もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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やっと一話に出てきた白髪赤目殺人鬼ちゃんの存在を活かせそうです
つまり、この先一部原作設定改変あり。今に始まったことでもないですが


世界

 ほんの数日前まで幻想郷の全土を不気味な赤い霧が覆っていたのは、誰の記憶にも新しい。

 当たり前の話だが、霧は赤くない。一目でこれとわかるあからさまな異変だった。

 ずっと霧が立ち込めてるってだけでも気色悪いのに、妖気を伴って体調に害を及ぼすってんで、一般人は外へ出るにもままならなかったそうだ。

 

 見た目は不気味で、しかも実害まである。こういうのを幻想郷では異変というのだ。

 もしも異変の認定に確認項目があったならば、此度の赤い霧は要項を確認するまでもなくすべてチェックだ。

 異変の解決は博麗の巫女が担うのがしきたり。要するに霊夢の初仕事だった。

 

 異変の解決に出た霊夢に緊張は無く、重い腰を上げて解決に向かったかと思えば一晩でふらっと博麗神社へと戻って来た。

 それこそ、霊夢は眠る前に閉め忘れた納屋の戸を閉じに行くようなノリだ。感慨もなくあっけらかんと解決して帰ってきた。

 よく知らんが、普通はもっとこう……あるんじゃないのか? 恐怖とか達成感とか、そういうの。

 

 とはいえ、緊張など霊夢に最も似つかわしくない二文字と言っても過言ではない。

 事のあらましを霊夢から聞いてみたが、首謀者は霧の湖に浮かぶ紅魔館の主で、弾幕ごっこのルールに則って決着を着けたそうだ。

 

 種を明かしてしまえば、ただのヤラセに過ぎない。八雲紫が裏で糸を引き彼女に借りのある紅魔館が弾幕ごっこの普及のために協力した。

 異変だって人死にも出ない分かりやすいものだ。俺でなくとも、幻想郷の歴史に明るい者やある程度聡い人物なら皆気づいているだろう。

 

 ただ、如何に出来レースと言えども、紅魔の手勢はこと弾幕ごっこにおいては一切の手心を加えなかったと見える。なにせあの霊夢が帰って来るなり『疲れた』と一言だけ残して突っ伏して寝るほどなのだから。

 紅魔館は一端の新勢力としての意地は見せたらしい。

 

 それも考えてみれば当然の話で、弾幕ごっこは妖怪と人間が対等に競える決闘。容赦をしないのは当然だ。勝利を譲るような真似は、それこそ提唱された弾幕ごっこの趣旨に反する。

 弾幕ごっこという新しい幻想郷のルールは、此度の異変解決を起爆剤として一気に幻想郷に浸透させる。紫がそう熱弁していた。

 今回の異変とその解決のあらましは、紫の思惑通り今後にも影響する良いモデルケースになるだろう。

 

 意外なところだと、博麗神社によく顔を出すあの白黒の魔法使いも今回の異変解決に一枚噛んでいたそうだ。博麗の巫女以外がと思わんでもないが、それを許すのもまた新しい幻想郷のルールということかね。でなければ紫が働きかけて止めていたはずだ。

 人と妖怪の対等な勝負の場を設けることも、弾幕ごっこに期待された役割のひとつということだな。

 

 まあ、幻想郷で主役を張っている連中の晴れ舞台だ。美しさを競うという弾幕ごっこの趣きから見ても、俺にはとんと縁が無い。

 やったことはと言えば、飛び立つ霊夢を見送ったことと、降り立つ霊夢を出迎えたくらいのものだ。こんなもの誰でも出来るし、もっと言えばやってもやらなくてもそう変わらないだろうさ。

 口が裂けても"異変に関わった"なんて言えないね。

 

 ただ、困ったのがその先だ。

 新しい幻想郷のルール、異変解決後のならわしがある。

 それは、博麗神社で催される宴会。

 

 異変の首謀者たちを招き、幻想郷の調停者たる博麗の巫女の膝元で宴会が開かれる。目的は双方の和解を世間に喧伝するためだろう。

 立場のある連中はああだこうだと考えることが多くて苦労が多そうだ。山の射命丸が天魔の任を頑なに断り続ける理由がよくわかる。俺だってまっぴらごめんだね。

 

 さて、今回の宴で招待される面子だが、そこまではさすがに把握していない。けれど、吸血鬼と蜘蛛姫の姉妹組はきっとやってくる。

 俺はといえば、過去に紅魔館を派手に荒らした事実に後ろめたい気持ちがないでもない。

 再会を拒む強い理由があるわけではないが、連中には少し力を見せすぎた。

 勿体ぶるものでもないが、限度というのものがある。

 遠い昔に失われた、太古の強すぎる力。こいつは人の興味を、ひいては面倒ごとを引き寄せるだろう。

 

 何が言いたいって、連中が来訪するのに無防備に身を晒していればまずい気がしているのだ。

 逃げるような真似に情けなさを感じなくもないが、こういうときの自分の勘には従うと決めている。

 どの道一緒に酒盛りして騒げるような性格でも、そんな贅沢の許される肉体でもないしな。

 俺がいたら場が白ける……なんて殊勝な考えは持ち合わせちゃいないが、まあ、今更だ。

 俺の居場所がこの世に無いことなんざ、今に始まったことでもない。

 

 

 

 

 

 と、いうわけで俺は博麗神社から場所をしばし移すことにした。

 もちろん霊夢には無断。あいつはあれで人に遠慮がない。貴重な男手として、宴会の準備や後片付けにこき使われる未来が容易に想像できた。

 ほとぼりが冷めるまでは他所で時間でも潰してやろうという作戦だ。

 さて、となると肝心なのはどこで時間を潰すかだ。

 まだ幻想郷の地理にはさほど明るくない。今から人里に向かったところで相手にされるかどうか。

 当てもなく神社を降りてしばらく、どうしたものかと悩ませていた時のことだった。

 

「失礼、少し道を尋ねたいのだけれど」

「あん?」

 

 夜道を松明で照らしながらのろのろと歩いていたら、頭上から声を掛けられた。

 空から地上に降り立ったのは、なんとメイド。加えて珍しい銀髪だ。白髪と異なり艶やかな光を帯びていた。それから瞳が赤い。これだって相当珍しいんだろうが、どうも俺の知り合いに赤目が多すぎて希少価値が感じられん。

 

「博麗神社への道はこちらで合ってるかしら。東にあるとだけしか聞かされていなくて」 

 

 ぼんやりとだが、眼前のメイドの事情は把握した。今日この夜の博麗神社に行くやつは紅魔館の関係者でしかありえない。あれだけ大仰な洋館ともなれば、メイドくらい従えているのも当然か。ついでに俺の顔が割れていないのも都合がいい。

 

 紅魔館の手の者とは即座に敵対してもおかしくない関係性にある。こいつが立派な忠誠心のある輩であれば、尚更だろう。

 幻想郷の時代を考えれば襲いかかってはこないだろうが、まず間違いなく良い感情は向けられないはずだ。俺はそれ程のことをやらかした。

 とはいえ、彼女の振る舞いは至って理性的。俺の中の『関わるべきでない人物の風貌チェックリスト』に該当するポイントが見受けられるが、冷たくあしらうほうがかえって興味を惹いてしまうだろう。

 通りすがりの一般人に徹するなら、言葉短かに応答するのが正解だ。

 

「間違いねえよ。まっすぐ進めば手入れの杜撰な参道が目に入るだろうさ」

「夜でも見えるかしら」

「空が飛べりゃあ迷いやしねぇよ。神社は森に囲まれた小山の頂上だ」

「そう。ありがと」

 

 メイドはやりとりを簡潔に済ませ、再び飛び立った。

 にしても、よもやメイドを夜の野外で目にするとはさすが幻想郷といったところか。

 普通の人間なら年は霊夢と同じくらいか? 当たり前だが知らない顔だった。俺とてメイドの知り合いはまだいない。

 

 夜というシチュエーションや瞳の赤と相まって、前に純狐と名乗る狂人との邂逅を想起し身構えたが、どうということはなかった。幻想郷には奇人と狂人と常識知らずしかいないような気でいたが、俺の見方が穿ちすぎていたのかもしれないな。内面さえまともでいるのであれば、メイド服で外を出歩く程度の奇抜さなんざ微塵も気にならない。

 

 しかしあれだな。どいつもこいつも当然の権利のように空を飛びやがる。のろのろと地べたを歩いている自分が惨めに思えてくるぜ。

 

 なんて、内心で僻みながら東の夜空を翔けるメイドを見送っていたら、どういう訳かメイドが物凄い速さでこちらに戻ってきた。

 それも何か異常事態に気づいたような、明らかに余裕のない様子で。

 

「お、落ち着いて私の質問に答えて!」

「どうした? 落ち着くのはお前が先じゃねえのかよ」

「いいから!」

 

 信じがたい真実を飲み込むように、メイドは大きな深呼吸を一つ挟んで俺に言った。

 

「あなた今、私と話さなかった?」

「……はぁ?」

 

 どうやら前言撤回をしなくてはならないらしい。

 『白髪は要注意人物』というのが俺の中の鉄則。銀髪がセーフかどうかはこいつ次第のところがあったんだが、この分だとダメそうだ。やっぱりメイド服で外を出歩くようなやつが常識人なわけがなかった。

 

「とりあえずその気狂いを見る目をやめてちょうだい」

「だったらまず自分の言動を振り返ったらどうだ」

「それは……。はぁ、そうね。少し……冷静さを欠いていたことは認めるわ」

 

 焦燥していたメイドはもう一息ついて、今度こそ平静を取り戻したようだった。

 

「で? 何事だよ。道を教えたのは確かだが」

「そう、よね……」

「妖怪にでも化かされたか? 流石にそこまでは知ったこっちゃないぜ」

 

 メイドは俺の言い分に釈然としていないようで、不信の念を隠そうともしていない。

 こいつに何があったかはさっぱりだが、疑念の標的は俺らしい。

 そういえば、メイドの瞳の色が変わっている。月夜のようなダークブルー。つい先ほど道を尋ねられた時は血で染めたような赤目だったはずだが。

 

「私は時間を止めることができる」

「あー?」

「本当よ」

 

 参った。また狂人に捕まったかもしれねぇ。

 唐突に何を言い出すかと思えば、言うことに欠いて時間停止とは。

 だが、どうなんだ? メイドは至極真剣に言っている。幻想郷の住人ならできそうなのが困りどころだ。

 魔法やら妖術やらはあらかた見てきたつもりだが、時間停止はまだ知らない。

 時間停止ともなれば、そんじょそこらの魔術や奇術とは一線を画す。

 だが少なくとも眼前のメイドは自信満々だ。自分が時間を止められるとを本気で思っているし、それを一ミリも疑っていない。

 

「……だったら好きに止めりゃいいじゃねえか」

 

 俺の言い分があるとすれば、これに尽きる。

 できるなら好きなだけやればいい。俺が突っかかれる道理はない。

 

「それができないから困ってるの」

「俺に言ってどうする」

 

 知ったことか、というのが感想だ。

 

「もっと言えば」

 

 メイドがおもむろに懐から一本のナイフを取り出す。

 

「あなたの時間が手に入らないのよ」

 

 俺の脳天目掛けた投擲。

 ──それとほぼ同時にメイドの瞳が瞬時に赤く変じる。

 不思議なことに、ナイフは俺の目前で静止していた。

 

「こりゃすげえ」 

 

 物は試しと手に掲げる松明を頭上に放り投げてみる。すると松明までもが空中で完全に静止した。

 揺らめくはずの炎さえ微動だにしていない。まるで手品だ。

 こんなものまで見せられちゃあ、俺も『時間停止』なんて眉唾も信じないわけにはいかない。

 

「……あなたがそうやって平然としているから困っているの。わかる?」

「いや、さっぱり。仕組みもわからねえ」

「いい? あなたの時間は私のものなのよ? 駄目でしょ、ちゃんと止まってもらわないと」

 

 まるで聞き分けの悪い子供にそうするように、メイドが嘆息交じりに言い聞かせてくる。

 かなり理不尽な言い分だぞ、それ。

 

「自分の時間の止め方なんて知らねえが」

「それは、まあ、私もなんだけど」

 

 世界の時を止められても、自分の時間は止められないらしい。

 そりゃそうか、という話だ。自分で自分の時間を止めてしまえば、その後は一体誰が動かしてくれるのか。

 もしそんなことができてしまえば、うっかり試した瞬間に詰みだわな。

 いや、こんなしょうもない問答のことはどうでもいい。

 ともあれ状況を整理すると、このメイドは時間を止めることができて、そして不思議と俺にその力が及ばない。

 メイドはそれが気に食わない、と。

 

「まあ、いい。心当たりがないでもない。まずはひとつ検証してみるか」

 

 言いながら、一振りの日本刀をソウルから取り出す。

 奇妙な模様の走る漆黒の鞘と、鍔に巻かれた黒い布が特徴的だ。

 

「刀? いったいどこから」

「俗にいう妖刀ってやつでな。見てろ」

 

 メイドが見やすいように正面に刀を構えながら、ゆっくり刀身を鞘から引き抜く。

 露わになったのは、雪のような純白の白刃。

 刀自体は初めて見るのか、メイドは物珍しそうな様子でそれを眺めていた。

 

「綺麗ね、とても」 

「いや。この姿は初めて見る」

「……? 言ってる意味がわからないわ。そもそも今の行為に何の意味があったのかしら」

「時間を動かしてみろ」 

 

 言われるがまま、メイドは能力を解除した。

 

「あ」

 

 無論、静止していたナイフも動き出すので刀で危なげなく弾き落とす。ついでに、放り上げた松明をキャッチするのも忘れない。

 というかこいつ今『あ』って言ったか?

 

「……お前、自分で投げたナイフの存在忘れてなかったか?」

「いや、まぁその」

「おい」

「セーフよ、セーフ」

 

 ばつが悪そうにナイフを拾い上げながらそんなことを言い出した。

 ……このメイド、ひょっとして結構抜けてるんじゃないのか? 俺がか弱い一般人だったら流血沙汰だったぞ。

 

「まあ、いい。本題だ。もう一度この刀を見てみろ」

「……刀身がほぼ透明になっているわね」

 

 刀は根本から切っ先まで余すことなく透明化していた。夜の暗さも相まってほとんど見えない。目を凝らしてみても、なんとか白刃の輪郭が見える程度。

 何も知らなければ、これを柄と鍔だけの滑稽な刀だと勘違いするだろう。

 

「魔剣『闇朧』。ご覧の通り、刀身が世界から半ば"ズレ"てるのが目玉さ。だがお前がさっき見たように、時間を止めている間は刀身が正位置にあった」

「つまり?」

「お前の時間停止能力が、自分のいる世界をちょっぴりズらす力だと、この刀が証明してくれたわけだ」

 

 抜き身の闇朧を片手で鞘にしまいつつ疑問に答える。刃が見えにくいから鞘に納めるのにも一苦労だ。

 

 闇朧は最初の死者『ニト』の所有物であったとされる逸品。『死を紡ぐ』という使命と共に古来から連綿と受け継がれてきた刀だ。

 巡り巡って俺の手元にあるが、俺もこんな形で闇朧が完全に姿を現した状態で見ることができると思っていなかった。

 

 メイドの能力についてだが、自分を主とした平行世界を作り出して、あとで元の世界と融合してるんだろう。"自分を主とした世界"をスペアで一つ保有してるというチートだな。

 俗っぽくいえば、クリップボードを駆使したカット&ペースト。クリップボード上で好き勝手できるのがひたすらに卑怯臭いな。平行世界同士の作用は、白いサインろう石なんかを通してたびたび経験があるからギリギリ想像が付いた。まあ経験があるってだけで理解が及ぶわけじゃない。考えすぎるとすぐに頭がこんがらがる。

 

「ふうん。それが正しかったとしても、あなたが私の世界にいる説明にはならないけれど?」

 

 だがメイドは肝要なところで納得がいっていないらしく、至極まっとうな正論を俺にぶつけてきた。

 

「そこに関しては俺だって知る由もない」

「困るわよ。私の世界なのに」

「近くにいたから巻き込まれたんだ。別にそばにいなきゃいい」

 

 でないと、過去の生活で不意に時間が止まったタイミングが何度が発生していることになる。

 もちろんそんな覚えはない。

 

「そう。そういうことね。申し遅れました。紅魔館のメイド長、十六夜咲夜と申します」

「おい、どういう風の吹き回しだ。なんで今自己紹介した?」

 

 唐突に恭しく礼をしたメイドに怪訝な目を向ける。

 しかもこいつがメイド長かよ。嫌だな、今後も付き合いがありそうで。

 

「だって、それって要するに何かあったら私の世界に引きずりこめるって事でしょう?」

「業腹だが、そういうことになる」

「ほら、せっかく時間を止めても女手一つだと不便も多くて」

「冗談じゃねえぞ」

 

 メイドが言わんとすることを把握して、すぐに否やを唱えた。

 何が楽しくてメイドの手伝いをしなくちゃならねえ。時の世界に入門したのだって自分の意思ではないというのに。

 

「俺にはお前と行動を共にするつもりも、助けになるつもりも毛頭ないが」

「そう? 私が能力を解除しない限り、あなた私の世界から一生出られないんじゃないかしら」

 

 馬鹿なことを。そう笑い飛ばそうとして、否定しきれないことに気づいた。

 しばし思案してみる。俺は世界から世界へ移動する手段はいくつか所有している。

 だが、それは霊体としての話。自分の肉体の保持したまま世界を移動する方法は数える程度しかない。まずは『帰還の骨片』『家路』『ダークリング』を使用した篝火へのワープ。既に世界から火が失われた以上、これは望めない。

 ……他に何かあったか? 無いかもしれない。

 あるとすれば、紅魔館の地下の鏡を通して召喚してもらうくらいか。あの鏡はフランドールが破壊していたが、実は魔法で直してある。ただ、召喚先がこのメイドの勤め先の紅魔館であるという致命的欠陥があった。

 

「……出られねえな」

「本気にした? 冗談よ」

「タチの悪い冗談はよしてくれ」 

 

 当人はお茶目なジョークで済ませるつもりだったようだが、俺には通用しなかった、悲しいことながら。

 誘拐幽閉軟禁監禁に敏感なんだ、不死人ってやつは。ゲームで不死院の脱走から始めるのもそうだが、不死者は原則化け物として扱われ、世界の終わりまで牢に封じられるのがほとんどだった。

 どうにも囚えられがちなんだ、俺たちは。いや、俺がもう最後の一人か。

 ともあれ、こないだだって拘束具を従えた魔界神から逃れたばかりだ。

 囚われるのはせめて生だけにしてほしい。

 

「本気で脱出を考えるなら、お前が死ぬか老衰するかしないとだな」

「私、時間を止めている間は年を取らないのよ」

 

 殺されたら流石にどうしようもないけど、とメイドは続けた。

 

「時を止めたまま私だけおばあちゃんになるかと思ったんだけど、違ったのよね」 

 

 それだけを聞いたならば、こいつの世界の性質はロードランないし、呪われた不死の地に極めて近しい。時間が経過しているのに経過していない。何百何千時間経っても夜のまま、夕方のまま。意味不明にも思えるがそういう場所だ。それとよく似ている。

 

「通りすがりにこんな能力の詳細をバラすなよ」

「いいのよ、あなたは特別な通りすがりだから。時間を止めている間はちょっと……いえ、かなり気が狂いそうになるの」

「そういうもんか」

 

 自分一人だけの世界を持つというのはどういう感覚なのかね。俺に理解できるとは到底思えないが。だが、確かに、優越感に浸れるのも最初の内だけかもな。じきに虚しいという思いが上回ってくるのかもしれない。

 この世が『ダークソウル』だと気づき、勇んで攻略を始めた当時の俺がそんな調子だった。

 誰もが羨む便利な能力に思えて、その実人の身に余る力なのかもしれん。

 暴走とかして解除できなくなったら大変そうだしな。

 

 その時、俺はふとその力の由来について無用な邪推をしてしまった。 

 昔マヌスという怪物がいた。ウーラシールという、とても古い国を滅ぼした深淵の怪物。そいつは滅びに際し、いくつかの闇となって世界中に散らばった。闇の欠片はやがて形を成し、深淵の落とし仔となる。これは初代ダークソウルのDLCからダークソウル2に繋がる話だ。闇の落とし仔の存在はダークソウル2のストーリーを構成するうえで、非常に重要なファクターだった。

 

 俺は前々から懸念が一つあった。マヌスが闇を散らして滅びたのと同じことが、他の誰かでも起きたのではないか?

 そう思うのは、強く、そして大きな感情を残して散った人物に心当たりがあるからだ。

 

 北の不死院から大鴉に運ばれてやってきた、俺の世界の主。

 俺に愛を囁きながら殺意を向けてきた"主人公"。

 

 奴の最期は最初の火に焚べられたとき? それとも化身となった薪の王が敗れたとき?

 それか、最初の火が潰えたときだろうか。

 別にどれでもいい。ただ、どうしても奴が満足して逝ったように思えない。

 だからこそ、奴もまたマヌスのように落とし仔を遺したのではないかと疑ってしまうのだ。

 

 あの白髪赤目の殺人鬼が最後に手にした力はなんだった? 闇の魔術だ。

 いや。あるいは──その源か。

 後世に禁忌として伝わる闇術とマヌスの繰る深淵の魔法は少し異なる。

 俺の修める闇術の方が"浅い"。マヌスの深淵の魔法とは規模も出力も雲泥の差がある。

 俺は片手で数えられる程度の闇の精を生み出すのがやっとだが、マヌスのは暴風雨の如く。

 今人が知らず、扱えもせぬ力。作中でそう語られるそれは、とても強い愛慕であったという。

 

 マヌスの落とし仔は、それぞれがマヌスの秘めた感情を核としている。

 『渇望』『憤怒』『孤独』『恐怖』。知れているだけでこの四つか。

 マヌスから散り、使徒として人の形を得たのはこれらの感情だった。あの殺人鬼であれば、また異なる感情を抱いているのだろうか。

 

 ──だが、これは全て俺の妄想だ。

 俺はこの懸念を妹紅を見たときから抱いていた。ああいう強く面影を感じるようなやつを見ると意識せざるを得ないのだ。

 でもそれは、死んだ奴の面影を他人に重ねているだけに過ぎない。

 全部杞憂で、俺の考えすぎ。その可能性の方がずっと高い。

 だから。

  

「──ところで、なんだけど。……私、昔どこかであなたと会ったことがないかしら」

「……ハァ」

 

 できれば、そういう可能性を育むような言動は聞きたくない。

 特に髪が白かったり目が赤かったりするようなやつの口からはな。

 

「そんな嘆息するほど? 気を悪くしたなら謝るけど」

「いや、いい。手前の勝手な事情だ。断言するがお前と会ったことはない」

 

 俺が無駄に憂いているだけだ。気にするだけの意味もない。

 いいか。これは俺の、ありえるはずのない愚かな妄想なんだ。

 まだしばらくはそう信じる。

 

「そう。にしても……長話をし過ぎたかしら。もう行かないと」

 

 メイドは取り出した懐中時計を確認しながら、そう言った。

 本来このやり取りは簡素な道案内だけやって終わるはずだったからな。

 向こうも余計な道草を食って不運だろう。

 

「うふふ、よき理解者が見つかって嬉しいわ」

「……そうかよ」

 

 そんな俺の予想に反し、メイド──咲夜は屈託なく笑っていた。

 

「今後も縁があるとは限らねえが」

「あら。心外。我々紅魔館は"故も知れぬ英雄様"との友好関係を望んでいるというのに」

「──」

 

 ……どうやら、初めから俺の顔は割れていたらしい。

 

 

「では、ごきげんよう」

 

 咲夜は最後にしたり顔で悪戯っぽい微笑みを浮かべて、博麗神社の方角へと飛んで行った。

 

「……知ってて今までの態度かよ、おい」

 

 ……ところで、あいつの立場なら俺を博麗神社に連れ戻す必要があるんじゃないのか?

 

 やはりあのメイドはどこか抜けているらしい。

 




髪が白くて目が赤いキャラクター調べてみました 
・藤原妹紅
・犬走椛
・十六夜咲夜(銀髪はアウトの理論)
・稀神サグメ
・坂田ネムノ

なるほどね。

 

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