もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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一話に回収しようが無い要素がとっ散らかってて作者が悲鳴を上げるなどした。



青教

 

 あるときから、白い髪の小娘が付き纏うようになった。

 まるで心根が膿んだようなひでぇ面構えをみれば、すぐにこいつが不死の類だとわかった。

 こういう表情をした奴は、火の時代に何度も何度も目にしてきたからな。己の無力に嫌気が差して、だというのにどんなに手を尽くそうが終わりに至れないことに気づいたやつが、自然とああいう顔になる。

 ああ、腐るほど見てきた顔だよ。鏡によく映ってる。

 

 俺からしてみれば自分以外の不死なんて、今はともかく昔は沢山いた。だから別に特別視なんざしちゃあいなかったんだが、小娘からしてみればそうではないらしかった。

 

 まあ、今は時代はおろか世界が違う。不死に呪われた混沌の時代を知らない人々からすれば、生きているものは必ず死んでいくのが当たり前。不死は甘い蜜のような夢でしかなく、だからこそ現実に存在してしまえば許されざる歪みに映るんだろう。

 

 無感動に応対する俺とは対照的に、小娘はえらく感情的だった。初めは燃え尽きた灰みてえな女だと、そういう印象を抱いていたんだが、それを吹き飛ばすには余りあるくらいだったね。

 

 しかも、困ったことに常識がない。俺が不死だと告げれば、戯言を抜かすなと激昂し隠し持っていた刃物で俺を刺しやがった。

 事を荒立てるのも面倒なんで抵抗しなかったが、俺が呪いで淀んだ黒い血を散らして起き上がったことで小娘はようやく信じる気に──ならなかった。

 小娘は目の前の光景を夢だとでも思ったのか、一度では飽き足らずもういっぺん俺を殺しやがった。それでも俺が蘇るもんだから、信じられないように呆然としてたね。自分以外の不死がよほど信じられないらしい。

 

 俺は別に意固地になって不死を証明しようだなんてしていないんだが、小娘の方がそれを確かめることに躍起になっていた。

 いくつかの問答のあと、小娘は最終的に自刃を選び、復活したことでようやっとこれが夢ではないことを認めた。

 自分の不死を確認することこそが、何よりも現実を証明するらしい。この小娘、自分が随分と倒錯的な真似をしていることに気づいているのかね。

 

「──妹紅。妹紅だ。藤原妹紅。それが私の名前」 

 

 次に小娘がしたのは、ぐずぐずに泣きじゃくりながら俺に名乗ることだった。

 現実だと信じたあとにするのが名を告げることだなんて、突拍子がないと思うかもしれない。だが、俺だって同じ不死だ。こいつがどういう意図で俺に名前を教えたかくらい分かる。

 要するに、俺には名前を教える意味があると、そう思ったんだろうよ。

 

 不死者が定命の者に名前を教えたところで、どの道そいつもいずれ口も利けない骸になる。すこし時間を経ただけで、あっという間に自分の名を呼ぶ者が一人もいなくなるんだ。

 それなら誰に名前を教えたって同じこと。だったらもう、人に自分の名前を告げる意味なんてないじゃあないか。

 とまあ、大方そんな風なことでも考えていたんだろう。まあ気持ちは分からんでもないがな。

 

 けれど、俺の知る不死者には逆のパターンが多かったように思う。すなわち、一人でも多くに自分を知ってもらおうとしていた。いつか、自分が誰なのかわからなくなっても良いように。

 『人間が本当に死ぬのは、人に忘れられたとき』。前世のころの擦り切れた記憶だが、何かの漫画にそのようなセリフがあったように思う。これがどうして中々的を射ている。

 

 俺たちダークリングを持つ不死者は、死の淵に身を委ねるたび記憶が摩耗していく。その頻度や甚大さは死に方にもよるんだが、とにかくそういうものだ。 

 自分が不死である以上、他の誰もが自分よりも早く死んでいく。その果てに己さえも見失ってしまえば、そいつは本当にこの世からいなくなる。あとに残るのは何も覚えていない白痴だけ。

 

 俺もそうなるのが怖くないと言えば嘘になる。

 不死の試練を構えるロードランでは、命知らずたちの末路としてそういうのがそこらをほっつき歩いていたものだ。 

 

 妹紅との初対面ではその不死の事情を聴き、出会い頭にぶっ殺された反撃がてらそれを皮肉った俺に激怒しどこかに消えちまった。

 まあ別に惜しむほどの出会いじゃなかったし大して気にかけてもいなかったがな。

 だが、俺が生きているのは時代も知らない古い日本のどこか。この狭い島国じゃあ、不死身の二人が再会するのも必然。まさに時間の問題というやつだった。

 

 案の定、何十年か経てばまた再会した。前は俺を刺したり存分に怒りをぶつけて去っていったくせに、どの面下げてやってきたって話だぜ。

 妹紅は別れ方があんなだったからか、流石に最初は気まずそうにしていたものの、その表情は心の膿みの抜けた顔をしていた。俺の顔を見たとき、あいつは明らかに安堵していた。自分以外の不死がもう一人いるという実感をそのとき改めて感じたのだろう。分かりやすいやつだ。

 

 それからは、妹紅と行動を共にすることになった。

 別にそういう誘いがあったわけじゃない。俺もてっきりそこでまた別れるもんだと思っていたんだが、あの野郎無言で当然のようにあとを付いてきやがる。殺したって死ぬようなやつじゃないから、結局俺が折れて一緒に旅をすることになった。

 

 旅を共にするうち、妹紅の不死は俺の知る呪いとは大きく異なる随分と都合のいい代物であることがわかった。

 言ってしまえば完全上位互換。格が違う。

 

 俺は死を忘れた生ける屍みたいなもんだが、こいつは絶命と誕生を繰り返す華々しい鳳凰みたいなもんだ。加えて、飯の味もわかれば酒にも酔える。体に都合の悪い箇所があれば健全な状態にリセットできる。予め健康な肉体がセーブされていて、適時あるいは強制的にそれがロードされるといった具合だ。俺もそっちの方が良かった。

 だって俺にはコンテニューしかないんだぜ。不公平だろ?

 

 ただ、マジでこいつ不死とか関係なしに頭のネジがひとつ外れてるのか、とんでもない発想をするときがある。

 冗談交じりにお前の身体はいいなあなんて話をしたら、私の肝とか食えば同じになれるんじゃないとか言い出し唐突に刃物で腹をかっさばいて自分の臓物を引き抜き、そのまま強引に俺の口に──。

 ……。

 

 この話はよそう。忘れるべき記憶というのも、往々にしてあるものだ。

 自慢の白い髪を自分の血で真っ赤に染め上げ、善意100パーセントの紅い瞳で俺を見据えたまま自らの臓腑を片手ににじり寄ってくる奴の姿は、未だにフラッシュバックする。

 恐ろしいのはこれがほんの一例に過ぎないという事だ。

 

 不死になって感覚が麻痺するというのも確かにあるかもしれない。でも少しくらいは躊躇うべきだ。

 聞けばこいつは、もともと蝶よ花よと育てられたいいとこのお嬢様だったらしい。いや生まれが世間知らずの箱入り娘だったことを加味してたとしても、こいつが日々しでかす暴挙の数々には納得しかねるがな。

 

 あの自分に何の疑問も持ってない面構えを鑑みるに、あれは生来から備える天然の気質なのではと疑っている。

 翻って考えてみれば、ひと時の感情に身を任せて不老不死の薬を飲むような奴だ。それで永遠の後悔に囚われてるってんだから世話がない。感情で生きるのも人の勝手だ。そこに口をはさむほど俺も物好きじゃない。でも頼むからそこに俺を巻き込まないでくれ。

 そんな風に、俺一人の気ままな旅は以来こいつに散々振り回されるようになってしまった。

 

 そもそも俺がずっと続けているこの旅に意味などなかった。別に職につかなくても、俺も妹紅も飯を食うのに困らないからな。旅の理由は単純で、同じ場所に腰を下ろして過ごし続けると不死が露見するからだ。だから根無し草のように当ても目的もなく、人目を避けて無為に旅をしていた。

 

 だが、妹紅が加わって少し事情が変わった。

 俺一人があちこち彷徨っていようが、別に目立ちやしない。どこにでもいそうな冴えない顔つきの浮浪者だとしか思われないからな。誰かと話したとて、俺の顔なんざその日の晩飯を食う頃には忘れられている。そういう人相だ。

 

 だが妹紅は目立つ。すごく目立つ。

 絹のような純白の髪を地に着くほど長く伸ばした、紅い瞳の見た目麗しい少女。そんなやつが何十年間も同じ姿でほっつき歩いて回ってりゃあ、自然と人々の間でその存在がまことしやかに囁かれるようにもなる。

 迫害が始まる。そういう気配があった。そうなれば面倒だと思った。俺も何度も経験してるが、別に不死だって風雨の凌げる場所で過ごせるとこで寝れるに越したことはない。

 

 迫害を避ける為に、俺たちは妖怪退治を始めることにした。

 この頃にはもう妹紅に呪術の火を分けていたから、その使い方を教えるのにも都合が良かった。

 妹紅は呪術を覚えるのにかなり意欲的で、その協力的な姿勢には俺も助けられた。そもそも元はと言えば俺の記憶の劣化を防ぐために教えた呪術だったからな。

 

 呪術を繰るのに特別な素養は必要ない。要るのは呪術の火だけ。それさえあれば誰にも扱うことができる。

 だが本当に必要なのはそれを扱う心構えの方だ。俺はそれを妹紅に教えた。

 『火を畏れろ』。呪術の教えはこれに終始する。

 

 炎を操るだけの術が、なぜ"呪術"と呼ばれるのか。

 ダークソウルというゲームを遊び慣れていると失念してしまいがちだが、普通はこれを奇妙な名付けだと思うはずだ。

 呪術と聞けば藁人形を使ったり念などを送って遠隔で相手を苦しめたりする、いかにも陰湿なものを想像するだろう。

 しかしダークソウルにおける呪術はそうではない。火を扱う術を指し、それを呪いの術と称している。その由来には、呪術そのものの成り立ちが如実に関わっていた。

 

 かつて原初の火のそばで王のソウルを見出した太古の魔女は最初の火に魅入られ、それを模した炎の魔術を好んで使用した。しかし、それはあくまでも見てくれだけを模した魔術でしかなく、火にあるべき熱を持っていなかった。

 

 これはロードランの攻略にも通じる知識だ。デーモン遺跡を守るボス、デーモンの炎司祭は戦闘において炎の魔術を使用してくる。明らかに火炎の爆発に見えるそれは、しかしなんと純粋なる魔法属性のみで構成されている。故に、そうと知らずに炎耐性の高い防具や盾を用意してもその防御の悉くを貫通してしまうのだ。ダークソウルに数ある初見殺し要素の一つだった。 

 

 やがて魔女は外見だけを模した魔術だけでは飽き足らず、本当に最初の火を生み出そうとして──失敗した。

 生まれたのは混沌、高熱の溶岩。どろりとしたマグマは火に似て熱を持ち、だが決定的に火とは異なるもの。辺りには溶岩がとめどなく溢れ、魔女たちの都は混沌に沈んだ。

 そうして出来上がった混沌は、けれども歪ながらに最初の火のような性質を有していた。マグマの奥からは、生命の失敗作たるデーモンが生まれたのだ。

 

 呪術はその名残。太古の魔女が娘の一人、クラーナのみが混沌の暴走から逃れ、その業の別の形を探求し後世に伝えたもの。呪術は揺らめく炎を御し、織り成す業。だが、それは一歩誤れば瞬く間に災厄をもたらす呪いの火。

 これが呪術の真相だ。そんな風なことを妹紅にはかいつまんで教えた。特に火の時代に関しては無駄な混乱を招くと考え、関連するキーワードは伏せておいた。

 

 妹紅にはなんでそんなことを知っているのかとか、どれほど昔の話なのかとか色々追及されたが不死だから知ってるという強弁で突き通した。嘘は言ってない。ちなみにソースはオープニングムービーとテキストフレーバーと少しのフロム脳。

 

 呪術にはその火種が必要だ。故に、あらゆる呪術師には師と弟子がいる。師なくば弟子なく、弟子なくば師なし。大沼の呪術書に記される鉄則だ。魔女の娘クラーナを祖に火は呪術王ザラマンへと渡り、カルミナが新しい在り方を示してエンジーが異端に分かれた。呪術はそうした系譜を辿り続けて発展を繰り返し、ずっとずっと脈々と受け継がれ続けてきた。

 ──最初の火が消えて、世界に終わりが訪れるまでの話だが。

 だから、もうこの世に呪術の使い手は俺と妹紅の二人だけ。

 

 妹紅には俺たちの他にこの火を持つものは誰もいないと、それだけ教えた。

 それを聞いた妹紅は俺の言葉を感慨深く受け止め、呪術の火に更なる愛着を見せていた。たった二人の不死者が共有する、火の絆。妹紅の呪術に対するモチベーションの高さはこういうところに由来するんだろう。やっぱり特別感っていうのは大事だな。

 

 肝心の呪術は火球や発火といったシンプルかつ容易なものから教えていったが、翌日には自分に火を付けて突貫するという狂人に相応しい術を編み出していた。まさか、炎の術を教わって最初にやる創意工夫が身を焦がす炎だとは思いもしなかったぞ。だとしても炎に包まれたままこちらに近寄ってくるやつがあるか馬鹿野郎。

 

 いくら不死だっつったって、妹紅は痛覚も機能してる。まして焼死なんて数ある死に方の中でも一等苦しいもの。それを自分から引き起こすなんて正気の沙汰じゃない。あいつなら全身を体内から焼かれる薪の王の責務も難なく果たせるんじゃないかね。

 一応その発想の出どころを聞いてみたんだが、何でも俺の分けた火を全身で感じてみようと思ったのがきっかけらしい。こいつやっぱりおかしいよ。

 それから、火に巻かれながら俺を見たとき、とても懐かしい気分になったという。

 

 この世には輪廻転生という概念がある。しょせんは架空の考え方、人の考えた眉唾……そう断じることはできない。なぜなら、他ならぬ俺自身が一度記憶を引き継いで転生した身の上だからだ。

 だから考えることがある。あの火の時代を生きた者も、あるいはこの世界に転生しているのかと。

 

 思い出すのは、いつかの火継。慟哭と共に俺に手を伸ばした白い髪の殺人鬼。もし転生しているのならば、せめてその記憶を継承していないことだけを祈ろう。妹紅を見てそんなことを思った。

 

 妖怪退治の方は、つつがなく行うことができた。

 どこの村に立ち寄るにも素性が知れないと怪しまれるもんだが、流れの退治屋だと告げればその対応は大きく変わった。呪術の火という、一目見てわかる看板があったのも大きいだろう。

 

 この時代、妖怪はわりと当たり前のようにあちこちを闊歩していた。昔からちらほらと見かけてはいたものの、古い日本って怖いところだったんだな。小物からデーモンと見紛うほどの大物まで、妖怪にはいろいろいた。

 特に妹紅は若い女の肉が無限に食える極上の馳走ということで、人食いの妖怪たちからは人気者だった。でも悪いな諸君、そいつの肉発火するんだ。

 

 呪術の扱いに熟達した妹紅は、件の身を焦がす炎を好んで使用していた。

 そのころには術も新たな領域へと到達し、大火力で肉体を完全に消滅させ、鳳凰を象った火で己の魂を包んで突撃する術へと変わっていた。

 

 どうも昔俺が妹紅の不死を鳳凰に例えたことを覚えていたらしい。これで名実ともに火の鳥というわけだ。確かに見栄えはいいかもしれないが、自分を焼くような技好んで使うやつがあるか。

 雅な見てくれに騙されそうになるが、やってることは相応にクレイジーだぞ。

 術の後は何か恍惚とした表情をしているように見える。まさかとは思うがむき出しにさらけ出した魂を俺の分けた呪術の火で包む行為に何らかの快感を覚えているんじゃないだろうな。

 頼むから火を畏れてくれ。俺はそれ以上の言葉を持たないぞ……。

 

 それから、ただ適当に時間を消費していたころと違って、妖怪退治稼業を始めたことで以前と打って変わって人と関わるようにもなった。その中には、もっともっと昔から付き合いのあった古い妖怪との再会も含まれる。

 

 それは、満月の夜のことだった。

 

 

 ■

 

 

「炎を使う退治屋。その片割れが、よもや貴方とは」

「てめえ……紫か? 見違えたな」

 

 唐突に空間を割いて現れたのは、夜の帳を降ろしたようなドレスの女。この国では極めて珍しい金髪を結っている。

 名を八雲紫。顔馴染みの妖怪だった。

 村から村へと渡る道の半ばで、野宿の準備をとっくに終えた妹紅は寝入っている。獣や妖怪に襲われにくい場所を選んだつもりだったが、これは流石に相手が悪い。

 紫は会うたびに大きく力を付けている。初めて遭遇したときは有象無象の一匹でしかなかったと思うんだがな。

 

「そういう貴方は、ずっと昔から何も変わらない」

「物の隙間に潜んで覗くしか能の無かったお前も、気づけば一丁前の大妖怪。早ぇな、時の流れは」

「一体いつの話をしてるのよ」

 

 苦笑交じりに紫が笑う。妖怪も人間に比べれば長寿に過ぎるが、それでも時間感覚のダイヤルは合わないものだ。こればかりはどうにもならん。不死として年季が入りすぎた。

 

「私のこと、まだ覚えて下さっていたんですね」

「ま、中々忘れねぇわな」

 

 紫は強力な妖怪にしては珍しく、一か所に根を下ろさずに各所を飛び回る神出鬼没な妖怪だった。その影響か、顔を合わせる機会もかなり多い部類に入る。ましてこの風貌だ。そうそう記憶からはいなくならない。

 

「それにしても、あなたが斯様な妖術を修めていたこと、わたくし存じておりませんでしたわ」

「言う義理もねえだろう」

「薄情だとは思わないのかしら? 私とあなたの仲ではありませんか」

「ただ付き合いが長いだけだろうよ」

「つれないお人」

 

 紫が扇で口元を隠しながらよよよと泣き真似を始めた。突っ込み待ちの分かりやすい芝居だが、見た目が良いんでこれがまた様になっている。

 こいつとの付き合いは本当に長い。長寿の妖怪というのもあってか、この世界では五本指に入るくらいの知己だ。

 

「ところで。誰この小娘。いつの間に女を侍らせてほっつき歩くような人になったのかしら」

 

 扇で顔を隠したままの紫が棘のある口調で問う。空に浮かぶ月と色を同じくする眼光は、静かに寝息を立てる妹紅へと向いていた。

 警戒か、あるいは敵視か。その視線は決して好意的ではなかった。

 

「不死だとよ」

「へえ、それで?」

「あ?」

 

 紫の問いは、そこから更にもう一歩踏み込んできた。

 

「どうして貴方が他人を連れてるのよ」

「どうもこうもねぇよ。こいつが死んでも俺を追って来てるだけだ、文字通りな」

「ふうん……」

 

 適当な相槌を打ってはいるものの、俺を見る目は冷ややかだ。紫は俺の言い分に納得がいかないらしい。

 

「今日から私もそうしようかしら」

「馬鹿言え」

「本気だと言えば?」

「勘弁してくれとしか言いようがない」

 

 冗談にしてももっとマシなやつがあるだろう。妹紅一人で俺はキャパオーバーだ。もうこれ以上は手に負えない。

 

「……あの日の私は連れて行ってくれなかったくせに」

 

 恨みがましい、責めるような言葉だった。あの日といえば、初めに出会った頃のことを言っているのだろう。

 始まりは偶然。格も実力もないくせ、こいつは身の程に合わない大物の妖怪を下そうと拙い謀略を巡らせた挙句、尻尾を掴まれて危機に窮していた。その始末の場に俺は不幸にも居合わせ、結果的に俺が助けた形になった。連中、ついでと言わんばかりに俺を食おうとしやがったからな。

 

 当時の紫は妖怪としての能力は下の下で、年季もまるで入ってなかった。生まれ以外ただのガキと大差がない。これでよくジャイアントキリングなんぞ企んだもんだ。だからという訳でもないが、それからしばらく面倒を見てやったこともある。紫との関係はおおよそそんなもんだ。

 それで最後に別れるとき、一緒に来ると言って憚らない紫を宥めるのに相当苦心した覚えがある。

 何を言ってもついていくと聞く耳を持たない紫をどうにかして諦めさせるべく色々考えて、最終的に──

 

「指輪をくれてやっただろう。俺が一度でも約束を破ったか?」

「それは……そうだけど」

 

 紫は、白魚のような指に嵌めた紺碧の指輪に視線を落とした。指輪の名は『青の印』。渡した時から相当な時間が経っているはずだが、状態は良好に見える。手入れは欠かしていないらしい。

 古い約定の証とされる青教の指輪は、所有者が窮地に陥ったとき、約束を交わした守護者の庇護を得る。この場における守護者とは、他ならぬ俺の事だ。

 かつて俺は、断固として別れを拒む紫と約束を交わした。すなわち、その指輪を着けている限り世界のどこにいても俺が助けに行こうと。俺はそう告げた。

 

 青教の約定は極めて強力で、時空の分かたれた世界の壁さえ越える力を持つ。互いがどこで何をしているかなどわからなくとも、契約者が強烈な敵意に晒された場合に青教の力は正しく作用する。

 事実青教の約定は幾度も履行され、俺は紫の下へと何度か召喚された。

 初めの召喚は、別れから数百年以上経っていたと思う。紫もこの契約のことを忘れていたんじゃないだろうか。俺は忘れていた。 

 

 この野郎、どこにいってもろくな事をしていないのか、馬鹿強ぇ妖怪の恨みばかり買っていやがる。全員殺したがな。

 守護者は青い霊体として召喚される。霊体は鉄則として口が利けない。敵をぶっ殺して帰るだけだな。役目を果たせば、すぐに霊体は消える。

 

 命が助かりはたと正気に戻った紫が俺のところへ駆け寄るころには、影も残さず消える。まあお喋りを楽しむような暇なんざ元より必要ないだろ。仕事はしてる。

 

 そういえば、もうめっきり召喚された覚えがない。紫も妖怪として、あるいは賢者としての高みに至ったか。策謀でドジを踏むことも無ければ、正面立っての対決で危機に瀕することも無くなったんだろう。

 

「お前も一端の妖怪だ、もう必要ないだろ。指輪返せ」

「嫌」

 

 即答だった。

 

「……おい」

「絶ッ対に嫌。だってこの指輪を貴方に返したら、約束が終わってしまうでしょう?」

「まあ、そうなるな」

「だから返さないわ」

 

 指輪を嵌めた手を抱えるようにして、紫が身を引く。返す気などさらさら無さそうだ。

 

「私、まだ貴方の名前も教えてもらってないのよ」

「忘れちまったよ、そんなもん」

 

 この世界に来る前から、そんな上等なものは持っていない。故郷と一緒に前の世界に置いてきた。

 

「世界をほっつき歩く名前のわからない人を見つけるのは私でも難しいの。貴方にとってはそうではないのかもしれないけど」

「そういう約束だからな」

 

 別に俺が探してるわけじゃないし。俺は勝手に召喚されるのだけ待ってりゃいい。楽なもんだ。

 

「私にとってはこの指輪だけが貴方と繋がる縁。これは貴方が死ぬまで返さないと決めているわ」

「てめえ一生返す気ねぇじゃねぇか」

「あ、分かってもらえた?」

 

 紫が悪戯っぽく笑う。事実上の借りパクだった。まあ特段ないと困るわけじゃないが……。

 

「まあ、いい。それで何の用だったんだよ」

「いいじゃない、別に用も無いのに会いに来ても」

「お前がそんな柄か?」

「まあ、用事はあるんだけれど」

 

 紫が裂いた空間に手を突っ込んで、何かを取り出した。

 

「これ、知ってる?」

 

 それは、黒い石の欠片。ただの石ころではない。原盤から剥がれ落ちた楔石の一片だった。

 

「知っているのね」

 

 俺が言葉を発するまでもなく、紫は洞察してみせた。

 

「ずっと昔から奇妙に思っていたのです。答えを求めていたのです。──なぜ、あなたにはあらゆる境界が存在しないのか」

「それ前も言ってたな」

 

 紫は妖怪としての力を増し、隙間に潜む力を境界を操る能力にまで転じてみせた。紫には、紫だけの視界があるのだろう。そして、その紫には俺が奇妙に映るらしい。

 

「生と死の境界が無い。温かさと冷たさがない。光と闇がない。貴方には、この世の存在にあるべき差異が無い」 

 

 そりゃこの世のものじゃねぇからな。本来俺は火の時代と一緒に消えてなくなる定めだった。火の時代は、最初の火が起こることであらゆる差異が生まれて始まった。最初の火が消えれば生まれた差異もなくなる。道理だった。

 俺は、差異を喪った世界の生き残りなのだから。

 

「けれど、ある時答えを得ました。世界の各地にまるで来歴の知れぬ遺物があり、共通の特徴を持つそれらはこの世の何とも符合せぬ神秘と文明を示している。まるでこの世が始まる前にもう一つ世界があったかのように」

 

 興味深い話だった。俺がそうであるように、他にも火の時代から流れ着いているものがあるらしい。ちょうど紫の手にある楔石の欠片のような。

 

「貴方は、その時代を生きた不死。合っているかしら?」

「合ってるぜ。それがどうかしたか」

 

 紫が考古の末にたどり着いた答えに、にべもなく返す。特に感慨はない。

 

「これを聞いたのは、半分は私の好奇心。もう半分は頼みがあるから。……近々、強力な結界を構築します。貴方にはその知恵を借りたい」

「最初からそう言え」

 

 紫へ小さな人形を投げ渡す。

 頭が冴えるやつは話が長くていけねぇ。ぐだぐだと能書き垂れてないで結論を先に持ってくれば話はもっと早く終わった。

 

「これは?」

「閉じた世界の鍵だったものだ。お前なら解析できるだろう」

 

 『おかしな人形』。奇妙なつくりの人形は、世界のどこにも居場所の無い忌み人の持ち物。彼らはやがて導かれるように一つの絵画の前に立ち、絵画世界へと移り住む。

 この人形は、絵画世界へと赴くためのアイテム。ダークソウルの血で描かれた絵画は世界を生み出す力が秘められており、その内部には歴史の禁忌たる半竜が隠されていた。

 そこには神の奇跡と竜の魔術の粋が込められている。鍵となる人形もまた、例外ではないはずだ。

 

「……感謝します」

「構いやしねぇよ。もう使い道もない」 

「私の創り上げる楽園。貴方には、その行く末を見届けてほしい。必ずや招待致します」

「引き受けてやるよ。別に他にすることも無い」

「ありがとう。それから……」

 

 紫は俺から視線を外し、眠る妹紅の方を見た。

 

「……」

「ああ? 何か言いたい事でもあるのかよ」

「いえ、別に。ただ、隣が誰でも先に死ぬから最後は私。そう楽観していた自分を戒めていただけですわ」

「どういう意味だ」

「まだ知る必要はありません。では、ごきげんよう」

 

 意味深にそれだけ言い残すと、影に沈むように紫は姿を消した。

 ふてぶてしいやつだ。好き勝手話して、最後に謎だけ残して消えていきやがった。

 

 だが、ようやくこれで静かになった。そう一息ついて振り返ると

 ──横になった妹紅と目が合った

 

「さっきの人、だれ」

 

 このあと滅茶苦茶説明した。

 

 




唐突に後方隙間ヒロイン面したゆかりんが乱入してくるアクシデント

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