もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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もこたんを出そうとすると絶対に一筋縄ではいかないんですよね
なぜなのか
たぶん青ニートが悪い


殺し愛

 暗い夜の幻想郷をぶらぶらと散歩して辿り着いたのは、鬱蒼とした竹林だった。

 月明かりと掲げた松明の火を頼りながらの探索。この幻想郷は、聞けばそう広い地でもないらしい。

 

 長く住むなら近所の様子くらいは知っておきたい。別に探検家気取りってわけでもないが、結界で仕切られた箱庭と知るとつい隅々まで探索したくなる。

 ただ、暗夜に人間がほっつき歩けば知恵を持てない人喰い妖怪がわらわらと集ってくる。

 面倒だが、妖怪は人間を襲うものだ。普通の人間が里を出たら死んでしまう。弾幕ごっこのルールは理解できる知能がないと始まらん。

 だから松明は【幽鬼のトーチ】を使っていた。これは重い鈍器として作られた戦闘松明だ。松明で片手を封じられずに済むし、持ち替える手間も省ける。

 木っ端妖怪を追っ払うくらいこの程度の武器で十分。

 

 実は消えない罪の炎を灯した【ガーゴイルの灯火槌】という肩に担ぐほどの大きな石槌もあるのだが、あれを松明として使うには少し荷が勝ちすぎる。

 長くて取り回しが悪いし、何より武器として優秀過ぎる。襲ってくる妖怪如きは容易く叩き潰してしまえるだろう。

 妖怪とて、この幻想郷では少しばかりタチの悪い獣のようなもの。仕留めすぎるとよろしくない事情がある。多少の加減は必要ということだ。

 

 【ガーゴイルの灯火槌】といえば、そういえば遠い過去にこの炎をあの姦しい三相三面の女神に分火したことがある。

 消えない炎が欲しいというから軽率にくれてやったが、あとから考えてみると相当まずいことをしたのではないかと今さら憂慮している。

 

 というのも、【罪の炎】という尋常ならざる火が灯された松明だったからだ。

 【罪の炎】は詳細がさっぱりわからない不思議ファイアなのだが、『決して消えない』『心を奪う』『生命だけを焼く』など不穏極まりない代物。

 終いにはこの【罪の炎】でもってイルシールの魔女たちはイザリスと種を別にする火の魔法さえ行使していた。

 とりわけ『決して消えない』という要素があまりに不審だ。そんなことあるか?

 『最初の火』は、その消えゆく炎を紡ぎ止めんと幾百幾千の不死人が薪となったのというのに。

 

 一体これは何を燃やす炎なのか。呪いによって突如空から生じた断罪の炎。由来が知れなさすぎる。

 存外、深淵か闇そのものなのかもしれん。フリーデが闇を炎にしたように、ゲールが人の身で神の雷を呼び出したように、闇が炎に姿を変えることもあるだろう。

 とはいえ仮説の域をでない。本当に謎だ。渡してしまったものはどうしようもないし、ヘカーティアはこの炎を大層気に入っていたからいいだろう。

 返せと言ったらたぶん相当ゴネる。

 なにせ照らす光であり裁きの魔術であり掲げ持つ罪の証である。そりゃ気に入るのも頷ける。むしろヘカーティアの為にあるかのような炎だ。 

 なんにせよ、暗い夜道を照らすのには贅沢すぎるだろう。

 俺はこの【幽鬼のトーチ】でいい。

 

 しかしかれこれ数匹ほど妖怪を追っ払ってるが、やはり槌というのは良いものだ。重さに任せて振り回すだけで力を発揮してくれる。

 小手先の技術も不要だからひたすら楽に済む上、刃の具合を気にすることもない。散歩の傍らに携えるのにちょうどいい。

 このトーチがこれほどまでに優れた逸品だったとは、ゲームプレイ当時は想像もしなかった。

 

 正直、かなり気に入っている。かつてはロングソードが最大の相棒だったが、火の時代が終わってからはすっかり入れ替わった。

 時が流れる世界になって、夜が訪れるようになったというのも理由の一つだな。

 幻想郷に訪れる以前なんかでも、不意に他の人間と遭遇しても極度に警戒を招くこともない。

 夜道で出会った通りすがりが刃物を手にしていると、どうあがいても悪目立ちするものだ。

 せめて人相が穏やかであれば話も違ったかもしれないが、俺には関係ない。

 

 さて、俺がこんな竹林に踏み入ろうと思ったのにも理由がある。

 罠が仕掛けられているのだ、そこら中に。狡猾で、趣向の凝らされた嫌らしい罠だ。

 俺の経験した罠ほどの殺意はないが、近寄る者を排斥する意思が見て取れる。

 きっと奥になにかある。様子を窺うくらいはしてみたい。

 

「にしても本格的だ。仕掛けたやつは良い趣味してるぜ、まったく」 

 

 仕込まれた罠の質が高い。殺しを意図してこそいないが、かなり悪辣だ。

 勘が良ければカモフラージュされた仕掛けが見える。それに安心すれば、それこそが次の本命の罠への誘導となっている。

 自然を活かした隠蔽に、スムーズな視線誘導、そして作為的な安心。仕掛け人を上回ってやったと傲慢になればたちまち術中に嵌る。

 足元のワイヤー、覆い隠された落とし穴、不自然に弓なりにしなった竹。探せばいくらでも出てくる。

 

 慣れていなけりゃ神経をいくら擦り減らしても足りないだろう。まぁ毒矢や落石がないだけ気が楽だな。

 まあ、こういう類の罠は文字通り死んで覚えた。教訓というやつだ。

 だが、それにつけてもここは嫌な竹林だ。景色に変わり映えがなく、かなり迷いやすい。目印にできそうなのは仕込まれた罠くらいのものだが、発動させないと目印には使いにくい。

 罠の起動を悟られるのも癪だし、大きな音を立てるものもある。目印として使うには後が怖い。

 幸いなのは、罠が妖怪避けの効能があるらしく、竹林に入ってからは襲い掛かってくる妖怪がめっきり減ったことだろうか。

 

 その代わり、白いうさぎがうろちょろしている。野生にしては後を付けるような挙動が不審なので、たぶんこいつらが侵入者を見張る斥候か何かだろう。

 迷い人が罠にかかったら、このうさぎ共が仕掛け人に報告するんじゃなかろうか。でなくても、竹林を我が物顔でうろちょろする不審者がやってきたんだ。

 様子くらいは気になるだろうさ。

 だから、そろそろ親玉が顔を出すころなんじゃないかと睨んでる。

 俺はそれを待って竹林を徘徊していたのだが……ようやくお出ましのようだ。

 

「おっさん、何者?」

 

 ひょっこりと姿を現したのは、うさ耳を備えた小さい女の子。わかりやすい風貌だ。こいつが白うさぎどもの親玉で間違いなかろう。

 

「普通の人間じゃないね」

「そう思うか?」

 

 上から下まで俺の風貌を確認したうさ耳少女は、俺を普通ではないと判断したようだ。

 『普通の人間にしか見えない』と言われることの方が多かったんだがな。逆は珍しい。

 

「少し罠に慣れ過ぎているよ。幻想郷にそんな人間はいない」

「そうかもな」

「だいたい、人間は涼しい顔して夜の竹林に入ったりしないし」

「そりゃそうだ」

 

 幻想郷の人間は文字通りの一般人だ。荒事にも慣れていないし、武器を握ったことさえ無い奴らが大部分を占めている。

 人の身で妖怪に立ち向かうことの愚かさを知っているというべきか。

 

「で、何用?」 

「罠を見つけてな。竹林の奥に何があるか気になった」

「馬鹿だね。罠を仕掛けてまで隠しているのに、聞かれて教えるわけないだろ」

 

 それに、とうさぎの娘は続けた。 

 

「今日は日が悪い。冒険したけりゃ日を改めた方がいい」

「あん? 警告じゃなくて忠告とは、どういう風の吹き回しだ」

「今晩の竹林はちょっぴり血気盛んなんだよね。私も長居する気はない」

「怪物でも出るのかよ」

「似たようなもんさ。腕に自信があるようだけど、命が惜しけりゃさっさと帰ったほうがいい」  

 

 こちらを慮るというよりは、自身の保身か? 俺を追い返すための方便ではなさそうだ。

 なにか見境の無く暴れる存在でもいるのかね。

 

「今日じゃなけりゃ、まともに応対してやっても良かったんだけど」

 

 ふと、竹林のざわめきが強くなる。ただ風が吹いただけではありえない、大きなざわめき。

 娘の大きなうさみみは、その音を敏感に捉えていた。

 

「……。警告はしたからね。さっさとしないと運が逃げるよ!」  

 

 それだけ言い残して竹藪の中へと走り去った。まさに脱兎の如く。

 それと同時に、一層竹林のざわめきが強くなる。

 見れば竹藪の向こうには橙色の光が差し込み、熱波のようなものが届いていた。

 

 ……竹林の奥に、炎塊でもあるのか?

 竹藪の向こうにある橙色の"何か"は大きく暴れているらしく、奥で屹立した数多の竹を突き倒しながら猛進しているようだ。

 夕日のような眩い光はどんどん明るさを増していき、伴う熱も上昇し続けている。こっちに向かってきているらしい。

 やがて、立ち塞ぐ竹林を薙ぎ倒して姿を現したのは──

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!」 

 

 燃え盛る鳳凰を引きずり回す、美しい黒髪の女だった。

 

(なんだこれ)

 

 予想だにしなかった光の正体にドン引きしつつ、巻き込まれないようにその場を飛び退く。

 確かにこんな奴が竹林を暴れているのなら日が悪いという他ないだろう。うさぎの娘も竹林に侵入してきた俺なんざ放って逃げ帰るわな。

 美しい黒髪を振り乱し、灼熱の鳥と揉み合ってマウントを取り合い拳を振るう女。肌が焼けるのさえ意に介していない。

 凄まじい現場に居合わせてしまった。今からでも見なかったことにして帰れないだろうか。

 

「お前が! 先に! くたばりやがれ!」

 

 灼熱の鳳凰の中から白髪の女が勢いよく飛び出し、黒髪の女をアッパーでぶっ飛ばす。

 女の闘いは恐ろしいと聞くが、こんなに泥臭くて血生臭いのはちょっと違うんじゃないのか。

 互いに感情を剥き出しした全霊のぶつかり合い。俺の場違い感がすごい。

 

「死ねオラッ!」

「死ぬかボケ!」

 

 互いの麗しい容姿も相まって、迫力は抜群だった。絶対に間に挟まりたくない。

 ところで白い髪の方が俺の古い知り合いの藤原妹紅という人物に大変よく似ていらっしゃるのだが、きっと他人の空似だろう。

 

「嘘つけ死んだろお前いま!」

「死んでませーん!!! 文句があるなら殺してご覧なさい隙だらけじゃカスがァーッ!!!」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

 

 それにもし本物の妹紅だったとしても、今は取り込み中だ。あの炎の海に水を差すわけにもいくまい。

 声でも掛けてあの輪に混ぜられたらたまったものではないからな。

 何をどうしても火に油を注ぐ真似になりそうだ。

 

「なにすんっ、お前、油断したなオラァッ!! はい心臓抜きましたー! お前、死!」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!! 否、生!!私は生! 代わりにお前の心臓を貰い受けます!!!」

「ギャア゙ア゙ア゙ア゙ア! 返せよ私んだぞ!!!」

 

 あんな風に内臓を引き千切り合うような野蛮な知り合いはいません。

 末期の亡者でさえあんなこの世の地獄みたいな真似やらないぞ。  

 くそ、ここまで奴らの体液と肉片が飛んできやがる。ぐちゃぐちゃに混ざりあってもうどっちのか分からないぞ。

 どうして平和な幻想郷に来てまでフレッシュな血飛沫を浴びなきゃならんのだ。

 心底うんざりしながら、物音を立てないようにそーっと踵を返す。

 ──パキ、と小気味良い音が足元から鳴った。

 

「ぁえ? ……し、師匠?」

「……師匠ですって?」

 

 音に反応した白髪の女が、茫然と呟いた。

 狂気的にヒートアップしていた二人のテンションが、水を掛けられたように鎮静化する。

 まずい。見られた。ぶっかけられた血肉をどう洗い流すか考えてて注意が散漫になっていた。

 冷静になって隠密用の指輪を装備しておくべきだったんだ。俺としたことがなんて迂闊な。

 しかも白髪の女が師匠と発声することによって、あのスプラッタな行為をしていた人物が妹紅だと確定してしまった。

 だが幸い背を向けているので、向こうからは俺の事だと確証を得られていないはず。

 よし、ここは他人のフリをして撒こう。今の一部始終を見てしまった以上、正直関わりたくない。

 

「──ぶち殺す!」

「なんでだよ!」

 

 去ろうとする俺を殴り飛ばしにすっ飛んできたのは、妹紅ではなく黒髪の女であった。

 妹紅の心臓を握り締めた右ストレートを振り向きざまにヒーターシールドで受け止める。重い。

 華奢な外観にそぐわぬ怪力。スタミナに余裕が無けりゃ盾を飛ばされていた。

 わかっていたことだが、こいつ普通の女じゃねぇ。

 そして妹紅よ。女の手にあった妹紅の心臓が衝撃で潰れ、大量の血が俺にぶっかけられたのをどうしてそんなに嬉しそうに見ている?

 

「妹紅! 誰だこの女!」

「私の復讐相手」

「なんで俺が襲われてる!」

「わ、わかんない」

 

 胸元を大胆にはだけさせた絶世の美女は、大胆すぎてがらんどうの肋骨を露わにしていた。

 本来中に納まっているべきもろもろの臓腑は、向こうで置いてけぼりになってぽつんと佇む妹紅が手に持っている。

 瑞々しい桃色の肉片が飛び散るのも構わず襲ってきたコイツが、妹紅が不死に至る遠因となった復讐相手なのか。

 間合いが近すぎて腰の剣が抜けないので、仕方なく呪術の『大発火』で突き飛ばす。

 

 肌を炎が焼くより早く、黒髪の女の肉体が瞬く間に再生していく。服さえ元に戻るのは、妹紅の不死の性質と酷似していた。

 

「どういうつもりだ、お前」

 

 おっかなびっくり声を掛ける。先の奇行を見てしまったが為に、話の通じる人物とは思えなかったからだ。だがそれでも文句の一つくらい言わせろ。

 そう思っていた俺は、だが静かに顔を上げた女の顔を見て、ぎょっとした。

 まず、女の顔がこの上なく美しかったから。

 陳腐な表現だが、この世の物とは思えないという他ない。妖怪連中は顔立ちの整ったやつらが多いが、俺の記憶の限りで一番を決めろと言われたら目の前の女が一番になる。

 

 けれどこれは、理由としては些細なもの。

 俺が眼前の女に気圧された本当の理由は別にある。

 ──対峙した気配が、闇霊のそれによく似ていたからだ。

 

「妖でもなし人でなし。命あるものでもなし死者でなし」

 

 肩で息をして艶やかな黒髪を揺らす女が、重苦しい殺気を孕んで俺を睨みつける。

 まさに殺気の権化。つい先ほどまで妹紅に向けていたじゃれあい染みた殺意とは、感情の熱が根本から違う。

 

「お前もそうなんでしょう」

「不死者のことを言いたいなら、まあ、そうなる」 

 

 お前も、というからにはこいつも不死で間違いなさそうだ。しかも妹紅と同じ系統の即時再生できる羨ましいヤツ。

 だが俺が襲われる道理が解せない。どうして俺がこいつから激情を向けられなきゃならんのだ、初対面だぞ。

 それとも不死者絶対殺すマンか何かか? どこで恨みを買ったかはさっぱりだが、そういう宗教のやつらもいる。この殺意の強さは、そいつらを思い出させた。

 

「その手の炎。お前が、私より先に妹紅と出会った不死」

「合ってるぜ。だが、それがどうして殺意を向けられる理由になる」

 

 女が注目したのは、俺の呪術の火だった。

 先の様子を見るに妹紅とは因縁深い関係らしい。妹紅の呪術を見慣れているのなら、先ほど放った『大発火』が同じ形態の術だとわかっただろう。

 妹紅と同じ呪術の火を持つ俺に、あるいは妹紅に火を分け与えた俺に何か隔意があるのか。

 

「いつかお前に出会ったら、真っ先に殺すって誓っていたのよ」

「なぜ」

「お前が妹紅を救ったから」

 

 女の瞳は、憎悪に憑りつかれていた。

 

「お前が私の妹紅の拠り所になったせいで、妹紅は私を見ない。

 お前がいるから、妹紅は私に本気にならない。

 本気で殺し合ってるフリして、結局私とは遊びなのよ」

 

 おい。ちょっと待てよ。

 俺は……いったい何に付き合わされているんだ? なんで修羅場の渦中にぶちこまれてる。

 当事者のはずの妹紅は、所在なさげにおろおろしていた。

 事情はよく知らんが、お前の女じゃないのか。

 こんな理由で俺は思わず息を呑むほどの殺意をぶつけられているのか?

 冗談じゃねえぞ。おい妹紅、頼むからこいつなんとかしてくれ。

 

「わかるかしら。彼女の永遠の復讐こそが、私にとってはようやく見つけた終わりなき生の導べだったのに……!」

 

 女が凄まじい気迫と共に拳を握り飛び掛かってくる。その勢いは、かつて相対した伊吹萃香と比肩するほど。

 ヒーターシールドでは防げないと判断して盾を鋼のタワーシールドに取り換える。

 

「お前さえいなければ妹紅は私と一緒だった! お前が、お前が私の妹紅を奪ったのよ! 」

 

 激昂した女の乱打は鋼鉄のタワーシールドに鐘を打つような重低音を響かせ、重厚なはずの金属板はアルミのようにひしゃげていく。

 雪のように白いたおやかな細腕からは想像もつかぬ重撃を必死に盾で受けながら、俺は思った。

 これはひょっとして、もの凄い逆ギレをされているんじゃなかろうか。

 

「くそ、こんなことなら白うさぎの警告を素直に聞いておきゃ良かった……!」 

 

 妹紅と再会する程度のことなら別に構わなかったが、厄介すぎる美人にロックオンされてしまった。

 しかも一度出会ったら最後、以降めちゃくちゃ執拗に追い掛け回してくるタイプのやつだ。

 現在、向こうは明らかに話の通じる状態ではない。

 どうやら不死身のようだし手荒な真似をしても……とも思ったが、たちまち再生するので無駄だ。

 ハァ、本当に面倒だ……。どうしてこんなことになってしまったのか。

 

「いっぺん頭冷やしてくれや」

 

 連撃を受けながら強引にシールドバッシュで女を突き飛ばし、すぐさまタリスマンに握り変えて『フォース』を発動。

 

「なッ──うぅ……」

 

 衝撃でぶっ飛ばされた黒髪の女は、目論見通り後頭部を強打し意識を失ってくれた。

  

「おお、あの輝夜をこんな一瞬で黙らせるなんて……」

 

 ……妹紅の声だ。今さらやっと来やがった。

 黒髪の女が気を失って安心したらしく、とたとた駆け寄ってきた。 

 

「不死を寝かすのは、お前のせいで手馴れてんだよ」

 

 不死者の狂行を止めるには、殺害ではなく意識を奪うのが一番いい。しばしば奇行に及ぶ妹紅の相手をしている内に手際は嫌でも良くなった。

 ロードラン産の亡者相手じゃこうはいかないが、寝食を万全に行える妹紅達の不死性ならこれが通用する。

 『神の怒り』ではぶっ殺してしまうと振り出しに戻るので、ダメージを伴わない『フォース』の方がうまくいくのだ。

 さて、黒髪の女は輝夜という名前らしい。お嬢様然とした風貌で鬼と比べてなお遜色のない怪力を発揮されたときはビビったが、耐久面は外見通りのままで助かった。

 

「幻想郷に来てたんだ」

「勝手に流れ着いた。だが、まあ、いい場所だ。俺も存外気に入っている」

 

 再会を喜ぶように体を寄せてくる妹紅から、すっと距離を取る。

 こいつ、頭から滝のように血を被ったまま全身にピンク色の肉片を付着させてやがるんだ。もう少し頓着しろ。

 

「それよりコイツ、輝夜とか言ったか。どうすんだよ」

 

 すやすや寝入った黒髪の娘を見やる。こうして見てみればか弱い女の子だというのにな。

 俺は先ほどまでのバーサーカーっぷりを知ってしまったが為に、いっそこの可愛らしさが恐ろしく見える。 

 服装を見るにいいとこのお嬢さんに見えるが、いったい何者なのか。ただのお嬢さまにしては少々血肉が湧き踊りすぎだと思うがね。

 

「あー……竹林の奥にある永遠亭って所のお姫様なんだよ」

「永遠亭? そういう事かよ」

 

 竹林に仕掛けられていた数多の罠は、その永遠亭とやらに人を寄せ付けない為のものだったらしい。

 俺がおっかなびっくり警戒していた罠は全て妹紅と輝夜の二人が諸共薙ぎ払ってしまったが。これでは仕掛け人も報われまい。 

 

「殺し合いはしょっちゅうだから向こうも慣れてるけど、一応永遠亭まで運び込もっか。道案内はできるからさ」

「放っておきゃ、余計に事がこじれるか。ハァ、めんどくせぇ……」

 

 こんなことなら大人しく博麗神社で宴会に混ざっておいたほうがマシだったかもしれん。

 この輝夜という黒髪の女も、俺が担いで運ばなきゃいけないらしい。

 ああくそ、とことん貧乏くじを引いている気がする。

 やはり白うさぎの言うことを聞いておくべきだったのだ。無下にしたから、こうも不運に見舞われている。

 

「ツいてないぜ」

 

 ボヤきながら、今しがた気絶させた姫を肩に担ぐ。

 重さはムラクモ以上大竜牙以下ってところかな。

 

 




もこたんは静かなるヤバさを醸し出す女。どうしてこうなった。
輝夜はもこたんと共依存になれたはずなのに、青ニートのせいで片思いするハメになってキレているという理不尽な話。
青ニートは泣いていい。
ということは妹紅が輝夜に向けるはずだった憎しみを、輝夜が青ニートに向けていることになるのか……?
青ニートは泣いていい。  

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