もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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 都合があって前話の後半にあったえーりんパートは抹消しました。ごめんね。
 一応活動報告の方に抹消した文章は残してあります。

 一応前話をどこで切ったかちらっと再確認しておくと、今回との繋がりがわかりやすいとおもいます。



肉体言語

 そこは見渡す限りの花緑青。世界の端から端までを湖の静謐な水面が覆っている。

 湖には潮騒もなく、また波紋の一つもない。ただ、揺らぎの無い水面が水平線の向こうまでずっと続いている。

 ここは、喧騒から最も無縁な場所だ

 

 静閑に満たされた果て無き湖の中心。そこに、ぽつんと小さな島がある。

 それは、根本からへし折れた巨大な樹木の切り株だ。そこで一人の女が祈りを捧げている。

 両手を握り組み合わせて一心に祈祷する女は、深緑の衣を身に纏い紅い髪を腰ほどまで流していた。

 朽ちた巨木の切り株と無窮の湖。それだけの世界で一心に、敬虔に祈り続けている。

 

 女には記憶が無い。この灰色の世界はどこなのか。自分はどこの誰で、一体いつからここにいるのか。

 誰に、そして何の意味があって祈っているのか、女は自分でもわからずにいる。

 けれど祈らずにはいられなかったのだ。

 強迫観念とも違う、ただそうすべきだというなんの根拠もない感覚に後押しされて長い間祈り続けていた。

 

 女が過ごすこの茫然とした空間を支配するのは、恐ろしいほどまでの静寂だった。

 巨大な風景画の中にそのまま放り込まれたような、世界に一個人の矮小さを叩きつけるかのような。

 

 ──だが、あるときこの静かな神秘を粗暴に侵す者が現れる。

 

 世界を力尽くでねじ曲げるような、おぞましい気配。唐突に走った怖気に、女は祈る手を解き振り返る。

 女が見たのは、地から湧き出るように現れた血で象ったかのような赤い霊体。

 生きとし生けるものの命を全て灰塵と化すかのような、純粋たる殺気の権化。赤い霊体が顔を上げ、あたりをねめつけるように見回す。

 

 男が純孤の抱擁から脱出するのに使ったアイテムは、赤い瞳のオーブという。

 その効力は、時間と空間を飛び越え他の世界へと侵入するというもの。

 瞳のオーブは様々な種類があり、赤のほかに黒いオーブや青いオーブがある。

 オーブの色によって何が変わるかといえば、それは世界に侵入する目的だ。

 青いオーブは断罪で、黒いオーブは復讐。

 そして赤いオーブの目的は──殺戮だ。

 

「驚きました。なんだか怖い人ですね」

 

 男を見据えた緑衣の女はのんきにそんなことを言っているが、驚いているのは男も同じだった。

 他に手段がなかったが為にこのような手段に出ただけで、赤いオーブを本来の用途で使ったつもりはない。赤い霊体となったこの身がその性質から無条件で殺気を振り撒いているだけで、男の方はここで殺しを愉しもうという意図は無い。

 

「でも、懐かしい香りです」

 

 男が驚いているのは、この場所について。

 ここは『灰の湖』に酷似している。ロードランの最下層よりもずっとずっと下、世界の底に広がる領域だ。

 けれど岩の古竜の末裔の姿もなく、無数にそびえたつ大樹の姿も無い。

 ここは灰の湖によく似た別の場所か、あるいは滅びを免れた片隅の、成れの果てか。

 ……ならば、ここにいるこの女は何者だ。どうやってここに来た。水平線の彼方まで湖は繋がっており、他の場所に至れるような道も無いというのに。

 あるいは、ここで生まれたのか。男はその可能性に思い至った。

 

「不思議な感覚ですね。自分以外の誰かに会うのは、これが初めてだというのに」

 

 かつて緑衣の巡礼という人造の古龍から生み出された娘がいた。因果の超越を期待されて生まれ、けれど彼女は失敗作だったという。

 目の前の女は、ともすれば人造とは違う、天然の竜の娘の可能性がある。

 そもそも竜から人が生まれるのかという疑念については、男の知る限りで竜の御子という前例が三人いる。

 一人目が前述の人造の竜から生まれた娘、緑衣の巡礼シャナロット。

 二人目はフィリアノールの騎士、公爵の娘シラ。

 三人目はロスリックの末子にして妖王オスロエスの"忌まわしい何か"オセロット。

 ……三人目に関しては姿が見えないために怪しいところではあるが、竜の御子であったとされる。

 

「私は私が何者なのかさえ知らない。けれど、私はどこかであなたを知っている」

 

 賢者アン・ディールの語るところによれば、竜の御子には因果を超える力があるという。少なくともシャナロットはそうあれかしと生み出された。

 では因果とは何なのか。アン・ディールの研究を鑑みるに、それは最初の火に依存する世界の構造を指すのだろう。

 彼らは光なく、闇さえ虚ろな世界に至れる存在を求めたのだ。

 それこそが竜の御子。すなわち古竜である。

 眼前の緑衣の女も竜の御子だとすれば、世界の因果、滅びを超えてここにいるのも理解できる。

 

「あなたは、私を知っていますか?」

 

 緑衣の女が構えながら言う。向こうは既にやる気のようだ。

 霊体は死ねば元の世界へと帰る。男からしてみれば、窮地を脱した以上自害でもして帰還したいところだが、戻るのは最後に自分がいた場所。

 すぐさま戻れば、当然あの純狐と名乗った女性とふたたび鉢合わせになるため、そうやすやすと死ぬわけにはいかなかった。

 

「きっと、あなたは」 

 

 向かいの女は放たれる殺気を警戒し、完全に迎撃の構えをとっている。交戦は避けられないだろう。

 目的を果たし、世界の主を殺すことでも元の世界への帰還は叶う。ゆえに、男は今からこの女を相手に殺さず殺されずの状況を保たなければならなかった。

 

 竜の御子などと大層な肩書こそあれど、しょせんは物を知らぬ小娘。抗う術もないのに立ち向かう根性は大したものだが、素手のままで命の取り合いなど、勝負にはならない。だが一息に勝利を収めるのはまずい。

 だから手に異形の籠手をはめる。異形の拳という、異端の武器だ。これを使うくらいがちょうどいいだろうと男は判断した。

 

 ソウルの業というものがある。

 それは、ソウルシリーズの世界において広く普及した技術のことだ。

 それによって何ができるかといえば、まずソウル化によって持ちきれない巨大な武器や大量の物資をソウル化し、収納して持ち歩くことができる。

 

 他にも難解な魔術書の内容を丸々ソウルに記述、刻印することで本来必要な修行をすっ飛ばしてその魔法を行使できたりもする。もっとも、その方法を採る場合は自身のソウルのキャパシティ次第で記憶できる容量に限りがあり、加えて文書を理解できるだけの能力も必要になる。

 

 ソウルの用途は無数にあり、それゆえに不死の地では硬貨や紙幣ではなくソウルこそが取引の通貨となっていた。

 ソウルとは、すなわち記憶である。ソウル練成という禁忌的な手段を用いれば、持ち主の記憶から馴染み深い何かを製錬することもできた。それは相棒であった武器であったり、象徴的な魔法、奇跡であったり。

 

 重ねるが、ソウルとは記憶のこと。武器のソウルを読めばその武器の来歴、辿った命運などを感じることができる。そして、記憶を辿りその武器が記憶する剣技をトレースすることさえも可能だった。

 例を挙げれば、黒騎士の武器は巨大なデーモンを殺す為全身の体重を乗せた独特の剣技で振るわれてきた。ソウルの業の恩恵に与れば、そうした特殊な剣技も扱うことができる。

  

 手に嵌めたこの骨の拳もそうだ。この拳はかつての主の格闘術を記憶している。

 身に着ければ、人間離れした重厚な拳闘術を繰り出すことができた。

 武器を使うには強すぎるが、さりとてただの拳では弱すぎる。これくらいが良い塩梅だろう。

 

「──ああ、ごめんなさい」

 

 静かに戦いの準備を進める男とは対照に、緑衣の女は生まれて初めて臨む戦闘の気配に血を滾らせていた。

 屈強な戦士ほど、そして高潔な武人であるほどより強い存在に惹かれるもの。竜は戦において猛き武の象徴として在り、戦士たちの心に深く根付いていた。

 物言わぬ闇霊を相手にしたこのとき、緑衣の女は自らがどう在るべきかを理解した。

 

 生まれ、意味、理由。そんなもの、最初からどうだって良かったのだ。

 そうだ。()()()()()()()()()()()()

 

「私たちに、言葉は不要でしたね」

 

 竜信仰は多くの時代、多くの場所で戦士たちの心をとらえた。それは彼らが、言葉を求めぬからだ。そこには煩雑なしがらみや政はなく、物言わぬ彼らは、まさに戦士の求める導きだった。

 

 だが、潔い戦士との死合いに誉れを見出したのは果たして人だけだろうか。

 

 ──否。彼ら竜もまた、きっと同じであったのだろう。

 戦士と竜はいつの世も互いの武を競い合い、それを讃え合ったものだ。その絆は篤く、ときには種族や言語の壁を越えて友誼を結ぶことさえあった。

 遠き末裔であっても、その志は失われていない。

 

「無漏路への道行き。しばし連れ合いを楽しみましょう」 

 

 女の言葉を合図に、男が一息に両足を使った飛び蹴りで急襲する。女はそれを避けずに両腕で防いた。

 これは間合いを詰め次に繋げるための攻撃。元より有効打は期待していなかった。

 男はすぐさま着地し大股で大地を力強く踏みしめながら拳を振り下ろす。逃げ場のない間合いでの大振りの一撃。

 咄嗟に受け止めるも非常に重い一撃と踏みつけに堪えきれず、女がたたらを踏んだところに男がすかさず前蹴りと正拳突きを続けざまに繰り出す。

 

「──ッ!」

 

 妙だ。確実に入ったはずだが、間合いが離れていない。その理由に男はすぐに気づいた。

 無防備に攻撃を受けたにも関わらず、女は頑丈な肉体と強靭な意思の双方でもって一歩も怯まず受けた攻撃を堪えていた。気づいてももう遅い。

 

「破ッ!」

 

 女が足を振り上げ、地を揺らすほど強い踏み込みと同時に拳を叩きつける。姿勢を崩し大きくよろめいたところに前蹴りと正拳突きの連携で追撃。

 女はたった今男から受けた体術をそのまま再現することで反撃していた。

 

(真似たなこいつ。よほど目が良いらしい)

 

 大きく仰け反りつつも、男は女のやり方に感心した。

 理に適ったやり方だ。戦い方を知らないから、自分よりも戦り慣れてそうな相手の技を真似する。同じ人型だ、できない道理はない。 

 だが普通は見様見真似でできるような技術ではない。男はソウルの業という特例があるから駆使できるだけで、自力で即座に真似るのは容易い行為ではない。

 けれど男の攻撃はソウルという記憶に依存するがゆえに完全に均一で完璧。だからこそ、完全に真似れば完全な攻撃となる。男のそれは、手本とするには最上だった。

 

 男もやられっぱなしではいられない。即座に反撃に転ずる。

 屈みながら体を回転させることで地を這うような回し蹴りを繰り出し、女の脚を取る。

 相手からすれば男の姿が忽然と視界から消えたように見えただろう。いかに心を強く構えようと不意に軸足を取られては踏ん張りようがない。

 女は転倒こそしなかったものの、足への攻撃で体幹が大きく揺らぐ。加えてガードの意識も下半身に向いたはずだ。男はそこに付け込むように潜り込むような深いタックルを仕込み突き飛ばす。

 

「くぅ!」

 

 吹き飛んだ衝撃で、女が白煙に巻かれる。

 この巨大な切り株には隅々まで灰が降り積もっており、それが舞い上がったのだ。

 煙幕のように舞い上がった白煙のせいで、男は迂闊に追撃に向かえなかった。そのため緑衣の女に体勢を立て直す猶予を与えてしまう。

 数拍ののち、煙幕から女が飛び出す。見えたのは両の足の裏側だった。

 両足を使った飛び蹴りだ。男が最初に使った技。男は横に転がり、飛び蹴りの軌道から外れることで躱した。

 

(所詮は猿真似だな)

 

 技の完成度に不足はないが、使い方がなっていない。その飛び蹴りは接近、急襲と追撃に使うのがメイン。今のような相手が防御に意識を集中したシチュエーションでは使うべきではない。技を外した場合、相手のすぐそばで大きな隙を晒してしまうからだ。

 

(お仕置きの一撃だぜ)

 

 男は飛び蹴りの着地隙を狙い、あえて技を遅らせ……慌てて振り向く女の顎を狙いすまし飛び上がるようなアッパーカット。

 完璧なタイミング。理想的な距離。

 

「っ!!!」

(これを避けるかよ!)

 

 だが女はなんと上体を限界まで反らすことでアッパーを躱していた。その間も瞳は男の一挙手一投足を捉えている。

 反った体を即座に戻しつつ、体のバネで勢いをつけて男に頭突きをかます。直後に膝を畳み腰に回転を加えて大地と平行の低空の足払い。先ほど女の脚を払った水面蹴りと同じ技だ。

 

(なんつう才能マンだ)

 

 アッパーで重心が浮いていた男は足払いによって容易く引き倒される。

 地に転がされながらも、男は女のセンスの良さに内心で舌を巻いていた。多少の粗さはあるが、かなりの戦い上手だ。

 男も女も、戦いの最中に言葉を交わさない。だが、男はともかくとして、緑衣の女の方はその瞳が雄弁に心の内を語っている。

 

 ──楽しい。

 ──楽しい、楽しい、楽しい!

 

 閑散とした無味乾燥な世界へ突如として現れた、殺意を剥き出しにする刺客。彼女は男に明確な命の危機を感じながらも、言葉を求めぬこの死合に歓びを見出していた。

 

(こりゃあ、喧嘩を売る相手を間違えたかね)

 

 相手と自分でこの戦闘に対する温度差をひしひしと感じ、男はそんなことを思った。

 今見せたアッパーも機を見て使ってくるだろう。ほんのわずかな戦闘だが、こと肉弾戦においては確実に緑衣の女に軍配があがると男は理解した。

 勝ちを拾うためなら、ここらで槍の一本でも取り出すのが得策だ。

 

(ま、所詮は暇つぶしだしな)

 

 とはいえ、男からしてみればこれはほんの戯れ。勝ちにも負けにも興味はない。せっかくだから、もう少し同じ土俵で付き合ってやってもいいだろう。そう考えたのだが──。

 

(あん? 時間切れか)

 

 ふと、自身の霊体がじわじわ薄くなっていることに気づいた。

 オーブなどを利用した他の世界への侵入には、時間制限のようなものが設けられる場合がある。詳しい法則もとくに分かっていない。だが大きな代償も無しに時空を超えているのだから、ある程度の不便があっても仕方ないだろう。

 ただし、これに納得のいかない者もいる。今まさに対面している緑衣の女がそうだ。

 

「ちょ、ちょちょちょ! え!? これからじゃないですか! なに消えようとしてるんですか!?」

 

 膨大な殺気が萎んでいき、男の赤黒い霊体がどんどん薄まっていくのを見て緑衣の女が大慌てで言う。

 そんなことを言われても男としてはどうしようもない。できるのは諦めた風に肩を竦めて手の施しようが無いことを緑衣の女に伝えるくらいだ。

 当初の予定通りそれなりの時間も稼げたし、男もこの場に特に未練もない。

 納得がいかないのは女の方だけだ。

 

「私をその気にさせておいて何ひとり涼しい顔して帰ろうとしてるんですか! せめて決着付けるまでは絶対に逃がし……え!? 本当に消える感じですよねこれ!?」

 

 殺気は未だ放たれているが、肝心の敵意が男から感じられない。男の方はもう離脱する気マンマンだった。

 

「えぇ!? い……い、いやいやいや待ってくださいよ私このなんにも無い世界でずっと一人だったんですよ!? も、もうちょっとだけゆっくりしていきません!? ほ、ほら、ここにいたら私とずっと一生戦えますし!」

 

 女は男を逃がすまじと攻撃の警戒すらせずに腕を掴んで嘆願する。その目じりには僅かに涙が浮かんでいた。

 だが悲しいかな、世間知らずな彼女は絶望的にセールストークがへたくそだった。ただ上手くいったとしても、男をここに繋ぎとめることなどどのみち不可能ではあるのだが。

 緑衣の女の説得虚しく男の霊体は色を失い、世界が軋むほどの殺意も霧散する。

 男は、この世界から消えた。

 

「い、いなくなっちゃった……」 

 

 世界に再び静寂が訪れる。

 

 虚脱感。

 あとには何も残らない。世界はまた湖と大樹の切株と、一人の女だけになってしまった。

 

「……出よう。この世界から」 

 

 女は決心した。

 どこに出口があるかは分からないけど、とにかく出よう。もう祈ってる場合じゃない。

 いいから続きがしたい。女の頭の中は、それでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 古き竜の末裔、紅美鈴。

 彼女は竜の生まれに囚われず、たった一人の武人として生を歩むことを選んだ。

 彼女が竜であることに縛られなかったのは、ひとえにあの日の死闘の決着を渇望したが為。

 あのとき、もしも明確な勝敗が決まっていれば、彼女は今なお閉じた湖の世界で祈りを捧げ続けていただろう。

 

 

 




 
 めーりんはどうしてこう、不憫な感じが似合うんだろうか。
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