もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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タイトル詐欺も甚だしいので作品タイトルを改めました。
とはいえもこたんの名を削るのはあまりに忍びないため、紆余曲折あったのちこのような形で。

そもそも二話時点で完結予定だったんだしそれなら『もこたんx青二-ト』のままで
──いや、二話目でゆかりん乱入してなかった?
 ……何でもないです。




黒い魔法

 その人の顔も声も、もう思い出すことはできない。当時の私はまだ物心ついたばかりだった

 けれど一つ。たった一つ鮮明に覚えているのは、その魔法。

 それだけは今でも鮮明に思い出すことができる。それは、黒い精を作る魔法だった。

 

 遠い日の事だ。幼い私は糸で人形を動かして遊んでいて、彼は子供のおままごとに付き合うように、私の動かす人形に合わせて魔法で戯れてくれた。

 

 魔法が生み出した黒くて小さな丸い精には、白い点が二つ並んでいた。それがまるでつぶらな瞳のようだから、愛らしい印象を受けたのを覚えている。

 私が糸を引いて人形を右へ左へと動かせば、黒い精は白い尾を引いてゆっくりと人形を追いかける。

 人形の後を追う黒い精の軌跡が空に霧のような白い残滓となって残る。それが無性に楽しくて、ずっとそれで遊んでいた。

 覚えているのはそれだけ。ただの不可思議な、古い古い思い出。

 

 けれども、あれから月日がたった今。この記憶を振り返るたびにどうしても思わずにはいられないのだ。

 

 『あの魔法は、一体何だったのだろう』

 

 魔法使いとして熟達した今ならわかる。あの魔法は、常軌を逸していた。

 

 対象を追尾する魔法。そこにのみ注目すれば他愛もないありふれたもの。

 追尾する魔法は容易ではないが、困難でもない。一端の魔法使いならば、手段は異なれど難なく完成させることができるだろう。

 魔法に追尾性能を搭載する方法は無数にある。熱、魔力、光、音。例を挙げればキリがないが、探知する対象を定義すれば良い。

 ならば、あの黒い魔法はどれに類するか。

 

 答えは──どれにも該当しない。

 黒い精は一心に私の人形を見据え、熱も魔力も無い人形を追っていた。男の意志で遠隔操作している線も考えたが、男が視線を外しても追尾していたし、人形が静止した場合もまっしぐらに黒い精は向かってきた。

 あの魔法はいったいどういうからくりで私の人形を追っていたのか。記憶を振り返った時、私の疑問はまずそこから始まった。

 

 古今東西、あらゆる時代の魔法書を探し集め伝承を辿ってもそれらしい魔法は見つからなかった。

 それどころか、知識を集めていくうちにますますあの魔法が"ありえない"代物であったことが分かっていく。

 魔法には色がある。七曜の魔法や天体の力にあやかる星の魔法もそうだ。風を使う魔法だって微かに色が乗る。

 ただどのような属性を伴うとて、魔法の色に()()()()

 あの未知の精についても、特殊な精霊の力を借りる土着の術の可能性も視野に入れてあらゆる国に足を運び蔵書を漁ってみても、それらしい黒い精の存在は確認できなかった。

 あの魔法は、この世全ての魔法の外側にある。言うなれば"存在するはずのない魔法"だった。

 

 だが、だからこそ研究の手を止めることをしない。記憶を手繰り、禁書さえも憚らずに目を通して考察に考察を重ねた結果、一つの仮説にたどり着いた。

 

 信じがたいことだが、おそらくあの魔法には──感情がある。

 それが、私の導き出した結論。

 

 これはそう見当はずれな推測ではないはずだ。込められた感情は憎悪かそれとも愛情か。どのような情念なのかまで推測することはできないが、記憶の中の映像を思い返すにこれしか考えられない。

 

 ……そんなことが可能なのかと問われれば、不可能だ。魔法使いは皆一様に探求者であり、不可能という言葉を毛嫌いする。私もその一人だ。それでも、今の魔法の常識ではそう答えざるをえない。

 魔法を用いて、感情を宿す。

 少なくとも、未だかつてそれに成功した魔法使いはいない。

 過去どこかにそれを為せた魔術師がいたのだとすれば、どのような辺境の出身であっても脈々と受け継がれてきた魔術史に大きく名を残しているはずだ。

 感情を宿すというのは、魔法においてそれほど大きな壁である。もしもその手段を理論化・確立できたならば、それはこの世全ての魔法が全て過去のものへと化す、凄まじいブレイクスルーを生むだろう。

 疑似的といえど虚空に精霊を生み出し、それは黒く、感情を持って対象を追尾する。記憶の底にある魔法は、徹頭徹尾埒外の魔法だった。

 当時の私の未熟さが、ただひたすらに惜しい。許されるならば、今の私が過去へと飛んで再びあの魔法をこの目に収めたい。

 人形遊びになんか夢中になっていないでもっと魔法を脳裏に刻み込め。そう叱咤してやりたい。

 

 未だあの魔法については憶測すら立てられない箇所もある。黒い色などがそうだ。

 何に由来すれば、魔法にあのような色が伴う? どう試しても、何を混ぜてもあんなどろりとした温かみのある黒は生まれない。

 炎のように揺らめく白い残滓に注目してみると、それは魂にも類似しているだろうか。ならばあれは黒い魂を操る魔法ということになる。けれど、黒い魂なんてものがこの世のどこにある? 謎は深まるばかりだった。

 結局、今日に至るまであの魔法の正体へと至る手がかりはひとつも得られていない。

 

 私には一人の人形遣いとしての夢がある。それは、自立した人形を作ること。

 意志を持ち、私の手を借りずとも自ら動く完全な自立人形を作ることが目標だ。

 精巧な人形は作れる。指示された内容を魔力の続く限り記憶し、私の手を離れても動き続けるようにもできた。

 私の人形は傍目には自立して動いているように見えるが、定期的に命令を更新しなくては行動が破綻し動かなくなってしまう。

 自立した人形を作るという目標を叶えるのにはまだピースが足りない。

 すなわち、私は自立の礎となる『意志』を人形に与えられずにいるのだ。

 

 なればこそ、あの魔法は私の求めるもの。だから懲りずに何年もこんな雲を掴むような研究を繰り返している。

 許されるならばあの魔法について直接話をしたい。まあ、これはただの都合のいい願望に過ぎなかった。

 

 そんな非現実的な話はさておき。

 この日本には、不死身の身体を持つ者がいるという。今私はその人物を探していた。

 妖怪を焼く特別な炎の術を使う白髪の女性だと聞いている。

 現状、私の保有する書籍ではこれ以上の進歩は見込めない。しかし長い時を生きる不死ならば、文献にも残っていないような魔法の知識を持っているのではないかと踏んだからだ。

 

「そこの人。ちょっといいかしら」

 

 この国で拠点となる場所を探しており、目星を付けた魔力の強く漂う森があった。

 男はその森の入り口で焚火を囲っていた。声を掛けたのはただの気まぐれ。強いて理由を挙げるとすれば、なんとなく懐かしい香りがしたから。

 浮浪者のような出で立ちの男だ。大した情報なんて持っていないだろうが、それでも噂話程度は聞き出せないかと声を掛けた。まあ、ダメで元々。千里の道も一歩からだ。

 

「あん? 異国の若い女がこんな場所に何の用だ」

 

 男は私の風貌を確認して、ぶっきらぼうに言った。

 当たりの強い口調だが、冷たくあしらわれている訳ではない。穏便に事を済むようにと頭の中で言葉を選びつつ、億劫そうに顔を上げた男に目を合わせたとき、私は思わず息が詰まった。

 

「──お父様?」

 

 ずっと朧気で曖昧だった過去のイメージが、突然ピントがあったように明瞭になる。連鎖するように滂沱のごとく溢れ出てくるのは、彼と共に過ごした他の思い出たち。

 私と黒い魔法で遊んでくれた、父の姿がそこにあった。

 

「……誰かと間違えちゃあいねえか。俺に嫁や娘がいた試しなんてないぜ」

 

 まるで厄介な相手に絡まれたとでも言いたげに、顔を顰めながらに返事を返される。

 人違い? いや、ありえない。

 この人だ。この人で間違いない。記憶の世界からそのまま抜け出したかのように何もかもが瓜二つな振る舞い。何もかもまったく変わっていない。記憶の底にある、あの頃のままの姿。

 一方の私は、魔界にいたころの女児と言って差し支えない容姿から大きく成長している。今の私を見てすぐにそうと分からないも仕方ないだろう。

 

「アリスって名前に覚えはないかしら?」

「さて、どうだったかな」

「じゃあ、これは」

「よく出来た人形だな」

 

 作った人形を披露してみても、手応えはない。流石にあんな昔の日に見た人形を覚えている方がおかしいか。それにこの人形も作りこそ同じではあるものの、完成度に関してはあの日のものとは比べものにはならない。

 

「なら、魔界には?」

「……魔界? 魔界っていやあ……。なら、お前、アリスなのか? 魔界にいた、あの」

 

 魔界というキーワードを告げてようやく、お父様は私と取り合ってくれた。

 魔界にいたころの私は女児と言って差し支えない容姿だったから、今の私を見てすぐにそうと分からないも仕方ないだろう。

 ある日を境に魔界からふらっと姿を消したきりだったから、まさかこんな場所で再会できるなんて思いもしなかった。

 きっとそれはお父様にとっても同じだったはずだ。

 

「思い出してくれた?」

「……その前にひとついいか。その、俺をお父様って呼ぶのはなんだ」

「ちょっと堅苦しかったかしら」

「そういうことじゃなくてだな……。まあ、いい。どうせ神綺が何か吹き込んだんだろ」

 

 どうにも釈然と言っていない様子だったが、それに関しては呑みこんだようだ。それにしても、流石にお父様も母さんのことまでは忘れていなかったみたい。

 

「今まで何してたのよ。母さん、ずっと魔界で待ってるわよ?」

「神綺が? そうか……」

 

 お父様は無言のまま目頭を押さえ、深いため息を吐きながら空を見上げた。

 

「偶には顔でも出しておくか……? でも次行ったら帰してもらえなさそうなんだよな……」 

 

 そもそもお父様が魔界を離れた理由を知らないので何とも言えないが、帰して貰えなさそうという部分には大いに同意だった。私も魔界を発つときには母に散々引き留められたものだ。

 

「まあ、それは後で考える。それより何か用があったんじゃないのか」

「ああ、そういえば」

 

 炎を使う不死の居所を訊こうと思っていたけれど、こうしてお父様に会った以上わざわざそれを聞く必要もない。

 

「ようやく見つけましたわ」

 

 声のした方を見やれば、かんざしを挿した青い髪の女。水色のワンピースに身を包んでいる。その視線はお父様の方へ向いていた。

 

「一目見ればわかります。貴方こそ、生と死を完全に超越したアンデッド! ずっとお会いしたいと思っておりましたわ」

「なんだお前」

 

 ……。

 ようやく追い求めていた魔法に近づけるかと思ったのに、間の悪いときに横槍が入ってしまった。かんざしの女性は熱意を込めて言葉を紡いでいるが、お父様の応対は冷え切っており、その温度差は激しい。

 そのまま追い返してくれないかしら。

 

「申し遅れました、わたくし霍青娥と申します。不老長寿の仙人などをやっておりまして、ええ。是非とも同じく不死身である貴方にお話を伺いたく」

 

 仙人。話には聞いたことがある。私たち魔法使いが捨食の魔法を用いて人を超え捨虫の魔法によって魔女に至るように、仙術と呼ばれる異なる手段で長寿を獲得した者たちのことだ。

 

「ごちゃごちゃ言ってねえで掛かって来いよ。ハナから俺をバラすのが目的だろうが」

「あら、とんでもない! そう早まらないで、誤解ですわ、わたくしがそんな野蛮な真似などしようはずがございません。わたくし、ご覧のようにひ弱でして。こんな細腕では荒事なんてとてもとても……」

「お前が能書き垂れてる内にどんどん土の下が喧しくなってんだ。べらべらと喋りながら、器用なもんじゃないか、ええ?」

 

 お父様の言葉を受けて地下へ魔力の波を送ってみると、確かに反射する波長の数が異様に多い。この場の地下では、普通ではない何かが為されている。

 

「あら。既に見抜いておいででしたか。ええ、あなたの不死のからくり、やはり体に聞くのが一番手っ取り早いと思いまして。さしあたり肉を割いて解明させていただこうと思うのです」

 

 案の定、そこら中から腐臭を放つ人間が地下から土をほじくり返すように這い出てくる。

 血色の悪さや継ぎ接ぎの皮膚、違和感のある動きから見ても明らかに死者。

 

「アリスの人形と似たようなもんか」

「「一緒にしないで」」

「お、おう……」

 

 思わず、相手と声が重なってしまった。

 確かに人型のものを動かす術という観点からしてみれば私の魔法とこのネクロマンシーに類似性は見られるかもしれないが、いくらなんでも一緒くたにされるのは見過ごせない。

 屍術と違ってこちらは人形を一から製作しているし、細部の稼働にも筋肉のような補佐がなく、一挙手一投足を全て魔法でまかなっているのだ。屍術を下に見るつもりはないが、同一視されてはたまったものではない。私は、私の魔法にプライドを持っている。相手も同じだ。

 

 さて、気を取り直して。

 呼び出された死体の数は十以上。同時操作と思われるが動きは機敏。どの個体も手に持っているのは斧やこん棒など。

 刀剣ではなくある程度重さで振り回せる武器を持たせているということは精密な操作を期待できないと思われる。

 その仮定を踏まえて考えると、これらの死体を動かす術は事前に動作を設定した上で、人力操作できる余地を残したものだと想定できる。

 

「あまり抵抗しないでいただきたいのです。死体は綺麗な方が都合がいいので」 

「ほんと、物騒ね」

 

 戦闘用の人形を展開する。こちらが展開する人形は十体。槍を持った攻撃用の人形を五体、盾を持った防御用の人形を三体、剣を持った攻防一体の遊撃用の人形を二体。

 直接操作できる死体を三体として見積り、それらを盾を持った人形で止める。

 自動操作の死体は槍を持った人形で間合いの外から足を破壊して行動不能にさせる。

 剣を持った人形は防御に寄せて立ち回り、直接操作の死体が三体を超えていた場合に備える。逆に三体を下回っているようであれば、そのまま本体のかんざしの女性を攻撃させてしまって構わないだろう。

 

 この程度なら、お父様を護りながらでも訳なく撃退できる……といいたいところだが。

 術者自身がここからアクションを仕掛けてくる可能性もある。そちらへの対応まで加味して考えると、多少は彼自身に身を護ってもらわねばならないだろう。

 

 けれど、お父様の魔法の腕前は知っている。この程度問題にはならない。けれど不測の事態には備えるべきだ、ここは多少の無理を承知でもう一体人形を──

 

 ──しゃらん。

 そんな思考を遮るように、鈴を鳴らす音が耳に入った。

 次の瞬間。

 

「ッ!?」

「死体は大事に扱わないとバチが当たるぜ」

 

 私たちを取り囲んでいた数十の死体全てが、体の内側から紫炎を吹き出し爆散していた。

 動き出していた死体たちは、原型を留めないほどに破砕され完全に再起不能に陥っている。

 

 ……何をした? 死体が内側から爆発、しかもこれほどの数を対象に? 必ず条件が限定されているはずだ。

 私と人形、そしてかんざしの女性は無事。生死がトリガー? 鈴の音に感応している? 通常の爆発ではなかった。死体には紫陽花が咲いたように黒い烽火が灯り、次におぞましい黒と紫色をした炎が炸裂した。その燃料はなんだ? 何に感応して火を噴き上げたというのだ。

 記憶にある黒い魔法と同じ属性の魔法だろうか。詠唱は無かった。あったのは鈴の音。杖ではなく、鈴による魔法の行使なんて聞いたことがない。だが本当に不可能だろうか。試したことはないが、できるかもしれない。けれど順当に考えれば鈴である意味も無いはずだ。なぜ鈴を用いている?

 興味が尽きない。

 

「──素晴らしいッ! やはり貴方は私が見込んだ通りの方ですわ! 命を冒涜することに関して、あなたの右に出る者はいない!」

「全然うれしくないが」

 

 用意した手駒が瞬く間に全滅したにも関わらず、かんざしの女性は喜悦している。少し癪だが、彼女も私と同じで今繰り出された何らかの術への疑問が尽きないのだろう。

 口ぶりを鑑みるに、初対面を装ってはいたものの事前にお父様についての何らかの情報を握っていたと見える。

 

「今日はご挨拶のみに留めておきますわ。生命を愚弄するその素敵な調べ、また今度ご教授くださいませ。それではご機嫌よう!」

 

 言うや否や、煙幕を吹き上げかんざしの女性が姿を消す。あとには、所在なさげにしている私の人形たちだけが残された。

 

「また、変なのに目を付けられたな……」

 

 お父様が小さくぼやきながら、とても重苦しいため息を吐いた。どうもああいう手合いに絡まれるのは日常茶飯事のようだ。

 とはいえ、これでようやく落ち着いた。繰り出した人形を回収して、お父様がずっと腰を下ろしていた焚火の隣に座る。

 

「ねえ、お父様。さっきの術とか、昔見せてくれた魔法のこと教えてほしいんだけど」

「なら、まずは俺をお父様って呼ぶのを止めようか」

「わかったわ」 

 

 そういうことなら、次は父さんって呼ぼうかしら。

 

「にしても、大きくなったな……」

「ちゃんと見ておかないからよ。子の成長はあっという間なんだから」

「いや、子……」

「それより魔法の事を教えて。ずっと気になっているの」

「……まあ、いいか。昔の魔法つったら、『追う者たち』のこと言ってんだよなあ、多分」

「それが、あの魔法の名前なのね」

 

 追う者たち。シンプルな名づけだ。魔法の名前がわかったというだけでも大きすぎる収穫だが、もっと聞き出したい。

 お父様はどうにもあの術について喋ることを嫌がっているというか、躊躇があるようだった。

 

「教えたくない理由があるの?」

「ま、そういうことだ。この分野は深入りしすぎて廃人になるやつもいるくらいでなあ」

「そんなに?」

 

 廃人になるほどといえば相当だ。魔術書の中にもそういうトラップが仕込まれているケースはままあるが、それは記された内容というよりかは、不相応でありながら手にしてしまった者を咎める為の罠である場合が多くを占める。

 だがお父様が語るにあの魔法は、分野そのものが沼のように深みに嵌ってしまうという。

 感情を魔法で取り扱うというのは、やはりそれだけの危険性を伴うものなのか。

 

「……そういや昔、自立した人形を作るって息巻いてたよなあ」

「まだ諦めてないわよ」

「そりゃ大したもんだ。ま、物は試しかね」

 

 ひょいと気軽に手渡されたのは、一枚のスクロール。藍に染めたように青ざめた羊皮紙の題目には『闇の球』と記されている。

 

「あるぜ、仮初の意志を与える魔法」

 

 思わず息を呑む。 

 

「深淵の魔術、その一番の基本だ。そいつを読破してもまだ正気なら先を寄越してやるよ」

「深淵の魔術……」

 

 深淵とはなんだ。黒い色はそれに由来しているのか。『闇の球』の闇とはなんだろう。あの黒い精の事を指しているのか。今すぐこの場でこのスクロールに目を通したい気持ちで一杯だが、題目以外は全て未知の言語で記されている。

 まずはこの言語を解読するところから始めなくてはならないようだ。

 だがずっと停滞していた私の研究が、ようやく前に進んだ。読めない本なんて今の私にはもうほとんど無い。一から魔導書の読破に挑戦するなんて、一体いつぶりだろうか。

 俄然、燃えてきた。

 

「俺はもう行くぜ。まあ上手くやれよ」

「あ、ちょっとまって」 

 

 連絡用の人形を取り出し、起動する。これは魔界にいる母とだけ繋いだものだ。

 

「もしもし、母さん?」

『アリスちゃん!? ようやく連絡くれたのね! 大丈夫? 怪我とかしてない? 知らない人について行ったりしてない? お金とか大丈夫、困ってない? 寂しくなったらすぐに魔界に帰ってきていいのよ? ていうかもっと頻繁に連絡してほしいわ! お母さんもう本当にアリスちゃんが心配で心配で、もう何度魔界に連れ戻そうと思ったか分からないくらいなのよ? でもアリスちゃんももう大人で、一人前の魔法使いだものね、アリスちゃんが親離れをするように私も子離れもしなくちゃいけないっていうのもわかっているのよ? でもそれはあくまで理想論というか頭ではわかってても体は言うこと聞かないっていうか、それに子は一時の感情だけど母は一生の感情っていうし仕方ないんじゃないかなって私思うの。それに、それにね、アリスちゃんもよくないと思うのよだって私見送るときに絶対一日二十四回は電話してって約束したのに全然連絡くれないしもっと言えば』

「お父さん見つけたんだけど」

 

 

「……母さん?」

 

 母さんのマシンガントークが突然と途絶えたかと思えば、バトンを受け取ったように母さんの声の代わりに今度はいろんなものが崩れたりひっくり返したり割れたり抜けたりという混沌とした音が絶え間なく伝達されてくる。

 それが数十秒続いたのち、少々の静寂。

 そのあとにようやく息を荒げた母さんの声が一言だけ返って来た。

 

『今から向かうわ』

 

 気のせいだろうか。通話が途絶える直前に、何か翼のような物が羽ばたく音が聴こえた。

 

 

 




死者の活性:死体を爆弾にする闇術。こんなんだから闇術が禁術になるんです。
ささやきの指輪:敵の心の声が聞こえる指輪。隠れた敵を探すのに使う。

神綺様:魔界の創造神。魔界は住民を含め彼女の創造物だとか。そのため、魔界出身のアリスの母として度々描かれる。言うまでも無くそこに青ニートは一切関与していない。


神綺「ほらアリスちゃん、あの人がお父さんよ~遊んでもらってらっしゃい」
アリス「はあい」
魔界の皆さま「あの人と神綺様はご夫婦なんだなあ」

神綺『計画通り……!』

以上、ちんき様のたくましい神算鬼謀でした。

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