった。

 まあ、それでも使い続けるけどな。

 この盾は気に入っているんだ。一番手になじんでいて、パリィもこれを使うのが一番調子が良い。

 

 今になって思い返してみれば、もっと上手い戦いかたがいくらでもあっただろうとも思う。まあ、後の祭りだ。

 トドメの瞬間には俺もつい熱くなって声を掛けたが、霊体だったので音は出なかった。向こうから見たらただの口パクだったな。

 

 さて、その後の顛末だが少し悶着があった。

 驚くべきことに萃香はあれを喰らってなお生きていたのだが、真に敗北を認めたからだろうか? 命を奪わずとも目的が果たされたようで、俺はほどなくして元の世界へと帰還した。

 

 俺も初めての経験だった。普通俺が呼ばれるような状況なら相手を殺すまで終わらないというのもあるし、殺しきれないというのも滅多にない。

 トドメを刺さずに帰還していく俺に萃香は相当お冠だったし、ふらつきながら駆け寄る紫の手が届くより一瞬早く元の世界へ戻った。

 その先どうなったかは知らん。

 

 敵意を失くした萃香と紫の関係も謎のままだ。そも、どういう理由で対立していたのかさえ俺には与り知らぬことだ。

   

 

 さて、俺が黙々と行っている行為だが、これは俺たち呪われた不死が失った記憶を取り戻すための唯一の手段"解呪"だ。

 俺たち不死が記憶を失っていくのは、まさにこの不死の呪いに原因がある。

 だから、呪いが軽減できれば、伴って失っていた記憶を幾許か取り戻せるのだ。

 

 黙々と口に放り込んでいる石の名を『解呪石』という。

 この小石はその名の通り、呪いを解く石ころだ。カリムやロンドールでは秘宝とされていた。

 解呪石を服用すれば、不死の呪いの深度を軽減することができる。ただし、当たり前だが完全な解呪など望むべくもない。

 これがあれば死ねるなんて都合のいい話など、あるわけがないのだ。

 

 そもそもの話、この解呪作業自体あまり率先してとりたい手段ではない。

 この石はその名に解呪と謳っているが、実態は少々異なる。人は呪いに対して無力であり、出来てせいぜいが逸らす程度。

 解呪石の主な産出国であったカリムには、特別な指輪が多数伝わっている。犠牲の指輪や咬み指輪がそうだ。毒や出血への耐性を高めることができ、犠牲の指輪に至っては死さえ逸らすことができる。

 

 これらの指輪の共通点は、嵌められた宝石が生温かく、柔らかいこと。その製法は禁忌であるという。

 俺が今まさにひょいひょいと口に運んでいる灰色の四角い小石だが、改めて石を眺めてみれば、表面に溶けた頭蓋骨のシルエットがくっきり浮かび上がっている。

 ……まあ、不吉な話はこれくらいにしておこう。

 

 この解呪作業は地味で不快な上、石の手持ちは有限。今や解呪石を補給する手段はない。俺にとっては女神の祝福と並ぶほどの貴重品だ。だから俺はこれをへそくりと呼んでいる。

 

 だったら何で今さら解呪を行っているのかって話だが、もちろん未練がましく只の人に戻ろうってんじゃない。

 

「八雲紫、ねえ」

 

 つい先日、目前に落下してきた女の名だ。記憶の中で、俺が鬼を前に守っていた人物。

 俺の記憶から欠落していたらしい、古い友人。

 俺が昔くれてやったという指輪を高らかに「絶対に返さない」と宣誓し、不思議な力で博麗神社から姿を消した人物でもある。

 神出鬼没というやつだ。現れる時も去る時も突拍子が無い。

 

 浅い関係でもなかったと思っていたが、実際に話してみてそれが確信に変わった。俺は不死で、あいつも死ににくい妖怪だ。これからも付き合いは続くだろう。この幻想郷の管理者でもあるというしな。

 そう思ったから俺はいつもと異なり、貴重なへそくりを崩すことした。 

 

 彼女にまつわる記憶も、多くを思い出せたと思う。紫には悪いことをした。まあ多くを思い出した今でも、だからと言って何をするわけでもないが。

 

「ま、こんなチンケな石ころじゃここいらが限度かね」

 

 とはいえ解呪石では全ての記憶を取り戻すことはできない。俺はこの解呪石をおよそ百個ほど保有しているが、それでも限度というものがある。何十、何百個あろうと不可能なものは不可能だ。 

 俺が今まで解呪石に頼ってこなかったのもそれが理由だ。付け焼刃というか、焼け石に水というか。数に限りがあるのもよろしくない。

 

 指輪を預けたときのことや初対面のことまでは解呪石の力も及ばなかった。少し前まで他人事のように"彼女とは浅からぬ関係だったのだろう"なんてほざいていたが、これだけの解呪石を費やしても手が届かないというのは相当だ。

 あの鬼と対決した記憶は、彼女に指輪を預けてから初めに召喚されたときの出来事だったはず。そりゃあ紫もショックを受けるわ。いっそ全部元通りにできりゃあ話が早いんだがなあ。

 輪の都の『解呪の碑』でもありゃあ話は別だが、あれはもう存在しない。悲しいね、あーあ。

 

 なんて、どちらにせよもう終わった話だ。

 心折れた俺は、せめて自我さえ失わなければいいと思っている。今更固執するものでもない。

 

 

 ……。

 

 いつもは風の音と虫の声くらいしか聞こえない夜の博麗神社だが、今日ばかりは人の声が聞こえてくる。

 

 今は宴の夜だ。

 夜空の月は丸い。こんな夜更けに宴会が開かれるのは、今日の主役が吸血鬼だから。

 

 

 

 

 さて、どこに逃げようかな。

 

 

 




・怒りハルバード
 無印ダークソウルより。ローリングを強化する暗い木目指輪が弱体化した際一瞬流行ったが、DLCで現れた闇の飛沫や黄金の残光のインパクトに負けて皆の記憶から消えた戦法。

・ヨアの槍
 ダークソウル2より。突撃槍、両刃剣、斧槍などを組み合わせた多彩な攻撃モーションを持ち、固有モーションも多い。両手持ちR1攻撃の二段目は目で追えないレベルで速い。

・おねがいパリィ
 ダークソウル3より。PvPで劣勢を覆すために「お願いします」と祈りながら雑にパリィ擦る行為を揶揄した言葉。
 パリィで逆転された側がこれ言うとめちゃくちゃダサい負け惜しみになる。

・暗銀の残滅
 無印ダークソウルより。ゲーム中最高の致命補正値を持つ。バックスタブを失敗してもモーションが小さく、原盤を使用せずに最大強化できるので人気。
 誰も覚えていないが猛毒蓄積効果がある。
  
・エクスプロード・デッドエンド
 ダークソウル2より。当初はただの魅せプでしかなかったが、後に致命攻撃のダメージが一律で低下する修正が入り、パリィ成功時のリターンを向上させるテクニックとして大躍進を果たした。


 戦闘シーンがいっぱい書きたかったというか、なんか長くなってしまった。
 亡者が失った記憶って二度と返ってこないと思っていたんですが、ダクソ3DLC2でラップ君のイベントのこと完全に抜け落ちてました。あったんですね、記憶を取り戻す手段。
 

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